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第二話 カラーズ、侵攻。

 裏山から吹き抜けるたっぷりとした風の音は、数日前までの下界の残暑など、まるで知らないようであった。都心からわずか二時間の距離とは言え、いくらかは標高も上がってきたこの辺り、秩父はもう、静かに秋の中であった。青木はるみの運転するRX7で、相馬ひなは大叔母に当たる相馬みさをの元を訪れていた。

 今日は、もう一人、供がいた。供の者は、始めて見るその景色に、我知らず眩しそうな眼をした。車から、訪れた家の方を見れば、裏山には杉、椚、椎、樫の大きな木立と風に揺れる竹の林が見えた。振り返れば、今し方右に左にと蛇行しながら登ってきた細い舗装路と、棚田や段々畑が目に入る。

 都会暮らしに慣れた眼には、ただそれだけのことが新鮮に見える。

「おばさま、ひなです。ただいま参りました。おばさま?」

 鍵のかかっていない玄関の引き戸を遠慮なく開けて、ひなは大きな声で声をかけた。

 都会の者が家と言うにはやや大きく、しかし屋敷と言うには小さい、造りも決して現代風とは言えない、あえて言えば古民家と言うのがぴったり来るような、そんな建坪と雰囲気の家に、相馬みさをは一人で住んでいた。週に二度ほど、相馬家ゆかりの者が訪れ、細々としたものを届け、話し相手になる他は、たいていのことは一人で済ませていた。車を運転して、自ら買い物に出かけることもある。

「よく来ました。まずはおあがりなさい。」

 縁側に、ひなの声を聞きつけたみさをが姿を見せる。

「はい。」

 玄関をのぞき込んでいたひなはその声を聞いて、玄関をくぐらず、小走りに縁側の方に廻った。

「怪我をされたと聞きましたが。」

 縁側の上から、みさをが声をかける。

「もう大丈夫ですわ、おばさま。すっかり元気になりました。」

 みさをは一瞬眼を細め、それから、八〇歳近い年齢とは思えぬ華やいだ笑顔で、こう言った。

「ひなさん、――あなたまた、色恋沙汰がありましたね。」

 一瞬で真っ青になったひなは、縁側の前で立ち尽くす。

 そこへ、青木はるみと、一人の少女がやってきた。

「みさを様、青木でございます。お言いつけの通り、新しく屋敷に迎えたメイドを連れて参りました。」

「ご苦労様。そちらの方ね?」

「初めてお目にかかります。吉田紗幸と申します。」

「吉田さんですか。相馬の者が世話になります。嶺一郎の叔母、みさをです。」

「はい、よろしくお願いいたします。」

「縁先で立ち話もなんですから、さ、あちらからおあがりなさい。」

 さっきまでの快活な様子がなりを潜めているひなの様子に、はるみも紗幸も気づいてはいないようだ。ただ、三人して黙って玄関をくぐり、三和土に履き物を脱いで座敷に上がった。

「さてさて。何からお話しますかね。」

 三人を見回しながら、みさをはそう言った。

「やっぱり、大事なお話からいたしましょう。」

 ひなを中心に左右やや下がって控えているはるみと紗幸は、ひなが少し小さく縮こまったように思えた。

「ひなさんに、いくつかお尋ねすることがあります。」

「はいっ」

「そう緊張しなくてもよろしいのですよ?ただね、森田とのことではあなたを叱ったつもりでしたのに。また、色恋の沙汰があったようね?」

 青木はるみと吉田紗幸の前で、みさをは遠慮なくひなを叱る。静かだが、有無を言わせぬ重さのある言葉だ。紗幸には戸惑いの表情が浮かんだが、はるみの表情は変わらない。あらかじめ、この話題になると踏んでいたようでもある。

「おばさま。あたしが未熟なのはいくらでもお詫びいたしますし、反省もいたします。でも、……。」

「口答えを、なさいますか?」

「事情を、事実を、話させてください。」

「……うかがいましょう。」

「……あたし、壊れそうだったんです。」

「壊れそうとは?」

「あたし、傷ついて、もう、相馬ひなっていう人格は殺してしまおうって、一度はそう思いました。それは、あたしを慕ってくれていた大切な友達を、あたしの仕事のせいで、あたしが仕事をしているせいで、苦しめ、傷つけてしまったからです。でもそれを」

 みさをは首を左右に振り、早々にひなの言葉を遮ってしまった。

「――あなた、自分の仕事が何なのか、分かっていないのですか?言ってご覧なさい?相馬ひな、あなたの仕事は何ですか?」

「……人殺し、です。」

 ひなは、畳に両手をつき、頭を下げる姿勢になった。みさをの口調は、そうするに相応しい叱責の口調だった。

「よろしい。それで?その仕事をきちんと行うことと、友達を傷つけてしまうこと、どちらが重要で重大ですか?」

「……。」

「ひなさん、あなたには落胆しました。確かにあなたは誰かを傷つけ、また自身も深刻に傷ついたのかもしれません。でも、その痛みに耐え、自分を抑えることもできずに、人様の命を奪うという大それた仕事はできません。自分は心の中でありったけの血を流し、ありったけの涙を流し、ありったけの声を張り上げて泣き叫び、でもそれは一切、表には出さない。相馬の家を継ぐ者は、それができなければ。」

「承知、しています。」

「口で言うのは簡単です。……少し、お待ちなさい。」

 みさをは奥へと一度引っ込んで、やがて、白木の鞘に納められた日本刀を提げて座敷に戻ってきた。それは、この夏に預けたままの、鬼斬りだった。正座をし、両の手を畳についたままのひなの前に、みさをはゆらりと立つ。

「あなたは、鬼斬りの娘なのですよ。この刀に、鬼斬りに対して恥ずべきところはないのですか?」

 静かに尋ねる。

「……。」

 ひなは、何も答えない。

「答えなさい!」

 ふだんは上品なみさをが、刀を片手に、額付くひなの前で足を踏みならし、怒鳴り声を上げた。

「……。」

「もう一度尋ねます。恥ずべきところはないのですか!」

「……。」

 沈黙こそが答えだとばかりに、ひなは何も答えない。恥ずべきところはある、それはしかし自分の未熟さ、技量の不完全さそのものであり、口にしても仕方のない、自明の事柄である。だがそれでも、自分は未熟ななりに、常に全力で生きており、その点は恥じる必要は一切ない、そうひなは考えている。

 だがそれを口にして、この大叔母が納得するとは思われない。それ故の、沈黙であった。否、と応える代わりの、沈黙であった。

 みさをの右手が、すっと、鬼斬りの柄に伸びた。

 紗幸とはるみが、ほぼ同時に、みさをとひなの間に割って入る。はるみはひなに覆い被さり、紗幸は、みさをの前に立った。身構えもせず、ただ壁として立ちはだかる。

「吉田、使用人の分際で邪魔立てしますか?」

 紗幸は目を逸らさず、はい、と応えた。

「退きなさい。」

 みさをがさらに言う。

「どきません。」

「あなたを斬って、それから青木ごと、ひなを斬る、それだけです。あなたがそこに立っていることに、どんな意味がありますか?」

「わたしは、お嬢様に、救われました。」

 間髪入れずに、紗幸は答えていた。はるみの体の下で、ひなの肩が、一瞬震えた。

「救われた?」

「この夏、お嬢様にお怪我を負わせたのは、いえ、ある依頼によりナイフで刺したのは、他ならぬこのわたしです。そのわたしを、お嬢様は、お屋敷に置いてくださいました。学校にも、旦那様とお嬢様のご厚意により、通わせていただいております。一度は諦めた命を救っていただいたと、わたしが選ぶわたしの人生を与えていただいたと、そう思っています。ですから、」

