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レバニラ・ウィーク!

作者: スヌープィ

初投稿です!


 四限目が終わり、待ちに待った昼休み。先生が授業の終わりを告げたと同時に、大きく伸びをした。退屈な授業から解放されて気持ちがいい。


 数学の教材を引き出しにしまい、お弁当を机の上に置く。授業終わりの教室は騒がしく、俺の席の周りにもクラスメートがわらわらといて、窮屈だ。何が面白いのか、みんなして笑顔でしゃべっている。


 会話を聞き取ることができるほどに近くで話されることも鬱陶しい。かといって、自分が席を離れるのは尺であったので、気にせずお弁当の風呂敷を広げようとした。


 その時、ガッという音とともに机に衝撃が加わった。顔をあげるとクラスメートが机にぶつかってきたことが分かったが、そいつは悪びれることもなく、ぺちゃくちゃと会話を続けている。


 結構な衝撃だったため、気づいているはずなのだが、謝意を表すそぶりがない。

カバンからスマホを取り出し、SNSを開く。それから、大きく息を吸って声を出した。


「うわ今週のプリドレ☆の神FA(ファンアート)きたー。ファボリツ失礼しまーす。いやーやっぱ今回のプリドレ☆最高だったよな。プリティシリーズの母の日父の日回は毎度涙腺を崩壊させることに定評があるけど、今回もその期待を超えた仕上がりだったよなあ。」


 クラス中が静まり返った。先ほどまでの騒がしさから一転、皆一様に俺の方を見て、口を閉ざしていた。いや、口をポカンとあけながら声も出ないといった風だ。


 そしてしばらくすると各々が違った反応を見せる。クスクスと笑うもの、白けた目で見るもの、何事もなかったように会話を再開するもの。俺の周りの席にいた連中は、席から離れて距離をとった位置から薄ら笑いをしている。いつのまにか遠くへ移動したようだ。


 周りのうるさい奴らが自ら離れていったことに満足して、にんまりと笑う。俺の勝ちだ、場所をあけてくれてありがとう。勝利の優越感に浸りながら、風呂敷を広げる。

 

 箱を開けると、大好きなだし巻き卵が入っていた。いただきますをして、口に運ぶ。半熟のふんわりとした食感と、出しのきいた優しいあまじょっぱさが口の中に広がる。

うまっ、と思わず声に出た。


ーーーーー 


 放課後、駅にて帰りの電車を待っていた。次の電車に乗り遅れると、1時間ほど後のものに乗らなくてはならない。だから、ホームルームが終わったら駅へと直行するようにしている。


 近くの椅子に座って、SNSを開く。そして、昼休みに見たイラストを眺めて癒された。

『魔法少女戦士プリティドレミ☆』略して『プリドレ☆』。主人公のドレミ(プリティ・ピンク)が相棒で親友のソラ(プリティ・ブルー)と共に、悪の組織に立ち向かうファンタジー作品だ。


 もちろん毎週リアタイをしている。早起きの苦手な自分が、日曜日に起きられるのはこの作品のおかげだ。


 気に入ったファンアートにいいねを押していると、だいぶ時間が過ぎていた。そろそろ、改札を抜けてホームに入ろうか。そう思って立ち上がると、少し遠くに同級生数名がいることに気が付く。何がそんなに面白いのか、笑いあっていた。


 その中の身長の高い、ニコニコ顔の優男に目が行く。クラス委員長だ。彼は俺が見る限り、笑っている顔しか見たことがない。委員長という役割はクラスメイトや先生から面倒ごとを押し付けられがちだ。それでも嫌な顔一つしない。損な役回りだ。自分は絶対にやりたくない。


 目線を外し、改札に向かう。ホームにつき、椅子に腰かけた。それからふと、先ほどの昼休みの出来事を思い出した。あの時のクラスメイトのポカンと口を開けた、間抜けな顔を思い出して笑いがこぼれる。ああいうのを唖然としている、というのだろうと一人でツボに入った。クククと笑っていると、ぽんぽんと肩をたたかれた。


「小林君、楽しそうだね。なにか面白いことがあったの?」


突然話しかけられた驚きと、一人で笑っているところを見られた気恥ずかしさで笑顔が引っ込む。気さくに話しかけてきたのは先ほどの委員長だった。人懐っこい笑顔を浮かべて、こちらの返答を待っている。


「あー、委員長。」


 名前がわからないのでそう呼んで、わかっていますよ感を出した。名前を覚えるのは苦手だった。


「斎藤だよ、斎藤文一ふみかず。もしかして名前覚えてなかった?」


 ばれてしまったようだ。斎藤は特に気分を害した感じもなく、にこにことしている。なんだか薄気味悪い。なぜ突然話しかけてきたのだろうか。彼との接点は特にない。少し不信に思った。


 クラスは同じだが、俺は教室内で浮いた存在であるため、誰かと話したりしない。斎藤と

も、これが初めての会話だと思われる。


「ああ、覚えてなかった。何か用?」


 少しとげのある言い方をする。話を長引かせたくなかった。


「はは、正直だね。用があるわけではないんだけど、僕たちあんまり話したことなかったなあって思って。」


 さわやかな返答にますます懐疑心が募る。何か裏があるのではないか、疑わしい。


「そういえば小林君はアニメ好きだよね。ああいうので盛り上がれるの、なんかいいよね。」


 昼のことを言っているのか。それにしても、なんだか遠回しに馬鹿にされている気がする。高校生にもなって、いつまでそんなのものを見てるんだというニュアンスを感じた。不愉快だ。


