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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。

葉桜と猫

作者: 石坂るい
掲載日:2026/03/25

 毎年楽しみに訪れていた川沿いの河津桜は、少し時期を外してしまったようですっかり葉桜になっていた。写真を撮って見せようと楽しみにしていたのに、と少し肩を落として甘いフィルターのタバコを吸った。

 肩にかけたヘッドホンから微かに漏れる音楽と共に通知音が聞こえ、足を止めてスマホを見る。

 『体調はどう?』

 ちょうど想っていた相手からの連絡に少し迷ってからぼちぼちと返信してヘッドホンを耳に当て直した。2日前過剰に摂取した錠剤のせいでふらつく足元の中進む。また私は死ねなかった。死ななかった後は、心を休めるために母方の実家のある田舎に行く。あと1週間で大学3年になる晴は大学が始まる憂鬱と自分の将来をいよいよ決めなければいけない重圧で吐き出す煙は黒く濁って見えた。通知が音楽を邪魔をする。

 『いつもありがとうね、大好きよ。』

 こう言うことを言い出す時、大体は彼女はまた危ない先に向かう前だ。杏奈は自分を売って私に会いにくる。なんとも言えない気持ちのままタバコの火を水溜りで消して早歩きで祖父母の家に向かった。


 双極性障害、いわゆる躁鬱と診断されたのは高校1年の終わりだった。正確には、もう少しあとだったかもしれないが症状が出て高校を辞めることになったのはその頃。学校に通うのは楽しかったが、体がついていかずに辞めることになった時の悔しさは今も夢に見る。高校を辞め、ひたすらに暇な毎日を送っていた中、流石にこのままじゃまずいんじゃないか?何か働かなくては、と飲食、販売、等々アルバイトを点々とした先に辿り着いたのは秋葉原のコンセプトカフェだった。承認欲求を満たすために加工で固めた自撮り写真を上げていたアカウントにスカウトが来たのだ。半信半疑で面接を受け、衣装を着て、いつのまにかチラシを配り接客していた。時給も良い上にお客さんがつけば自己肯定感も上がる。リスクも高い仕事だったがそれなりに慣れればやっていけた。そんな仕事でも精神の不安定さで同じ業種で店を点々とした。

 3店舗目で働き始めた頃、自分の見た目はあまりおじさま達に受けないということに薄々気づいていたので、自撮りのハッシュタグに[セクマイさんと繋がりたい]とつけてみた。ウルフカットにピアスという見た目なのでとある層に受けが良かったらしくいいねは跳ね上がり、フォロワーが増えた時期があった。ちょうどその頃女性が好きな女性たちからダイレクトメッセージが送られてきて、その相手のひとりが杏奈だった。

 暇な時にそれぞれ連絡を返して、使っていたアカウントは店用ではなかったので個別で営業をかけてみるが客が増えず、の日々だったが杏奈は少し変わっていた。あまりにも頻繁に連絡が来るので暇なのかと聞くと、「顔が好き!」と返してきてなかなか飽きずにメッセージをよこすものなのでいちいちダイレクトメッセージを開くのがめんどくさくなり連絡先を教えた。今考えれば軽はずみな行動だった。後悔はしていないが。思えばこの時はまだ仕事先を教えていなかった。顔も知らずにやり取りを続ける相手なんていなかったので、気さくに話せて心の拠り所になっていた。中身がおじさんだろうがまあ話す分には良かったし気にもしていなかった。

 関係が変わったのは私の給料日前、金欠に悩まされてお金がないとつぶやいたこと。「お金足りてる?」という連絡に、足りてなーい笑、と返したところ、URLが無言で送られてきた。なんだと思い開くと一万円分の電子マネーだった。もちろん理解ができなかったしどうしたと問うと、「お金の話が出たら黙って出すのが正解って元彼に習った!あと顔が好き!」と付随してお金をばら撒くパンダのスタンプを送ってきた。正気か?と思ったが、良い客になるじゃないか。と思い勤務先を教えた。その時からキャストと客という立場になった。


 どうせすぐ飽きるだろうと思った。一方的な好意なんて、しかも金銭が発生するなんて続くものじゃないと理解していたから。そもそも初めて店に来た時も、加工された写真への理想で現実を見れば目が覚めるだろうと思ったが、道端で店探す杏奈を迎えに行った私に、なんの連絡も入れなかったのに私に気がつき満面の笑みで駆け寄ってくる少女の姿を見て、これが毎日連絡をとっていた杏奈なのか?と不思議に思ったほどに、可愛く可憐な女の子だった。

 話を聞けば同い年。お金を使う側と使われる側。そして杏奈は毎回会計のたびに店でもトップレベルの会計金額を叩き出して帰っていく。週1回から2回店に来て、炭酸が飲めないのにシャンパンを開け飲まないで置いておくのだ。勿体無いし申し訳ないので私が全部飲む。こんな調子を数ヶ月続けて、この子の私への感情は本物なんだ、なんていう信頼の感情が湧いてきた。彼女への感情が変わってきたのもこの時期だ。


