終焉の始まり
タイトルと似た曲をBGMに聞いて、切なさをイメージしてみました。伝わるといいのですが。
「……ああ。やっとか」
呟いた声はとても自分の声とは思えないほど、か細く、今にも消え入りそうだ。
事実、自分はもう死の淵にいた。
飢えを感じてからどんどん奪われていく生命の欠片。
身を起こすのも出来なくなって、眠りと目覚めを繰り返す日々。
この身に残る生命はあとどれくらいだろう。
極々普通の仲の良い両親の元に生まれ、平和な日本で、特に病気をすることなく大人になって、恋をしたり、勉強したり、遊んだり、仕事をしてきた自分。
高校に入ってから生まれた妹や両親、仲の良い友達、付き合い始めた憧れだった恋人。
そんな幸せな世界がずっと続くと信じていた。
何もかもが一変したのは、妹が5歳の誕生日を迎えようとしていたその日。
雨の中、買出しに出かけた両親を見送り、学校から帰ってくる妹のための誕生日のためにケーキを焼いていた。そして轟音に突如の暗闇、自分目がけて落ちて迫る天井の壁。気づいたら暗闇の中、ほんの僅かな隙間に閉じ込められていた。運良く潰されはしなかったものの、逃げ場のない隙間はすぐに滴る雨を貯め始めていた。体も満足に動かせず、しかし救助を待つには時間がない。しかし雨に体温を奪われ、震える体では何かできるわけもなく、結局は水に呑まれてしまった。
死を覚悟した。そして―――、
私はこの世界に落とされた。
見渡す限り水に覆われた大地に、天を貫くほどの大樹が一本。
<終焉の始まり>と呼ばれる世界に。
「麻織?起きたのか」
そして出会った。一人ぼっち神様と。
「エド」
<終焉の始まり>そのものである、エド。最初は理解し難くって、呼び名もないから、エドと呼んだ。
エンドからとった安直な呼び名だけど。
「……実を食べないか?」
大樹に成る実。一つを食べれば数年は生きる。大きさは様々だが、どれも様々な世界に生まれてくる生命。
なにも知らずに空腹を満たすために食べてしまった5年前。そして実を食べた瞬間に脳裏に浮かんだ、ある風景。一人の妊婦を囲む男性とお腹に耳を当てる少年。傍から見ても幸せそうな家族。
――私は、私は。
理解してしまった。
私は、あの家族に生まれるはずだった子どもの人生を奪ってしまった。
生きる以上誰かの生命を犠牲にする食物連鎖。
5年しか生きられない生命だった。そう、折り合いをつけるのは簡単だ。
だが、再び大樹から実を取ろうとは思えなかった。実に手をかけるたび、幸せそうな家族を思い出す。
「……ごめんね」
生き続ける勇気がなくて。弱い私で。
幸いだったのは食べた実の5年分の生命がそのまま私の生命の5年分となったこと。
不幸なのは私の寿命はほとんどないということが分かったことか。
つまり、この世界に来てすぐ死ぬはずだった私は、実を食べた分だけ生き長らえることができる。でも。
もう食べない。癒えた体で誓った。もらった分の時だけ生きると。
体が久しぶりに空腹を覚えるようになっても、その誓いは変えられなかった。
「……どうしても?」
不満そうな声。きっと3年かけて習得した拗ね顔をしているのだろう。
目が見えないのが残念。輝くような銀糸から見える貴方の顔はとても綺麗だから。
思い出してちょっとだけ、笑った。
5年。この世界で、一人ぼっちの神様との生活は思いの外充実していた。
うれしい、たのしい、おもしろい、おもしろくない。
5年かけて、私が真っ白な神様に教えたこと。
貴方が笑ってくれたから、私も笑って生きてこれた。
だから罪を知って尚、咎めない貴方に、もらった生命のせめてもの恩返しとして。
「……またいつか」
会えるかな。この世界のものではない私は、魂だけでもあの世界に帰れるのだろうか。
でも私がいなくなったら、貴方は一人。
別れを惜しんでくれる貴方を一人にするのは、私が寂しい。
「麻織はどこへいくのだ」
貴方が寂しくなくとも、私が。
だから。
「………生命が生まれ帰るところに」
終焉の始まりへ。
薄れ行く意識の中で、一度も触れられなかった貴方に抱きしめられた気がしたのは、私の願望かな。
読んでいただきありがとうございます。
初投稿なので、なにか気になる点がありましたら感想でお願いいたします。
短編か連載で悩んだのですが、短編扱いにして、次の神様視点(短編)で終了予定です。