「その恩を返すのに、自分の命を懸けて何の躊躇いもないと?」

「はい。おっしゃる通りです。」

「……確かにあなたは、そういう眼を、嘘のない眼をなさっています。であればこそ、なおさら、この娘が自分の弱さに流されることが許せません。これは、この相馬の古い巫女であるみさをと、相馬の娘ひなの問題です。関わりのない者を斬るつもりはありません。あなたはそこを退きなさい。」

「どきません。」

 その刹那、何かきらりと光るものが自分めがけて伸びてきたのを、紗幸は見た。

 紗幸は、暗殺者だ。それが何であるのかを理解しないわけではない。

 だが、いや、だから、下がらない。眼も閉じない。

 何か、細かなものが宙に舞った。黒く細く、細かなもの。

 だが、それを眼で追うことはしない。そのまま、耐えた。

「おばさま!あんまりです!悪いのはひなです!紗幸ちゃんは何も!」

 覆い被さっていたはるみを跳ね除け、今度はひなが立ち上がった。紗幸の肩辺りを掴んで後方に引き倒すように強引に下がらせ、代わりに自分がみさをの正面に立った。

 その喉元に、たった今鞘に収まったはずの鬼斬りの切っ先が差し向けられる。

「お前はほんとうに、愚かな娘だね。」

「ええ、おばさま。あたしは、愚かです。」

「ならばここで、死にますか?――また、家の使用人をかばって、そして今度は、真っ先に死んでみせますか?」

「死にません。」

「では、生きたい理由がありますか?」

「わかりません。だけど、」

 ひなが姿勢を低くしてみさをの懐に飛び込む。鬼斬りを握る大叔母の手首を掴み止め、そのまま、渾身の力で二人の肩よりも高く押し上げる。

「死にたくない理由ならあります。守りたい人が、たくさんいます。この命を使えば、守れる命があるはずです!」

「――教誨師、鬼斬りの娘よ、それが、あなたの生き方ですか?」

「まだ、わかりません。ですが、そのように生きられたらよいと、そう思います。殺すばかりでなく、守るために……。」

 ふっと、みさをは笑ったようだった。頭上高く鬼斬りを掲げた姿勢のまま、笑って、告げた。

「ひな、下がりなさい。もうよい。」

「は?」

「下がってよいと言っているのですよ……。ええ。お前の強情と奔放には、正直呆れました。でも、だからこそ、なのかもしれませんね。」

 みさをの腕から力が抜けているのを確かめ、ひなは注意深く、一歩二歩と、後ずさった。十分な間合いができてから、みさをは、鬼斬りを鞘に納める。ふう、と一つ息をついて、三人に笑いかける。

「いい歳をして、頑張りすぎました。青木、肩を揉みなさい。」

 そう言いつつ、元の座布団の上にすっと正座する。ひなと紗幸も、もとの自分の位置に戻り、正座する。深く、頭を下げる。

「お二人とも、もう、よろしいの。顔をお上げなさい。」

 ひなが顔を上げると、みさをは眼を閉じ、やや微笑んで肩を揉まれていた。ひなは、紗幸の方に向き直り、無言のまま、頭を下げた。紗幸も慌てて、ひなに頭を下げた。

 二人には、それで十分だった。

「失礼ですが、お嬢様を、試されたのですか?」

 肩を揉みながら、はるみはそう、直截に尋ねてみた。みさをはだが、少し不機嫌そうに鼻で笑った。

「なぜそんな面倒なことをしなければならぬのです。峰打ちにでもして、あばらの何本かでも砕いてやれば、この発情中の馬鹿娘も目が覚めるかと思ったのですよ。」

「発情中はあんまりです。」

 ひながそう言うと、

「では、そうではないと示せますか?」

 みさをはそう、切り返した。二学期開始早々、肋骨を砕かれる難だけは逃れたことになるひなは、みさをのこのことばにはただ、小さく首を横に振るしかなかった。青木はるみは、そのひなの様子を見、また、みさをの肩を揉みつつ、今さらながら少し青ざめていた。相馬みさをという女の、その思いの強さに、我知らず畏れを感じていた。そんな二人の様子を確認して微笑んだみさをは、紗幸に語りかけた。

「吉田さん、いい動き、いいご覚悟でした。前髪をいくらか斬り飛ばしてしまったこと、どうか許してくださいね。決してあなた方を試そうとしたわけではなくて、真剣な、駆け引きのないことだったけれど、あなたには結果、そうなってしまいました。」

 そう言うと、肩を揉むはるみの手の中からするりと抜けた相馬みさをは、座布団を降り、深々と頭を下げた。紗幸もつられるように、だがより深く頭を下げ、

「こちらこそ、失礼いたしました。」

 そう、それだけ応えた。

「ひなのこと、改めて、よろしくお願いいたします。この青木も、よく務めてくれてはいますが、今もご覧になったでしょう?この娘はこんなにももろくて危なっかしいのに、諦めることを知りません。どうかよろしく。」

「畏まりました。」

 紗幸は、みさをに認められた。そのことは、紗幸自身にも分かった。と同時に、託されたものの大きさを思った。それを察したのか否かは分からないが、みさをは、ぽつりと、

「それにしても、ねえ。あなたがもう少し早く相馬の家に来てくだされば、ひなももうしばらくは純潔を守れたでしょうに。」

 そんなことをつぶやいた。

「……。」

「……。」

「あの、おばさま?いったい何を?」

「もう、十分わかりましたよ。あなた方のこと。」

「え、あの?」

「はてさて。幸いここには、殿方はいません。一つだけ、よいことを教えてあげましょう。」

「はい?」

「相馬の家には、代々神懸かりの女が現れます。血族に出なければ、私のように、余所のそうした血を自然と、呼び込んだりもします。そして、次の神懸かりは、たぶん、ひなさん。あなたよ。」

「え、だってあの、あたしはもう……。」

「ふふふ。確かに、最初、ただの娘から神懸かりへと踏み越えるには、ケガレのない乙女の方がはるかに楽なのですがね。でもそれが絶対というわけでもないのです。それに、一度そうなってしまえば、後は乙女でなくても、霊力は紡げるものですよ。」

「……言われてみれば。オーセンティックのルーナさんなんて、ねえ。」

「そうでございますね。」

「それに、そうなったことで踏み越える例だって。……いずれにしても、ま、森田にはほんと気の毒なことだけれどねぇ。」

 うう、あたし一人が立場ないって感じじゃないの、そんなことを思いつつ、ひなはでもぼんやりと、自分が神懸かりとなる未来を思ってみた。

 だがそれは、漠然とし過ぎていて、全く見当のつかないステージだと、ひなは思った。日本の首相を暗殺してこいと言われた方が、よっぽど現実味を感じられる。そして、神懸かりとなることを「ステージ」だなんて捉えている自分に、水原環や九条由佳、北嶋ルーナらと同じ世界に立つ資格はあるのだろうかと、そう、思った。