 元々不安定だったメンタルでいわゆる躁状態になった時、私の行動力は鬼のように突っ走り店を辞めた。杏奈に付き合おうと迫った。まさか私が女の子相手に特別な感情を持つとは思わなかった。彼女もそう思ったようで、その感情はお金を使ってた私へのものだから早まるなと断られた。まさか断る?!告白を断られた焦りでそこら辺の記憶は曖昧だがショックで薬を飲んだのは覚えている。薬を飲んだのがバレ、そんなになら、と始まったお付き合い。人生でいちばんの起点だったんだろうと今思う。


 杏奈はたまに、何も言わずに出かけた。何してるのか教えてくれない。浮気かと問いただすと静かに答えた。

 「19歳であんなにお金が使える職業ってあると思う?」

 頭が真っ白になって黙ってしまった。少し考えればわかることだった。逆に今まで疑問に思わなかった私を殴りたい。まあ、そうだよな。店を辞めたあとも、付き合ったあとも杏奈は私に現金を贈ることを辞めなかった。断りきれず受け取ってしまうこともあった。最初からこのお付き合いは破綻していた。


 推しから付き合おうと言われた。いい金蔓だもんな。とことん都合よくいてやろうじゃないか。そんなことを思ってお付き合いを受けた。晴の顔はとても好みだった。見ていて飽きない。でも私は私の役目を果たさなくては。死なない事を願って今日の人の元へ行く。大体三万、良くて五万。元彼と付き合ってる時からやってる事だ。もう慣れている。業務作業。とても愛し合う行為とは思えなかった。お金を渡す方がよっぽど愛が伝わる。だからその方法で愛を伝える。家庭環境もあってか自分を殺すのには慣れていた。

 ところが最近、晴はお金を渡す事を拒否してきた。食事も折半。クリスマスには少しいいところのネックレスをくれた。まるで普通のお付き合いみたい。たくさんデートをした。付き合って100日記念、彼女は覚えていてサプライズでビュッフェに連れて行ってくれた。お祝いのプレートとプレゼントを持って。ちゃんとしたお付き合いをしたことがなくて、うまくリアクションができないのを後悔した。彼女と付き合っていこうと思った。


 たかが100日程度でこのサプライズは引いたか?と一瞬冷や汗をかいたが喜んでくれたみたい。ぎこちなく感謝を伝えてくれる杏奈を見て、私が大切にしようと思った。


 『今日はドタキャンだったわ!帰るー!』

 呑気な連絡が入っている。こちとらヒヤヒヤしてるのに。でもきっと彼女も同じ事を思ってる。杏奈がやってるから、という理由で自分も体を売ってみた。2人して売春をするカップル。なんと歪なんだ。彼女に会いたい。私も体を売るのが板についてきて、2週間で50万稼いだ。引越しの初期費用には十分。かな?もう少しいるかな。引越しをして、暮らしが安定したら売春は辞める2人の約束。私元々薬物依存があった。薬物といっても、処方されたものを多く飲んでしまう程度だったけど、ある時から市販薬の過剰摂取もたまにしてしまうようになった。そんな私を見て杏奈はますます自分を売る。全てが悪循環。全ての人から反対された恋だった。それでも2人でいるのは楽しくて甘美で素敵な時間だったんだ。


 『それでも一緒にいようね』

 『うん』

 わかりやすい共依存。子供のような約束。でもそれがいちばん良かったんだ。


 見せたかった田舎の綺麗な河津桜の写真は撮れず、数日の療養を終えて地元に戻ってきた。杏奈と久しぶりに会う約束がある。春休みはほぼ毎日会っていたので久しぶりに感じるが1週間そこそこだ。

 「河津桜は時期が早いから終わっちゃったけど、桜見にいこうよ」

 「いいね、行こう」

 杏奈は私のやりたいことや行きたいところを全て賛同してくれる。

 「明日は何か用事ある?」

 杏奈は首を振る。用事がないのは知っている。カレンダーは共有してるもの。


 一緒にお風呂に入って、互いに下着を脱がせ合い裸で寝た。ゆったりと流れるこの時間が好きだった。睡眠薬を忘れてきたので一睡もできない私はひたすらに彼女の寝顔を見てた。マツエクのくるんとしたまつ毛が愛らしい、きっとマツエクがなくても可愛いのだろうけど。こんなことは絶対に口にはしないけど。どうやったらこの時間が続くかを考えながら、アラームが鳴るまでそっと彼女の長い髪を撫で続けた。


 少し古い庭付きのアパート。内見に来た時は古いな〜って思ったけど、いざ物を揃えてみたら居心地がいいかもしれない。アパートの敷地内に、一本の桜の木がある。結局、ちゃんと桜を見に行っていない。蝉がなく葉桜に猫が日向ぼっこをしていた。とても心地よさそう。私達の繋がれたこの手も、この心地のまま逝きたい。

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