「俺も斎藤に用はないかな。」


 突き放すように返すと、斎藤は少しだけ目を見張ったが、すぐにまた人懐っこい笑顔に戻った。


「はは、そっか。ごめんね。じゃあ、また明日ね。」


 彼はにこにこしながら、短くそう告げて、ホームの離れた席へ去っていった。同じ電車に乗るようだ。入学してしばらくだが、はじめて気が付いた。だがこれで彼も、俺に話しかけてくることはないだろう。


ーーーーー


 電車に乗った。この時間は、学生と老人しか利用していないため、車内もまばらで静かだ。聞こえるのは、ガタンゴトンと電車の走る音だけ。その一定の音と、窓から差し込む夕日や初夏のぬくい陽気に包まれて、眠たくなる。


 放課後の疲れた体で、うとうとするこの時間は好きだ。気を抜けばすぐにでも意識を手放してしまいそうだ。


「次は、B駅。」


 だが、アナウンスと停車の揺れで寝入ることはない。おかげで寝過ごすことがなくありがたいのだが、このうとうとを邪魔されるのが少し無粋だ。人がなだれ込む。一気に車内の密度が高まり、話し声も聞こえだした。


 電車が再び動き出しても、レールの音だけが響く、あの感じは失われていた。なんだか興ざめして、目が覚めた。すると、真横の手すりに人が掴まっていることに気が付いた。見ると、杖を持った年配の女性であった。


 電車が揺れると、よろよろと体が揺れていて、見ていて不安になる。仕方がないから、この席を譲ってあげよう。このままこの席に座っていたら、不親切な若者になってしまう。やれやれと思いつつ、席を譲りましょうかとその女性に声をかけた。すると、


「ありがとう。でもごめんなさいね。私は次の駅で降りるから大丈夫よ。」


 生暖かい目で、あらあらといった風に返された。余計なお世話であったようだ。すみませんとだけ小さく返事をして、スマホに目をやった。顔が熱い。意味もなく画面をスクロールする。今忙しいですアピールをして、これ以上話しかけられないようにバリアを張った。


 嫌に横の女性の存在感を感じた。なかなか次の駅に到着しない。早く着いてくれと願いながら、落ち着かない電車の時間をしばらく過ごした。


ーーーーー


 四限目が終わり、昼休み。いつものようにそそくさと教材を片付け、お弁当を開いた。今日はレバニラ炒めがこれでもかと敷き詰められていて、げっそりした。母は苦手だと分かっていて、入れているのだ。


 昨日、少し機嫌が悪くてちょっとした口喧嘩をした。だから、嫌がらせにレバニラ攻撃を仕掛けてきたのだろう。残すわけにもいかないので、鼻で呼吸をしないようにして、食べた。


 少しでも気を紛らわせるために、スマホを机においてTL(タイムライン)を眺める。推しキャラのソラちゃんのファンアートを見つけて、思わずニヤついた。


 ソラちゃんはしっかりものだけど、自分の思っていることを隠してしまいがち。周りの目を気にして、相手の都合のいい態度をとってしまうキャラクターだ。その性格が災いして、親友のドレミを大切に思っているのに、本音が言えずに、二人がすれ違ってしまうことも。彼女のそんないじらしさがかわいくて、応援したくなるのだ。


 こうして思いをはせていると、ニラの青臭さやレバーのくさみが多少緩和されている気が、しなくもない。大きなお友達として、好き嫌いをするのはよくないと、気合でレバニラをかきこんだ。


 口の中で頬張っていると、前から視線を感じた。顔をあげると、数名の男子たちがにやにやとこちらを向いていて、その中の一人がしゃべりかけてきた。


「それ昨日言ってたやつ?ロリコンなんだ小林君?てか目でかすぎ笑」


 不躾に俺のスマホをのぞき込んで、馬鹿にした論調で言ってきた。口の中のものを乱暴に咀嚼する。人は怒りで味がわからなくなるらしい。ごっくんとレバニラたちを飲み込んでから、毅然とした態度で反論した。


「ああ、俺の大好きなプリドレ☆のイラストだ。ロリコンかどうかの話だが、プリドレ☆のキャラクターたちは俺と同年代だ。これはロリコンと言えるのか。そもそも二次元の創作物とリアルを混同するのが前提として間違っている。それから、君がどう思っても自由だが、他人の好きなものを口に出して馬鹿にすべきではない。それを聞いて傷つく人がいる。」


 俺が一息でそう言うと、そいつはしばらく黙っていた。しかし、耐えきれないといった風にぶっと吹き出し、それからゲラゲラと笑い始めた。


「小林君、歯にニラ挟まってるよ。」


 奴がそういうと数人の男子連中も醜くゲラゲラと笑い始めた。何を言っても無駄なようだ。だから無視を決め込むことにした。馬鹿につける薬はないとはよく言ったものだ。おなかの中がムカムカして、言いようのない怒りで満たされる。醜い笑い声はまだ続いてて、不愉快だ。あー、ぶん殴りてえ。


