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Miracle Wink

作者: Tom Eny

Miracle Wink


星影のミラージュ


白い砂浜に、波が優しく打ち寄せる音が聞こえる。エメラルドグリーンの海はどこまでも透き通り、水平線にはエルティア特有の二つの太陽が、のんびりと空を昇っていく。ここは精霊の国、エルティア。なぜこの場所にいるのか、人間である私の記憶は途切れ途切れで、はっきりとは思い出せない。ただ、潮の香りが微かに鼻をくすぐり、湿った砂の感触が足の裏に心地よかった。


私は一人、広がる海を眺めていた。朝焼けとも夕焼けともつかない、オレンジと紫が混ざり合った空の色が、水面に不思議な光を投げかけている。潮風がふわりと髪を撫でていく。その瞬間、空に昇りきったばかりの二つの太陽の光が、きらりと強く、私の方へ差し込んだ。


「まぶしい…っ」


思わず目を細め、片目をきゅっと閉じた。すると、視界が真っ白になった。何も見えない。けれど、その空白の直後、目を開けた私の目の前には、突然、銀色の髪を持つ精霊族の青年が立っていた。彼の瞳には憂いを帯びた光が宿り、私を見るその眼差しに、胸の奥が小さく震えた。エルティアに来てから、何度か言葉を交わすうちに、彼の存在は私にとって特別なものになりつつあった。


「何かあった?」シオンの優しい声が、混乱する私の耳に届く。彼は眩しそうに、きゅっと片目を細めた。その仕草が、まるで私にウインクしたように見えて、ドキリと心臓が跳ねる。


「今、故郷の…夢を見たような気がして…」私は戸惑いを隠せない。断片的な映像。車の走る音、賑やかな街並み、優しい笑顔。ここはどこか懐かしいけれど、確かに私の知る世界ではない。


その時、私の足元に、淡く光る小さな影が現れた。それは、私がエルティアに来てから時折見かけるようになった、可愛らしい幽霊のような存在だった。ふわふわと宙に浮かび、その小さな光はまるで心臓のように脈打っている。小さく光るその幽霊も、太陽が眩しいのか、体で光を遮るように身を縮め、ピョコピョコと私に寄り添ってきた。


「まぶしいの?」私がそっと尋ねると、幽霊は私の影に隠れるようにさらに小さくなり、光をパチパチと瞬かせた。まるで「うん、まぶしいよ!」と答えているかのようだ。その愛らしい仕草に、私は思わず笑みをこぼした。幽霊は私のそんな様子を見て、嬉しそうに光を揺らした。


その瞬間、空に浮かぶ二つの太陽が、再びきらりと光を放った。それはまるで、太陽そのものがウインクをしたかのよう。すると、空からきらきらと輝くダイヤモンドのような光の粒が、シャララ…と音を立てて雨のように降り注ぎ始めた。それは、温かく、そしてどこか悲しい、希望の光の涙。


光の雨が降り注いだ砂浜は、瞬く間に色彩を取り戻し、足元には小さな花の芽が顔をのぞかせた。その芳しい香りが、潮の香りと混ざり合う。この現象は、私の心に、深い眠りについていた「視える者」としての能力を目覚めさせた。同時に、エルティアに伝わる古い言い伝えが脳裏に響く。


「双日の光が瞬く時、異なる世界からの旅人が記憶を呼び覚ます。その瞳に映る影は、世界の未来を示すだろう。」


シオンは驚いたように周囲を見渡し、変化した大地に触れた後、私を見つめて静かに言った。「ルナ…君は、まさか…」彼の声には、驚きと、どこか深い理解の色が混じっていた。


私は彼の言葉の続きを聞く前に、空を見上げた。夜になると、エルティアの空は信じられないほど多くの星で埋め尽くされる。その中で、ひときわ強く輝く星があった。それが、エルティアの命運を司る「星のダイヤモンド」だと、彼の言葉と心で理解した。そして、その星もまた、私に向かってゆっくりとウインクしているように見えた。


そのたびに、私の視界には透明なシルエットが揺らめいた。それは、遥か遠いエルティアの未来の姿。しかし、そのシルエットはいつも、闇に侵食された、荒れ果てた大地や、苦しむ人々の姿を映し出していた。


「これは、エルティアが蝕まれている証拠だ」シオンがそのシルエットに気づいたかのように、苦しげに呟いた。「『太陽を冒涜せし者』、いにしえの言い伝えにある闇の存在が、このエルティアの生命力を吸い取っているんだ。特に、あの砂漠の町は…」


シオンは、エルティアの精霊族の長として、この世界の均衡を守る使命を背負っていた。彼の憂いの瞳は、その重責と、私を危険に巻き込むことへの葛藤を物語っていた。だが、私の中に目覚めた「視える者」の能力、そして「希望の光の涙のダイヤモンド」を呼び起こす力が、エルティアを救う唯一の希望なのだと、私たちは無言で理解し合った。


私たちは旅に出た。お供は、私の足元をピョコピョコと跳ね回る可愛らしい幽霊。光を縮めて眩しがったり、私の周りをぐるぐる回って急かすように見えたり、ジジのようにコミカルに私にツッコミを入れたりしながら、私たちを案内してくれた。