「今すぐに、ということではない、と思うけれどね。」

 ひなの戸惑いを察したのか、みさをはそう、優しい口調で言った。そしてさらに、柔和な表情のまま続けた。

「――紗幸さん、あなたの清めがあれば、ひなは、巫女となるに相応しい、言ってみれば乙女に近い状態となることができます。もちろん、そうやって一度そのしきいを踏み越えても、ひなには巫女としての長い修行が必要ですが、ね。」

「わたしの、清め、ですか?」

「ええ。別に難しいことではないのよ。多少は細かな手順もあるけれど、乱暴に言えば、紗幸さんとひなとで、またそういうことになればよい、というだけ。わたくしの……」

「えっ」

「うそっ」

「嘘など言うものですか。――わたくしの見立て違いでなければ、紗幸さんは、」

「はい。……男の人は、知りません。わたしは、お嬢様しか……。」

「そうね。」

 赤面する紗幸を前に、みさをは、何かよい告白を聞いた、というように、ゆったりとした笑みを浮かべた。

「ひなさん、あなたがおっしゃった大切なお友達とは、吉田さんのことね?」

「はい。」

「ということは、お二人には傷つけ合い、互いに苦しんだ時期がある、ということ。そのお二人が今、共に在る、ということは、我々相馬の家の者にとっては僥倖。もちろん、お二人が出会ったことを、わざわざ相馬の家のためだ、というように考える必要は全くありませんし、お二人が苦しみながらも掴み止めた、お二人にしか分からない慰めと喜びを、運命なんてそんな安っぽいことばで片づける気は、さすがにこの年寄りにも一切ありませんけれど。けれどね、殺し合っても何の不思議もなかったお二人が、こうして、互いの気持ちを分かち合い、互いが互いを庇うような、そんな間柄になったことは、運命ではなく幸運、あるいは奇蹟と呼んでもいいくらいのことね。――ひなさん、がんばりましたわね。」

 みさをのことばは、いつも正しい。深い洞察と適確な予見。

「はい。」

「嶺一郎がだいぶ、ぼやいていましたよ。うちの女どもは、誰も自分の言うことを聞かないと言って。」

「父が、そんなことを?」

「ええ。ですから、その女どもの代表がこのみさをですよと、言ってやりました。」

 齢を重ねても鋭利なままのこの大叔母に凹まされた当主、相馬嶺一郎の苦笑いを想像し、まず青木はるみが吹きだした。つられてひなも声を上げて笑った。

 だが、紗幸は、笑わなかった。

 吉田紗幸は、自分が始末されず生き存えたのが、ひなの意志によるものであることは理解していた。相馬ひなと嶺一郎との間に、激しい応酬があったであろうことも、想像はしていた。だがそれを、直接相馬家の人間から聞いたのは、これが初めてだった。

 黙ったまま、吉田紗幸は頭を下げた。

「ちょ、紗幸さん?どうしたの?」

 一応「さん」付けで、ひなが尋ねる。

「……わたし、お嬢様に、ご迷惑を。」

 少し、震える声が、畳の上に流れ落ちる長い髪の下から響いた。

「……おばさま、はるみさん。あたしに考え違いがあったら、いつでもおっしゃってください。お二人の前で、紗幸さんに申し渡しておくべきことがあります。」

 二人が頷くのを確認してから、ひなは、語り始めた。

「あなたには、初めて言うことだけれど。あたしは、スノーは殺す、吉田紗幸は殺さない、あのとき、そう父に進言したの。スノーの後ろにいるスノーのコントローラ、固定的な雇い主を、他ならぬスノー自身の同意の下で始末し、スノーが機能しないようにする、もちろん、そういう意味でね。……実際スノーは、単体では機能していない。コントローラである吉田宗男を殺して以降、スノーにどこからか依頼が来た、つなぎがあった、という形跡はないし、スノー自身がどこかに連絡を取った形跡もない……。

 だから、ま、あたしの判断はこれまでのところ、一応当たっているみたいだけど、それは、あなたに刺された当人であるあたしが、相馬の家の者として、あなたと接見した上で、下した判断だから、ね。それなりに当たっていないとおかしいよね。それに、そんなこと、筋さえ通っていれば、頑張らなくても父に認めさせることはできるし、もし外れていても、あなたに不穏な動きがあれば、すぐさま始末できるだけの保険というか、準備がしてあればいいだけなのよね。

 それが、相馬の家、ということだと、あたしは思ってる。

 それでね。だから、あたしががんばったって、今おばさまが言ってくださったのは、たぶん違うことよ。

 あたし、ほんとは、とても怖かったの。あなたと向き合うことが。状況によっては、あなたを殺さなければならないと思っていたし、それは今だって変わらない。何より、あなたと向き合うということは、血に汚れた人殺しの、教誨師という自分と、朝起きて制服を着て学校に行くような、そんな当たり前の日常の中で向き合うってことなの。あたし今まで、日常を日常のまま、死守することに執着してたから。教誨師という名前で呼ばれる自分と、あなたや学校のみんなが、ひなちゃんって、そう呼んでくれる自分は、違う自分だって、そう、思い込もうとしてたから。

 でも、あなたは、ひとりで、暗殺者としてその日常を生きていた。そして、あたしにもそれを、突きつけてくれた。だからあたしは、自分があなたを殺せるかと自分に問い、殺せると思ったから、暗殺者としてあなたの前に立てると思ったから、あなたと接見したのよ。まずはそこから、つまり、あたしにとっての二つの現実を繋ぎ合わせるところから、あたしは自分の再生を始めたの。

 でもどうしても。結局、一人じゃ無理だったわ。自分をどう整理したら、自分のどこを切り捨てたら、ちゃんとした自分になれるのか、分からなかった。そんなとき、夏休みの最後の日、あなた、言ってくれたでしょ?「ことば遊びはやめましょう?」って。教誨師も相馬家のお嬢様もひなちゃんも、全部相馬ひなだって。そして、……あたしを受け止めてくれた。

 あのとき初めて、たぶん、あたしは、あたしになれたの。辛かったけれど。酷いこと言うよね、とも思ったけど。でも、何も切り捨てないでいいんだ、切り捨てちゃいけないんだって、そうも思えた。

 そして、あたしは、自分の判断に自信を持ったわ。吉田紗幸を殺さなくてよかったって。もちろんそれは、あたしのエゴよ。あたしがあたしになるために、あなたが必要だった。あなたを踏み台にしてでも、あたしは次に進まなければならなかった。