ーーーーー


 昼休みが終わって、五時間目の日本史。高校生にとって最も眠たい時間に、最も眠たい歴史の授業。しかし、今日はイライラして眠るどころではない。先生がたらたらと、教科書を読み上げる。いつもなら上の空だが、今日は耳に入ってきた。


 くじ引きで選ばれた将軍がいた。彼は平気で人を殺し、恐怖によって人々を支配しようとした。その傍若無人さに耐えかねた家臣が、とうとう刃を主君に向け、暗殺に至る。


 こういうスカッとする話は好きだ。暴君が痛い目を見ると、胸がスッとする。やはり悪は懲らしめなくてはならないよなと家臣側に感情移入してしまった。


 ちらっと右斜め前を見る。さっき馬鹿にしてきた男が座っている。手元を見ると、隠れてスマホをいじっていた。にいっと口角が上がる。舞い降りてきたチャンスに、神様はみているのだと、信心深いことを思った。スッと右手を挙げて、高らかに声を挙げた。


「先生、右斜め前の人がスマホをいじっています。」


 クラス中の視線が集まる。やつはこちらを振り返り、まぬけな顔で固まった。会心の一撃。先生は目つきを変えて、怒鳴り声をあげた。


 授業が終わるまで説教は続いた。やつが平謝りする様子に我慢ができず、噴き出した。周りを見ると、同じように笑いをこらえているのが数名いた。意外に委員長も、肩を震わせていた。彼も、こういう場面で笑うのか。


 目線を元に戻すと、一瞬やつがこちらをにらんできた。ニラの挟まった歯をむき出しにして、とびきりの笑顔で、ばーかと口パクをした。


ーーーーー


 駅のホームで、くつくつと笑う。ずっとツボに入っていて、おなかが痛い。あの豆鉄砲を食ったような顔は何度思い返しても笑える。俺も没収されていいから、スマホであの顔を撮っておけばよかった。

 

 写真フォルダーでお気に入り登録をして、何か落ち込むことがあった時に、その写真を見るのだ。きっと一生笑顔には困らない。一人笑っていると、ポンポンと肩をたたかれた。


「小林君。」


 委員長だ。昨日、感じ悪く接したつもりなのだが、また懲りずに話しかけてきた。なかなか図太いのかもしれない。


「委員長、なんか用?」


「斎藤だよ、斎藤文一。覚えてよ。」


 笑顔で機嫌よく返してきた。


「今日の日本史、すごかったね。」


 そういえば、斎藤もあの時笑っていた。いつもにこにこしているが、ああいう人を馬鹿にする笑いは、しないと思っていたから、意外だったのだ。


「ああいうのって見て見ぬ振りしない?なんで?」


 急に思いもよらない質問をしてきた。委員長は、見て見ぬふりもするらしい。俺も普段ならそうするだろうが。メリットがないし、面倒くさい。それに後から目の敵にされて、余計にこじれる。言ったところで何にもならない。


 だが、嫌いな相手なら違う。あいつは敵だ。敵に嫌がらせをするのはとても気持ちがいい。俺が反論してもニヤニヤして増長していた男が、先生という絶対権力者にはぺこぺこと頭を下げるしかない。あの無様な姿を見ると、とてつもないエクスタシーを得られるのだ。


 今日は機嫌がよくて、素直にそのことを斎藤に伝えると、彼はこらえきれないといった風に吹きだした。あははと口を大きく開けて、豪快に大笑いしている。しばらく笑い続けて、ようやく落ち着くと、俺に言った。


「小林君っておもしろいよね。でも工藤、根に持つタイプだから気を付けて。」


 彼は、にっとしながら、俺を見た。親し気にそう言ってくる斎藤の顔に、なぜだか既視感を覚えて、ぼんやりと見つめた。すると斎藤はきょとんとした顔になった。


 それを見て、はっとした。それから、冷静になって今のこの状況を思い直した。なんで俺は斎藤としゃべっているんだ。まともな会話は昨日が初めてのはずなのに。


 昨日のも会話とは言えない。そもそも、こんなキャラだったか。いつもニコニコと笑っているが、何を考えているかわからない。そんな彼が楽しそうに話しかけてくる。


 そのことに焦りを覚えて、早く会話を終わらせたくなった。緊張感がじわじわと湧きあがってくる。落ち着こうと、ぎゅっと目を閉じて深く息を吸った。


和人といるとおれまで変にみられるじゃん!


 頭に浮かんだ言葉に、バッと目を開けた。目前には不思議そうな顔の斎藤。その顔になぜだか苛立ちを覚えて、気がついたら言っていた。


「うっざ。」


 斎藤は、目を見開いて驚いていた顔だ。予想外の言葉だったのだろう。それから俺は、馬鹿にしたように笑いながら、続けてしゃべった。


「ご忠告ありがとう。でも余計なお世話って言葉知ってるか?お前には関係のないことだよな。友達面するなよ気持ちが悪い。」


 開いた口は止まらなかった。それからも続けて口汚い言葉を斎藤に浴びせた。俺の言葉を聞いて斎藤はしばらく沈黙していた。そしてまた、にこにこした顔に戻った。


「はは、ごめんね。少し心配だったからさ。じゃあ、またね。」


 彼はそう告げて、俺に背中を向けた。その背中に少し罪悪感がわいた。目線を外して、彼のほうを見ないようにする。スマホを開いて、SNSを確認した。タイムラインはお昼から更新されていないようだ。右のボタンを押して、スリープモードにした。