「ほら、向こうだよ!」私が指差すと、幽霊はまるで「えー、あっちー?」とでも言うかのように、わずかに光を渋らせたりもした。シオンは常に私の傍らを歩き、危険な場所では私の前に立ちはだかり、その剣が鋭い光を放った。


砂漠の道を何日も進み、私たちは水も生命も枯れ果てた、エルティアの最果ての町にたどり着いた。そこは、かつて豊かなオアシス都市だったというが、今はただ、乾いた風が吹き荒れる廃墟と化していた。土埃の匂いが鼻につき、乾いた咳がそこかしこから聞こえる。灼熱の太陽が容赦なく照り付け、大地はひび割れていた。


わずかに残った人々は、皆、希望を失い、疲弊しきっていた。顔には深い皺が刻まれ、その瞳には光がなかった。


「旅の人…どうか、水を…」震える声で、幼い少女が私に差し出したのは、ひび割れた小さな水筒だった。 シオンはすぐに懐から清らかな水筒を取り出し、少女に差し出した。「これだけだが…」 少女はゆっくりと水筒を受け取り、ゴクリと水を飲む。その顔に、一瞬だけ生気が宿るのを見て、私の胸は締め付けられた。


私たちの足元で、幽霊は不安そうに光を揺らしていた。すると、周りの子供たちが、何かを感じ取ったかのように、ざわつき始めた。


「ねえ、なんか…いつもと違う気配がする…」 「うん、なんかいる気がするよ…ふわふわしてる…」


子供たちは、幽霊の姿は見えないけれど、その放つ温かい光と不思議な気配に、まるで虫が灯りに集まるように、そっと幽霊の周りに集まってきた。幽霊は戸惑いつつも、子供たちの純粋な眼差しに、嬉しそうに光をパチパチと瞬かせた。その様子を見て、ルナの心に温かいものが広がった。


私たちは町の人々に、持っていたわずかな食料と水を分け与え、シオンは精霊族の知識で彼らを癒そうとした。子供たちは、幽霊の周りを囲んで、言葉は通じなくとも、その光に安らぎを見出す。乾いた笑い声が、わずかに町に響いた。私たちは、彼らの生活に触れ、その苦しみと、それでも失わない小さな希望を肌で感じた。


「もう、水は…」町の長老が、枯れ果てた井戸を見つめ、肩を落とした。井戸の底はひび割れ、熱風が吹き込むだけだ。


その時、ルナの脳裏に、星のダイヤモンドがウインクした時の、未来のシルエットが鮮明に浮かんだ。その中心には、この町が再び緑に覆われる光景が広がっていた。私はシオンの顔を見た。彼は、私の目を見て、静かに、そして力強く頷いた。


私は荒れ果てた井戸の前に立ち、空を見上げた。太陽は容赦なく照り付けている。私はその光に目を細め、きゅっと片目を閉じた。私の中の「視える者」の力が、エルティアの希望と、この町の願いと共鳴する。幽霊が私の肩で、不安そうに光を揺らしている。


その瞬間、再び空からきらきらと輝くダイヤモンドの雨が、シャラララ…と、音を立てて降り注いだ。それは、これまでよりもはるかに強く、広範囲に。希望の光の涙のダイヤモンドが、乾いた大地を叩き、瞬く間に大地は息を吹き返し始めた。カチカチに乾いていた土が、柔らかな泥に変わり、そこから生命の緑が力強く芽吹き出す。枯れていた井戸からは清らかな水がゴボゴボと音を立てて湧き出し、その水面には二つの太陽が輝いていた。


町の人々は、目の前で起こる奇跡に、最初は呆然としていたが、やがて歓声が沸き起こった。乾いた大気に、生命の匂いが満ちる。子供たちは湧き出した水たまりで歓声を上げながら水しぶきを上げ、大人は互いに抱き合い、光の涙を浴びながら感極まって涙を流した。その表情には、絶望ではなく、紛れもない**「終わらないMiracle」の始まり**が刻まれていた。


この奇跡は、太陽族的なボス、エルティアの光を蝕む「闇」の存在に対する、私たちの勝利の狼煙だった。この場所を再生させたことで、私たちはさらに深淵へと進む力を得た。シオンは、安堵と決意の混じった瞳で私を見つめ、私の手をそっと取った。彼の温かい手に、私は確かに、言葉では表せないほどの深い絆を感じた。幽霊も、安心したように私の腕の中で光を揺らしている。


しかし、奇跡が起こるたびに、私の故郷の記憶は鮮明になる一方で、エルティアでの日々、特にシオンとの記憶が、まるで薄い霧のように曖昧になっていくような気がした。エルティアを救う「終わらないMiracle」は、同時に私自身の記憶と引き換えに起こる、切ない代償なのだと、漠然とではあるけれど、私は感じ始めていた。


それでも、シオンの憂いを帯びた瞳と、隣でピョコピョコと跳ねる幽霊、そして再生した大地に輝く希望の光を見るたびに、私はこの旅を続けることを誓った。「隣にいても、届かない言葉」があるかもしれない。だが、この絆だけは、きっと消えない。


やがて、私たちはエルティアの闇の根源へとたどり着くだろう。そして、真の「終わらないMiracle」が訪れるとき、私はこの世界を去る。だが、その記憶がたとえ薄れても、心に刻まれた輝きは、永遠に私を照らし続けるはずだ。遠い未来で、透明なシルエットが示す「夢見る明日」の中で、私たちが再び出会うことを願いながら。

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