 どう?だから一切、ないのよ。――踏み台にされたあなたが、あたしに負い目を感じる必要なんてね。だから、あたしに向かって、そんなふうに頭なんか下げないで。いい?」

 それだけのことを、ひなは一気に言った。

「ひなさん、嘘はいけませんよ。」

 紗幸が、どう答えていいか躊躇っていると、ほほえみと言うよりも含み笑いに近い声と表情で、みさをは言った。

「嘘なんて、ついていません。」

「いえいえ。だいぶ頑張ってお話をしてらっしゃるけれど、そうねえ、一番分かりやすい嘘は、「あたしがあたしになるために、あなたが必要だった」ってセリフかしらね。」

 ぎくり、という様子でひなはみさをの顔を見た。

「正確に、言い直しなさい。」

「……。」

「ほらほら。あなたの美点は、隠し事ができないところよ?」

「……。」

「じゃ、はるみさん、代わりに言ってお上げなさい。」

「かしこまりました。――あたしがあたしで」

「あーもう、分かりました。ちゃんと言います。はるみさんもいちいちあたしのモノマネしなくていいから!」

 そう軽く叫ぶように言って、ひなは一つ、深呼吸をした。視線を軽くさまよわせてから、ちらと紗幸と目を合わせ、紗幸の方に体を向けた。そして、少し考えてから、畳に両手をついて、頭を下げた――というよりは、誰からも顔を見られないように俯いた、というのが正確なところだろうか。

 その、俯いた姿勢のまま、ひなは告げた。

「あたしが、あたしでいるためには、あなたが必要です……。これからも。」

 ひなとみさを、はるみのやりとりにきょとんとした表情だった紗幸の顔が、一瞬で紅潮したかと思うと、くしゃくしゃに崩れていく。

「おや、おや。とんだプロポーズの場面に出くわしましたね。」

「そうでございますねぇみさを様。森田もかわいそうに。」

「ちょ、ちょっと止めてよね、ちゃかさないでよ!人がマジメに」

「マジメに言ったのなら、プロポーズと言ってもよいのではなくて?」

「……!」

「ふふふ、まあそう怒らないで、ひなさん。あなた、ふだんから我慢しすぎなのよ。それに、ね。」

 泣きながら、紗幸は、ひなとみさをの二人を見た。みさをの表情は優しく、一方、ひなの表情はなぜだか、今にも泣き出しそうな、そんな、感情をぎりぎりまで抑え込んだような表情だった。

「あなた。紗幸さんを、救いたかったんでしょ?いえ、答えなくてもいいの。この年寄りには、分かります。さっきだって、平然とわたくしの刃の前に立ちました。それは、家のしがらみやしきたりの中でやっと守った自分のお友達を、あなたに救われたと言ってくださったお友達を、こんなところで失いたくはなかったからでしょう?」

 つ、と、ひなの頬を、涙が伝ったのが、紗幸にも見えた。

「友達を救いたいから、という理由では、相馬の家は吉田紗幸という娘を見逃すことはなかったでしょう。それを、あなたの使えるカードはすべて使い、このわたくしも含め、大人たちを説得し、それなりに筋の通った答えを示した。スノーの雇い主も、青木の補助はありましたが、怪我を押して動き、自ら始末した。もちろん、あなたの本心など、嶺一郎も、このみさをも、青木だって暮坂だって分かっています。でもあなた自身はそれを、一言も口にせず、拙いなりに、せいいっぱい、紗幸さんの命を守ろうとし、それを語らず甘えず、行動で示した。その気持ちを、その心を、わたくしは、褒めてあげたいと、思っていました。」

 堪えていたものが、ふつっと、音を立ててちぎれた気がした。

 そのことはずっと、できれば一生、紗幸には隠しておこうと思っていた。伝えてしまえば、紗幸は今よりも、自分を許してくれるかもしれない、けれども同時に、紗幸に、何か重荷のようなものを背負わせてしまうのではないかと、思っていた。だから、相馬の家の中での、スノーの処遇をめぐるやりとりについて、ひなは紗幸にはほとんど伝えてこなかった。

 だが、その隠しておいた最後の一線を、みさをは曝してしまえと言う。

 そして、みさをのことばは、いつも正しい。

「嶺一郎も、言っていました。スノーの処分は、娘に任せてやろうと思っている、と。それが、これからの娘の生き方を、決めていくだろうと思っていると。ああ、ひなさん、馬鹿ね、こんなときまで、我慢しなくてよいの。紗幸さんも。――あなた方は、互いに、互いを勝ち取ったの。ほら、勝ち取ったものを、その胸に抱きしめなさい。」

 紗幸が、泣きじゃくりながら、ひなに向かって両手を伸ばした。ひなは、同じように涙を溢れさせながら、膝立ちになって畳の上を数歩滑り、紗幸を抱きしめた。

 青木はるみは、黙したまま、みさをに向かって深々と頭を下げた。

「青木、あなたが泣いてどうするのです?」

「申し訳ございません。」

「別に謝る必要はないのよ。相馬の女なら、二人の涙の意味は、十分分かるはずですから。」

「はい……。」

 裏山では時折、雉のなく声が聞こえていた。風は昼に近づくにつれ、少しずつ収まり、その代わり、竹林の微かな葉擦れの音も、聞こえるようになっていた。そんな、辺りの静けさがすっかり聞こえるほどの時間。深まり始めた秋空の高さが計れそうな、そんな静寂。女たちは、目的も策略もない、ただの透明な涙を流した。

 やがて、どこかの部屋に置かれた古い柱時計が、かすかにジジと音を立てた後、正午の時を告げた。長く長く、十二の余韻が四人の耳に絡む。

「さて……。お昼の用意でもしましょうかね。」

 一つ深く息をついてから、みさをがそう言って立ち上がると、青木はるみも、吉田紗幸も、相馬ひなも、涙を抑えながら後に続いた。女四人が、台所に立つ。手際よく、昼餐の準備が始まる。

「みさを様、そう言えば先ほどのお話、キヨメノヒメのことと考えてよろしいでしょうか。」

 滑らかに手を動かしながら、青木が、ふと思い出したようにみさをに尋ねた。

「あら、青木がそんな古いことを?」

「いえ、何かのお話で読んだのか、誰かに聞いたのか、もう忘れてしまったのですが。どこかでそんなことばを。」

「そう……。そのことについては、またいつか、お話しましょうね。」

 みさをはなぜかわずかに、その表情を曇らせた。

「それよりも今日は、吉田さん、あなたのこれまでのお話を伺わせてほしいの。」

「わたしの話、ですか?」

「ええ。青木はしばらく前から、嶺一郎のお手つきとなっていますが、あなたも、ひなの愛しい娘となったことで、相馬の女の一人となりました。あなたがお嫌でなければ、あなたのこれまでを、この年寄りにもお聞かせいただきたいの。お食事の後、ほんの少しでもいいから。」

「はい。……」

「もちろん、その分、多少の見返りは、差し上げます。この年寄りの力で分かる範囲で、とはなるけれど、あなたのこれからの人生を、見守らせていただきます。」

 吉田紗幸の母親は、今はどうしているか知れない。そして、その母親と紗幸とを残して出て行った実の父親の行方も、知らない。もうここ何年も、紗幸は肉親と言える大人とは、接してこなかった。

 そして、唯一の家族であった義理の父親は、今の主である相馬の娘ひなと、その後見人である青木とによって「始末」された。その父親に暗殺者としての教育を受けたことは、もう心が麻痺してしまったのか、それほどの恨みはない。ただ、ずっと繰り返し受けてきた虐待の記憶だけは、そうやすやすと消し去れるものではなかった。

