025◇渇望◇渇えた王
最近夜間シフトなのですが、仕事明けは妙なテンションです。凄く眠いけどちょいハイです。
少しでもお楽しみ戴けたら倖いです。でもちょっぴりグロ注意です。
20130405
追記:起きてから不安になって読み直したら、微妙に読み難かったので文章訂正しました。
☆☆☆
甘い……と感じて、彼の眸は絶望に彩られた。まただ……と思い、彼女から距離を取ろうとした。
昨日までは親しく接していた男からの、唐突な程に手の平を返すが如き態度。当然乍ら何の過失もない彼女が納得する筈は無かった。
彼女は彼の正体を知らない。彼は普通の人間では無かった。彼女と同族である「人間」と呼ばれる生物を捕食するイキモノ。それが彼の正体である。
しかしながら、それを従容と受け入れる事が出来ない男でもあった。自らの生まれを、血を呪い、人間を喰らうその性を憎んでいた。
皮肉な事に、一族の中では指折りの強者と見做され、同族からの憧憬と嫉妬を浴びる存在でもあった。彼らはエリートである男が、そんな風に自分たちの有り様を否定する等とは想像も出来ないだろう。
男は食人鬼の種族として生まれ、同族の中でもピカイチの能力の持ち主である。それは一族内で「王」と呼び称される程のチカラで、エリートと呼ばれる能力者の中でも、他のモノの追随を許さぬ強者であった。
その強さの理由を知るのは、同じくエリートのみ。ある種の同類とも呼べる彼らは、王たる彼を哀れんだ。同情と軽侮。それが王に向けられる感情だった。
他の一族はただただ焦がれ憧れ、崇めるばかりの絶対的な王だったが、エリートと呼ばれる存在はそのチカラの源泉を知る。
故に哀れんだ。故に蔑み。故に……関わりを避けた。
強者たるには条件がある。
それは愛する者を喰らう事。
人間を愛し、その血を、肉を、余すところ無く喰らい尽くす事であった。
男は誰よりも沢山の人間を愛した。そして、愛した人間を誰よりも沢山喰らったのである。
食人鬼の本能か、単なる伝承か、強い能力を得る為の「教え」は、一族の慣習として残った。
初めての食餌は、恋人と呼ばれる「相手」と決まっていた。
恋人を喰らうのが、成人の証であった。
しかし。
普通。
餌に欲情などしない。
餌に恋などする筈が無いのだ。
喩え同じような姿をしていても、同じように言葉を発し、意思の疎通が図れる様に見えたとしても。所詮は捕食者と非捕食者。獲物であり餌である存在に、心を預けるモノが居よう筈が無かった。
それは禁忌である。
そして、その禁忌を越えたモノこそが、チカラを手にするのだ。
例外は何処にでも存在する。外れ逸れて歪む存在。それが彼等であるのかも知れなかった。
外見は同じでも全く違う命を愛してしまった。
そんなエリートと呼ばれる彼らは、チカラを嘱望する弱き者たちを羨んだ。それはもはや憎悪と呼んでも良い程の、マイナスの感情を一族に向けた。一様に同族を嫌悪する彼らの感情を、しかし一族のモノは選民意識と捉えた。
それはただ単に。
同病相憐れみ、この苦痛と悲嘆を知らぬ平和なモノ達に対する妬みでしか無かった。
同族で在りながら、その心の有り様が違う。想いが、心が、魂の心棒が違うのだ。
愛したくて愛した訳では無かった。愛したからには喰らいたくなど無かった。
しかし。
極めて皮肉な事に。
愛すればこそ。
その香りは甘美となり、耐えきれぬ食欲を誘うのだ。
麻薬の様に。
甘い毒の様に。
酩酊を呼ぶ馥郁たる香りが誘い、柔らかい肉が…甘い血が理性を駆逐する。
