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4話


「し、司法院最高議長ファイ様!?」


深い深い闇の牢、その中で酷く似つかわしくない声色が響いた。それは蘭族特有の淡い色素を持つ少女のものであり、少女は長い瑠璃の髪を揺らしながら、雲の上の上の存在が目の前に居る事にあからさまに動揺し、動揺しまくった。


「うるさいよ、エンジュ。」


そこに気だるげな声が掛かる。いつも通りのその気だるげな響きの中に、ほんの僅かにだが平時にはけして無い興奮が含まれている事に、気づいた。

瑠璃の瞳が動揺から不安に変わる。


「エンジュ、お前は下がってろ。」


予想通り気だるげな声同様に、その美しい顔が、妖しく笑っていた。

瑠璃の髪の少女、エンジュは声も無く頷いて従った。


地界の最深部にあるこの闇の牢は、殺風景と言える程に広かった。

なぜならここは、永久禁固刑を言い渡された大罪人のみに宛てがわれる牢であって、つまり、永久に出る事が出来ない彼らに与えられた僅かな慈悲である。

永久禁固を言い渡された罪人は過去に数えられる程にしか存在せず、その末路は決まって彼らに与えられた唯一の自由、自害で幕を閉じる。故に、今尚服役する者などは存在しない。ただ一人を除いては。


100年前、鬼たちから世界の柱を奪った少女。そのとき16歳。

幼虎と呼ぶにはあまりに強大すぎた少女の力は、実父との間に消える事の無い摩擦を生んだ。

名をキラと。


白い肌に、未発達ながらしなやかな肢体。血を思わせる鮮やかな紅い髪と瞳。

少女は、酷く美しかった。さながら作り物のごとき美しさであった。

色とは対照的に冷えきった瞳は、無機質な宝石と呼ぶに相応しかった。

そして少女に会えば二度と忘れられぬ印象を残す理由が一つ。少女には、在るべきものが無かった。

深紅の髪が隠しているのではなく、最早そこに存在していなかった。

鬼たちの誇りが、象徴が、心が―――


「お前がここに来るってことはー」


少女は口元を歪ませながらゆっくりとした動作で立ち上がる。その首元には、全ての能力を奪う封印石が黒く鈍く光っていた。


「かーなーりーやばい事態、だ」


少女は歌うように呟きながら、自身を繋ぐ鎖の長さの限界まで歩いて、百年前自分に刑を下した男の一人であるファイを見上げた。


「つかお前…老けたなー」


少女はあけすけにそう言い放ち、無遠慮に視線をやった。その言葉に、頭髪から長い口ひげまで真っ白な老人、ファイは深いため息をついた。


「お主、儂を幾つだと思っとる。昨日で100と52回目の生誕の日を迎えたわい」

「え、マジに爺じゃねぇか。」

「そう言われても否定できんのぅ」

「つーか、マジ100年経ってんなー」

「まじじゃよ」

「爺がマジとか言ってんな」

「お主とてそう変わるまいよ」


目の前で繰り広げられる会話に、エンジュは心底驚いていた。おったまげた、という表現をしても良いくらいに驚いていた。

庶民も庶民、超下町っ子であるエンジュとって、生涯拝謁すら許されない存在、それが世界の頂点の一人と言える男、ファイだ。

司法院の最高議長がこの地下牢に来た事にも驚きだが。普通するだろうか、最高に因縁の仲の二人―――刑を下した者と下された者が100年ぶりの対峙で平然と若者言葉についての論議など。


「お主は変わらぬのぅ」


その言葉に再び緊張が走ったのが分かった。エンジュはすぐさま視線を自身の主へと向ける。

どう言う感覚でそんな言葉を掛けたのか理解出来なかった。なぜなら、キラから時を奪ったのは他ならぬファイ自身であるからだ。不安で無意識の内に祈るように胸の前で腕を組んでいた。


「なに、お前、マジに大丈夫か」


しかし意外にもキラの声には、その言葉通りの気遣う響きが在った。


「お主は変わらぬのぅ」


先ほどと同じ言葉を、ファイはもう一度深く呟いた。キラは怪訝そうに眉を寄せて、小さく笑った。


「どう変われってんだよ、爺。」

「それもそうじゃな」

「つか面倒くさいからいい加減本題に入れよ」

「相変わらずせっかちじゃ」

「うっせんだよ、爺」

「それではエンジュ、少し席を外してもらおうか。」


そう言われて初めて、エンジュは自分が未だにまともな挨拶どころか名さえ名乗っていない不敬に気づき、青ざめた。次いで自分が居ては話の邪魔になると言う当たり前の事に気づき、さらに青ざめて、慌てて立ち上がった、時。


「おい、お前がエンジュに命令すんじゃねぇよ」


キラの、這うように低い声がそれを遮った。それまでどこか懐かしむようだった二人の空気が、一変する。


「お前ごときがエンジュに命令すんな」

「まだ一般の者の耳に入れるにはちと早すぎるのじゃよ。」

「お前の都合なんて知るか。」


威圧的なキラに全く臆する事のないファイの態度が、より一層場の空気を冷たいものに変える。不安と緊張で、エンジュの体は小刻みに震え始めた。


「勘違いするなよ爺、私はお前の都合どころか、もう何もかもどうだっていいんだよ。」


つまり、話を聞くかどうかの決定権はこちらにある、と言ったキラの言葉で沈黙がおりた。瞬間、ファイの口元はつり上がっていた。それを見逃す筈の無いキラの眉間には皺が寄る。


「よかろうでは、」


長い長い空白の時間、道のり。

狂った世界の秩序を正す為に仕向けた感情。

それを得る為に出した大きすぎる犠牲。

だがしかし、おそらく時は熟した。ならば今こそ———


「お主をこの闇より解放しようぞ」


紅い瞳が、大きく見開かれた。

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