 その意味では、紗幸は、ここにいる誰よりも孤独で、誰よりも不幸であるはずだった。誰よりも汚れており、誰よりも惨めであるはずだった。

「どうして、皆様は、相馬の皆様は、そんなに……。わたし、あなた方の大切なお嬢様にお怪我を負わせた張本人ですのに……。」

 また、新しい涙が溢れ出た。堪えろと言われても堪えられない、悔恨と感謝と慰藉の溶け合った心が流す涙。

「理由は簡単ですよ。」

 包丁を使いながら、むしろあっさりした口調でみさをは告げた。

「それが、ひなの願いだからです。ひなの願いを、希望を守るために、相馬の女たちは生きています。もちろん、曲げられないしきたりも、現実も、いくらでもあります。家の理由が、女たちの願いを押しつぶしてしまうことも……。でも、わたくしを含め、相馬の女たちは、極端なことを言えば、相馬の女の象徴であるひなを、守り、慈しみ、支えるためにあります。そのひなの願いとあらば、ね。」

「あのー、おばさま?」

 ひなが、笑いを含んだ声で口を出す。

「あの、あたしももう、そう言っていただいて、そのプレッシャーに負けてしまうほどの子供ではないと、自分では思っていますし、そのお気持ちに答えたいと素直に願っていますし、いつも皆には心からの感謝の気持ちを持っているつもりですが、……」

「何ですか?くどくどと。何か不満がある、とでも言うのですか?」

「いえ、不満ではないのですが、もう少し、おばさまのお気持ちを、そのままおっしゃっていただいた方が、分かりやすいと言いますか……。」

「お嬢様、先ほどの仕返し、ですね?」

 はるみの声にも笑いが含まれている。

「いえ、おばさまに対して、そんな仕返しだなんて、無理に決まっていますから。でも、おばさまだって、素直でないところがおありかと。」

「ふん。……分かりましたよ。じゃあ、前言を修正します。吉田さん、相馬の女は家の奴隷ではありません。皆、家のために、嶺一郎やひなのために尽くしますが、自由な意志がないわけではないのです。あなたのことも、もちろん、ひなの希望もありますが、……わたくしたち自身、あなたを見守りたいと思っているのです。」

 紗幸は、ただ、その言葉を全身で聞いている。

「あえて言いますけれどね、それは、憐れみなんかじゃありません。そこに自分たちと同じ魂を持ち、同じ苦しみや悲しみを背負った仲間がいたら、誰だって手を差し伸べようとするでしょう?それだけのこと。そしてそれはきっと、あなたがひなさんの側にいてくださるのと同じこと。だから、あなたも、胸を張って、負い目など感じずに、ひなを助けてやってほしいの。あなたは、ひなが採用した、最初の使用人なのだから。」

「……はい。」

「あーもう、紗幸ちゃんそんなめそめそキャラだっけ?ほら、泣いてないで。あなたが右手に持ってるのは何?」

「……しゃもじ。です。」

「そ。あなたがそれでご飯よそってくれないと、みんなお昼が食べられないことになっちゃうのよ?」

「結局お嬢様は、まずは食い気なんですよね?」

「いいのいいの。腹が減ってはって言うでしょ?」

 そして賑やかに、女だけの昼餐となった。女たちは新たな仲間を迎え、新たな仲間は新たな居場所を得て、そしてまた、戦いの日々が始まった。


 数ヶ月前――。


 それは、事件と言うには、少し些細な出来事だったのかも知れない。

 三月の月末近いとある金曜日の夜。混み合う山手線内回りの車内で、それは起こった。

 新橋辺りから乗り込んできたらしい、安い酒の匂いをぷんぷんさせたサラリーマン風の男性が、隣の席の、会社帰り風の女性にもたれ掛かっていた。乗り込んできて早々、そんな有様であったから、女性はその男性を迷惑そうに見て、また迷惑そうにもたれ掛かられた分を押し返したのだが、それが男の方には気に入らなかったらしい。ろれつの回らない口調で、なにがしかの罵詈雑言を、わめき立てた。

 それはそう、珍しい光景でもなかった。週末の込み合う車内では、時たま見かける光景であるとも言えた。

 だが、女性の方がうんざりした顔で仕方なく席を移ろうと立ち上がったそのとき、そして、それを見咎めた男が、おそらくは酔った勢いもあってか、反射的に女性の腕に手を伸ばそうとしたそのとき、男とその女性との間に、数人の少女が割って入った。

 少女は、六人いた。皆、少し前に流行った、人語を話すアンティークドールが数体登場するTVアニメーションのキャラクターの衣装を身につけていた。そして、その酔った男性を囲み、神田から秋葉原までの短い区間で、袋叩きにした。男性の呻き声とともに、普通の人間にはあまり聞き慣れない、湿った重たい袋に何かを叩きつけるような音が車内に響いた。やがて、秋葉原駅で電車のドアが開くと、少女たちは何かうつろな笑みを浮かべたまま、男性をホームに蹴り出し、自分たちは、ホームの階段を笑いながら駆け下りた。

 男性は、全身の打撲と骨折、内臓の損傷等の重傷を負っていた。一瞬の後、誰かが叫び、駅員は異変を察して発車抑止のボタンを押した。車内には飛び散ったいくらかの血痕と、呆然とした乗客たちとが残された。

 次は、数日後の桜舞い散る千鳥ヶ淵。六人全員が何故か、大げさなゴーグルをつけた上に女子校の制服風の姿で登場した。ここでも被害にあったのは、飲酒して騒いでいた中年男性二人だった。一人につき三人ずつ、無表情のまま取り囲み、羽交い締めにする者、蹴りを入れる者等手際よく分担しつつ、数十発の蹴りや拳を見舞った後、まだ冷たい堀の中に蹴り込んでしまった。

 少女たちは、男性の連れたちに捕まりそうになると、「任務は完了しました。」とわざわざ告げてから、アスリートのよう、というよりは訓練された兵隊のような身のこなしで、他の花見客の中へ消えたという。

 当然警視庁は、二つの事件を関連づけ、多人数による連続暴行事件として捜査を開始した。だが、その後しばらくは、少女たちの姿を見かけた者はいなかった。ただ、いずれの事件においても少女たちがアニメキャラクターのコスチュームを身に纏っていたことから、コスプレ関連の匿名掲示板上では、しばらくは真偽の定かでない書き込みが続いていた。

 しかし、それもすっかり間遠になり、少女たちのことを世間もネット世界の住人たちもすっかり忘れていた、六月初旬のある日。

 少女たちは、秋葉原の路上にいた。最近リメイクもされた有名なアニメーション作品のヒロインたちが身につける、体にぴったりとしたコスチュームを六人全員が身に纏い、路上禁煙区域で煙草を吸っている人間を、性別・年齢の区別なく、襲撃した。火のついた煙草を奪い、その者の鼻の穴に逆向きに、火のついた方を先にして差し込んでから、遠慮なく殴る蹴るの暴行を加えた。

 この日の被害者は、重傷者ばかり一〇名以上。万世橋署から警官が急行したときには、忽然と姿を消していた。

 そしてそれからの数週間。少女たちは、ある意味、この世の春を謳歌するように、人間を襲撃し続けた。

 日本を代表する保守集団の集会を、ボーダーのソックスに制服を着たバンド少女の姿で妨害し、壇上にいた数名をギターで殴りつけ、蹴りを見舞った。駆け寄った数名も、躊躇せず壇上から蹴り落とした。日を置かず現れた日教組の集会では、バイオリンのケースを下げた大人しそうな少女の姿で現れ、無言のままケースからエアガンを取り出して乱射した。エアガンではあったがそこそこの殺傷能力を持つものらしく、銃弾を受けて、あるいは逃げまどうパニックめいた状況下で二〇人以上が負傷した。さらにその集会を妨害するために停車していた右翼街宣車には、ある音楽プログラムのイメージキャラクターのコスチュームに全員が着替えた上で、歌いながら盗難車両で特攻した。車両の車体には、大きくそのキャラクターの姿が描かれていた。

