015◇地域◇警視正のおじさん
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開かずの踏切を海側に渡り、十数メートルを進めば国道に出ます。
国道の横断歩道を渡れば、小さな交番が鎮座しています。
開かずの踏切を渡る前から、その交番は視界に映り、本来ならば遮断機潜りの抑止力ともなろう筈でした。
が、事故は相変わらず減る事が無いです。生きた人間さえ止まらないのです。そうで無いモノが意に介する筈もなく、渡る人間が居れば引き留めるカレラが当たり前に存在します。
――まあ交番も交番だし。
そう。
交番も、不思議を内包しています。
憂鬱になり乍ら、私は重い足取りを隠せませんでした。
その「不思議」は、常に交番に「居る」訳ではありません。
たまに、存在を匂わせる程度です。
でも。
私が交番に入れば、先ず百パーセント存在するのが「不思議」と云う存在なのでしょう。
化け物。幽霊。妖怪。どの名称が相応しいのでしょうか?私の目には、普通の人間にしか視えない男性です。
「こんばんは。」
硝子越しに内部を窺ったところで、意味は有りません。どうせ「居る」のを確認しても、私は入る事になるのですから。
しかし、外から見た時には存在しなかったのに、扉を開けた途端目に入った姿にはウンザリしました。
別に期待した訳では有りませんが、現れるなら最初から姿を見せれば良いじゃないですか。
ほんの少し。
私は苛立ちました。
「………。」
目礼のみで返し、私は用事を済ますべくソレを取り出しました。全く迷惑な話だと考え乍ら、拾得物をカウンターに置きました。
よく拾い物をする娘だな。
そんな目線で私を見て、慣れた手つきで書類が用意されます。必要事項を伝えれば、もはや用は有りません。
いつも思うのですが。
こんな小さな交番に、何故警視正が居るのでしょうね?
☆☆☆
初めてその警視正に出会ったのは、小学生の時でした。
私は母と海に出掛けるところだったのです。
開かずの踏切はその頃から既に有名でした。
十分や二十分待ったからとて、驚きには価しません。
「面倒ねえ全く。何で歩道橋作らないのかしら?」
現在でも継続中の不思議ですが、歩道橋の話は何度上がっても潰れるらしいですね。
母のウンザリした声音を聴いて、小学生だった私は顔色を窺うように見上げました。機嫌を損ねて、海行きが中止になるかと危惧したのです。
母は昔から短期で気紛れな人でした。
「………。」
その心配は杞憂に終わったかに思えました。遮断機が上がり、私たちは駅に立ったのです。しかし、目の前の落とし物に、私たちは沈黙しました。
私はソレを見つめ、次いで母を見上げました。
母は云いました。
「あなたは本当に何でこんなに変なモノばかり拾うのかしら?」
「………。」
まだ拾ってません。
と云うか、拾うのは前提ですか。そうですか。
逆らえば機嫌を損ねるのは必至です。私は大人しくソレを拾いました。
「……仕方ないわね。」
母は呟いて、私がついて来るのを確認もせずに交番に向かって歩き出しました。
交番から戻る時には、どうか遮断機が上がってますように。
そんな事を、私は祈りつつ駅を後にしたのです。
「………小判?」
交番のお巡りさんが、怪訝そうに矯めつ眇めつ観察しました。
ええ。小判ですとも。因みに私が小判を拾ったのは、その日が初めてでは有りませんでした。この交番には二度目のお届けですが、余所の交番にも届けた事が有りますよ。
現在迄に拾った大判小判の枚数は数え切れませんが、その頃は未だ届ける度に驚かれた記憶が有ります。
普通は拾わないモノらしいですね。
でも仕方ないですよ。
アレらが私の前に落とすのです。
お陰さまで小遣いには苦労しませんが、使わないようにしています。泡銭に囚われるのは、一種の罠では無かろうかと愚考するからです。
ダメ人間になりそうですよね。
「本物?」
悩みつつ、お巡りさんは拾得物の名称を「小判らしき物」と書きました。
本物ですがね。
アレらが落とすモノは時代も文化も無視しまくりです。
もちろん、後日本物と判明し、更に後日私のモノと相成りました。でも、この時は未だ確とは判りませんから、お巡りさんが正しいですね。
微妙な表情で書類を準備したお巡りさんが、もしかしたら「とっても」偉いのでは、と気付いたのは母と私のドチラが早かったのでしょう。
制服が、いつものお巡りさんとナニか違う気がしました。若いと云えば若い。オジサンと云えばオジサン。パッと見た感じでは、ごく普通の制服警官に見えました。
――ええと。これって偉い人?
階級を示す飾りがキラキラしてますね。私は市の警察署の署長さんの階級章を覚えてます。似てます。
この人は署長さんより大分若いです。
副署長さんとも違う顔ですね?
私が母を見上げると、母はエライかも知れないお巡りさんの手元をガン見していました。一応、母をよく知る私だからこそ気付いた事です。然り気無さを装う母の勝利か、単に鈍いのか、相手は気付いた風では有りませんでした。
――おお!?
