第8話 傲慢王子とポコアの啖呵
エオビスさんが……王族!?
わたしが驚く暇もなく、エオビスさん――いいえ、エオビス王子にわたしへ振り向きました。
「よくやった、回春魔術師の娘。噂通り、腕は確かなようだな。
そして、不敬にもこの場にて地に蹲っている無様な連中を、お前はどう見る?」
心当たりが、ありました。
「……回春呪文の重複使用による魔力酔いです。
この劇的な症状――恐らくは……三小節相当の、禁呪指定の呪文を事前に浴びていたものと思われます」
魔力酔いは、誰にでも起こるわけではありません。回春魔術師も療術師も、体に負担がかからないよう魔力の残滓から呪文の使用歴を察して、行使する術の強度には細心の注意を払います。
彼らの魔力の波動には、そんな残滓が感じられませんでした。非合法な禁術に、隠蔽術まで重ね掛けされたようです。
呪文には、使用者の思想が出る、とお師匠さまは言っていました。
わたしの予想が正しければ、療術などで魔力酔いが起こっても何の責任も取らない、という悪意と無責任を以て禁術を使った誰かがいるのです。
パンッパンッ、とエオビス王子は手を叩きました。
「ご名答。こいつらはモグリの回春魔術師の常連客どもだ。
依存快楽呪文の三小節、シャヴ・キ・メセクを浴びて止められなくなった馬鹿どもだよ。
聞いても知らぬ存ぜぬを通そうとするのでな。
三小節を重ね掛けして、それでもまだ二枚舌が回るか確かめてやったのよ。
どいつもこいつも、申し開きもできないようだ。
なあ、どう思う、伯爵?」
ディドル・ルポノ伯爵とその長男、ターロ氏。先ほどわたしに槍を突き出してきたブイバ氏。
高位貴族で魔力耐性があるからでしょう、倒れてこそいませんが、脂汗をかいて気分が悪そうで、彼らも禁呪を浴びていたことは一目瞭然です。
「何か申し開きはあるか、伯爵」
「なにとぞ……なにとぞお慈悲を……」
「そうだな。俺は愚かな貴様らに慈悲を与えに来てやった。
このルポノ領は腐った連中ばかりだが、三男のガンテはよく俺に尽くしてくれた。
伯爵、出来の悪い長男と次男は廃嫡とせよ。
貴様が隠居した後のルポノ領は、ガンテのものだ。
それでこの領地だけは安堵してやろう。
無論――禁呪の使用については、相応の罰を覚悟して貰うが」
出来の悪い三男――そう噂されていたガンテ氏は、自分が伯爵位を継ぐことが決まっても、鉄面皮を崩しませんでした。
「ガンテぇぇ……貴様が如きが……」
伯爵は実の三男に向けて、歯ぎしりしながら炎のような視線を向けます。
「なんだ、不服か?」
「……いいえ、ルポノ家を取りつぶされても仕方ない失態に対してこのご厚情。
誠に――感謝致します」
ルポノ伯爵は力なく頭を垂れました。
「ガンテ。腐った家ではなく、よくぞ俺を選んだ。
その忠義には存分に報いてやる。
これからの働きに期待しているぞ」
「勿体ないお言葉です」
エオビス王子は、満足気に頷くと、指を鳴らしました。
最初から用意していたのでしょう、王子の前に、台車に乗った金貨の袋が運ばれてきました。
「回春魔術師の娘よ。お前は実に良く自分の役目を果たした。
お前の事は調べてある。ここに金貨500ある。これで借金を返すが良い。
何、差分の300は、お前が店で語った滑稽な夢物語の駄賃だ」
……わたしは、その金貨の袋を見つめ、どうしても尋ねなければならないことを聞きました。
「殿下は、禁呪に手を染めた方々が、ここで倒れることを予期されていたのですね」
「当然だろう」
「『お客様に歩む道を誤らせないことこそ、回春魔術師の矜持』
……お店で、そう伝えた筈ですが」
「何を勘違いしている。こいつらはお前の魔術の前に、そもそも道を違えていた連中だ。何を気に病む必要がある?
お前が店で語ったことは全く正しい。人は、己の潔白は己の身を以て証明しなければならない。
こいつらは、己の潔白を証せなかった者たちだ。
泡を吹いて倒れようと、野たれ死のうと、お前の責任ではない」
エオビス王子は、フン、と鼻を鳴らして踵を返します。
ガンテ氏が、わたしの前に金貨の袋をドサリと置きました。
ゆらり、と視界が揺らぎました。
わたしは、金貨の袋に手を伸ばし――
「バッカにすんなっ! こんにゃろう!」
思いっきり、フルスイングでエオビス王子の後ろ頭をぶん殴りました。
「んなっ!」
王子が前につんのめって倒れます。
貴様ッ! と声が上がり、衛兵たちが一斉に抜剣しました。
それを手で制したのも、エオビス王子です。
「ネトリウスの血を引く男は、殴られた程度で女に手を上げることはない。
不服なようだな、回春魔術師」
わたしは仁王立ちで倒れたエオビス王子を見下ろしながら、次から次へとボロボロ涙が溢れてくるのを止められませんでした。
「それでも――それでも、貴方は、わたしの回春魔術を、人を傷つけることに使わせた……!
絶対、絶対絶対許しません! フェネチルの娘が、こんなお金、受けとってやるもんかっ」
王子は、わたしを見て楽しそうにニヤリと笑いました。
「おお、痛い。女にこんな風に殴られたのは初めてだ。
こちらも王族の矜持がある。一度与えた金を突き返されて、受けとれると思うか?
いいだろう。王都の銀行にあるお前の債権、この金で俺が買い取ってやろう。
お前が借金を返せなければ、俺付きのメイドとしてでも働いて貰うことにしようか」
王子が、床に落ちた金貨の一枚を親指で弾き上げました。
刻印されたロマエンガ王国の紋章――翼を広げた鷹がクルクル回ります。
「覚悟はいいな。期限は半年だ」
「受けて立ってやりますよ! 我が師匠、シクエスタ・フェネチルの名に懸けて!」
こうして、わたしとこの国の第三王子、エオビス殿下との勝負が始まったのです。
続く。