 別のある日には、暴力団の事務所を詰め襟の軍服めいたコスチュームで襲撃したかと思うと、やたらと露出の多い、本来のメイド服とはかけはなれた「メイド服」で、元過激派の雑誌編集者を襲った。

 週末の下北沢に唐突に着物姿で現れ、ただ屯しているだけの少年たちを木刀でなぎ払った。

 不正に蓄財していると噂のある政治家の車両を、サイボーグじみたコスチュームで追い回し、黒塗りの車両に黄色やピンクの速乾性の塗料が入った模擬弾を大量に撃ち込んだ。

 ただの少女のように見えるが、被害者によると、刃物で応戦しても歯が立たなかった、と言う。身体能力も、なまじのアスリートより高いと噂されていた。彼女たちは、あり得ない距離を跳躍し、壁を走ったという。

 やがて彼女たちには、ネット世界から、一つの名前が贈られた。

 ――カラーズ。

 全員が同じコスチュームを身に纏っても、六月以降の事件では、必ず二の腕辺りに黒、黄、緑、青、赤、桃の六色のバンダナを巻いていたことが、すでに目撃され、報道されていた。背格好、顔などほぼ似通った印象の少女たちを識別するには、二の腕を見よと言われていた――。

 こうして、圧倒的なでたらめさ、圧倒的なばかばかしさで、カラーズはあっと言う間にサブカル世界に君臨した。

 アメリカの国務長官が来日した際には、ネットに長官襲撃希望の書き込みが溢れた。

 近隣国の潜水艦が領海内を通過したという報道の際には、報復として大使館にカラーズを差し向ける、という出所の知れない書き込みがなされ、大使館の警備体制が強化された。

 ネット世界では、カラーズはちょっとした義賊扱いだったのだ。

 この事件の煽りを受けて、サブカルチャー系のイベントでは、会場外および会場周辺でのコスプレが厳しく規制された。ワイドショーは、そうしたコスチュームを販売している店舗にインタビューに歩いたが、カラーズに関しては何もめぼしい情報は得られなかった。その腹いせのように、コスプレショップの背後に、いかがわしいアダルトグッズや、九〇年代に流行ったブルセラショップの販売網があるといった、一部では常識と化していることをわざわざ喧伝した。コスプレイヤーと呼ばれる、この分野の趣味人たちは、自分たちの趣味に対する誤解を生じさせるものとして、抗議の声を上げた。ワイドショーはそれを、さらに面白おかしく取り上げた……。

 しかしそうした不利益を被った者たちも、これまで、イベントや撮影会等の閉鎖的な空間の中でしか「変身」してこなかったという、コスプレの常識、あるいは自己制約を乗り越えている、という一点に関しては、密かな羨望を口にする者も現れた。もちろん、迷惑の方が大きいけれど、と言いながら。

 だから、利害関係のないサブカルチャーの住人たちにとっては、歓迎するにせよ敵視するにせよ、ただひたすらおもしろそうな素材が暴れている、といった状態だった。カラーズの行動は、なまじのネット上の事件以上の「ネタ」として、マツリアゲられていくことになった。

 だが、八月。カラーズは再び忽然と、姿を消した。



 九月の終わり近い、とある週末のこの日。相馬邸北棟二階の、相馬ひなの執務室は、急な来客を迎えていた。

 来客は、式神。白い髪に、朱い眼。身長130cmほどの少女の姿をしている。今日は、ひなの趣味に合わせてくれたのか、大人しめのゴシックロリータ風ワンピースを着ていた。

「クロ、久しぶりね。」

「そうだね。久しぶり。」

 黒の簡素なワンピースを着たひなは、式神にソファに座るよう勧めながら、極明るい口調で尋ねてみた。

「九条さんと杉田さんが連れだってうちに来るなんて珍しいけど、何かあった?」

 だが、そのひなの口調とは相反するように、少し間を置いた、抑制された口調が返る。

「……カラーズって、知ってる?」

「えっと、確か、六月とか七月くらいに話題になってた、六人組の暴走少女集団のこと?」

「そう。」

「それが、どうかしたの?」

「今週はじめのことだけど、八月の対キリーク戦の際、カラーズが公安に同行していたという噂が流れた。ネットでね。」

 対キリーク戦、つまり宮城・福島・茨城の三県で展開された、廃絶教団キリークによる教祖奪還未遂事件の鎮圧が行われた当日、相馬ひなは都内でとある事情から負傷し、以来しばらくの間入院していた。そのためこの事件が、いわゆる一般の世間にどのような反応を引き起こしたのか、直接の体験としては把握できていない。だが、病室のテレビで見た断片的な報道や、青木ら近しい者の伝聞から、ある程度は状況を掴んでいる。自らが関わる事件でもあったが、印象としては、公安の統制の効いた、言い換えれば大人しい報道、そして大人しい反応だった。

 しかしそれを、事件から一ヶ月以上経ってから、わざわざ蒸し返そうとしている者がある、とでも言うのだろうか。

「え、それって、」

「そうだ。見当違いもいいところ。でも……」

「その噂が、偶発的な、たとえばあの件の関係者があなたたちとカラーズとを勘違いしたというだけならまだ、」

「それはそれで困るのだけれど。」

 珍しく、クロは苦笑のような微かな笑みを浮かべた。

「でも、よりやっかいなのは意図的な戦略だった場合の方。」

「そうね。誰かの謀略だとしたら、」

「わたしたち、活動しにくくなるわね。」

「ていうか、あなたたち狙い、ってことでしょ?ベージュたちのスキルでも、発信源は手繰れないの?」

「ええ。今回は、我々が気がつくのが遅れてしまった。今は、吾妻さんたちが探ってくれている。」

「そうか。でも、謀略路線として、狙いはなんなのかしらね。公安と連ませないため?それともまたヨーロッパ系の……?」

「それを確かめるために、我々はしばらく日本を離れることになる。」

「そうなんだ……。どのくらいになりそう?」

「分からない。ただ、当たり前だけど、世界は広いから。今の推測が見当違いだと、ちょっとね。」

「そっかー。ドクターの助力は?」

「今ドクターは、るつ子、松本の東天教の教祖のところで療養中。」

「どこか悪いの?」

「……そうだな、悪いというか、強すぎるらしい。」

「え?」

「ドクターの、邪神エンジンは、お前が片づけた。だが、エンジン以外の部分はまだ、邪神級の生命力を持っている。エンジンという言い方がぴんとこなければ、発電装置、でもいい。」

