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9話


ぜいぜいと息を切らし、行儀悪くも床に座り込むのは、世界の中枢を担う司法院の最高議長ファイと、戦闘種族秦族で最も強い力を持つ少女。

心なしか足が震えている。


「おや、誠にお懐かしゅうございますな、幼虎様」


頭上から降ってきた声に、キラは疲労とは違う意味で顔を歪ませた。


「失礼、今は白虎様と御呼びすべきでしたな」


全身をすっぽり包む純白のローブ。手足を隠す長いローブの裾には金糸で編まれた見事な刺繍。司法院の紋章―――


「100年前とお変わりは無きようで」


キラの紅い瞳がじっと睨む。しかしすぐに諦めたように視線を外し、ふっと息を吐いた。


「お前ら司法院の爺どもはどいつもこいつも相も変わらず無駄に嫌味だな。無駄に、な」


お前らの言葉で傷つく筈が無い、暗にそう言ってキラは立ち上がった。情けない事に足が震えだしそうだったが、それは意地で押さえ込んだ。余裕の意味を込めてファイに手を貸してやる。その様子に、目の前の老人は少しだけ驚いた。


「前置きは良い、さっさとはじめるぞ」


◆◆◆◆◆


既視感というのだろうか。自分を囲む100人の賢者。キラは100年前の光景を思い出していた。記憶さえも一切薄れない体だ。既視感と言うのは少し違うのかもしれない。キラはぼんやりそんな事を思った。

そうだ、あの日もぼんやりしていた。だから記憶が曖昧で。でも、曖昧だという事自体ははっきり覚えていて。




これが白虎とな…

卑しい父親殺し…

聞いてはいたが、まさかあれは本当に…完全に折れてしまっておるのか?

なんとまるでまだ幼子ではないか…

なぜ生かしておいたのだ…このような汚らわしい罪人を…

その事については議長様が説明なさった筈だぞ…

死は何も生み出さん。この悪しき者の罪を終わらせる事になる…

いやしかし、民草の心情を思えば…

それにしても秦族にしては何とも細い…

これで白虎を討ったとは…

ああ、彼女は厳密な意味では純粋な秦族という訳では…

な、なんと!それは誠で!?


ざわりざわり。

ざわりざわりと。

老人たちの囁き合う声が、重なり合う。閉め切った室内の中、幾重にも連なり合う囁きはまるで、異様な合唱のように響き合った。


「……キラ様」


エンジュは無意識のうちにきゅっとキラの手を握った。


「おい、うっせーんだよ爺ども。事前に話し合いはついてんだろーがよ。無駄だって言ってんだよ。」


キラの声で、一瞬にして空気が張った。エンジュは思わずびくっとしてしまう迫力だったが、さすがは司法院議員たちである。年老いた皺だらけの顔の中、にんまりと瞳だけが好戦的な光を宿している。


「つーかおい、なんで勝手にエンジュまでここに連れてきてんだよ!」


その苛ついた声色に、エンジュはきゅうっと心臓が縮まる。自分に怒りが向いている訳ではないと分かっていても、いやこの場合自分の事で怒っているからこそ。畏れ多い方々を前に自分の事が出されるのが、恐ろしい。自分は何も不満になど思ってはいない。ただ、司法院の方々に連れてこられただけで、何も問題は無い(声をかけられた時は、再びおったまげたが)


「彼女は保険だからね」


それは比較的若い議員だった。(といっても100近いのだろう。彼らは長命種族で、とにかく外見に年齢が出にくい)

キラの紅い瞳が瞬時に男を見る。


「貴女の封印を解く前に、ちょっとした細工をさせて欲しいんですよ。彼女の体にね」


怖れをまるで知らないような、楽しんでいるような響き。エンジュは先ほどのキラの無駄という言葉の意味を痛感していた。彼らはエンジュに無いような知識を持ち、先を見通す頭脳を持っているのだろう。が、無駄に好戦的だ。不必要な程、挑発する。


「これがなんであるかお分かりですよね?白虎様」


そう言って男が取り出したのは、なんの変哲も無い繭だった。色も紫と普通で、強いて言うなら少し大きい。一体なんだと言うのだろう―――不思議に思ったエンジュが近くで見ようと足を一歩踏み出した刹那。


「…ファイ…てめぇ…!聞いてないぞ!」


隣からちりちりちりちりと、ふしぎな音が聞こえた。それは隣に居たエンジュにのみ聞こえるような微かな音であった。


「落ち着くのじゃキラ」

「ふざけんなてめぇ!」

「全員が納得するには相応の措置が必要じゃ、お主なら分かる筈じゃろ?」


そう言われキラが無理矢理言葉を飲み込んだのがエンジュには分かった。次に向けられた悲しげな、悔いるような紅い瞳が、エンジュの胸を締め付けた。


「これはね、魔獣だよエンジュ」


魔獣、その言葉が一瞬飲み込めない。聖獣と対をなす存在。天敵のゾームに近い生命体であるとか、そんな有り触れた知識しかエンジュには無い。


「魔獣…」

「そう、これはギュウリヤという魔獣の繭さ。彼らは魔獣の中で最も無害な種の一つなんだよ?」


そう言って描けられる微笑みが恐ろしい。痛い程に握りしめられる手が、切ない。


「彼らは宿主の中で眠り続ける。ただ、眠り続けるだけ。害はないよ。ただ一度目を覚ませば宿主の肉を内側から喰らい尽くし、そして這い出てくる。でも大丈夫。」


そう言うと男はにっこりと笑った。


「命が無い限りこいつは絶対に目を覚まさない。これを君に埋め込ませてほしいんだ。」


目の前に繭を突き出される。エンジュはぐらりと目が回るような感覚がした。


「そこの白虎様に逃げられたら困るし、負けてもらっても当然困る、本気で奴らを殲滅してもらわなきゃ困るんだよ」


冷たい断定口調。紅い瞳は逸らされたままで、悔しげに結ばれた薄い唇に犬歯が食い込んで行っているのが分かった。

彼女が議員たちに対して”信じて”など言う訳が無い。言える筈が無い。信じる筈もない。

エンジュは一度大きく息を吸って、負けじと司法院議員たちを見つめた。


「分かりました。」

「へぇ、君って変わっているね。いやまあ手間が省けて助かったけど。どうして裏切り者の白虎に肩入れするの?」


その問いかけは愚問であった。

愚問であり、かつて何度ともなく自分に繰り返してきた問いであった。

どうして?

どうして?

分からない。でも、ほっておけないのだ。

あの日見た紅い瞳が―――

5年前に見たあの泣き出しそうな紅の瞳が、今でもこびり付いて離れない。

縋り付くように伸ばされた腕が―――


「いつまでもずっとずっと、キラ様のお側に居たいからです。」



今でもずっとエンジュの胸を掴んで離さない。




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