トレカショップ店員は転生したので、異世界でも転売ヤーを許しません!
開店前だというのに、店の前にはもう二十人ほどの列ができていた。
今日は隣国から輸入した聖札の販売日で、通常なら棚に並べて終わるところだが、入荷したのは全部で三十枚しかない。しかも外国製は王都では珍しく、絵柄を目当てにしている聖札収集家も多いため、昨日のうちに店先へ販売方法を書いた札を出しておいた。
「本日の輸入聖札はお一人様二枚までです。抽選券は一人一枚、代理での複数購入は禁止です。途中で並び直しても駄目ですからね」
店の扉を開けながらそう言うと、列の前方にいた常連客が笑った。
「厳しいなあ、セレナ」
「三十枚しかないんだから仕方ないでしょう。一人で十枚持って帰られたら、後ろの人が買えないじゃない」
「俺は一枚でいいよ。黒蓮の治癒札なら十枚でも欲しいけどな」
「それは私だって見たいわよ」
黒蓮の治癒札。何十年も前に外国で作られた治癒の聖札で、中央に描かれた蓮の花が治癒属性とは思えないほど黒く光るという珍品だった。現存数そのものが少なく、王都の収集家たちの間でも実物を見た者はほとんどいない。治癒に使えば普通の治癒札と同じように消えてしまうため、今残っているものは使用されずに保管されてきたものだけだった。
「見つかったら使うの?」
「使うわけないだろ」
「治癒札なのに」
「治癒札だからって治療に使わなきゃいけない法律はない」
「まあ、それはそうなんだけど」
私は前世でも似たような会話を何度もしていた気がする。
前世の私は、トレーディングカードショップの店員だった。新品を売り、中古を買い取り、予約を受け、発売日前には段ボール箱を積み上げ、人気商品の発売日には開店前から並ぶ客を整理した。抽選販売もしたし、購入制限もした。店頭価格を確認して査定表を書き換え、傷の位置を確認し、偽物を見つけ、時には客から延々とお気に入りのデッキについて聞かされた。
転生した先には当然トレーディングカードゲームなんてなかった。
代わりに聖札があった。
聖札は、一枚の札に一種類の魔法を封じ込めた道具だ。魔法を使えない人間でも、決められた方法で札を破るか魔力を解放すれば、中に封じられた魔法を一度だけ使うことができる。使った後は魔力も絵柄も消え、ただの札になる。
《小火》なら指先ほどの火を起こす。《清水》なら飲み水を出す。《微風》なら風を起こし、《治癒》なら軽い怪我を塞ぎ、《解毒》なら毒への応急処置ができる。《防壁》は冒険者や旅人に人気が高く、危険な場所では命を守る道具にもなる。
一方で、《花灯》のように空中へ色とりどりの光の花を咲かせるだけのものや、《跳兎》のように光でできた小さな兎が数秒間跳ね回るだけのものもある。そうした札は祭りや誕生日に使われることが多く、特に子供たちに人気だった。
しかも聖札は、封じられた魔法に応じて表面へ絵柄が浮かぶ。同じ《治癒》でも工房や年代によって花だったり鳥だったり、縁を飾る紋様が違ったりする。古いものや外国製を集める人間が出てくるのも当然だった。
この世界で聖札を作る技術を身につけ、自分の店を持った時、私は思った。なんか結局また紙を売ってるな。
王都で聖札を製造して販売している店は三つしかない。うちの店と、何代も続いている老舗、それからここ数年で急に規模を拡大したもう新規店。そのほかにも聖札を扱う雑貨屋や冒険者向けの道具屋はあるが、自分たちで魔法を封じて製造できるのはその三店舗だけだった。
私は前世の経験もあって、予約販売や抽選販売をかなり早くから取り入れていた。希少な輸入品は先着順にしない。治癒や解毒のように必要性の高い札は、予約分とは別に当日販売分を残しておく。一人の客が大量に買おうとすれば理由を聞く。
ただし、普段使いの安い札まで購入制限をしていたわけではない。《花灯》や《跳兎》なんて、子供が小遣いを握って買いに来るものだ。十枚も二十枚も買う客など滅多にいなかったし、制限する理由もなかった。
少なくとも、その頃までは。
