神の導き
「大丈夫?さぞかしお辛い事でしょう?長男坊だけ残されて…」
そんな上辺だけの気取り屋たちが俺に囁いた。
同情ばかり、悲しそうな表情を作るだけ、遺産目当てに群がってくる糞共。
そんな毎日に俺は呆れ、絶望し、ついに何かが切れた音がした。
「黙れ!!お前らに何が分かる!?人体をバラバラにされた家族の事がっ!!もう顔も見れない、骨も墓に入れてやれねぇくらいに粉砕されてっ!!それをずっと俺は見てた!!それで大丈夫?辛い?ふざけんじゃねぇ!!俺はそんな強くねぇんだよ!!!」
やってしまった。
テーブルをまるで卓袱台のように投げ飛ばした俺はもう何をしたらいいのか分からなくてただ只管現実から逃れようとしていた。
近所からの評判も悪くなり、何時しか俺は「残された孤独鬼」なんて名付けられた。
俺を理解しなくたっていい。
理解しようともするな。
俺はそう思い続けて人達は俺を避けるようになった。
まぁ、当たり前だと思った。
この逃げている臆病者がこの俺に手を差し伸べてくれる奴なんていない。絶望感に浸されていた俺は、俺の心は崩壊寸前だった。
そもそも理解してほしいという考え方が間違っている。他の人間が他の人間を理解することなど不可能なのだ。その人でない限りは。そいつがドッペルゲンガーなら、俺も考えただろうな。
呆れたため息しか出てこなかった。いつしか、心は無になった。憎しみや悲しみが交じり合い、何が何だかわからなくなる。これを何と例えよう?無だ。無だけが残った。
数ヶ月が過ぎ、重さに耐えられなくなった俺は自害を試みた。
屋上へと足を進め、フェンスを乗り越えた。
「臆病者で良い。敗者でいい。頼むから俺をこの鎖から解いてくれ。俺は弱い。だから…死んだって苦しみが消えないとしたなら俺はどうすればいい?この苦しみをずっと、永遠に背負っていかなければいけないのか…?」
ふと瞳から雫が落ちる。
俺は泣いた。泣いて泣いて…泣いて変わるとなんて思ってない。
ただ悲しくて、苦しくて、どうしたらいいのかも分からない絶望に立たされて、道を見失ったから。
泣くことしか出来ないから。
静かな空間で静かに泣いた。風の音もしない、まるで俺だけがその空間に居るようなそんな感覚だった。しゃくりあげて、声も必死に抑えた。こんな自分が情けなくて一瞬でも死にたいと思ってしまった俺はもうどうしようも出来ないほど心が壊れ、破片が飛び散る。
そんな状況でどこからが声が聞こえた。
耳の側で聞こえたわけじゃない。どこか、奥底から…得体のしれない場所から聞こえているかのように、その声は場所を示さない。
『死ぬ前に一度よく考えろ小僧』
威厳ある声だった。でも、それはどこか優しく、どこか冷たい。色々と錯乱していた俺はそれが誰かなんて考える余裕などなかった。ただ、言われた事だけを聞き取る。
「考えたって無駄さ…、俺だけ生き残って…何をしろってんだ」
『貴様の家族はお前を心配しているがな』
「…は?」
何故それを?と言う前に、何故心配しているのだろうと思った。この時は、家族の温もりというのを忘れたんだろうな。ただ、お前だけが生き残って憎いとしか思われていない気がしてて、恐ろしくもあったし、やるせなかった。
こんな状況の中で、俺だけはのうのうと生きていいのかと。俺が幸せになっていいのだろうかと。
『貴様の家族を殺した強盗は大地獄で裁きを下されている。貴様の家族の様な死に方を何度もされて、それでも死ねない。永遠に苦しみを味わっている』
謎の声の者から聞いた話によれば、その強盗は次元の最下層の大地獄に落ちたらしい。
大地獄と魔界は同じ、最下層にあるらしく、罪人は大体は大地獄へと送られる。魔界へと送られる時があるが、それは異例だという。
魔界の主が気まぐれで飽きっぽい性格なため、つまらない罪人を引き取ってもすぐに殺して処分してしまうからだそう。
何だか、現実味のない恐ろしい事を聞いてしまったような気がする。…いや、もうすでに現実味のない体験をしているのだが。
強盗のことなんて正直どうでもよかった、俺はひたすらまでに家族の事で頭がパンクしそうだった。憎しみや悲しみ、喪失感、絶望。色々な負の感情が頭の中に一気に入ってきて破裂しそうだった。
『安心するがいい。家族全員、天国で幸せに暮らしている。そして貴様を心配している。自害しないかと、ちゃんと生きていけるかと…』
謎の声は俺の心の中で囁いた。
とても優しく。
だが、俺は否定した。
まだ分からない。
理解出来なかった。
