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奇妙な転校生

第一話

誰もが羨む窓際の最後尾の席は、七月の終わりには地獄と化す。冷房が効いているとはいえ夏の日差しは抗いがたい暑さを引き連れてきていて、俺――五十嵐響は一人身を捩った。

夏休み前日、浮き足立った雰囲気に覆われた教室は、ある話題で持ちきりだ。曰く……

「なあ、聞いたか?今日は転校生が来るらしいぜ」

「はぁ?明日から夏休みだろ?何でこのタイミングなんだよ」

「知らねーよ。けどよ、スゲー可愛いらしいぜ」

「マジかよ!どんな奴だ?」

「いや、聞いた話だけどよ……」

というもの。まあ、一人だった俺の隣に机が増えている時点で予想はしていたが。転校生には付き物な美人疑惑を聞き流しながら、俺は本を開いた。

「ほらー、お前ら席につけー」

やる気の薄い担任の指示に、騒々しかった教室が静かになる。教卓にクリップボードを置いた担任は、欠伸をしながら口を開いた。

「もう知ってるかもしれんが、今日は転校生がいる。……さあ、入ってきなさい」

戸口に顔を向けた担任の言葉に従って、教室内に足音が木霊する。長く伸びた髪を翻して担任の横へと並んだ転校生は、その毅然と伸びた姿勢とは裏腹に視線が泳いでいた。緊張するにしたって限度があるだろうに。

「自己紹介を」

「……ふぇ!?あ、えっと、中川、楓といい、ます。よろしくお願いしまふ!あ、します」

最後の最後で盛大に噛んだ転校生は、礼をした後顔を上げない。頭と拳が小刻みに震えている。クラスメイトの視線は、「何だこいつ」と「かわいいんじゃね?」の二択。いや、疑問形じゃない奴もいるか。物好きな奴だ。

「えー、中川の席は、五十嵐の横だな。何かあればあいつに聞いてくれ」

「ふぁ、ふぁい!」

また噛んだ。滑舌が悪いのか、緊張が限度を超しているのか。まあ何はともあれ、面倒なことを押し付けられたな。

隣に座った女子生徒に小声で自己紹介をしながら、そう確信した。

「ねぇ、中川さんはさ、どこから来たの?」

休み時間になるたびに押し寄せるクラスメイトの質問にしどろもどろで必死に答える中川は、どうも人付き合いが苦手らしい。ホームルームの後に怒涛のように押し寄せた奴らに涙目で対応していた。まあ、三時間目も終わった今は、興味津々の女子が数名だけど。

さて、次は理科だし、俺は移動するか。中川はそこの女子数人が案内するだろ。

背中に視線を感じながら、俺は教室を出た。

理科室の席順も基本変わらないため、俺の隣には中川がいる。転校前の学校とは単元が違うのか呆然としているが。

「……分からないのか?」

「へ!?えっと、あの、ちょっと進んでて、空白ができちゃってて」

なるほどな、前の部分が分かってないから、今の部分に繋がらないわけか。なら、簡単だ。ただ、面倒だ。

「二ページ前の……そう、そこ。そこ読めば、今のが分かるはず。そこと今のはそのまま繋がってるから、とりあえずはそこだけ。後は家でやればいいだろ」

頭が悪いわけではないらしく、熱心に読み込んでいる中川はすぐに顔を綻ばせた。

「ありがとうございます!おかげで助かりました」

「いやいい。お礼はいいから、その敬語をやめてくれ」

敬語を使われるなんて、後輩と使用人だけで十分だ。

「え、あ、分かりました。じゃない分かった。ふふ、ちょっと気恥ずかしい」

ドキン、と心臓が肋骨を叩く。はにかむように笑った中川の無邪気な笑顔は、今まで見てきた幾多の顔よりも、何だか心に残った。

がやがやと騒がしい中に、スピーカーが奏でる放送開始の合図が広がり、教室が静まり返る。放送による指示はすぐに終わり、別の騒がしさが生まれた。

「私はどこに入ればいいの?」

「そうだな……あ、おい、中川さんも列に入れてやってくれ」

心配そうな顔で首を傾げる中川を近くの女子に預け、俺は男子列に入り込む。程なくして、列は前進した。

 ハキハキとした口調でグダグダと語られる面白みの無い話は、終業式の時間稼ぎなんじゃないかと疑うほど長い。そろそろ貧血患者が出るんじゃないかと危惧するほどだ。そして、現実になりそうなところが怖い。飽きてきた奴らが小声で話す声も聞こえてくる。

「……というわけで、えー、長期休業とはいえはめを外し過ぎないようにしましょう。それでは、終わります」

周囲からため息が聞こえてきそうだ。まだまだ喋り足りないといった表情の校長が降壇し、司会が式の終了を宣言する。気だるげを通り越した雰囲気を纏いながら、整列した生徒が三々五々いなくなっていく。俺も、前の奴の後に続いた。

 高校からバス停二つ分離れた地域に立つ、名物とまで言われた豪邸。そこが、俺の家だった。明治時代だかから続く家柄らしく、この家もその当時のものをリフォームしたもの。五十嵐家、と言えば金融機関の幹部は一目置く存在、らしい。父さんの言うことは鵜呑みにしてはいけない。

とまあ、威厳と金のある家だが、俺は別に継ぐ気は無いし、できれば普通の家庭に暮らしたいのが本音だ。叶いそうも無さそうだが。

「ただいま」

「お帰りなさい。応接間で旦那様がお待ちですよ」

家に使用人として仕える風宮香苗に出迎えられる。「帰宅しだいすぐに来い」とのことらしいので、鞄を預けて応接間へと足を運んだ。今回は何をしでかすのやら。

「おー!来たか!」

俺の足音が聞こえたわけではないだろうが、応接間から顔を出した父さんが顔を綻ばせる。同じ表現が適用できるのに、中川と父さんでは何故こうも違うのか。

「よーし来い。ほら、急げ、早足だ!のんびり歩くなー!ふぬおぉ!?」

「落ち着きなさい」

扉の内側から伸びてきた腕が、父さんの頭に電話帳を落とす。間違いなく母さんの制裁が入ったのだろう。まあ、日常茶飯事だ。

「……一体何なんだよ。また面倒なのか?」

悶絶する父さんといい笑顔の母さんの横をすり抜けて、応接間に入る。愚痴る為に俯いていた顔を上げれば、父親らしき人の後ろからこっちを見ている中川と目が合った。

……何で?

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