 黒い画面には、自分の顔が映っている。口元の下がった悪人面がいた。斎藤はもう、話しかけてはこないだろう。自分が招いた結果に、ぽつりと悲しさを覚えた。


 突然、「あ」という声が聞こえた。その方向を向くと、少し離れた位置に斎藤がいた。ニヤッと笑いながら、大きな声で言ってきた。


「今日はおばあさんに席譲れるといいね!でも勘違いすると、相手に余計なお世話だって思われちゃうかも!今度は間違えないようにね、小林君!!」


 彼の大きな声がホーム中に響く。構内にいる数名の人たちも、俺らを交互に、不思議そうに見ている。しばらく呆けているうちに、だんだんと斎藤の言っている意味が分かり始めた。


 昨日の、見ていたのか。顔が熱くなる。斎藤の顔はニヤニヤとむかつく顔をしていた。こいつ、思ったよりイイ性格をしているようだ。


ーーーーー


 キュッ、キュッとシューズのこすれる音が鳴る。赤と青のビブスが、コート内で忙しなく動く。男子たちは必死にボールを追いかけて、ドタバタと走り回る。青の、バスケ部所属であるらしい人物は、熱くなって声を荒げていた。その声に若干名だるそうな顔をしているが、彼らはきっと運動部ではないのだろう。


 状況としては赤が優勢のようだ。そこには斎藤の姿があった。彼がゴール前で手をあげて「ヘイ、パス!」と爽やかに言う。ボールを受け取り、リングへ向かって高く飛ぶ。ボールを持った右手が、しなやかに、長く伸びた。スポッっという音がすると、歓声が上がった。


 どうやら赤が勝ったらしい。ハイタッチをしている斎藤は、にこにこと笑っていた。対戦表を見ると、次は俺のチームが彼らと戦うらしい。青のビブスを受け取り、着た。新生ブルーチームは、皆なよなよとした文科系男子で構成されていた。勝てる未来が見えない。


 準備が整い、両チームが向き合う。目の前には斎藤がいた。にっこりと笑いかけてきたが、無視した。礼をして、いざ試合開始という時に気が付いた。俺が青チームの中で、一番身長が高いのだ。ジャンプゴールは必然的に、自分の役割となる。赤の担当は斎藤だった。


 先ほどよりも至近距離で向かい合う。若干斎藤のほうが、背が高い。先ほどのレイアップから、ジャンプ力でもかなわないとわかる。まあ、無理だろ。運動は得意じゃないし、ほどよく頑張ればいいだろう。斎藤の顔を見る。


 すると、昨日のニヤッとした顔に変わった。俺だけに聞こえる程度に、小さくささやいた。


「がんばって。」


 どこか小ばかにした顔で、鼻からお前など敵ではない、といった風に言ってきた。


 審判役がボールを掲げる。審判がボールを離した瞬間を見逃さないようにしながら、足を曲げて大きくためる。投げたと同時にジャンプをして、ボールの動きをよく見る。右手に力を込め、下降を始めた瞬間にバシンッとボールをたたいた。


 反対側からも力が加わっていることが、ボールを挟んで感じられた。怒りのままに、渾身の力をこめて叩きつけた。ダンっと音が鳴る。ボールは青側に落ちた。


 斎藤の顔を覗き込んで、自分にできる最大限うざい表情を見せつけた。


ーーーーー


 体育のあとは、なかなか食欲がわかない。柄にもなく動き回って、身体中が重たい。あの後、斎藤の徹底マークのせいで、心身共にへとへとになった。俺に負けて悔しかったのか、試合は大きく点差を開いて赤が勝った。


 だが、ジャンプボール対決の勝利は揺るがない。試合はチーム戦だが、あれはタイマン勝負だ。つまり、俺の勝ちだ。時計を見る。そろそろ食べ始めないとお昼が終わってしまう。お弁当を机の上に出す。


 昨日、完食したお弁当箱を母に見せると、笑われた。私のおかげで克服できたわね、などと言っていた。お弁当箱をあけると、息をのんだ。


 箱の中にはソラちゃんがいた。青色の髪に、特徴的な音符の髪飾り。間違いない、ソラちゃんのキャラ弁だ。肌色の顔部分はハム、輪郭やパーツは海苔でほそく作っている。白目の部分ははんぺんだろうか。一目見ただけでも、かなりの労力がうかがえる。


 一気にテンションが上がった。これを男子高校生の息子に作るか普通、と少し気恥ずかしさを覚えたが、嬉しさが勝った。とりあえず写真を撮ろう。


 しかし、この青色をどうやってつけたのか不思議だ。明らかに人工的な色で、普通だったら食欲が失せそうなものだが、ソラちゃんなら別だ。いや、でも食べるのがもったいないな。この顔に箸を突き立てられない。なかなか一口目がいけない。


 どうしたものかと悩んでいると、近くに斎藤含む男女グループが座っているのに気が付いた。聞き耳を立てると、女子が斎藤のお弁当をほめている。バレないようにうかがう。見ると、おいしそうなおかずが何品も詰められた豪華なものだった。


「母さん、お弁当作りに張り切ってるから。」


 ニコニコと斎藤が答える。しかし、箸が進んでいないように見えた。気のせいだろうか。昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。もたもたしているうちに、こんな時間になってしまった。今から完食するのは無理そうだ。放課後にゆっくり食べよう。お弁当箱のふたを閉めて、慎重にカバンにしまった。