「…俺を安心させて満足させる気なのか?そんなの一時的なものでしかない。何を言ったところで、俺はまたこうして屋上へと足を踏み入れる」
変わらない。変わるわけがない。
この声の主がもし神だとしても、神でさえ人間の小さい器で狭い感情は理解できないだろう。
家族が幸せに暮らしていると聞いて、正直を言えばものすごく安堵した。でもそれはきっと一時的なものだ。
そのうち、本当に家族は幸せなのだろうか。あの声は俺の幻想だったのではないだろうかと悲観的に、再び歩みだした足を止めて、振り向いて向かうだろう。死という孤独の場所に。
「俺がこの世界に居る限り、それは変わらないだろう。どんなに生きようとしたって、人間は衝撃的な瞬間を永遠に忘れることが出来ない。いつまでも引きずって行くんだよ」
そういう生き物なんだ。と俺は目を瞑った。
『フッ、そうだな。人間は愚かで弱い下等生物だ。一人では何も出来ないゴミ同然の生物であろうな』
「随分な言い草だな、お前は人間が嫌いなのか?」
『ああ、嫌いだ』
「そんな人間と話してるお前はご苦労なこったな」
『全くだ、人間というものは理解力が乏しい。貴様のようにな』
俺はその言葉にハッと嘲笑した。
上等だ。
『だが、貴様のような人間は…時に面白い』
「…というと?」
『貴様にチャンスを与えよう。ずっとこの世界で生き、悲しみと孤独と憎しみを背負って生きていくか…それとも、新しい世界で新しい仲間達と幸せに暮らすか…どうする?』
「新しい世界っつても…逃げと一緒なんだろ?」
というか新しい世界ってなんだ。
結局死んで、転生するとかそういう事なのだろう?結局は俺は現実から背けているだけじゃねーかよ。
『安心しろ、もう貴様の現実とやらにはオサラバだ』
「…どういうことだ」
『私と話を交わした時点で貴様はもうそちらの"生き物"ではない』
それにな、と付け加え、貴様がここから飛び降りて自害するとは訳が違う。と嘲笑った。
逃げる事は恥ずべきことではない。寧ろ賢い選択でもある。少なくとも新しい人生を選ぶならそれは賢いと。
そこから飛び降りたら、ただの間抜けで全て無くして楽になろうという逃げ。
『これからも生きて、自分も幸せになるように努力するか…それとも自害して楽になるか…?お前の家族は一体どちらを願っているのだろうなぁ?ククク』
「お前の言う新しい世界とは、死後の世界じゃないのか」
『ふん、当たり前だ。まあ、死界に行くことも可能だが、貴様が向かおうとしているのは地上界だ。勘違いをするな、貴様は助けてやっても良い人材だからそうするだけだ、人間のくせになククク』
喉をクツクツの鳴らす俺の心で響く神の声。
家族がもし、本当に俺の幸せを願ってくれるのなら…
「………俺は、………俺は生きる事を選択する。確かにここで死んだら間抜けだ。何を言われようが文句は言えないだろう…でも新しい世界で新しい仲間と過ごすなら…」
良いかもしれない…そう俺は思った。
そう言えば神は笑った。
『良い判断だ。では仕度しろ。私はあまり気の長い方ではない』
「姿は見えねぇが、そういう声だ」
『フン、人間風情が生意気な。まあいい。貴様が意識を沈めた頃…新しい世界の門で立っているだろう。せいぜい足掻け』
「…ありがとよ」
『礼を言われるまでもない。私はただ道を喪失した者の道を作るのが役目。気にするな』
そういうと俺の心の声は途絶えた。
この世界ともお別れ…そうなると寂しい気もするが新しい世界で過ごせるという期待感の方が大きかっただろう。
多分俺は笑っていたと思う。
そして俺は寝て、目が覚めた時には…学園の前に立っていた。
何もかもが見た事がなくて、一番に思ったのは学校なのかよと言う突っ込み。でも、悪い気はしなかった。
それからDクラスに入って、仲間を無事に作れてこうして笑顔を取り戻せた俺はこうして今も幸せに暮らしている。
仲間を作るのは難しかったがな…本当に良かった…。
「そういう事があったわけさ。ったくひでぇ話だぜ…ってん?なんで皆泣いてんだ?」
「ひ、久し振りに帝斗ちゃんの話聞いて…余りに悲しすぎて泣いちゃったよォ!!」
「俺、もし最強だったら大地獄行くことになってもそいつ等嬲り殺すな」
私も泣きそうになったが、一つ気になる事があったので思わず問いかけてみた。
「じゃあさ、何でここに居る事が嫌になったの?満足してるんじゃないの?今の生活に。それなのにここから出ようとするなんておかしくない?」
「あ、確かに」
「満足はしてるさ、ただ俺を助けてくれたその神に正面から礼が言いてぇだけだ」




