002◇渇望◇初めての渇き
☆☆☆
欲しい……と意識したのは、寧ろ遅かった。
空腹を紛らわすように飲み食いして、いつまでも満たされずイライラした。
穀物。野菜。酒。肉。
多分、酒と肉が一番身体に満足を与え、けれど一番渇きを与えた。
それは本当に欲しているものと、ほんの少し似ていた。似ているが故に少しだけ悦び、似ているが故に許しがたい苛立ちを呼んだ。
却って渇きが増す。
飢えが増して、暴れだしたくなる。
甘い香りは周囲に充満している。
だが手を伸ばす事は赦されていない。
私自身が許さない。
細胞のひとつひとつが希求している。
欲しくて欲しくて泣きたくなる。
咽が渇いて酒を呑む。意味は無い。渇きは酒では癒されない。
耐えきれない飢えに肉を喰らう。
この飢えを満たす肉は、コレではない。
何を求めているのか。
その頃には気付いていた。
その日。
何食わぬ顔で、いつも通り登校した。
私のギラつく欲望も、飢えも、渇きも、誰一人気付かない。私は当たり前に笑い、勉強して、遊ぶ。
恋人と呼ぶのかボーイフレンドと呼ぶのか、まだ迷う彼と、一緒に帰宅した。
公園で、初めてのキスをした。
その甘い吐息。
芳しい香り。
疼く欲望と、歓喜する身体。
私は。
絶望に満ちた眼差しで、彼を見つめたのだと思う。
喰いたい。
飲みたい。
欲しくて。
噛み砕き咀嚼して嚥下して。
甘い、肉と血を余す事なく平らげたい。
私は。
初めて、自分が真っ当な人間では無い事を意識した。
認識した。
初めてのキスで。
羞じらう前に食欲に敗けた。
泣きながら。
私は彼の血を啜り。
泣きながら。
私は彼の肉を噛みちぎった。
いつもは普通の人間の歯に似せているのに。
擬態が解けて、骨も噛み砕き…染み出る甘みを楽しむように咀嚼した。
溢れた血をゴクゴクと呑んだ。
自分の肉体が歓喜して、踊り出したいくらい悦んでいるのが解る。
甘い。
美味しい。
一口啜る毎に。
一口噛み砕く毎に。
飲み込む毎に、消える「何か」を頭の片隅に意識した。
じきに。
どうでも良くなった。
ただ、目の前の食事に集中した。
何故、自分が泣いているのか、それも解らなくなった。
美味しい。
倖せ………倖せ?
やっと充足感を得ようとしているのに、疑問が湧く。
倖せ?
もちろん。
自身に問い掛け、頷く。
だけどその回答は何処か自信に欠けた。
何故、涙が流れるのだろう。
何故、私はコレを今まで拒否してきたのだろう。
色んな疑問が脳裏を駆け巡り、グラグラと視界が揺れた。
それでも。
私はソレの血を最期の一滴まで呑み干し。
肉片も骨の一欠片も残さず、丁寧に咀嚼して。
うっとりと……笑った。
笑った。
初めての食事に、私は非常に満足していた。
全てを手に入れた充足感に満たされ、軽い酩酊感が心地好かった。
クスクスと小さい乍らも笑いが込み上げ、けれど頬を伝う涙が不思議だった。
何故。
私は泣いているのかしら?
余りに美味しくて、感動したのかも知れないと思った。
もしくは。
これ程のご馳走には、二度と出逢えない気がして、食べ尽くした事を惜しむのかも知れなかった。
実際。泣いて惜しむに相応しい美味な獲物だった。
初めての食事が、こんなに素晴らしくて良いのかと思った。
それとも。
これが普通なのだろうか?
他の獲物も、全てこんなに素晴らしく美味しいのだろうか?
期待と恐れが私の心に浮かんだ。
私はコレがまた欲しい。
コレが欲しくて堪らない。
同じモノに。
出逢えなかったら。
私は永い時を。
ずっと何処か渇いたまま生きて行かなければならない。
そう思った。
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