プロローグ
――削除ログより抜粋――
世界が停止した。
正確には、停止したように見えただけだった。
風は吹いている。信号は点滅している。人々は歩いている。
それなのに――音だけが、存在していなかった。
〈SYSTEM MESSAGE〉
WORLD STATUS : RUNNING
ERROR RATE : 0.000013%
視界の端に、あり得ない文字列が浮かんでいる。
恐怖はない。混乱もない。
ただ、ひどく自然に理解してしまった。
――ああ、そういうことか。
この世界は、最初から「管理」されていた。
俺が信じてきた常識も、積み上げてきた努力も、
人間関係も、尊厳も、
すべて同じフォルダに放り込まれていただけだ。
〈USER STATUS〉
NAME : ――――
EXISTENCE FLAG : FALSE
名前が表示されない。
いや、削除されている。
その瞬間、遠くで声がした。
聞き覚えのある、軽くて無責任な声。
「――君なんて、最初からいなかったことになればいいのにね」
次の瞬間、足元が抜けた。
世界が、下へ落ちていく。
光は分解され、色はコードに変換され、
現実がデータとして破砕されていく。
〈DELETE QUEUE : ACCEPTED〉
〈TRASH AREA : CONNECTING〉
黒い空間。
底は見えない。
それなのに、ここが正しい場所だと分かった。
〈ACCESS CHECK〉
USER : UNKNOWN
AUTHORITY : ――
ERROR
ERROR
ERROR
そして――
〈AUTHORITY OVERRIDE〉
ADMIN ACCESS (ERROR)
世界が、完全に静止した。
俺は、そこに触れてしまった。