最初におかしいと思ったのは、外国製の聖札を抽選販売した日のことだった。午前中に一度見た男が、午後には上着と帽子を変えて再び列に並んでいた。
「すみません」
私が声を掛けると、男は露骨に視線を逸らした。
「朝も来られましたよね?」
「ワタシコトバスコシシカワカラナイヨ」
「さっき普通に喋ってたでしょう」
「ワカラナイヨ」
「しかも抽選券に同じ名前書いてますよ」
「……」
「お帰りください」
「なんでだよ!」
「喋れるじゃない!」
男は悪態をつきながら帰っていった。
その程度なら笑い話で済んだ。だが、同じことが何度も続いた。服を変える者。妻や兄弟を連れてくる者。明らかに聖札へ興味がなさそうなのに、希少なものだけを銘柄まで指定して買っていく者。抽選に外れた直後、店の裏手で見知らぬ男から金を受け取っている者までいた。
数日後、理由が分かった。私が定価で売った輸入聖札が、新規の聖札店で三倍の価格をつけられて並んでいた。包装も、製造時期も間違いない。
「うちで売ったやつじゃん」
思わず店先で呟いた。
そこから酷くなるのは早かった。新規店改め、悪徳店は日当を払って人を雇い、うちと老舗へ並ばせていた。購入制限を設ければ人数を増やす。抽選にすれば大量の人間を送り込む。当選した札は回収し、自分たちの店で値段を上乗せして売る。
最初に狙われたのは外国製や限定図柄だった。次に《治癒》。その次が《防壁》《解毒》。そのうち、いつでも買えるはずだった《清水》や《小火》まで棚から消え始めた。
「《花灯》、ないの?」
夕方、店へ来た女の子に聞かれた。
明日の祭りで使いたいらしい。いつもなら棚の下段に何十枚も置いている札だった。
「ごめんね。今日の分、なくなっちゃったの」
「明日は?」
「朝には作れると思う」
「ほんと?」
「うん。でも早めに来てね」
女の子が帰ったあと、私は空になった棚を見た。午前中、《花灯》を一人で二十枚買っていった客がいた。その時は、祭りの為に近所の子供たちに配ると言っていた。翌日、その《花灯》が例の店で三倍の価格になって並んでいた。
さすがに頭にきた。翌朝から、《花灯》と《跳兎》にも購入数制限をつけた。
「子供向けまでお一人様二枚か」
常連客に言われた。
「私だってやりたくないよ。こんなの」
「世知辛いな」
「一人に二十枚売って、明日その二十枚が三倍で並ぶよりましでしょ」
本当に欲しい人が買えない。それが嫌だった。珍しい札を収集家が買うのは別にいい。古い札を持っている人間が、欲しい人間へ高く売ることだってある。もう作られていない聖札なら、希少性に値段がつくのは当然だ。
値段が上がること自体が悪いわけじゃない。今作っている札を買い占めて、わざと市場から消して、そのあとで値段を吊り上げる。さらに悪徳店は、自分たちで作る聖札にまで手を加えていた。
本来なら十数秒保つ《防壁》が数秒で消える。《治癒》は途中で魔力が切れる。《発光》なら暗くなるだけだが、《防壁》ではそうはいかない。ついには、旅の途中で使った《防壁》がすぐに消え、魔物に襲われて怪我をした客まで出た。店側は「使い方が悪かった」「魔法には個体差がある」と返品を拒んだらしい。
その数日後には、もっと酷いものが持ち込まれた。
「これ、昨日買ったんですけど、発動しなくて」
客が差し出した《治癒》を見た瞬間、私は眉を寄せた。表面には治癒を示す白い花が描かれている。けれど魔力がない。完全に空だった。角度を変えて見れば、印刷ではない。元の絵柄が消えた札へ後から顔料を重ねている。
「どこで買いました?」
客が悪徳店の名前を答える。
「……これ再シュリンクどころじゃないからね!」
「さい?」
「なんでもないです。これ、もう使われてます」
「えっ」
「使用済みです。絵を描き直して新品みたいに見せてる」
老舗にも同じ相談が何件も届いていた。使用済みの札を安く集め、絵柄を描き直し、包装し直して新品として売る。さすがに店同士の競争では済まない。私は老舗の店主と一緒に、国の商業相談窓口へ行った。
最初の反応は鈍かった。
「つまり、三店舗のうち一店舗が安く仕入れ、高く販売しているという商売上の問題ですね」