ーーーーー


 いつもなら直行している駅への道。道中の公園に寄った。いつもは横を通り過ぎるだけで、初めて入った。


 遊具はかなり年季が入っていて、所々はげていたり、錆が目立っていた。お世辞にも綺麗とはいえない、木製の椅子に腰かける。


 ちょうど木陰になっていた。こもれびがきらきらしていて、そよ風も心地いい。なかなかのピクニック日和だ。カバンの中からお弁当を取り出し、ふたを開ける。


 よかった、崩れていない。いや、しかしかわいい。こもれびの中のソラちゃんもまた味わい深い。スマホを取り出し構える。数枚とってから、いただきますをする。さあ食べよう。


 そう思い箸を近づけると、ソラちゃんと目が合った。はんぺんと海苔でできた無垢な目が見つめてくる。やっぱり無理だ。かわいそうで食べられない。


 そうだ、冷蔵しよう。食品サンプルみたいに観賞用にして愛でるのだ。それがいい。決意を固めていると、「食べないの。」と突然横から声がした。


 びっくりしてお弁当を落としそうになる。斎藤だ。また話しかけてきた。というかいつからいたんだ。当然のように隣に座っていた。


「なんか苦手なら、俺が食おうか?」


 見当違いのことを言いながら、彼も自分のお弁当を広げる。そして、ちっとも減っていない弁当をちょびちょびと食べ始めた。


 意味が分からない。なんでこいつも食っているのだ。理解できなくて、固まってしまう。俺が無言なのもお構いなしに斎藤は続けた。


「たしかにすごい色だけど、クオリティめっちゃ高い。お母さんがんばったんじゃない。食

べなきゃもったいないよ。」


 俺のキャラ弁を見て馬鹿にした感じもなく、不思議そうに、ただ純粋に言ってきた。はた目から見ても出来がいいらしい。やっぱりそう思うよな。自分がほめられたわけではないのにうれしくなった。


 それから、やはり食べるべきだよなと思い返した。そもそも、冷蔵は現実的ではない。それに、食べずに帰ったら、当分母は弁当を作ってくれなくなるだろう。


 ごめん、ソラちゃん!今から君を食べる。食べ物的な意味で。勢いで箸を突き立て、青色の部分を食べた。味は無味だと予測していた。実際はナスの漬物の味がした。青はナスの煮汁の色だったのか。もっと体に悪いもので着色していると思っていた。関心していると、横からうらやまし気な目線が来た。


 少し頂戴と斎藤が言う。しばらく考えて、何も言わずに弁当を斎藤のほうへ向けた。嬉しそうにありがとうと言ってきた。


 そして次の瞬間、ソラちゃんの目に箸が突き刺さった。キラキラのお目目が無残にえぐり取られ、斎藤の口に放り込まれた。手元には左側が崩壊した顔が残った。彼は容赦なくそれを咀嚼し、おいしそうに飲み込んだ。それから無邪気に言った。


「うっま、俺チーズ大好き。」


俺もチーズが好きだった。


「お前、普通端のほうから食べるだろ。なんで目からいくんだよ」


 抗議すると、「ごめん、俺のあげるから許して。」と斎藤は自分の弁当を差し出してきた。一度自分のものを置き、斎藤のを手に取った。


 きんぴらやじゃがいも、卵焼きなどいろいろなおかずが少しずつ入っていて、とてもおいしそうだ。食べなきゃもったいないのは斎藤も同じだろうと思った。


 まず、卵焼きだ。卵焼きは家庭によって特色が出ると思う。しょっぱいおかず系か、甘いデザート系か。だしを入れるか、焼き加減はどれくらいか。普段、よその卵焼きを食べる機会がないから、わくわくしながら口に入れた。


 焼き加減は少し固めだがずっしりとした食感は、うちとはまた違う良さがある。


 味はどうだ。何回か噛んでみたのだが、一向に味がしない。なんだろう、虚無だ。ほかのおかずと一緒に食べる想定なのかもしれない。


 きんぴらを口に入れる。噛むとごぼうと人参の味がした。ほかのおかずも食べてみた。だが、味付けというものが感じられなかった。


 お昼休み、斎藤の箸が進んでいなかったのは、これが原因か。彼のほうを見ると、置いておいたはずの俺の弁当をがつがつと食べていた。遠慮というものがないのか。


「は?何勝手に食べてんの?ていうか斎藤のやつ味しないんだけど。」


「母さんは健康を考えて、調味料は極力使わないんだ。身体にはいいはずだから、小林君も

食べたら健康になるはずだよ。・・・レバニラうっま。」


 すぐに力づくで弁当を取り戻し、健康食品たちを押し付けた。いやまて、今レバニラといったか。手元を見ると、米の下にそれらがぎっしりと詰められていた。キャラ弁はフェイクだったのだ。


 俺はまんまと母の術中にはまっていたのか。ガクッと肩を落とす。しかし納得した。あの母にしてはどうも優しすぎると思っていたのだ。息子へのいたずらにここまで全力を出すことに、逆に感心してしまう。


 上の部分だけを食べる。うまい。絶対にレバニラはいらなかっただろう。残ったレバニラたちを見て考える。食べられないわけではないのだ。事実昨日も完食した。しかし、好ましいものではない。