「そうか。それじゃ、力を使いすぎると、問題が起きるってこと?」

「自分の身体を直接燃料に変えてしまうことになるらしい。」

「それは厳しいわね。」

「ええ。それで、全身が式神クラスの力に落ち着きバランスするまで、るつ子の元で霊力の制御を習っている。」

「わかったわ。……なんとなくだけど、カラーズへの対応依頼、あたしのところに来そうな気がしてきたわ。」

 そう言って、ひなは笑った。



 杉田と九条を相馬の屋敷まで送ってきたのは、この春まで執事としてこの屋敷に仕えていた、森田ケイだった。屋敷に出入りの運転手らが通される、南棟東の外れの控えの間にて、森田は一人、煙草をくゆらせていた。そこに、メイドが一人、やってくる。

「あの、お久しぶりです。以前、麻布の病院で、」

「ん?ああ。吉田さん、だったか。」

 そう言う森田の目つきが、鋭くなる。屋敷に来客中の重役の運転手とお屋敷の若いメイドの雑談、と言うにはまるでそぐわない、ぴりぴりした空気が漂う。

「……あんたがスノーだったとはな。これでも執事時代、一通りは桜ヶ丘に探りを入れたこともあったんだ。スノーというエージェントを特定しようとしてな。」

「こちらも結構命がけで桜ヶ丘通ってましたから。特に、組織の後ろ盾がなくなってからは、いつ狩られるかと。慎重にもなります。」

 森田は、頷きもせず、ただ煙草の煙を、一応吉田紗幸のいない方向に向かって吐き出し、灰皿でもみ消した。そして、再び口を開いた。

「しかし、」

「何でそのスノーがお屋敷にいるか、ですか?」

「いや、お嬢様らしいやり方だ、と言いたいだけだ。」

 少し俯いて、スノーという通り名には相応しくない、何かほっとしたような笑みを紗幸は浮かべた。

「あの、一つ、質問が。」

「?」

「あ、いえ、いいです。やっぱり。うかがったら、お嬢様に怒られそうですし。それより、あたし、スノーって芸のない名前、やめたんです。本名に遡れそうな感じもどうかと思って。」

「これからは、何という名で動くんだ?」

「名前はないんです。ただ、作戦時にはアサシンてそのままの名前にしてもらいました。」

「教誨師、暗殺者、後見人、か。物騒なチームだな。魅入られたら必ず死ぬ。しかも、教誨師のカウンセリング付きだ。」

「野良執事、というのもいるみたいですけれどね。」

 少し打ち解けてきたのか、悪戯っぽい表情を紗幸は浮かべた。

「野良執事か。悪くはないかな。元執事よりは。」

「最近、お嬢様とはお会いに?」

「いや……。なぜ、そんなことを聞く?」

「特に、理由は。ただ、」

「?」

「お嬢様、ケイさんとお会いになるのを我慢されてるようにお見受けしたもので。」

「そう言われてもな。それに、そういう状態ならなおさらだ。……あいつは、自分で納得しないと動かないタイプだから。」

「ふふふ。」

 やはり、何か安心したような声で紗幸は笑った。

 そこへ、ノックの音が響いた。青木はるみが森田を捜しに来たようだ。

「あら、二人ともこちらでしたか。ちょうどよかった。」

 控えの間の入り口から、青木が声をかけた。そのまま二人の側まで歩み寄る。

「臨時のブリーフィングを行うそうですので、旦那様の執務室へお願いします。」

「了解だ。」

「わたしも、ですか?」

「ええ。」

「どうした?尻込みするようなキャラでも経歴でもないだろう?」

 森田がやや怪訝そうに尋ねる。

「いえ、……。公安課長がいらっしゃっているとうかがったもので。」

「そうか……。まあ、気にはなるだろうが、気にするな。お前は、もうスノーではないんだろ?」

「そうですよ?今は、相馬家ひなお嬢様付きのメイドその二、ですよ?」

 青木も笑って言う。その心遣いは紗幸にも分かった。

「その二、なんですか?」

 紗幸が混ぜっ返すと、予定通りの返答、とばかりに、すかさず青木が畳みかけた。

「わたくしがその一の座を明け渡すとでも?」

 当たり障りのない台詞を返す。

「いえ、青木さんの次ということなら納得です。」

 メイド二人の会話の背後には当然、森田に伝えてはならない含みもあるが、その微妙な空気のような幾ばくかの違和感に、森田が反応する気配はない。

 青木が何か思いついたように、いつもとは違う仕事の口調で森田に告げた。

「そうだ森田、先に行っててくれないか。あたしはお嬢様と黒さんを呼んでくる。」

「分かった。」

 歩き去る森田の後ろ姿を見送ってから、青木はやや小声で言った。

「紗幸さん、森田に余計なことを言ってはダメですよ?」

「はい。」

「それより、森田は、紗幸さんのような世代の女子に弱いみたいですね。」

「え?」

「あの男にしては、ずいぶん優しく話していた気がします。」

「そうですか?」

「たぶん、どうしても、紗幸さんとお嬢様が重なってしまうんでしょうね。」

「……。」

「別に何も、気にする必要はありません。紗幸さんは、冷静に、一生懸命、お嬢様の方を向いていればいいのだと、そう思いますよ?」

「はい……。」

 やがて、北棟二階のひなの執務室まで二人は歩いてきた。いつも通りノックし、ひなの声を確認してからドアを開ける。

「失礼いたします。」

「あれ、はるみさんと紗幸さん、どうしたの?」

「これから旦那様の執務室にて臨時のブリーフィングを行いますので、お集まりください。」

「それなら内線でいいのに。」

「いえ、歩きながら紗幸さんと内緒のお話もおほほでございましたので。」

「おほほ?」

 年相応のきょとんとした表情でひなが聞き返す。だが、青木はにやりとするのみ、代わりに隣にいた紗幸が、

「うふふ。」

 とだけ笑った。

「なんだか怖いわね。」

「うふふ。」

「クロ、あんたまで!?」

「ブリーフィングには元後見人の野良執事様もいらっしゃいますわよ?」

「う、それかー。」

「ちっ。」

「紗幸ちゃん、舌打ちって……。仕事は仕事だからね?ちゃんとしてよねみんな。」

「誰が一番危ないのかしらね。」

「クロ……。」

 いつからあたしはこういう立ち位置になったんだろう、そう首を傾げているひなを先頭に、三人の女と一柱の式神は南棟へ向かった。



 こうして、相馬邸南棟二階の、相馬嶺一郎の執務室に、今回の作戦に関わる主なメンバーが集まった。当主・嶺一郎を中心に、警察庁警備局公安課長の杉田律雄、センターのエージェントである森田ケイ・九条由佳と、九条が使役する式神の代表である黒、フリーのエージェントである教誨師相馬ひな、その後見人青木はるみとサポートの吉田紗幸がソファに座った。このメンバーでは新顔となる紗幸を相馬嶺一郎が紹介すると、杉田は柔和な表情で自己紹介をした。紗幸もやや慌てたように頭を下げる。続いて挨拶をした九条に対しても、紗幸は緊張した面持ちで同様に挨拶を返した。その様子を、興味深そうな様子で黒が見つめる。

 非合法な活動しかしてこなかった「元スノー」としては、同業の部類と言える九条はまだしも、現公安課長である杉田は、当然の事ながら、そう簡単には気を許せない相手であった。まして、新入りの若いメイドでありながらこの場にいるという時点で、紗幸が普通の、一般的な経歴の持ち主ではないことは、すでに自明の事実となってしまっている。過去について問われれば、紗幸の居場所はすぐに失われる――。

