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2話


「負傷者が多く出ている、迅速に治療を頼む」


自身も深い疲労の色をにじませながら、ケントゥリア(百人隊長)が蘭族に言った。彼ら特有の淡い色素と柔らかな雰囲気が、ようやっと、戦場から戻った事を教えてくれる。


「主な外傷は右肩から右肘にかけての裂傷ですね…。暫しお待ちください。」


俺の治療に当たってくれているのは、蘭族の女の子だった。多種族の年齢は外見では分かりにくいのだが、…俺と同じく14歳くらいだろうか。

淡い緑色の髪に似た淡い光が手の平から溢れる。その光が傷に触れると、じんわりとした暖かみとともに、ゆっくりと痛みが引いていく。気が緩む。俺は深いため息をついた。


「痛みはどうですか」


優しい声色で訪ねられ、俺は右の拳にぐっと力を入れて確かめた。さっきまでの酷い痛みなんて、まるでなかったように跡形も無く傷は消えていた。


「あーうん、ありがとう。もう大丈夫。すっごく楽になったよ、ありがとう。」


答えると少女にっこりと微笑んだ。自分たちの中には居ない、可愛らしいと形容するのだろう、そんな彼女の能力ではない笑みに心までじんわり暖かくなった気がした。


「お気をつけて」


彼女は口元に小さな笑みをたたえたまま小さく会釈して立ち上がった。俺たちの使命に終わりが無いのと同じように、彼女たちの使命にもまた終わりはない。

俺はもう一度だけ右腕の具合を確かめた後、未だ自分の治療はせず指示を出すケントゥリアのもとに向かった。


「ケントゥリア…」

「零瑠か…、治療はすんだのか」


俺は頷くだけで答えて、ケントゥリアの視線の先を見つめた。

傷ついた仲間。蹲って痛みに耐えるもの、体の震えを押さえ込む為に膝を抱えるもの…涙を流すもの。

俺たちは戦い続ける事を生涯の使命とする者。生まれた時からそう決まっていた。

それが俺たち秦族の誇り。だけど


「もういやだぁ!俺の、俺の足がぁ!」


仲間の悲鳴が狭い治療室内に響いた。男、サイの右太腿から下はない。戦場で焼落されたそれは既にこの世にない。サイのわめき声が、いっそう激しくなった。


「落ち着いてください!動かないで、治療の妨げになります!傷はすぐに直しますから!足は元に…」


蘭族の力さえ在れば、失った物が腕だろうが足だろうが目だろうが元に戻る。跡形も無く。傷は消え去り、無かった事にされる。そしてまた―――


「いやだ、もう治さないでくれ!俺はもう、もう…!」


サイがその言葉を言う前に、ケントゥリアがさっと俺の横からサイの前に立った。


「ケントゥリア……」


サイは涙で充血した瞳でじぃっとケントゥリアを見つめた。口元が震えて、絞り出した声もまた、震えていた。


「ケントゥリア…もう、嫌だ。俺はもう、戦場には戻りたくなんかない…!もう嫌だ、もう、もう…」


サイとケントゥリアのやり取りを、狭い治療室の中一杯に詰め込まれた100人近い仲間が見つめる。空気は重い。当然だ。みんな疲弊しきっている。サイの言葉は仲間の言葉であり、下手すれば、いいやきっとおそらく秦族全体の言葉。


「サイ…。分かったから落ち着け、今日は休め。」


絞り出したケントゥリア自身も辛そうに眉間にしわを寄せている。


「嫌だ、もう明日からだって、俺は戦いたくない!」

「サイ!」


ケントゥリアの怒声の後、重い沈黙が訪れた。

サイの言葉は俺たちの言葉、だからこそ、口にしてはいけない言葉だ。

俺たちは守る者、守られる者ではけしてないのだ。

俺たちが戦わなければ、一体誰が?

敵は今も攻めて来ている。

決められている事なのだ。疑う事すら許されない程に、それが俺たちの役割なのだ。戦って死ぬ事が―――


だけど。だけど。


12の初陣の日から、二年間ひたすら永遠とも思える時間を、ずっとずっと。

負傷してもすぐに傷は癒され戦場に追い立てられ。

ある時からは睡眠の時間さえ癒しで補われるようになり、ずっとずっとずっとずっと戦場で痛みに、耐えなくてはならないなんて、もう…


「…耐えられない!」


涙を流しながら呟いたサイの言葉を、今度こそケントゥリアは遮れなかった。


青暦30XX年。世界は狂っていた。



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