 斎藤のほうを向く。もそもそと味なし弁当を食べている。こいつ、うまいと言っていたな。むかつくが背に腹は代えられない。無言で弁当を差し出す。すると、なぜか斎藤も差し出してきた。交換したいわけではない。


「違う、レバニラ苦手だからやる。」


俺がそういうと、斎藤はうれしそうな顔で受け取った。彼は自分のおかずを口に含んだ後、レバニラも食べた。もぐもぐと頬を膨らませる斎藤に、不覚にも笑ってしまった。


 斎藤曰く、味濃いめのレバニラと一緒に食べると、味がちょうどよくなってうまいらしい。気になって俺も二つを一緒に食べた。たしかに塩味のバランスがいい気がする。しかし、このレバーとニラが苦手なことは変わらない。結局残りのほとんどが、斎藤の腹の中に納まった。


ーーーーー


 食べ終わって、お弁当をしまう。斎藤はおなかを苦しそうにおさえている。弁当1.5個分は食べたのだからそうなるだろう。


「小林の弁当、おいしかった。うちの弁当は正直微妙だっただろ。」


 斎藤は自嘲気味に笑って言った。たしかに斎藤の弁当はお世辞にもおいしいと言えるものではなかった。


「もっと味濃くしてって言えばいいだろ。」


「・・・簡単に言うなあ。まあ、そうなんだけどさ。」


 なにか事情があるようだ。しかし学校でも家庭でも周りに気を使って、疲れないのだろうか。うつむき顔の斎藤が気になって、無理やり話題を変えた。


「そういえば今朝のバスケ、応援してくれてありがとな。おかげで勝てたわ。」

 俺が煽ると、斎藤は顔をあげた。少し赤くなっていて、むっとした表情だ。


「試合は圧勝だったけどね。小林君は知らないかもしれないけど、ジャンプボールって勝敗には関係ないんだよね。」


 調子を取り戻したようだ。

「えー!そうなのかよ。お前がすげえ悔しそうにしてたから、てっきりあれで試合が決まったのかと思ってたわ。」


 わざとらしくそういうと、斎藤はますます顔を赤くした。斎藤のこんな顔を初めて見たものだから、楽しくなってもっとからかった。そのまま、たじたじの斎藤と駅へと向かった。


ーーーーー


「小林君、覚えておいてね。」


 ひとしきり斎藤をからかって、駅に到着すると、彼はうらめしげな目でこちらを見て言った。斎藤の反応があまりにもおもしろいから、ついからかいすぎてしまった。笑いすぎてお腹が痛いくらいだった。


 改札への階段を登っていると騒がしい声が聞こえた。登りきると、見覚えのあるグループがいた。クラスメートだ。しゃべったことのない男女数人と、あの、前の席のスマホ野郎もいた。


 見つかったら面倒そうだと思った矢先に、スマホ野郎と目が合った。斎藤も気づいたようだ。


「あれ、文一じゃん。今帰り?」


 奴が斎藤に声をかけると、他の連中も嬉しそうにそれに続いた。だが、横の俺の存在に気が付くと、少し気まずげに、説明を求めるような目線を斎藤に向けた。


「そー、小林君とばったり一緒になってね。」


 斎藤はにこやかにそう告げた。何がばったりだ。わざわざ公園まで出向いてきただろうが、と思いながら無難な返しだと思った。正直、俺となかよくしていると思われるのは、人気者の斎藤からしたら、よろしくないことだろう。学校で俺に話しかけてこないのも、そういうことなのだ。


「あー、そうなんだ。まあ小林君と文一じゃキャラ違うしねー。」


 奴がニヤニヤしながら、嫌味を言ってくる。こいつは本当に性格が悪い。わかっていたはずのことを突きつけられて、むなしい気持ちに襲われた。別に斎藤と友達になるつもりなどない。斎藤がダルがらみをしてくるから、それに付き合っているだけだ。


「文一、このあとみんなでカラオケ行くんだけど、お前もこない?」


 奴は露骨に俺を無視して言った。斎藤の反応を見たくなくて、下を向いた。

俺といると、変に思われる。そんなことわかっていた。だから友達もいらなかったのだ。斎藤がしゃべり始める前に、改札に向かおうと、歩き始めた。


「・・ごめん!俺小林と帰りたいから今日はパス。じゃあね!」


 後ろから聞こえてきた声に驚いて、振り返った。そこにはクラスメートたちの驚き顔と、緊張しているが、どこかすっきりした顔で近づいてくる斎藤が見えた。


ーーーーー


 二人で席に座り、電車に揺られる。当然のように、斎藤が隣に座ってきたからだ。先ほどの斎藤の行動が理解できずに、悶々としていた。あれは所謂空気の読めない行動だ。クラスからはぶられたりしたら、どうするのだ。なぜだか怒りがわいてきて、我慢ができず斎藤にそのことを尋ねると、


