第5話#蜜
「ねえパパ、どこ行くの?」
「新しい家族のとこだよ。ほら、ここが今日から蜜とパパの家だ。」
遠い昔の記憶がよみがえる。丘の上の新築の一軒家。
周りは一面中コスモスが生い茂っている。
心地いい風に吹かれて花の甘い匂いが香る。
玄関のドアを開けると人の気配がした。
女の人の声と子供の声。
「初めまして、蜜ちゃん。今日から私があなたのママよ。
こっちは蜜ちゃんのお兄ちゃんになるかしらね。」
「は、はじめまして。」
優しそうな女の人。
その人の後ろに隠れながら男の子があたしに向かってあいさつをした。
「蜜、おまえのお兄ちゃんになる豪くんだよ。
おまえより4つ年上だから小学校6年生だ。」
「ごう?」
「そうだよ。仲良くするんだぞ?」
月日は流れてあたしと豪は仲良くなっていった。
「お兄ちゃん!今日ね蜜、数学のテストで100点取ったんだよ!
すごい?すごい?」
「お〜!蜜あたまいいな〜!俺なんかまた20点だったぞ!」
「蜜、お兄ちゃんに勝った〜!ママ〜!蜜、お兄ちゃんにテストで勝った〜!」
「え!ほんと〜?蜜ちゃん、すごいじゃない!じゃあ今日のおやつ増やしちゃう!」
「なんだよ〜!そんなのずり〜!」
この頃はすごい毎日が楽しくてしょうがなかった。
優しい母と、ふざけて笑いあえる兄。そしていつも疲れて仕事から帰ってくるのに
絶対あたしの話を微笑みながら聞いてくれる父。
こんな日がずっと続いていくんだろうなと思ってた。
あたしは中学生になって、豪は高校生。
成長していくにつれて、あたし達は年頃のせいかあんまり会話はしなくなっていた。
時々、豪が家に彼女を連れてくる。
あたしはいつも無償に腹をたてる。
「ねえ蜜ちゃんは好きな人とかいないの〜?」
クラスメイトの友達が聞いてくる。
「そんなのいないよ〜。」
なんて事を言いながら、あたしの胸の中にはいっつも豪がいた。
高校2年にあがった豪は悪い友達と付き合いだして家に帰ってくるのは
夜中になりだし、どうかしたら帰ってこない日もある。
髪を茶色に染め、ピアスもあけ、たばこも吸い出した。
両親が寝静まるのを確認したあとに夜な夜な女を連れ込んでセックス。
お決まりのパターンだ。
あたしが気づいてないとでも思ってるのか。
隣の部屋から毎晩聞こえてくる女のあえぎ声とベッドの軋む音。
頭がおかしくなりそうなのと同時に
涙が溢れ出る。
そう。
あたしは確実に豪の事を好きになっていた。
そんなモヤモヤを必死に押し殺した日々が続いたある日のこと。
「あのさ、俺家出てくわ。」
豪の突然の家出宣言。反対する両親には目もくれず着々と荷物をまとめだす。
このままじゃ豪がこの家から出て行っちゃう!
そんなのヤダ!!
どうにか豪を出て行かないよう秘策を考え続けた。
学校の授業が終わって一人で帰る道に昔、豪とよく遊んだ原っぱがある。
「なつかしーな・・・」
物思いにふけっているとシトシトと雨がふってきた。
傘を持ち合わせていなかったあたしは全速力で走る。
しだいに雨雲は強くなって雷も鳴り出した。
家に帰りついた時にはもう何もかもびしょ濡れだった。
「さむっ!タオル、タオル・・」
また同じように全身水をかぶったような豪がドアをあけて帰ってきた。
「あ、・・・おかえり。」
「おう。お前もびしょびしょじゃん。タオル俺のも取って。」
「うん。」
リビングの戸をあけてテーブルの方に進むと置手紙がおかれている。
両親からだ。
買い物に行ってくるから帰るのは7時過ぎになるとの事。
その途端心臓が高鳴る。
今この家にいるのは豪とあたしの二人だけ・・・
落ち着け、あたし!
「ね、ねえ。」
「ん?なに?」
「今日だっけ?家出てくの」
「ああ。夜な。」
豪はやっぱりこの家を出てく・・・
やだ・・・
いやだ。
離れないで・・・
「豪、あたし達ほんとの兄妹じゃないよ。」
「知ってるよ。それがなに?」
「好きなの。ずっと・・・ずっと前から好きだった。
最後でいいから・・一回だけ抱きしめて。」
「え・・み、蜜・・・好きって・・・何言って・・」
困ってる豪を尻目に抱きつくと、今まで我慢していたものがあふれ出して
切なくなった。
豪の心臓がきもちいい。
広い肩。
雨に濡れた硬い髪。
豪の匂い。
「元気でね。豪。」
「みっ!蜜!」
あたしは抑えきれない涙を拭いながら2階にある自分の部屋に駆け込んだ。
夜、豪が家を出て行く時もずっと部屋にいた。
もう二度と会わない。
ばいばい。豪。
フとおいしそうな香りに我に返る。
そーだ、確かあの女に引っ張られてきたんだ。
「はい!オムライス。あたし料理は得意なんです!」
「てかここ・・・」
「あたしんちです!」
「はあ!?なんでアンタんちに連れてこられてオムライス食べなきゃなんねーんだよ!」
「元気なかったから。これ食べて元気出してください!
それと、わざわざ財布届けてもらったお礼です!!どーぞ、召し上がれ!」
強引なアンタは屈託のない笑顔で笑って見せた。
あったかいオムライスがあたしの冷えた心を少し温めてくれた気がする。
胸の奥からじわじわこみ上げてくるものを隠そうとして
いきおいよくオムライスを食べた。
アンタはいっつもあたしの側で笑ってくれてた。
蜜と豪の過去が明らかになっちゃいました。
ありがちなパターンかもですね・・てか、ありがちッス・・