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017◇地域◇未来編〜闇媛01

☆☆☆


 私は彼の翼を引き千切った。文字通り、根元から捩じるようにして、引き剥がした。

 出逢って直ぐに、私はエッちゃんに命じて彼を押さえつけ。

 その翼に手を掛けた。


 何故そんな凶行に及んだか?






 翼が無ければ。

 彼は逃げられないと思ったからです。


 彼は叫びました。

 泣いて赦しを乞いました。

 哀れな虜囚に、私は寛大になれるでしょう。

 そう。虜囚に対してならば。


 だから。

 逃げないように。


 私は翼を奪ったのです。




 だって。

 そうでもしなければ。

 二度と逢えないでしょう?



☆☆☆


 この世界が現実だろうと妄想だろうと構わない。彼が手に入るなら何でも良い。


 それは奔流のように私の心を浚った。

 狂おしい程の想いが、一瞬にして私を造り変えた。

 実際に。

 私は人間とは云えないモノになったと後で聞いたが、特に何とも思わなかった。


 翼をもいで、ボロボロと泪を流す悪魔にキスをした。

 人間の薬が効くかどうかは解らないけれど、治療すべく立ち上がった。


 そこに。

 紅い闇がいらした。


「………人間は時に、神さえも驚かせる。」


 初めて彼の方に見えた日、私は足が竦んで動けなかった。

 今は、そうでも無かった。

 その、オカシクなりそうなエロ声も、確かに強烈で反応しないでは無かったが。

 現在の私はこの悪魔がすべてになっているから、紅き闇に対する跪きたい衝動にさえ堪えられる。



 私は微笑んでいた。

 紅き闇の神に願いたい事が有ったから、その顕現は丁度良かったとも思った。そんな不遜な考えが自然に浮かぶ。それは昨日までの私には考えられない事態だった。

 そう昨日までの私だったなら。

 紅い闇は、畏怖の対象でしか無かった。

 その出現は、極めて迷惑でも有った。

 自らの狂気を誘う、恐ろしい存在。それが、この神だったのに………怨霊や言葉の通じない妖怪あやかしよりも尚理解出来ない、次元の違う存在。

 そんな存在だった筈だ。

 だが、何故か現在の私は知っている。

 紅き闇の神は、私「の」神に他ならない。

 闇に仕える、私の上位者。私が仕えるべき相手。

 私は、闇のチカラを身の内に感じていた。


「この悪魔を私に下さりませ。」


 私は私が仕えるあるじに願った。

 強請った、とも云う。


「それは魔界の王だ。私が頷いても意味は無いだろう。」


 冷ややかで、甘い。ドロドロとした官能を誘う声に、悪魔が身震いした。

 私は嫉妬したのだろうか?悪魔を足蹴にして、血を流し続ける背中を踏みにじった。

 途端に上がる悲鳴に、私はうっとりと嗤った。


 そう。それで良い。


 悪魔の意識は。

 私に対してだけ向けられるべきだと思う。


 私はとうとう狂ったのだろうか?

 だとしても構わない……とさえ思う。多分、私は「変わって」しまった。人間でなくなった以上に。私は昨日までの私ではなくなった。精神が、心が、想いが……違う。魂の有り様が違ってしまった。

 私の全ては悪魔に向かい、私は悪魔を得る為なら何でもするだろう。


 昨日までの私は、こんな事は出来なかった。


 悪魔の翼をもぎ取る事も。その傷を抉るように踏みにじる事も。

 悪魔が欲しいと………紅き闇の神に直接願い出る事も。


 出来る訳が無かった。


 私は。

 確かに。

 昨日までは人間だったのだ。


 今まで疑っていた。

 信じたいと祈りつつ、不安に怯えていた。

 私は人間では無いのではないかと、いつも狂気と正気の狭間に揺れていた。


 本当に人間でなくなった現在になって、漸く判った。

 理解した。

 私は人間だった。


 そして。

 現在は人間では無い。


 種族は知らない。

 悪魔では無いようだとは判る。

 悪魔を踏みつけたまま、私は首を傾げた。


 闇の神が、静かに嗤う気配がした。


「そなたは魔界の女帝となるだろう。それが、魔界の王であるが故に。」


 それ……と神が指した言葉が、悪魔の事だと理解しない訳も無い。

 私は頷いた。

 ならば、私はその「魔界」に行くのだろう。

 悪魔が魔界に在るべきだと云うなら、私がそこに行かない訳が無かった。


「下さりませ。」

「それは、既に願う必要も無い事だ。」


 再度乞うた私に、紅き闇が告げた。

 そうなのだろうか?既にこの悪魔は私のモノなのだろうか?

 それとも。

 私がそう決めたから叶う。

 そのチカラを私が手にしたから、「そうなる」と云う事かも知れない。


「名前は?」


 何の気なしに訊いた。

 けれど、気付いた。いや、知った?知っていた?

 私は人間でなくなったと共に、ある種の知識も得たようだった。

 悪魔に質問すると共に、その知識が脳裏に浮上した。

 名を得る事は、相手を縛る事にも通じるのだと。

 もちろん、下位の者が上位の相手の名を口にしたからと云って、そこには無礼な行為が咎められるだけで、効力など無きに等しい。

 そもそも、捧げられた名前にこそ、その効力は宿るのだ。

 名前を聴いても、知っても、本当には意味は無い。だから、神々や冥界に残る忌名の風習にも、本当は然したる意味は無い。その「名」を支配するのは、相手の魂を一度でも支配する必要が有るからだ。


 見上げた眼差しが懇願と怯えと期待を宿す。そこに愛情など無い。しかし、確かに悪魔が私に惹かれている事実も理解した。

 チカラに惹かれているのだ。

 紅き闇ですら、一目おいた私のチカラに。


 チカラは美に通じる。

 私は神々の条理に組み込まれた。そのチカラを得て、その属性を纏った。

 私は。

 既に神なのだと知った。


 美しさは、チカラ。チカラ有ると云う事は美しいと云う事。私は悪魔を魅惑する程に美しいのだろう。人間で在った時には、有り得ないチカラを身の内に感じる。

 そのチカラを、悪魔の眼差しにこそ実感し、私は満足の吐息を漏らした。

 悪魔は私に逆らえないのだろう。


 知らず笑みが零れた私を、見惚れたように見上げる悪魔の唇が微かに震えた。その唇が紡ぐ『名』は。

 確かに。

 私に捧げられた供物だった。

 私は舌の上で転がすように、その名を確かめた。

 悪魔は身を震わせる。

 支配の網が、悪魔の身体に纏いついたのが見えた。

 名を呼ぶ事で契約は成り、悪魔は私のモノに成った。




 こうして。

 私は、魔界の女帝として新たな生を享けたのだ。



 因みに。

 この時、黒き闇が顔を出し、その支配から逃れる為に、紅き闇の寵を得る事になったのは。


 蛇足と云うべき出来事である。



☆☆☆




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