3話
鬼たちは神や仏という概念を持っていない。偶像、姿形の見えないもの信じる心など彼らの中には存在しない。ただし彼らには、絶対的に信じ付き従うべき存在が居た。
それが、それぞれの種族を統べる族長の存在。明族族長青龍、蘭族族長朱雀、秦族族長白虎。圧倒的な力を持つ唯一無二の存在、それが族長であった。
戦場では白虎自ら先陣を切って戦い、青龍は地界を覆う強大な結界を維持し続け、朱雀がそれを癒し続ける―――それが鬼たちの世界の不変だった。
その不変が崩れたのは今から100年前。当時の白虎の一人娘であり幼虎(次期白虎を意味する渾名)であったキラが、自身の父親を殺害した事からすべては始まった。
「…よぉ、久しぶりだな」
少女は捕らえられ、地界で最も深い闇の牢へと繋がれた。大罪を犯した少女に対し、明族からなる法の守人―――100人の司法院議員たちは地界での極刑である”永久禁固刑”を下した。
「お前がこんな地下まで来るなんてな。」
死ぬまで幽閉される終身刑と異なり、その名の通り永遠を意味する。術者により肉体の時間を止められ、成長老化代謝の一切が停止する。
少女は術を施された瞬間、刹那のまま生きる。鼓動さえ停止したまま―――
「100年ぶりだな、ファイ」
これからもずっとずっと変わらず、少女は少女のまま。
◆◆◆◆
「なぁエンジュ知ってるか?」
例えばの話、それが無いからと言って生きていくすべをなくす訳ではない。
寿命が縮む訳でもないし、身体的になんらかの障害を負う訳でもない。
種族特有の能力が劣化する訳でもない。
機能性など何一つ認められていない物だ。
在ろうが無かろうがきっと”生きる”という事に一切の支障はない。
けれど、鬼たちは疑う事も無くそれを誇りだと言い、命よりも尊び、自分自身そのものだと思っていて―――つまり。
それはきっとおそらく彼らにとっての心臓なのだ。
傷つけてはならない、心のような物なのだ。
「なぁ、知ってるか?」
心と同じで―――一度折れてしまえば、完全に癒える事など、ありえない。
「人間には、角が無いんだって。」