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くらし、介護、健康

いまできる事 今しか出来ない事

作者: 池畑瑠七

彼女が住み慣れた畳の続き間

毎朝 主のいない部屋のシャッターを上げる

空っぽのベッドに朝日が射す

夕方シャッターを下ろす

誰もいない部屋に静かに夜の帳が降りる

この半年の間 繰り返してきた日課

部屋に足を踏み入れるたび

彼女がこの部屋を後にしたその時の姿

あの日の記憶が鮮明に甦る


毎日 明日をも知れぬと思いながら ざわつく心で

淡々と面会に通う日々

何度も何度も 何度も 「もうこれが最後」と

覚悟を刻み続けて来た日々だった

義母自身も 家族も 笹船のようにゆらゆらと

流れ惑う水面で 揺れ続けてきた


2カ月の入院生活ののち一定の回復を見

介護福祉施設への入所となった

癌や持病に関しては 心身への負担とその有効性を鑑み

加療は無理と判断 自然に任せていくこととなった


自然の呼び声に抗わず静かに坂を下っていく日々を

出来る限り穏やかに と皆が決意した瞬間だった


それから既に4カ月が過ぎようとしている

驚いたことに現在も目立った病状の進行は見られてない ばかりか

介護施設で受けた集中リハビリの効果も手伝って

寝たきり状態には違いないが心身の状態は

当初よりも相当に回復がみられ 安定しているという

食欲旺盛 おやつも食べる 認知も比較的しっかり

携帯で電話も掛けられるようになった

不自由な手でも 日記をまた書き始めた


先日は入院して以来初めて「テレビ見たい」と言い出した

少し前には 好きだったラジオすら聞きたがらなかったのに


自室にあった大き目な液晶テレビを取り外し

義母の個室にえいやと持ち込んだ

使い慣れてたはずのリモコンの使い方をすっかり忘れており

最初は戸惑っていたらしい(笑)

それでも大好きな大相撲を見られると 喜んでいた


今週末 日帰り一時帰宅が出来ることになった

半月ほど前の面会時 これ以上なく気落ちした表情で

諦めたように力なく呟いた言葉があったと知った

「あたしこのままもう、家には戻れないのかしら…」

頑張れば歩けるようになる そうすれば家に戻れる

それを一縷の心の支えに 不自由を耐え頑張ってきた義母の

切実なそのひとことは 家族にとっても胸を抉られる重さだった



半年ぶりに自宅で過ごす自由なひとときを

いま義母は心待ちにしている

介護タクシーで大型車いすのまま戻って来る義母

車いすを迎え入れる為 部屋全面にシートを敷き詰め

外階段とエントランスを上がるための頑強なステップを急遽 買い求めた

家族親族と共に食卓を囲む時間が取れそうだ

「寿司が食べたい」という義母の強いリクエスト

病院のベッドで意識朦朧に過ごしたこの正月の

リベンジとなりそうだ


そんな日が来ようとは この数か月間

想像だにしていなかった 出来なかった

義母の強靭な生命力には まったく驚かされてばかりだ



あと何回、そんな時間を持てるだろうか

何年も何度でもあるかもしれないし たった一度きりかもしれない

未だ 先は全く見えない

後悔は したくない させたくない

出来る事なら 出来る限り

皆で沢山笑って 別れの日を迎えたい


ただひたすら 無心に 

いま いま いま 

いま 出来ることを

今でなければ出来ない事を やるだけだ


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