「違います」
「しかし価格設定自体は各店舗の裁量です」
「だから値段だけの話じゃないんです。《治癒》と《防壁》まで買い占められて、本当に必要な人に届いてない。粗悪品で怪我人も出てるし、使用済みを新品として売ってるんですよ」
老舗の店主も帳簿を出した。
「こちらにも苦情が来ております。うちの商品だと思って買った客までいる」
「製造元を偽っている可能性も?」
「あります」
そこでようやく話が上へ上がった。
数週間後、私の店へ王家から人が来た。正確には、査察を担当する官吏が数人。そして、その中央に一人だけ妙に場違いな若い令嬢がいた。淡い金髪を整え、青と白を基調にした服を着ている。袖口にだけ、目立たない桃色の刺繍があった。
アリシア・ヴァレンティア公爵令嬢。第二王子フェリクス殿下の婚約者で、王家の公務にも積極的に参加している人物だという。年齢は十七歳。
国から来たお嬢様に商売の何が分かるんだ。最初はそう思った。
「販売記録を拝見しても?」
「どうぞ」
私は帳簿を渡した。
「こちらが通常販売、こちらが予約分。輸入品については抽選です」
「購入数の制限は?」
「商品によります。珍しいものは一人二枚。最近は子供向けまで制限する羽目になりました」
「制限しても、別人を代理として並ばせれば回避できる」
「そうなんです」
「抽選も同じですね。百人雇えば、一人一枚でも百口になる」
「……話、早いですね」
「そうでしょうか」
アリシア様は帳簿から顔を上げた。
後ろには専属メイドらしい女性が立っている。ミアと名乗った。
店内を見ていたアリシア様が、輸入品の見本として飾っていた一枚へ目を止めた。
「これは随分変わった聖札ですね」
「隣国の工房のものです。表面に細かい凹凸をつけてあるんですよ」
光へ傾けると、木彫りのような細かな紋様が浮かび上がる。
私はつい呟いた。
「アルティメットなレアというか……」
「……」
後ろでミアが首を傾げた。私は彼女を見る。ミアも私を見ていた。
「何か?」
「いえ。どこかで聞いたような言葉だと思いまして」
「そうですか?」
「ええ。気のせいかもしれません」
「……そうですよね」
何だろう。その日の説明中にも、何度か似たことがあった。
「複数名義で抽選に参加される場合は?」
アリシア様が聞く。
「今は住所も確認してます。でも家族や知り合いまで使われると完全には防げないです」
後ろからミアが小さく言った。
「複垢みたいなものですね」
私は振り返った。
「フクアカ?」
「……複数の名義、という意味でございます」
「へえ」
「何か?」
「いえ」
妙だ。妙だけど、それ以上聞くほどでもない。何よりアリシア様の方が、想像以上に現場の話を理解する。客の列。購入記録。入荷数を確認する。運送業者へ話を聞く。冒険者がどの札を常用しているかまで調べる。数日後には、うちの《治癒》の販売記録を持って再びやってきた。
「先週の火曜日、こちらでは《治癒》を百二十枚販売していますね」
「はい」
「購入者は六十四名」
「そうです」
「翌日、問題の店舗には、こちらと同じ製造記号を持つ《治癒》が八十七枚並んでいます」
私は帳簿を見た。
「そんなに?」
「一人が大量に購入した記録はありません。複数人が購入し、同じ場所へ集めたと考える方が自然です」
買った人間を何人か追うと、やはり同じ仲介人が出てきた。聖札を渡せば日当がもらえる。ただそれだけで並んでいた者も多い。個人の転売ではない。悪徳店が組織的に他店の商品を買い集めていた。
その調査と並行して、王都では別の商品が問題になっていた。
モペペ。
丸っこい小型魔獣を模したぬいぐるみで、王都の若い女性や子供の間で大流行しているらしい。色違いが何種類もある。そして桃色だけが、異常に人気だった。
ある日の調査を終えた後、私はアリシア様の私室へ呼ばれた。
机の上には聖札の帳簿。その横には、場違いなほど派手な空瓶が飾られていた。桃色のリボン、星、猫、花。光る石まで貼りつけてある。
アリシア様がそれに視線を向けた。