警視正でした。
ビックリですね?お巡りさんとか呼んではイケませんでした。
口にしなくて良かったです。
――え?でも警視正?
普通。この辺りの警察署の規模なら、軽く署長クラスですよ。多分。恐らく。きっと。
と云うか、記憶の中の署長さんも副署長も、この人では無いですね。
そう思った私は無邪気を装い訊ねました。
「オジサンは署長さん?」
私の質問に、母の手がぐっジョブ!と形作られました。
オジサンは気付きません。
「違うよ?」
何故そんな事を訊かれるのか、そんな不思議そうな表情で、オジサンは否定しました。
私は眉を寄せました。
「じゃあ副署長さん?」
もちろん。
否定されました。
オジサンは最後まで不思議そうな表情でした。
私たちは、交番を出て、顔を見合せました。
「警視正って警視の上だったよね?お母さん!」
一応は周囲を憚りつつ、小さな声がしかし興奮を隠せませんでした。
小学生の私は、凄い人に出会ったと興奮する出来事だったのです。正直、現在の私は当時の私を理解出来ません。
ついでに何故か母も興奮していました。
「そうよ!凄いわね!」
繰り返しますが。
現在の私には何が凄いのか理解し難いのですが、当時の私は母に頷き返し、海に出掛けるより余程したい事が有りました。
私たちはまっしぐらに帰宅して、調べモノをしました。
あの頃の私は、何が楽しくて警察の階級などを調べていたのでしょうか?
この記憶の所為で、警視正と警視の序列だけは決して間違えなくなりましたが、刑事ドラマを観る時以外、何の役にも立ちません。
私は普通では無い拾い物をよくします。それは未だに変わらない現実です。そして、あの交番に行けば、あの警視正のオジサンが書類を書きます。
いま思えば、あの頃はオジサンと呼ぶには気の毒なくらい若い男性でした。
小学生の私にとってはオジサンでしたが、三十路を超えたばかりだったのでは無いでしょうか?
それとも、更に若かったのでしょうか?
何故か。
私が届け出る拾い物は、キチンと受理されています。
あの頃のままの、警視正のアレが記録した書類が、何故か普通に処理されるのが不思議でなりません。
アレは結局何なのでしょうか?幽霊なのか、座敷童子なのか。何であるにせよ、そんなモノが受付けた拾い物が、後日私の手元にキチンと廻り来る現実が不思議です。
「………あの警視正って、存在しないらしいわよ。」
母が呟くように告げた日、私はせっかく楽しかった調べものが無に帰した気がしました。
「あの交番に、たまに警視正が居るとかって噂よ。」
微妙な表情で、母が告げた日には、私も微妙な表情で見返しました。
アレを見る仲間が出来たとは思いませんでした。
時には、様々な人が遭遇する「不思議」な「体験」と、視える人の存在は、全く別の問題だからです。
警視正のアレは。
私が行けば必ず居ます。
何をするでも無く、普通に仕事をしています。
たまに。
他の人も出会うらしいです。
アレの階級に気付いた人が、アレの話をするので、結構有名な七不思議になりました。
時折。
不思議体験ツアーで、開かずの踏切詣でをする人々が存在しますが、彼らは必ずと云って良い程。
交番にも立ち寄るらしいです。
☆☆☆
交番に居た警視正は実体験です。
多分何て事の無い理由なのでしょうね。しかし明らかなキャリアが何でこんな小さな交番に居るのか、不思議でなりませんでした。まさか理由も訊けないしww
新しい署長かと思えば違ったし、署長より階級上だし………何でや?みたいな。
最近引っ越して来たんだよ〜と、お兄さんは云いましたが………引っ越しの事実よりも移動の理由を教えて欲しかった小学生時代の私。
しかし小学生時代の私が何故警察や自衛隊の階級を調べたのかは不明です。
母親とものっそ盛り上がりましたよ。謎な盛り上がりでしたよ。あ、拾得物はツマラナイモノでしたがね。
警視正、私たち親子に好き勝手云われて物語創られてました。
「トばされたのかな?」
「上に逆らった?」
「部下を庇ったハラタイラさんに5000点!」
「上官の娘との見合いを断ったに3000点!」
「犯人逃がした?」
「上司の尻拭い?」
「それなら更に部下がトカゲの尻尾でしょう。キャリアは大切にされるよ?コストかかるもん!」
「辞書に載ってた?」
「幹部育て上げるコストは平の何倍どころじゃないよ。育たない場合も有るから更に高いよ!キャリアは少々の事じゃ潰されないようになってる筈だよ。」
しまいにはコストの話に終始した夏の日でした。何でかコストに拘っていた子供時代も我ながら謎な思い出です。
いつの間にか来ていつの間にか居なくなってた、当時の警視正。平和に暮らしてると良いですね。
化け物役にしてごめんなさい……ナムナム。




