022◇地域◇未来編〜闇媛02
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「う……あ?」
ぐったりとした躰がズルリと地を這う前に、黒い影が支えた。
私は口元を弛め、その影を褒める様に指を這わせた。ユルユルと蠢いて喜ぶエロ影は、私の忠実な僕なのだと今の私には判っている。
「な…にを?」
私に名を捧げた悪魔。私のモノ。
翼は紅の闇が「戻して」しまったから、今は傷らしき傷も無い。ジットリと血に濡れた衣までが、サッパリと乾いているのはどういう手品かと云いたいが、あの強大な神のする事だ。何でもアリなのだろう。
『時軸の神。至高の神。最弱にして最強。』
かの神を表現する詞が浮かんで……消えた。聴こえた……とも云える、それは知識だ。
私の人間の名残に、神に列なった『部分』が教えた。
私の神は、どうやら些か『特殊』なお立場でいらっしゃるようだ。
ゆるゆると影が蠢き、私の悪魔を拘束する。頭上に纏められた手首に絡みつく、黒い影を見れば摺り寄る別の影が「褒めて」と訴えているのだとワカル。
エロ影の思考を理解する日が来るとは思わなかったが、忠実なペットは多分「最初」から「こう」だったのだろう。こんなのに警戒していたのかと思えば苦笑が洩れた。
一瞬ビクリとしたエロ影に、しかし私は気付かぬ振りで愛でるように触れた。
「いい子…ね。」
犬扱いは不味いだろうか?しかし忠実な僕は嬉しそうに揺れている。
特に問題は無いだろう。
窓の外を見て、私が眉を寄せれば、エロ影はサッとカーテンをひいて、私の視界から「不快」を取り除きさえした。
もはやヒトでは無い己を、ヒトで在った頃と同様に信奉する存在は、やはり奴隷よりはペットと呼ぶほうが相応しい気がした。
神の吐息に触れて、既に私は昨日までの私では無い。様々な知識とチカラが、造り変えられた身の内に息づいている。
こうして実際に人間から離れて……外れて、初めて………本当に私は人間だったのだと知った。何と云うか複雑な心境である。それくらいの人間らしさは、未だ残っている様だった。
複雑……と云うか、皮肉……とでも云うべきか。
現在の私は、ある意味「仲間」であるとも思い、しかし「同じ」だなどと思いたくも無かった「彼ら」の誰よりも、人から外れているのだから。
だが。
これも、また決まっていた事だとも「知った」のだ
時の神。紅き闇。ワタシの……神。
私が神を喚んだ事で、この地に「道」が出来た。それは、しかし初めての事でも無いのだと……イマの私は知っている。
私は時軸の神の血に連なるモノ。それでも人間のまま死にゆく事も不可能では無かったのに、自ら人から外れたモノ。
時を操るチカラを些少なりとも得たのは、やはり血の流れ故にだろうか。
もちろん。あの方には効きはしないから、この地が過去を取り戻す事など出来はしないのだけれど。
紅き闇。
あの方を私が喚んだから。
この地に、闇が訪う「道」が出来た。塞がりかけては開く「道」。愚かな願いが「開く」道。
闇の気配が強くなり、この街を緩やかに覆う「夜」の神々。
ざわめく霊。小さな神。夜闇の濃密な気配。蠢く影が夜に疾駆して、甘い毒を振り撒いている。
私は窓の外に、それを見出だし、しかし何とも思わなかった。
何故なら。
それは、結局。
イママデと何ら変わらない「妄想の世界」と同じだからだ。
ただ。
どうしようもなく。
現実だと知ってしまっただけだった。
そして。
もはや。
彼らは私に害なす存在では無いのだ。
いや。
よく考えたら。
それさえも、以前から「そう」だったのでは無かったか。
闇は私を傷付けない。闇は私に従う。闇は私の…………眷族なのだから。
現実だと認識しても、妄想かと疑っていても、結局は変わらない世界でしかない。
被害が拡がったとしても。
ソレを認識し得る人間が。
一体どれだけ存在するだろう。
人間だったのに、私はソレを知っていた。
人間でなくなっても、人間の時と………全く変わる事など無い。
私が「視る」世界を、他の人間は、人外も…………多分認識する事は無いままだろう。
それは少し寂しい事ではあるが、現在の私はソレを視る事の出来る存在「も」知っていた。
その存在は、しかし仲間とは云い難い。
明らかに。
並外れた人外の存在なのは確かで、あまり慰めにならないのが微妙に切なかった。
私は未だ、少しばかり人間であった名残りを引きずっているようだ。
閉じたカーテンの向こうに蠢く闇が透けて見え、私は苦く笑みを浮かべた。
不快なのは蠢く闇の眷属では無かった。その影響を………被害を受ける人間を、哀れとさえ思わない自分自身に、少しだけ嗤えた。そんな薄情さも、よく考えたら人間だった頃から、然して変化してはいないのだけれど。
自分を人間だと信じ乍ら、人間だと自らに云い聞かせ乍ら、私は随分と人間離れした思考と感情を持っていた様だと。
本当に、今更ながら思った。
その感慨から逃げるように背け様とした視線が、紫紺の眸と交わった。
晴れやかな心境とは間違っても云えないが、それでも私自身が撰択した事は自覚している。そして、それを後悔する気も無かった。
そう。心の底から、魂全てで、私の存在まるごと懸けて。私はこの悪魔を欲した。その事実に、私は髪の毛一筋ほどの後悔もしない。
悪魔とエロ影の、機嫌を窺う様な「視線」を、私はしっかりと受け止めた。
これが、私の希んだ「現実」だ。
ただし………エロ影の場合は眸が有るかどうか不明なので、視線と呼んで良いのか微妙ではある。
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