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6話


重く長い沈黙の後、ファイは深いため息をついた。


「キラよ、儂は本当はこのような手段はとりたくなかったのじゃがな…。」


そう呟いた後、ファイが射抜くような琥珀の瞳をエンジュに向ける。思わず、エンジュの細い肩がぴくんと跳ねた。


「エンジュ、こっちに来なさい」


それは反論を許さぬ口調であった。するりと、老人の者とは思えぬ強い力が、エンジュの手首を握った。


「おい、爺、勝手に触るな」

「キラ、お主がこの娘が滅ぶのをよしとせぬ事は十分分かった。」


地響きのようなキラの声を遮るようにファイが言う。

世界の中枢を担い、地界の秩序を正すのが司法院の役目。

キラの紅い瞳に焦燥の色が浮かぶ。


「ならばこの娘の命、こちらで預からせてもらおう。」


そう告げる冷酷な表情はキラに100年前のファイの姿を思い出させた。100年前、自分に刑を言い渡した時の、あの顔―――

知らず、キラは唇を噛み締めた。

そう、自分はしくじったのだ。もうずっとずっと前から、自分はこの老人の手の中に在った。


「ファイ、てめぇ!殺すぞ!今すぐエンジュを放せ!」

「その言葉を実行する力なぞ、今のお主にはありはせぬ」

「…てめぇ、てめぇ!ファイ!殺してやる!」


紅い瞳をぎろりと剥いて、怒鳴り散らした。鉄格子の隙間からファイの首を捕らえようと細い腕が伸びた刹那、


「キ、キラ様!」


衝撃音が上がった。火花が散るような激しい音と共に、キラの体ははじき飛ばされ壁に打ち付けた。


「…ぐっ!」

「キラ、今のお主には何も出来ぬ。分かっておる筈じゃ。」


思わず、口から苦痛が漏れる。久しぶりに感じる苦痛であった。

紅い瞳は、恨めしげにファイを見上げた。噛み締めた唇から、鮮血が滲む。


「この娘の命、目の前で絶たれたくはなかろう?」


その言葉に、エンジュの喉が小さく鳴いた。なぜなら自分を拘束していないファイの左手には、短剣が握られているからだ。

戦慄に凍った瑠璃の瞳がファイを至近距離で見つめる。しかし無情にもその視線が交わる事は無く。握りしめられた箇所がじっとりと汗でぬれる。


「キラ…様…」


情けない事に、声が震えた。目元に涙が浮かんでくるのを、エンジュ自身感じていた。





「分かった」


一体どれほど重い沈黙が支配していたのか分からない。極度の不安と緊張でエンジュの呼吸が上がってきた時、その言葉が聞こえた。


「お前の勝ちだよファイ。お前らの犬になってやるよ。」


掴んでいたファイの手が緩む。エンジュは咄嗟にファイの手を振り払い、鉄格子越しキラに駆け寄った。

錆び付いた鉄格子をぎゅっと握りしめる。


「キ、キラ様!申し訳、ございませ…!」


最後の方は涙で声がかすれた。


「いや、お前全然悪くないから。人質にされただけだから。泣くな。」


キラは一瞬躊躇うように鉄格子に触れ、そこに衝撃が無い事を確かめて、手を伸ばしエンジュの瑠璃色の頭を優しくなでた。


「まぁ、なんだ、これからは自由にお前の隣に立てるしな。」


まるで求婚のような台詞に、エンジュは一瞬呆気にとられた後に、照れるように笑った。


「光栄です、キラ様」


◆◆◆◆◆


「さてと、エンジュ。私はそこのクサレ爺に話があるから、お前今日はもう地上に戻ってな」


キラがそう言うと、エンジュは心配そうにファイとキラを交互に見つめた。その視線は明らかに信用出来ないと訴えていた。その露骨な不信感に内心キラは可笑しくて仕方なかったが、優しい表情で大丈夫だと言って、エンジュが牢から出るのをファイと二人見送った。




「これで満足かの、キラ」


エンジュが出て行った瞬間、ファイは不満タラタラといった口調で言った。そこには先ほどまでの張りつめた空気は全くなかった。


「まぁまぁかな」

「なにが”まぁまぁ”じゃ。儂を腹黒にしたておって。…お主本当は抵抗する気など無かったじゃろ」

「んー、だってお前がエンジュ人質に取るのなんて目に見えてるしー、」


キラはそう言うと本日二度目の大きな伸びをした。成長停止の為、体がなまるという事は無いが、いかんせん暇すぎる生活でついてしまった癖だ。


「でもすんなり言う事聞いてやるのもちょっとムカつくからさ。」


自分は最初からしくじっていた。ファイが最初に笑ったときから、自分の敗北は悟った。だから、ちょっとして意趣返しをしてみた。

抵抗するればファイは最終手段、人質を実行せざるを得なくなる。そうすれば、この狸爺の腹を少しばかり明かしてやれる。キラはただそれがしてみたいだけだった。


「見たかよエンジュのあの表情!分かりやすく裏切られた!って顔してたよな~。幻滅って感じだよ、司法院最高議長様!あっはっはっは!」

「お主性格の悪さがちと悪化したのう」

「誰のせいだよ」


二人のため息が重なった。そして暫しの沈黙が続いた。それは重く不快な空気ではなく、本音を言葉にしない二人がお互いの感情を確認する為の時間であった。


すまぬキラ…

何勝手に謝ってんだよ。うっとうしい。

…覚悟はよいか、もう後戻りは出来ぬぞ。

なにを今更。人質まで取っておいて無駄に気とか使うな。


視線だけでそう交える。

どこかで、鐘の音が聞こえた。

日没を知らせる鐘の音。それが、合図だった。ファイは無言のまま、永きに渡って少女を捕らえ続けてきた牢にそっと手をかざす。淡い光がともるのを、キラはぼんやりと見ていた。


パキンと小さな音が聞こえた後、キラは目の前の空間にヒビが入っていくのを見つめた。目の前に立つファイが歪んで見える。

ガラスが割れるような激しい音とともに、結界が解ける。鉄格子が、ガラガラと目の前で崩れていく様を、ぼんやりとキラは見つめて。その姿をファイは見つめる。しかし紅い瞳からは悲しみも喜びも、何も、感じ取る事が出来なかった。

だから思わず聞いてしまった。


「どうじゃ?100年ぶりの自由は」


この状況が本当に自由であるかなどと言う事は今は考えない。ファイは知りたかったのだ。彼女の心に、僅かにでも喜びが在るのを―――

そんなファイの心情を知ってか知らずかキラは淡々と自由への一歩を踏み出し、


「いやーなんつーか、……別に、だな。」


手枷の無くなった腕を、そこに残った痕をキラはぼんやりと見た。


「自分でももっとなんか、こう…感動?みたいなのあるかなーと思ったんだけどさー」

「………」

「なーんか、マジであれだな」


キラは一人納得したように頷く。


「私って冗談抜きで、どうでもいい、なんだな」


そう言うキラの横顔に、ファイは少しだけ寂しさを感じ取った。


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