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神滅の魔剣士は英雄になれない  作者: 意思疎通
第一章 旅の再開

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第七話 ルシアン・クロード

 ルシアン・クロードは望まれて生まれてきた命では無かった。

 産まれてすぐ実の母に捨てられる。

 母親の温もりを感じることなく、小さく冷たい籠の中でただ大声で泣くことしか出来なかった。


 奴隷商人に拾われ、なんとか生き延びることができた。

 産まれてから与えられたものは、最低限の食事のみ。

 似たような境遇の子供たちと共に、奴隷商の雑用をこなして過ごしていた。


「働かない者には食事を与えない、ここまで育てたのは誰だと思っているんだ」


 毎日毎日、その言葉しか口にしなかった。

 働け。働け。働け。ただ働くしかなかった。

 それしか、生きれる方法が見つからなかった。

 

 ある日、ボロボロの本を見つけた。

 最低限の読み書きは教えられていたが、簡単なところしか読むことはできない。ルシアンは完璧に理解することは難しかった。

 だが、描かれている絵を見て胸を打たれる。

 囚われのお姫様を、剣を持った王子様が助けに来てくれた。


 ルシアンにとってはその本だけが救いだった。 生きてさえいれば、いつかは本の中のお姫様のように幸せになれるのだと思えたから。


 

 7歳を過ぎた頃、貴族に売られた。

 ギラギラと輝く宝石を数え切れない程身につけているその男こそ、ルシアンを買った貴族その人だった。

 悪趣味な格好をしていると思いながらも、この男には逆らってはならないとすぐに理解した。


「随分とキレイな顔をしているな」


 顎に手を添えられ、上から下へと視線を巡らせている。最初にかけられたその言葉に対し、ルシアンは褒められているのだと思った。


 だから、笑った。


 バチン、と何かが破裂したような音が無駄に広い部屋へと響く。

 頬を、殴られた。


「勝手に笑うな」


 床に転がる自分の体。

 理解が追いつかなかった。奴隷商は働けとは言うものの、殴ったりなどはしてこなかった。商品に傷がつくのが嫌だったのだろう。

 空腹の苦しみを味わうことはあれど、人に殴られる痛みなど、知らなかった。

 次は腹を、その次は腕を、足を。殴られ、蹴られる。


 ——死の恐怖を感じたのは、産まれて初めてだった。


 貴族には他にも十人の奴隷がいた。

 毎日その中から気分で自室に呼ぶ物を選び、想いのままに扱っている。

 その中でも、顔が気に入られていたルシアンは呼ばれる回数が多かった。


 食事は充分に与えられ、機嫌が良いときには好きなものまでたらふく食べさせてもらえた。

 だが、その後に全て嘔吐する。

 顔にはアザは無く、誰に見せても美少年だと言う程の美貌。それに反して体は痩せ細り、どこを見ても大きなアザが目立つ。

 白い首筋には、歯型と赤い跡。少年の心は、日に日にすり減っていった。


 貴族からの呼び出しが終わり、自室のベッドに身を潜める。

 寝むりにつこうと目を瞑ると、先程までの出来事が脳裏に浮かぶ。気持ち悪い、気持ち悪い。


 ——死にたい。


 そう思うようになったのは、いつからだろうか。

 初めの頃は、どんな事があっても生き延びてやるという強い思いがあった。王子がきっと助けてくれる、その気持ちだけで耐えてきた。

 だが、いつの間にかその気持ちは消え失せ、死にたいと思うようになっていた。


 

 貴族に買われてから六年が立った頃、奴隷八人が逃げ出した。

 屋敷に残った他二人の奴隷は鬱憤晴らしのため殺されたらしい。

 ルシアンはお気に入りだったため殺されはしなかったものの、いつも以上に乱暴な扱いをされていた。


 ——どうせなら、このまま殺してくれ。


「おっさん、趣味悪いね」


 扉の前には、見慣れない男が立っていた。

 貴族の取引先の人間だろうか。


 ……いや、どこか様子がおかしい。

 黒いマントで分かりにくいが、服には血が染み込んでいる。


「お前は誰だ!! 見張りは?? 見張りは何をしている! コイツを取り押さえろ!!」


「ここに俺が立ってるってことは、勿論見張りも倒してる。今この屋敷の中で意識があるのは俺とバディ、そしてアンタら二人だけ」


 わかる?と右手に持つ剣をコチラに向けながら問いかけてくる。


「お前は誰なんだ! 一体、何者なんだよ! こんなことしやがって! ただじゃ済まねえからな!!!」


 そう言い切ったあと、貴族はその場で倒れ込む。

 首元には黒いモヤが現れ、首を締め付けられたようだった。

 気付かぬ内に黒いマントの男が近付いて来ている。

 きっと、コイツがやったんだろう。

 このまま殺してくれるのか。


 ——やっと、解放されるんだ。


「俺の名前はヘクトル・エルカディオン。この国の【英雄】になる男だ。お前は? ここから出て、生きる気はあるか?」


 黒いフードを外し、キレイな瞳がこちらを見つめる。


 ——その時、初めて産まれてきたことの実感を得た。


 生きているのか死んでいるのか、分からないような人生を送ってきた。

 なんの為に生きているのか、ずっと分からなかった。

 だが、今初めて生きる希望を得た。


 この人が、僕の生きる意味だと。


「僕の名前は、ルシアン・クロード。貴方を支える人間になる男です」


 青い髪を揺らしながら、ヘクトルは笑った。

 無邪気に笑う彼の顔は、王子様というよりお姫様のようだった。


 感情が高ぶる。心臓がどくどくと素早く鼓動し、顔は熱を帯びていた。

 