「ほんとだよ。なんであんなことしちゃったんだろう。」


 わざとらしく溜息をついて言った。


「は?わけわかんねえ。」


 後悔するぐらいならやらなければよかっただろう。


「ぼっちになったら小林君のせいだから。責任とってよね。」


 斎藤の言っていることが1から10まで理解できなかった。選択を間違えたショックで、頭がおかしくなってしまったのだろうか。


「斎藤、今からでも謝れば遅くないんじゃないか。今、お前はハイになっておかしくなってる。このままだとぼっちになるかもだぞ。」


 俺が親切に諭すと、斎藤は形容しがたい表情になって、口をまごつかせた。しばらくの沈黙の後に、意を決したような顔で言った。


「・・だから、責任取って俺と友達になってってこと。そういうとこだよ小林君。」


 斎藤の発言内容をかみ砕く前に、電車が停車した。斎藤は「またね」とだけいって、降りて行った。


ーーーーー


 中学生の頃までは、かろうじて友達がいた。クラスの中で変わり者ポジションではあったが、今ほど浮いてはいなかった。それは親友の存在によるものが大きかった。


 彼は、ずけずけとものをいう俺の性格を知っていて、それでも仲良くしてくれる変わり者だった。クラスメイトと衝突しそうな時も、彼が緩衝材となって仲を取り持ってくれた。

 

 ある時彼が、クラスの連中に軽いいじりをされていた。お遊びの範疇で、彼自身も嫌がっている素振りはなかった。


 しかし、それを見ていた俺は我慢ができず、過剰に反応し、そのいじりを非難した。空気は最悪になり、いじっていた奴らも申し訳なさそうに、彼に謝罪した。


 その日の帰り道、気まずそうに彼がありがとうと言ってきた。当時の俺はその言葉をそのまま受け取り、誇らしいとさえ思っていた。


 翌日から、彼はクラスでほんの少し浮いた存在になった。決して嫌われているわけではなく、はれ物にさわるように慎重に扱われるようになった。


 彼を少しでもいじると、小林が怒鳴りこんでくる。そういう空気が生まれて、一線を引かれるようになった。鈍感な俺はそのことに気が付かず、図々しく、友達面をし続けた。


 そして、彼の我慢の限界が来た時に言われてしまった。


「和人といるとおれまで変にみられるじゃん!」


 その泣き顔を見て、初めて自分が恥ずかしい存在だと自覚した。親友にそんな風に見られていたショックと、優しい彼にここまで言わせてしまった罪悪感。いろんな感情がぐちゃぐちゃになって、彼と距離を置いた。


 親友が俺と離れたことで、彼はクラスメイトの輪の中に入った。彼が楽しそうにしている姿を見るのが苦しくて、机に突っ伏す癖がついた。


 時折、こちらを心配そうな目で見てくる視線を感じたが、無視をした。合わせる顔がなかったのだ。彼と仲たがいをしたまま、中学を卒業した。


 高校に入って、もともとの性格もあったが、意識的に大声で独り言を言ったり、嫌な態度をとるようにした。初めから変であれば、誰も近づいてこない。友達も、最初からいなければ、苦しい思いをしなくて済む。


 何より変な自分のせいで、友達がはれ物になるのはもう嫌だった。


ーーーーー


 日曜日の朝8時20分。アラームで目が覚める。毎週の楽しみであるプリドレ☆のリアタイをするために、この日だけは早起きをする。


 いつもなら爆速でテレビのあるリビングへ直行するのだが、今日はベッドからなかなか出る気にならなかった。この間のことを考えていて、なかなか眠れなかったのだ。


 月曜日、斎藤とどんな顔で会えばいいのだろう。この土日に気が変わっていたりしないだろうか。そうであればどんなにいいことだろう。


 憂鬱な気分で眠い目をこすりながら、ベッドから這い出る。リビングに行って、テレビをつけると、ちょうど始まっていた。

 

 OPオープニングとCMの合間に、前回までのあらすじを軽くおさらいしよう。


 成績優秀な優等生であるソラに海外留学の話があがる。ソラ自身は親友と離れるのが嫌で海外には行きたくなかったが、両親や先生の期待が重荷になり、自分の正直な気持ちを言えなかった。


 そして、親友のドレミにも留学の話をすると、私は応援する!と笑顔で言われてしまう。ドレミはソラの夢を応援するために、自分の気持ちを押し殺して、笑顔を貼り付けてそういった。

 

 しかし引き留めてほしかったソラは、ドレミは自分と離れ離れになってもいいのだと思い込み、すれ違いに。そんな中、最悪のタイミングで、悪の幹部が現れる・・。

 

 CMが終わって、本編が開始される。悪の幹部の登場に、二人は気まずい空気の中戦うことに。ドレミが魔法少女に変身し、ソラも続いて変身しようとする。


 しかし、心の迷いが原因で変身ができなくなってしまう。ドレミは、ソラがいなくなっても、一人になっても大丈夫だと安心させるために、単身で応戦する。


 しかし、一人の力では当然太刀打ちできない。ソラも必死になって変身しようとするが、応えてくれない。ドレミはボロボロになりながら、ソラを背に守る。そして、泣き笑いの顔で振り返った。


「やっぱり、私ひとりじゃ全然だめだ。かっこいいとこ見せて、ソラを安心させたかったのに。」


弱音をはいたことを皮切りに、ドレミの本当の気持ちがあふれだす。


「留学になんかいかないで!ソラがいない学校なんて嫌だよ!!」


ドレミの本音を知って、ソラは気が付いた。ドレミも私と同じ気持ちだったんだ。ドレミは私のことがどうでもいいからじゃなくて、大切だから応援してくれたんだと。


「私だってドレミと一緒がいい!かわいい制服を着たい、ドレミと放課後にクレープを食べたい。海外留学になんか行きたくない!!」


 ソラが立ち上がり、ボロボロのドレミを支える。魔法少女に変身できないからって、ドレミを一人にする理由にはならない。生身でだって戦ってやる。二人一緒なら、怖くないから。