「これも、もう七年前なのね」
ミアが瓶の埃を布で払う。
「大切に残してくださっておりますので」
「大切な思い出でもあるわ」
「当然でございます」
何の瓶なのか気になったが、聞く前にミアが別の紙を置いた。
「お嬢様。桃色のモペペですが、見つかりました」
アリシア様の目が少し明るくなる。
「本当?」
「はい。ただし正規の価格ではございません」
「いくら?」
「定価の二十倍です」
「……二十倍」
「はい」
「……この程度なら、払えなくは」
「お嬢様」
ミアの声が低くなった。
「ですが、欲しいの」
「お気持ちは分かります」
「桃色なの」
「存じております」
「買っては駄目?」
「駄目です」
「……そう」
公爵令嬢でも、そこは普通に欲しいらしい。
それからアリシア様は少し考えた。
「高くても買う人がいるから、買い占める意味が生まれるのですね」
「そうです」
私が答えた。
「転売する側が一番悪いけど、二十倍でも買う人がいると分かれば、次も買い占める」
「耳が痛いわ」
「お嬢様はまだ買っておりません」
ミアが言った。
「私が止めましたので」
「ありがとう、ミア」
「当然でございます」
聖札についても、同じ整理が必要だった。ただ、私は二次流通を全部禁止しないでほしいとアリシア様へ伝えた。
「昔の聖札を収集家同士で売るのは、今回の話とは別です。もう作ってない札なら欲しい人同士で値段が決まることもあるし、不要になった未使用品を譲るのまで禁止したら困る」
「現行品を意図的に市場から減らし、価格を上げる行為と区別する必要があるということですね」
「そうです。黒蓮の治癒札を欲しがってる人がいても、それは悪い事じゃない」
「黒蓮?」
「すごく珍しい古い札です。蓮の花柄で、治癒なのに黒く光る」
ミアが少し首を傾げた。
「随分高価そうですね」
「もし市場に出たら、とんでもない値段になるでしょうね。でも、それは現行品を買い占めて値段を吊り上げたわけじゃない」
アリシア様はすぐに理解した。
古い収集品。個人同士の交換。少量の売買。
それと、今必要な聖札を組織的に買い占める行為。同じ「買って売る」でも、中身は違う。その日の話し合いでは、子供向けの《花灯》まで大量に買われていることも説明した。
「先週なんて、日雇いを三十人以上使ってました。購入制限したら服を変えてもう一度並ぶ人まで出て」
「そこまでして?」
「《花灯》ですよ。前まで子供が普通に買えてた札ですよ」
ミアが紅茶を置く手を止めた。
「お嬢様の桃色モペペも、同じ者たちが買い集めている可能性があるそうです」
「それは聖札とは別の話でしょう」
「同じクソ転売ヤーです!ほんっまに死ね!」
「ミア」
「失礼いたしました」
私はミアを見た。
「……今、転売ヤーって言いました?」
ミアも私を見る。
「申しましたが」
「その言葉、どこで?」
「昔住んでいた地方で使っておりました」
「へえ……」
「何か?」
「いえ」
そんな都合のいい地方があるのか。でも私も「アルティメット」とか言っているので、人のことは言えない。
アリシア様が咳払いした。
「ミア。今のはさすがにいけません」
「ですが、お嬢様の桃色モペペまで」
「それは関係ありません」
「大いに関係ございます」
「ありません」
「ございます」
私は帳簿へ視線を戻した。この主従は多分、放っておいた方がいい。
調査が進むと、悪徳店への正式な査察に入り、行政官とアリシア様が倉庫を確認した。
うちや老舗から流れた聖札。日雇いへの支払いを記録した別帳簿。使用済みの札。絵柄を書き直すための顔料。包装材。そして、自分たちで作った粗悪な札の製造記録。封じる魔力量を減らせば、一枚あたりの製造費は下がる。本来なら十数秒保つ防壁を数秒で切れるようにしても、使うまで客には分からない。
高額転売だけなら、当時の制度では処分が難しかった。でも、使用済み品を新品として売るのは詐欺だ。魔力量を偽り、安全性を満たさない商品を正規品として売るのも問題になる。別店舗の商品だと分かっていながら組織的に購入させていた記録も残っていた。
