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23世紀のノア~または宇宙船HAKOBUNEのイカれたシステム

 旧約聖書の創世記に登場するノアの方舟は、ギルガメッシュ叙事詩の中で描かれた、シュメールの大洪水に由来すると言われている。


 要約すれば、神から「未曽有の洪水が来るので巨大な船を作り自身と、あらゆる種を守れ」と命じられたノアが人々に笑われながらも全財産を投げ打って巨大な船を作り、あらゆる動物を雌雄一対ずつ船に乗せ、40日続いた大洪水を乗り切ったという話だ。



「おそらくパンダやカンガルーは乗せてないでしょうから、シュメールの大洪水は局地的なものだったんでしょうね」

 ケント副操縦士が皮肉っぽく言った。

「それでもクェートの辺りからトルコの山岳部まで流れ着いたと言うんだから相当な洪水だったと思うね。ただ動物は一千頭いないと種は保てないというから、雄雌一対では無理なんじゃないかな」と、俺も話題を合わせる。


 実は1年ほど前に“宇宙船HAKOBUNE・No.4761”のイカれたシステムに叩き起こされて以来、副操縦士・ケントとの取り留めもない会話が延々と続いている。

 もちろん船内にはゲームなど娯楽施設もあるのだが、それが今は使えないのだ。

 せめて相棒が女性なら良かったのにと思ったが、残念ながらこの船に搭乗しているのはこいつだけ。

 ストレスで爆発しそうだが、目的地に付くまではこうして毎日を過ごすしかないようだった。


 

 23世紀半ば、増え続けた人類は太陽系の移住可能惑星を開発しつくし、もはや外宇宙に新天地を求める他なかった。

 幸い10数年前に開発された星間航行システムが可能性を広げ、新たなフロンティア時代が始まったというわけだ。

 宇宙船HAKOBUNEは地球人が生存可能と思える惑星(およそ5000個)のそれぞれに送り出され、人類が移住する前に動植物を移植させるのが任務だった。



「聖書のノアの方舟はタンカーほどの巨大船(全長推定135メートル)だったようですが、我々はこの小さな宇宙船に地球上の殆どの動物を収容しているというからすごい話ですね」

「ああ、現実には再現できるというだけの話だがな。なにせ植物の種こそ主要な1万種を積み込んでいるが動物にいたっては、そこの冷凍カモノハシ1匹だけだからな」

「たいしたものですね。あんな小さな動物の中にあらゆる生物のDNAが含まれているなんて」

 ケントが感心したように氷漬けの黒い塊を見た。


 ケントのいうようにカモノハシは宇宙船HAKOBUNE計画に欠かせない生物だ。

 単孔類のカモノハシは、哺乳類でありながら鳥類のようなクチバシを持ち、遺伝子の中に爬虫類、鳥類、哺乳類すべての系統を合わせ持ち、性染色体にいたっては5対もあるという奇妙な動物だ。


 もしかすると古代地球に宇宙人が住んでいた頃、人為的に作った生物ではないかと思われるほど謎の多い動物なのだ。(事実カモノハシには進化過程の化石が存在しない)

 だがカモノハシ1匹のDNAであらゆる動物を再現できるのだから、こんな便利な生物はいない。

(もちろん倫理上の問題でカモノハシから人間を作り出したりはしない。人間は宇宙船に一人でも隊員がいれば、そこから染色体をランダムでバラつかせ、あらゆる人種の男女を作り出すことができるのだ)


「ああ、ようやく到着のようです」

 ケントがうれしそうに窓の外を指した。

 そこに見えたのは青い海と土砂だけの大地。原始地球を思わせる若い惑星だった。


「本来なら到着するまで眠っていられたものをオンボロ宇宙船めが」

 俺は欠陥システムを罵った。

「機械の故障で事故が起きましたからね。地球では殉職扱いでしょう」

 そう言いながらケントは我々のまる焦げ死体を見て残念そうに首をふった。


「でもまあ、我々は幽霊となって生きていますし、死体のDNAを加工すれば汎用のiPS細胞から多くの人間を作り出せます。我々はこの星のアダムとイブになれますよ」

 どこまでも脳天気なケントが怪しいBL小説のようなことを言った。


 確かにケントの言うようにこの宇宙船は死体からでも新たな人間を作ることができる。我々が復活したければクローンを作ってそこに入りこめばいいのだ。

 だが、ケントはとても大事なことを1つだけ忘れていた。


「なあケント、この1年間、なぜ我々が娯楽室のゲームを楽しめなかったか分かるか?」

「それは幽霊だからコントローラーを操作できなかったからでしょう」

「そうだな。我々は体がないと何にもできない」

「ですから早く復活しましょう」

 

 ケントはまだ分からないようだった。

 そこで私はあえて冷徹な命令を下した。

「それではケント、そこにある肉体再生システムのボタンを押してくれ」


 宇宙船HAKOBUNEは到着までは自動だが、そこからは全部手動だったのだ。


     ( おしまい )


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