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5話


鬼たちには天敵となる存在が在った。異なる世界の住民である人間たちは彼らの事を”魔族”と呼んだし、鬼たちは”ゾーム”―――”異形なる者”という意味の言葉で呼んでいた。

いつから戦っているのか。

なぜ敵なのか。

その理由を知る者は居ない。

ただその為に生まれたのが青龍の結界であり、世界を覆い尽くす巨大な結界―――それを皇炬覇耒おうこはくらいと言う。それを維持出来るのは代々青龍を継ぐ者だけである。

世界で最初に皇炬覇耒を完成させたのは、13歳の少年だったと言う。史実であるか確かめる術も無い。ただその時より青暦が始まり、それから3000年近い月日が流れても尚、戦いは終わらない。

青龍が結界を維持し続け、朱雀が癒す。そして白虎が結界を破壊し侵入しようとする敵を打ち続けてきた。


「お主をこの闇より解放しようぞ」


その言葉に深紅の瞳が動揺したのは、僅かな時間だけだった。親しい者でなければ気づけない程に一瞬であった。今はまた気だるげな瞳が、じぃっと老人を見つめていた。そしてふっと息を吐いた。


「私があの糞親父を斬り殺してから100年」

「白虎の空位が100年じゃ、キラ」


100年と言う長すぎる時間の中、族長不在と言うかつてない異常事態を秦族の戦士たちは耐えてきた。否、耐えるより他に道がなかったのだ。彼らは戦う事を宿命としていたし、それに何より、敵は今も攻めて来ている。

守らなければ、戦わなければ。一体他に誰が?

もし、もし。

皇炬覇耒が破壊されてしまったら?

そうすればきっとおそらく、いいや確実に世界が終わる。

だから、逃げられない。戦うより道が無い。

けれど、しかし、もう―――


「もう、限界なのじゃ、キラ。」


100年に渡る白虎の不在。それでも守り続けた結界、その代償は余りにも大きすぎた。


「キラ、このままでは、地界が終わる。だがその前に秦族が…。お主の一族が、そう遠くない未来のうちに全滅する」


最早その時は刻一刻と近づきつつあった。彼らの多くは戦意を失い、己の宿命と無力を呪い、街には絶望と身を焼くような憎悪が渦巻いている。


「それで私にここから出てもう一度戦えと」


その声にエンジュは思わず身震いした。5年というけして短くない付き合いの中で、一度も聞いた事が無い闇色の声。それは、心の底から楽しんでいる声だった。

深紅の瞳が醜く大きく吊り上がり、彼女の笑い声が地下中に木霊した。ぞっとするほどおぞましい笑い声であった。


「でぇ?」


涙を流す程に笑った後、彼女は短くそう聞いた。なにを指すのか理解出来ず、エンジュはただファイとキラを交互に見つめた。


「で、ファイ、その代価にお前は私になにをくれるんだ?」


錆びた鉄格子の間を、細い腕がするりと抜ける。


「私はお前が欲しいよ、ファイ」


秦族のものとは思えない程に細い両手が、ファイの頬を優しく包み込むように触れた。


「お前ら司法院どもの首が欲しいよ」


愛しむように慈しむように、そう呟いた。


「私を殺し続けたお前らを、殺してやりたいんだ」


◆◆◆◆◆


「て、言うのは結局現実的じゃないんだよな」


それまでの歪んだ空気が一変し、キラは再び気だるげに息を吐いた。


「これの調整はそっちが握っている訳だしな」


キラが指す先には黒く鈍く光る封印石。この世で最も固いとされる鉱物であり、それは白虎の力を持ってしても破壊は絶対に不可能なのだと言う。

種族特有の能力を無効にする呪石であり、主に罪人に使用され、一般市場での取引は明族が固く禁じている。

今の彼女には素手で岩を砕くような秦族の力は無く、他種族と同等の身体能力―――例えるならそう、エンジュと変わらない腕力しか無い。


「つー訳でめんどいだけだし、パスだ」


キラはそう言うと、大きく伸びをしながら壁にもたれ、胡座をかいた。あくびも一つ。再びその瞳に生理的な涙が浮かぶ。


「キラ、お主には最早同族に対し僅かばかりの情も残っておらぬと言うのか」


ここに来て初めて、ファイの口調が責める物に変化した。ファイの琥珀の瞳にも険が宿る―――様を、可笑しそうに見つめた。


「おいファイ、良いように記憶を捏造すんなよ。一体いつの時代の私になら、同族に対する情があったよ」

「さりとてお主は戦った。幼虎として、幾度となく戦場に立ったではないか」

「まぁ他にする事なかったし…って今の方がやることないって話か。」


そう言うと他2種族より長い犬歯を見せてくっくと笑った。


「地界が滅ぶって?」


紅い瞳が爛々と輝く。まるで明日の希望を信じる子供のような無垢さで、きらきらと。


「そんな事分かりきっていただろ?」


世界はとうの昔に破滅の道に進んでいた。そう、ずっとずっと前から、最早修正が効かぬ程に歪んでいた。


「……キラ、お主…同族に対する情はなくとも、」


そこでファイは一瞬躊躇うように間を置いて、エンジュを見た。それに気づいたエンジュの心臓が嫌な音を立てた。


「エンジュはどうする。地界が滅んで、そこのエンジュが死する事も構わぬと言うのか」

「笑かすな、ファイ。そんな脅しが私に通じると思うなよ」


じっとりとした汗が、額に流れる。エンジュは、それを拭う事さえ出来ず、両者を見つめた。


「白虎の不在が100年。その間に減った秦族の人口…考慮しても、今すぐここ数年の話じゃねぇだろ。そうだな、おそらく、もって後十年ってとこか?秦族が死に絶えるのは。」


エンジュの瑠璃の瞳がファイを見やる。全てを見透かすような琥珀の瞳は何も語らず、それが余計にエンジュの不安をあおった。沈黙は何よりの肯定だ。


「それから考えて、青龍が結界を維持し続けれる時間だが……、あーー今の青龍って誰だ?知らんけど、まぁ青龍である以上、攻撃下においても30年以上は耐えれるだろ?そこに朱雀の癒しが加われば、その倍はいけるよなぁ」


秦族の壊滅までに10年、そこから青龍、朱雀の力が尽きるまでに60年。つまり後、70年後と言ったところだ。


「因にだが爺、そこのエンジュは童顔に見えても20は超えてんだよ。―――で、だ。」


そこから先は、言わずとも分かった。

蘭族の平均寿命は男性で71,3歳。女性であっても73.8歳。80歳を超える者は蘭族の中でも極一握りの、族長の血筋を持つ者しか存在しない。エンジュはごく一般家庭の出身だ。

つまり。


「人生余裕で謳歌し放題だな」


キラは勝ち誇ったようにニヤリと笑った。


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