 ——彼が、僕のお姫様なんだ。


「ちょっと、何してるんですか。その子……奴隷? まさか、拾う気じゃないですよね? 飼うなら責任持って最期まで。半端な気持ちで拾うことは許しませんよ」


 扉からまた一人、女の人が入ってくる。同じ服装をしており、先程言っていたバディというのは、この人のことなのだろう。


「コイツ、カリスタのとこで雇ってやってくれ。魔法使える使用人探してるって言ってたよな? 才能あるから、丁度いいだろ」


◇◇◇


「ヘクトル様!!」


 屋敷の中が騒がしい。扉が勢いよく開かれ、聞き慣れた声がどんどん近付いてくる。普段は比較的落ち着いている彼が、珍しく息を切らしていた。


「何があった?」


「警備兵達が……」


 その一言で、嫌な予感がした。


 部屋を出て、庭へと急ぐ。昨日の夜、警備兵達が巡回をしていた場所。

 ……今日起きたら、差し入れでも渡しに行こうと思っていたのに。


 庭につくと、目を疑うような光景が広がっていた。

 一人、二人、三人。そこまで数えたが、意味のないことだとすぐに理解する。

 肉片の散らばった庭。警備兵の頭がそこら中に転がっていた。

 昨日まで笑っていた警備兵が、ただの肉の塊へと姿を変えている。


 十五人、全員優秀な人間だった。

 なのに、そこには“戦闘の痕跡がない”死体だけがある。一方的に虐殺されたのだろう。


「侵入者は?」


「見ていません」


「結界は?」


「破られていません」


 ありえない。夜でも、何人かの使用人は起きていた。

 朝やられたとしても物音で誰かしらは気付くはず。

 それなのに誰にも見られず、結界にも引っかかっていない。

 なにか、なにかおかしい。


「ルシアン」


「はい」


 二人同時に魔力を練り始める。


 結界は周囲に円を描くように貼られていた。


 ……だが、空からなら入ってこれる。


 ——パチパチパチ。

 屋根の上から拍手の音が聞こえた。

 視線を向けると、白いローブを身に纏う男が立っている。


「オハヨ」


 男は笑った。まるで、友人に再会したかのような笑顔で。


「久しぶりだなァ、ヘクトル!」


 白く長い髪は三つ編みにされ、前に垂らし、背中には片翼の黒い羽が見える。

 赤く鋭い眼光が、ヘクトルだけを捉えていた。

 知っている顔。忘れるはずがない声。

 全身の毛が逆立ち、呼吸が止まった。心臓が嫌な音を立てる。

 視界の奥で、赤黒い記憶が蘇った。

 

 剣が宙を舞い、右肩が熱を帯びる。

 右目に感じる焼け爛れたような痛み。

 存在しないはずの感覚が、今もなお肉を抉り続けていた。


「ソコにあるやつ、肩慣らしとして殺したんだケド」


 屋根から飛びおり、男は死体の方へと近付きながら言葉を発している。


「イヤァー、ミスった。もっとキレイに殺してやるつもりだったのにさァー。相棒ならもっと上手く殺れんだケドなァ」


 男は落ちていた腕を拾い、少し悔しそうな表情を浮かべる。


「“黎明の神子”!!!」


 ルシアンは練り上げていた魔力を放出し、庭園を埋め尽くすほどの水槍が白いローブを目掛けて放たれる。

 水槍が触れた地面が抉れ、石垣が砕けた。

 男は避けれず、無数の槍が体に穴を開けている。

 

 それは間違いなく、ルシアンの人生で放った中で最高の魔法であった。


 一瞬のことだった。ルシアンが叫んでから魔法が男に迫るまで、一秒もなかったかもしれない。

 だが、この男がそれを避けれないはずがなかった。


 ——白いローブからしたたる血液。

 勝ちを確信するための材料だったソレが、ルシアンに目掛けて放たれた。

 液状だった赤は、研がれた槍のように鋭く、鉱石のように硬く形成されていく。

 相手にした攻撃と全く同じ傷がルシアンの体にも現れた。無数の槍が、体に穴を開けている。


「なっ……」

 

 思考する間もなく、ルシアンはその場へ倒れ込んだ。


「今さァ、オレが話してんのわかんねェ? オマエらのこと殺るつもり無かったのに、変なことすんじゃねェよ」


 あーあ、と呆れたような素振りを見せながら、コチラに近付いてくる男。

 体には無数の傷が付いていたはずだが、男が口を開いた時には全て塞がり、何事もなかったかのように立っていた。


 ヘクトルは今もその場から動けず、震える体を眺めている。


「オマエ、なにつまんねェことしてんだ? 早く前の力を取り戻せよ。殺そうと思ってたケド、今のオマエを殺す気にはなんねェーわ。帰る」


 ヘクトルの右肩を叩きながら耳元でそう告げる。


「そういや、その右腕どうした? ソレのせいで本来の力出せねェじゃん」


 首を傾げ、「勿体ねェー」と呟く男。

 少し思考したあと、納得した顔で口を開いた。


「アァ! 思い出した」


 黒い羽が広がる。


「オレがやったんだったわ」


 片翼しかない翼を巧みに操り、男は振り返ることもなく空へと消えた。

 残されたのは十五人の死体と、一人の怪我人。

 そして、過去に囚われたまま動けない男が一人。


 【黎明の神子】の最高幹部、六信徒の内の一人。【第一信徒】シフェル。


 ——【英雄】ヘクトル・エルカディオンを殺した男。

ここまでお読みいただきありがとうございます。少しでも「続きが気になる」「面白かった」と思っていただけましたら、ブックマークや評価をいただけるととても励みになります。皆さまの応援が執筆の原動力です。次回も楽しんでいただけるよう頑張りますので、よろしくお願いします。

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