悪徳店は営業停止となった。
店主は最後まで言ったらしい。需要があるから高く売っただけだ。客は自分の意思で買った。買いに行かせた人間にも日当を払っている。何が悪い。
しかし、国は一店舗を潰して終わりにはしなかった。今の制度のままなら、別の誰かが同じことをするそこで聖札の流通制度そのものが見直された。
製造と販売には正式な許可が必要になった。新たに作る札には個別の製造番号を付け、製造元と正規の流通先を追えるようにする。使用済み札を新品として偽装する行為は明確な詐欺として扱われ、《治癒》《解毒》《防壁》など生活や安全に関わる現行品には販売価格や大量取引への制限も設けられた。
購入制限を回避するために人間を大量に雇い、営利目的で現行品を集める行為も禁止された。継続的に二次販売を行う業者には許可と取引記録が必要になり、正規店側も転売目的と確認できた相手には販売を断れる。
ただし、昔の聖札まで国が取り上げることはない。収集家同士の交換もできる。個人が不要になった未使用札を売ることもできる。黒蓮の治癒札が明日どこかでとんでもない値段で取引されたとしても、それ自体を禁止する制度ではない。そこは、私が一番安心したところだった。
問題の店は、制度が変わる直前まで聖札を買い集めていた。値段がさらに上がると思っていたらしい。営業停止になった倉庫には、《治癒》《清水》《花灯》、外国製の札まで箱いっぱいに積まれていた。
買い占めた聖札をもう高額転売することはできない。さらに正規販売資格も取り消されているため、通常の販売すらできなかった。他の店も、詐欺や粗悪品販売を行っていた店の大量在庫をわざわざ買い取る理由はない。借金をして仕入れていた分まで売れなくなり、店はそのまま資金繰りに行き詰まった。
倉庫の確認へ行った日、私は積み上げられた箱を見上げた。一時は定価の何倍にもなっていた札が、売り手を失って大量に残っている。
「紙くずになったね」
隣にいたアリシア様が箱を見る。
「聖札としてはまだ使用できます」
「そういう意味じゃなくて」
「分かっています」
「分かってて言いました?」
「少しだけ」
この人、思っていたより結構言う。
生活に必要な札については、行政の管理下で検品した後、正規価格に近い金額で市場へ戻されることになった。
数か月後。
朝、店を開けると、一人の女の子が入ってきた。
「《花灯》ありますか?」
「あるよ」
「一枚ください」
「はい、一枚ね」
女の子は小さな硬貨を数えて代金を払い、受け取った札を両手で大事そうに持った。当たり前だった光景が戻った。これからも当たり前でいてほしい。
奥の棚では、例の常連収集家が外国製の札を眺めている。
「黒蓮、入ってない?」
「入ってない」
「いつ入る?」
「百年後くらいじゃない?」
「見つけたら連絡くれよ」
「その時まだ生きてたらね」
「縁起でもないな」
入口のベルが鳴った。
アリシア様とミアが入ってくる。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは、セレナさん」
「今日は聖札ですか?」
「いいえ」
アリシア様が少し時計を気にした。
ミアが答える。
「このあと、近くのお店へ参ります」
「何か発売日?」
「桃色のモペペが再入荷いたします」
「ああ」
「今度こそ正規価格で買いましょう、お嬢様」
「ええ」
アリシア様が頷いた。
「二十倍では買いません」
「成長しましたね」
「最初から買っていません」
ミアが満足そうに頷いている。
店の中には、聖札を必要とする人がいる。子供がいる。冒険者がいる。ただ絵柄が好きで集めている人もいる。それぞれ欲しい理由は違う。
私にできるのは、その人たちが自分で選んで、払うべき値段を払って、ちゃんと欲しいものを持って帰れるようにすることだ。
前世と売っているものは全然違う。それでも、やっていることはあまり変わらない。
私は次の販売分の聖札を束で取り出し、カウンターの上へ置いた。
さて。今日も元気に、紙、売りますか!