 前を向いたソラの目に、もう迷いはなかった。


ーーーーー


 本当の気持ちを伝えなければ、相手からの本当も返ってこない。そんな風に言われている気がした。


 ソラちゃんとドレミちゃんは、自分が傷つく怖さと相手を傷つけてしまう怖さ、これを乗り越えて向き合おうとしている。


 自分はどうだ。斎藤の本音に少しでも答えようとしただろうか。向き合う怖さから逃げていいるだけではないか。


 中学生の時、心配してくれた目から逃げた。親友の彼は向き合おうとしてくれていたのに。本当の気持ちを向けてくれる人は、たくさんいたはずなのに。


 それを返さなかったのは、まぎれもない自分だ。


 リビングのドアが開く。母が起きてきた。ボサボサの髪に、寝起きの細い目であくびまでしている。


「おはよー。って、あんた何泣いてんの?辛気臭い顔して。」


 こちらを見ると驚いて、不思議そうな顔で言った。俺の母親だけあって、はっきりものをいうタイプで、たまに空気が読めない。俺はぐいっと顔を伏せて、目をこすった。


「別になんでもねえし。」


 反射的にそう答えてしまった。ついさっき、向き合う大切さを教えてもらったのに。また、逃げてしまった。自分が嫌になって、深く顔を下げた。


 俺の反応を見て、母は黙り込んだ。そして俺の目の前に移動した。ぐいっと俺の頭をつかんで、顔をあげさせる。それから目と目を合わせた。


 突然の行動におどろいて混乱するとともに、こちらを射抜くまっすぐな目から顔をそむけたくなった。自分の弱さを見透かされているようで、怖くなったのだ。しかし、がっちり顔をつかまれていて、それはかなわない。


 母が息を吸った。何か叱られるのだろうか。それとも、めそめそ泣いている俺にあきれてしまったのだろうか。次に来る言葉の怖さに、ぐっと構えた。そして、母は口を開いた。


「あんたのいいところは素直なとこ。何を我慢してるのか知らないけど、唯一の長所つぶしてどうすんの。」


 力強く優しい声に、構えた力が抜けた。それから、ちゃんと母の顔を見た。俺とそっくりな悪人面だ。すごく目つきが悪い。でもその目はまっすぐで、やさしかった。


 何も相談はしていないはずなのに、どこか確信めいた言葉を言う母親。ここ数日の悩んでいる姿を心配していたのか。それとも親の感のようなものだろうか。


 その目から、もう目をそらしてはいけないと思って、まっすぐ見つめ返した。すると母は、にっと笑った。それから俺の頭にぽんっと一回手を置くと、何も言わずに洗面台へ向かっていった。


ーーーーー


 朝のホームルームの開始まであと5分。朝練終わりの運動部や、駆け込み登校の帰宅部たちがぞろぞろと教室に入ってくる。教室内はがやがやとにぎやかだ。


 斎藤の席の方を見ると、いつも通り何人かとしゃべっていた。斎藤はいつものニコニコ顔で、うんうんと周りの話を聞いている。ハブられてなどいないじゃないか。少しの苛立ちを覚えた。


 それなら、俺が声をかける必要はあるのか。斎藤はぼっちになるのが嫌だから、あんなことを言ったのかもしれない。本当は俺と仲良くなんてしたくないのかもしれない。頭の中でぐるぐると考える。


 しかし頭を振って、その考えを振り払った。ソラちゃん、ドレミちゃん、ついでに母さん。力を貸してくれ。彼女たちを心に思い浮かべて、深呼吸をした。


 覚悟を決めて席から立ち上がる。そして、斎藤のいるほうへ歩く。周りからの怪訝そうな目線を感じる。怖いけど、向き合うと決めたのだ。勇気をふり絞り、声をかけた。


「ぉはよ、斎藤。」


 思いのほか声が引きつってしまい顔が熱くなる。周りの数人はぎょっとした顔で、斎藤も口をぽかんと開けている。


 でもすぐに、みるみるうれしそうな顔になって、席から立ち上がった。


「おはよう!小林君!!」


 教室中に響き渡る声で、元気いっぱいに返してきた。


 クラス中がこちらを向いている。それでも斎藤は気にした素振りもなく、満面の笑みであった。斎藤の目を見ると、優しい目だった。初めて斎藤を見たような気がした。


ーーーーー


「おまえ、ぼっちになってないじゃん。」


「うん、自分で思ってたより人望あったみたい。」


「なんだそれ、自慢かよ。うぜえ。」


「はは、ねたまないねたまない。」


「そういえば、俺とお前って友達ってことでいいの。」


「・・・」


「・・・」


「・・・」


「・・なんだよ、人気者にはもう友達は必要ないのかよ。」


「まって、必要あるよ、ある。ただ、びっくりして。」


「お前がなりたいって言ったんだろ。」


「うん!言ってみるもんだね。」


「・・・」


「小林君って猫みたいだよね。ツンデレ?」


「絶交するか?」


「ごめんなさい。」


斎藤視点も書けたら書きます!

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