その強烈な迄の誘惑を、エリートと呼ばれる彼らは知っている。
耐え難い誘惑に、打ち勝てる筈が無い。
そして、当然乍ら。
誘惑に屈した末路も。
否応なしに知悉していた。
だからこそ。
哀れむ。
自らの不明を恥じて、自らの生を憎んで、同病相憐れみ、ソレヲ知らず生きる事の出来る「弱い」同族を憎んだ。
同族嫌悪と憐憫。互いに傷を舐めあうが如き同情と、誘惑に屈した己に対する侮蔑を向ける。
救いが無い。逃げ道が無い。袋小路の慰めあいと罵りあいが、例え互いに口にせずとも透けて見えた。
だから。
エリートたちは。
互いに関わらない様にする。
自分を崇め奉る愚かしくも平和な同族に傅かれ、怠惰な日々を過ごし隠れ住む。
殆どのエリートたちは、その様な生活を撰択した。
王と呼ばれる。
その男は、それを撰ぶ事が出来なかった。
蔑みは自己に向かう。同じ過ちを侵したエリートたる同類に向かう。同じ過ちを「知らない」平和な同族にも向かう。
自らの行いも、性質も、堪えきれなかった弱さを、抗えない本能を、憎み蔑み…………それでも尚。
人間の傍を離れられない。
人間を愛する事を止められない。
愚かで。
寂しがりやで。
弱くて強い男。
それが、彼だった。
☆☆☆
ゾプリ……と肉を裂いて指が沈む。温かい血と臓物を掬い取る。ペロリと指を舐めとれば、血の甘さにうっとりと眸を細めた。
コポコポと溢れる血を、溢さぬ様に口をつけて飲み干せば、喩えようもなく甘美な酩酊を呼んだ。我慢出来ずに肉にもかぶり付き、擬態した歯が生来の牙の役目を果たし簡単に骨さえも噛み砕いた。
やわやわとした肉を噛み千切り、血を啜り、美食に酔い痴れる彼の眸が満足そうに細められた。甘く蕩けて酔った眼差しは、悦楽に溺れるが如き艶を孕んでいた。
その眸を。
初めて見るその表情を。
快楽と絶望を宿した眸が見つめていた。
男は既に理性を失い、愛した女性の最後の感情を訴える、その眸に宿る声なき声に気付くどころか、気にかける事さえしなかった。
男は彼女を愛してしまった。
故に彼女の香りは男の食欲を刺激した。
耐えきれない誘惑に耐え、ギリギリまで我慢して、彼女の傍から離れようとして。
当の彼女に邪魔をされた。
まさかこんな事になるとは、思いもよらなかっただろう。愛する男が去ろうとするのを引き止めた。ごく普通の恋の末路が………この惨状だった。
美味しい。
と。
クラクラする程の甘美な香りと、その美味なる味わいに、男は陶然と酔い痴れた。
骨を噛み砕き。溢れ流れる血を余さず飲み干して、脳髄を啜り、眼球を吸出して咀嚼した。
柔らかい肉を噛み切れば、咽を打つ血の飛沫がある。口元から溢れそうになるソレ。強い酒よりも尚心地好く酩酊を誘うソレを、溢さぬ様に噴き出す箇所を舌で抑え、舐めとり、直接口に受けてゴクゴクと咽を鳴らして飲んだ。
渇き切って飢えた咽が、漸く得た潤いに歓喜する。焦燥に駆られ、苛立ちのた打つ程の渇望の日々は、満たされた食欲に掻き消えた。
「あ……ああ。」
それでも。
蓋をした心を抉じ開けるナニかが、ある。
大切なナニかを忘れていると、訴える声が、ある。
男は。
そして。
声にならない悲鳴をあげる。
また。
敗北したのだ。
本能に打ち勝つ日など来はしないのだ。
それを。
思い知らされ。
種族の違いを……自分が、人間では無い事を………化け物である事を思い知らされて。
ただ。
絶望に、心が軋むように哭き叫んだ。
地面には、彼女の名残の様に、僅かな血痕が滲んでいた。残ったのは、その染みと、着る者がいない服のみである。
☆☆☆




