8話
俺の名前は零瑠。今はもう居ない母さんがつけてくれた名前だ。歳は14。
秦族の中で14と言ったら、成人を2年も過ぎた立派な大人だ。勿論小難しい種族間会議に出るなんて事はありえないし、なにか決断を迫られる事も意見を聞かれる事もあまりない。精神的な大人と認められるのにはまだまだ時間と経験を要する。
それでも少なくとも、肉体的には十分な戦力と数えられる。
俺が物心がついた頃には世界は既に狂っていて、少なくとも秦族の世界は狂っていて。希望なんてどこにも無かったように思う。大人たちの目は死を覚悟していたし、何かに迫られているような、そんな嫌な緊張が街には満ちていた。
そんな種族に生まれたからと言って、戦場に立たない子供がその空気に呑まれているかと言うと、そんな事はけして無い。少なくとも、俺のときはまだ大丈夫だった。
幼い俺たちには希望が在った。希望って言葉が、胸の中にあった。みんな口を揃えて同じことを言った。
俺が白虎になるんだ
大人たちが現実に血なまぐさい戦場で戦っている最中、幼い俺たちはよく”いくさごっこ”という遊びをした。というより、秦族の子供がする遊びと言ったらこれ以外にあまりない。大人たちはそれを暖かく、時に切ない目で見る。(勿論当時は分からなかった。今そう言う光景を目撃すると言う話だ)
敵と味方に分かれて遊ぶ。
単純に遊んでいただけだけど、その頃から既に自分が戦士になる事は分かっていたし、大人たちが今まさに戦場に立っている事も知っていた。
不謹慎ながら、戦場は一種の憧れに近かった。恥じる事は無い。それはきっと秦族なら誰でも一度は持つ感情だ。
俺たちに取って戦場は自分を誇示する場だ。そこでしか、戦う事でしか認められない俺たち秦族が戦場で名を挙げようとするのは自然の事だ。
俺が白虎になって、世界を救う
同じ台詞を友達はみんな口にした。勿論俺も言っていた。俺も俺も!俺だ俺だ!っていう状況になるから、最後には必ず、じゃあ競争だな!って言って笑い合った。
それが俺たちの希望だった。
自分こそが、真の白虎となって
この世界を守ってみせる―――
みんなで。
俺たちみんな一緒に戦い続けて、世界を守ろう。
負けたりなんかしない。
一緒に頑張ろう!
ずっとずっと一緒に。みんなで…
みんなで一緒に、じゃなくなったのは本当に呆気なかった。
12の初陣の日に、友人が一人死んだ。
その日から、徐々に気づきたくない事実に気づかなければならなかった。
みんなで一緒になんて、ありえはしない
ずっといっしょになんてありえはしない
これはごっこ遊びではないのだ
負けたら罰ゲームじゃない。待っているのは、死だけだ。
友達は減った。随分と減った。
もう今は誰も、白虎になりたいなんて言わない。
それは忌むべき存在だ。
忌むべき、憎むべき…、汚れた存在!
俺たちが本当に討つべき敵だ。
もう今は誰も、世界を救うなんて言わない。
そんな言葉、もう言えなくなってしまった。
理解するべきではなかった大人たちの悲しみが、憎しみが、今…嫌と言う程分かる。
それでも、それでも……
「おーい、零瑠!行くぞー!」
「ああ、今行くよ!」
俺の心には、幼き日に抱いた希望がまだ、確かに存在する。
まだ、諦めきれない。
まだ、諦めずに居られる。
俺はまだ諦めるわけにはいかない。
この命は、誰かの命と引き換えに存在するものだから。
この戦おうとする意思自体、父や母や多くの大人たちが守ってくれたものだから。
だから次は俺が、子供たちを守らなくてはならない。
まだ幼いあの子たちの胸にある希望を守り抜かなくては。
それが例え、まやかしに近い希望であったとしても。
それが潰えてしまった時こそ、本当の終わりを意味するものだと分かっているから―――
まだ、諦めない!
やっとやっと!再登場させれた!汗