 だが、杉田はそのことについて、一切の事情を問わなかった。相馬嶺一郎の紹介する者であれば信頼する、そう無言のまま示す杉田に、紗幸はひとまずの安堵を得た。

 ブリーフィングの口火を切ったのはその杉田だった。

「では、よろしいでしょうか。……通称カラーズの動きは、我々や一般の警察でも、最初の事件とされる三月の事件以降、探索してまいりました。ですが、その狙いまでは特定できず、今日に至っております。したがって現在も、具体的な狙いは未解明ですが、今回の件で、カラーズの用意された狙い・使われ方はほぼ、明らかになってきたと思われます。」

「要度の低い事件を隠れ蓑にして、奴らは着々と事の準備をしていたようだ。」

 杉田の説明を引き取った嶺一郎に、教誨師と呼ばれる娘が問う。

「事、というのは、式神ちゃんたちの活動に対する妨害とか?」

「その可能性もあるが。まだ他にもいろんなことができるぞ。どんな事件を起こしても式神の諸君のせいにするとか、それを公安の工作によるものとするとか、な。」

「そっか……。対キリーク戦が材料になったってわけね。式神ちゃんたちの目撃情報を完全には封じられなくなった以上、そうした、公安と共動する少女たちが存在する、というのが確定情報になった。」

「しかも、その偽物少女たちには大小さまざまな、華々しい前科がある。そのせいで、公安警察についての間違った情報も次々生成される、というわけだ。カラーズの背後にいる者自身が直接手を出すことなく、な。」

「なんだろう、一個一個はケチな事件なのに、じわじわ来る感じが気持ち悪いわね。濡れ衣と誤解で巧妙にネガティブキャンペーンされてるみたいな。」

 教誨師のこの発言に、嶺一郎も杉田も頷く。

「連中の狙いが直接対決ならまだ、対応も分かりやすいが。杉田の言ったとおりだが、今回は、何が連中の最終目標かすら把握できていない。連中としても、まだ計画の萌芽段階、ということなのかもしれないがな。現状、センターのインテリジェンス部隊、それから先ほど杉田に確認したのだが、公安のサイバー部門、ともに、回答は保留に近い状況だ。ただ一つ分かっているのは、偽者少女たちの情報が最初に書き込まれた掲示板のログからすると、一般には知り得ないはずの情報、つまり内部情報を判断できる内容を書き込んだユーザのIPアドレスは、大陸のサーバのものだったということだ。」

「大陸?とすると、敵は……」

 うむ、という様子で頷く嶺一郎の代わりに、再び杉田が説明を引き取った。

「敵という呼称が相応しいかどうかは、これからの九条君や式神の諸君の調査を待たねばなりませんが、中国国内の何らかの勢力が関わっている可能性が出てきているということです。」

「もしそうなら、」

「そうですね、カラーズは便利な侵略兵器でしょう。教誨師殿はじわじわと、とおっしゃったが、まさにその通り、我が国の治安を混乱させ、無邪気なネチズンを煽動し、国家権力への信頼を失墜させる、今はそれほどの力を持たなくとも、やがては一つの宗教勢力にも匹敵するような影響力を、しかも政治的にも宗教的にも無所属・無党派の集団に対して、特に有効に発揮するようになるでしょう。やがて、じわじわと。」

「しかも、見た目はむしろ滑稽な、暴走オタク少女さんたちですからね。」

 どうにもこうにも、という様子で、青木がつぶやいた。

 扱いにくい、ということか、と教誨師は思った。警察が正面から対決すれば、警察が悪者扱いされそうな状況だ。

「一つ、質問だけど。」

 教誨師は全員に向けて言った。

「偽物カラーズは、人間の少女なの?それとも、式神ちゃんたちと同じ、霊的な存在なの?」

「そこが、ね。今一つ確証はないのだけれど。おそらくは、混種。」

 九条が答えた。

「混種って?」

「生殖機能を持たせた式神に子を産ませるか、その逆かだ。」

 見かけ上は中学生か小学生の少女くらいに見える、式神の黒が答える。

「まさか、混種にすると、人類以上、式神以上のパワーが、みたいなことはないわよね?そんな、マンガみたいな。」

 慌てて、だが一応は笑みを浮かべつつ尋ねる教誨師に、黒が答えた。

「そういう事例は、ある。」

「え、」

 思わず教誨師の動きが止まる。

「だが、これまでの事件を見る限り、式神以上、という点は気にしなくてよさそうだ。ただし、人類以上、ではある。」

「てことは、また?」

「そう。鬼退治。」

「うーん。」

「すべてを教誨師殿にお願いするわけではありませんが、今回は是非、」

「杉田様、そうじゃないんです。何となく、予感もありましたので、やっぱりか、という感じなんです。」

「では、お引き受けくださいますか?」

「ええ。もちろん。式神ちゃんたちが濡れ衣着せられてるんじゃ、あたしも寝覚め悪いですし。」

「よろしくね。これで私たちは、安心して中国へ潜入できるわ。」

「ええ。こちらこそよろしくお願いします。ところで、向こうが霊力戦で来たらどうしたらいいのかな?」

「一応九条君からドクターこと賀茂秋善君と神社本庁の水原君に委細は伝えてもらえることになった。だが、お二人に直接の助力を期待することはできないだろう。だからお前は、連中の活動抑止を主務とし、九条君たちが帰るのを待て。ただし、」

「ええ。殲滅可能ならいつでも行かせてもらうわ。」

「ああ。それでいい。」

 そう言って嶺一郎は、ウェブ上のなにがしかのページを打ちだしたと覚しき一枚の紙を、娘である教誨師の前に示した。

「事ここに至っては、情けは無用だ。」

「カラーズは、スメラギのミイクサ。」

 そのまま教誨師が読み上げる。

「……酷いね。」

 紗幸がぽつりと言う。

「この時代、我々にとって天皇とは何か、というようなことは、どうでもいい。だが、一国の元首への、人々の無垢な敬愛を姑息に利用し、自己の暴力を正当化するような、そんなことが許されてはならんのだ。」

「うん。そのくらいのことは、あたしにも分かる。」

「では、これから九条君と式神の皆さんは、準備が整い次第、中国へということでよろしいですかな?」

「はい。明日にも現地に。」

「南の方?北の方?」

「まずは福建省。」

「南だね。気をつけて。」

 黒がうなずく。

「教誨師殿には、こちらのサイバー班とセンターの時田氏がサポートに入り、カラーズ出現情報をお渡ししますので。」

「了解です。状況に応じ対応いたします。」

「話は決まったようだな。森田は基本時田と組め。事が起こったら、チーム教誨師のサポートだ。」

「承知いたしました。」

「皆、十分注意して事に当たってくれ。どうも今回、一筋縄では行かない、やっかいなケースの気がする。」

 皆が頷き、座は散開した。この、嶺一郎の予言じみた一言は、まさに事の正鵠を言い当てていた。だが、敵の謀略の急所を射抜く矢は、まだ、どこにも存在しなかった。

みさをおばさま、大活躍です。「事件」も始まりました。2~3日に一話ずつアップできれば、と思っています。よろしくお願いします。

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