第6話 ポコアの知らない物語
これは、わたしの知らない物語です。
わたしのお店を出たエオビスさんは、部下のガンテ氏と歩きながら、低く喉から笑い声を漏らしました。
「……っ! はっはっはっ!
おい、聞いていたかガンテ! 傑作だ、あの小狸みたいな娘、王国の歴史を説教しやがったぞ!
それも、よりにもよって、この俺に!」
釣り上がった口元、肉食獣を思わせる、炯々と光る鋭い瞳。
その表情は、先ほどまでわたしのお店で話していた純朴そうな青年のそれではありませんでした。
ガンテ氏は、主人を窘めるように首をふりました。
「まったく、お戯れを。大事の前の小事です」
「ああ、その通りだ。だが、中々に退屈させぬ小事であった」
エオビスさんは、獰猛な笑顔を浮かべて、マントを留めていたルポノ家の紋章を抜き取り、指で弾きました。
ルポノ家の紋章は、くるくる回って宙を飛び、ガンテ氏の掌の中に納まります。
貴族家の紋章を指で弾いて飛ばすなんて、決闘沙汰になってもおかしくない無作法。
ですが、ガンテ氏はそれを当然のように受け取りました。
そして、腰のポーチから銀の毛皮の包みを取り出し、中から宝石箱を取り出しました。
片膝ついて恭しく差し出したその中には、純金で作られた鷹の紋章のマント留めが入っていました。
「楽しみだなあ、ガンテ。一週間後の夜が!」
「……全ては、エオビス殿下の御心のままに」
……店を出た後、彼らがそんな会話をしていたとは、その時のわたしは夢にも思いませんでした。
◇
「え~、おっかしいな~、エオビスなんて息子、ルポノ家には居なかったはずだよ」
ウィンはそう言って首を捻りました。
「うちの魔導武器はルポノ家に卸してるけど、武門の家として有名でね。確か三兄弟。
兄弟にはそれぞれ特注の専用の魔導武器を納品したから、よく覚えてるよ。
確か……
長男が振動剣のターロ。
次男が剛槍のブイバ。
三男が速射のガンテ、だったかなあ。
長男次男は優秀だけど、どうも三男は出来損ないって言われてるらしいよ」
彼女はあちこちに顔が利く事情通なのです。
はて? 聞いた名前があったような。
「エオビスかぁ。珍しくない名前だから分かんないなあ。
ほら、お貴族様のことなんて私たちには縁がないし。
でも、金200なんて、絶対口止め料込みだよ、危ない仕事じゃない?
ここだけの話、最近のルポノ家、すごく評判が悪いよ。
家ぐるみで汚職をしてる、って噂もあるしさあ。
リスクは考えないといけないよ」
「それは分かってるけど、背に腹は代えられないからさあ」
「広域で三小節、魔力足りる? ポコちゃんは魔力切れだけには注意しないとだよ」
優しい友人の言葉にほっとしながら、来たる来週の夕刻に備えて、わたしは念入りに魔力を貯めこむのでした。
続く。