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第5話 イケメン騎士とポコアの講義

 「到着致しました! こちらがフェネチル媚薬店です。ようこそ!」


 森で出会った、ちょっと残念なイケメンな騎士様、エオビスさんを連れて、わたしはお店に戻ってきました。

 ……少し疑問に思ったのですが『ようこそ』というのは媚薬店でお客様をお出迎えするのに相応しい挨拶でしょうか?

 お師匠さまは常々、お客様の様子はよく観察し、お独りの夜の慰めに性魔道具や魔導春画を探されている方がいたときは、声をお掛けせずにお独りで静かに品物を選べるようにご案内し、お会計の時もできるだけ品物に視線を向けず、目も合わさずに速やかに済ませるようにと言っておりました。

 でも、そんなのはつまらないじゃないですか!

 わたしはお店にいらっしゃったお客様には、きちんとご挨拶して、おもてなしをしたいのです!


「へぇ、ここが……」


 エオビスさんは、もの珍しそうに店内をキョロキョロと見まわしました。

 艶やかな金髪と、眉から鼻梁にかけての形の良いライン。落ち着いたコバルトブルーの瞳。白い膚の繊細な(かんばせ)

 青い騎士服に、磨かれた銀のライトアーマー。ムマシの多い森の畔とはいえ、媚薬店を訪ねるには大げさなほどの重武装です。

 お客様を見定めるのは客商売の基本。わたしが見るに、彼はお家の事情で騎士団に籍を置いている貴族家の、次男か三男といったところでしょうか?

 そのお顔は見たこともないようなイケメンですが、浮世離れした雰囲気といい、世間知らずな物言いといい、きっと騎士団に入団してまだ日の浅い、新兵さんなのでしょう。

 ……そして、きっとまだ童貞さん。


「まあどうぞ座って下さい。お話を伺います」


 わたしは彼を応接机に案内し、ローズマリーのハーブティーを淹れました。

 エオビスさんは少し居心地悪そうに口を開きました。


「あの、……こんなことを聞くのは失礼かもしれないけど、君は平気なのかい?

 こんな人も中々人も通わぬ僻地で、女性独りでこんな淫らなお店を営んでいて?

 身の安全のために、もっと良い立地で、用心棒になる男性を雇った方がいいんじゃないかな」


 わたしは胸中でクソデカ溜息をつきます。

 ……どうやら、彼は本当に回春魔術師というものについて無知なようです。

 少し、レクチャーしてあげる必要があるようですね。


「エオビスさん、貴方は回春魔術についてどれぐらいご存じですか?」

「う~ん……この国では特に優遇されていることぐらいしか知らないな」

「ふっふっふ、では、特別にわたしが教えてあげましょう」


 人差し指をツンと立てます。

 ポコアの回春魔術講座、はじまりはじまりです。


「このロマエンガ王国の国父――初代国王である、ネトリウス一世は、国力の(いしずえ)は民あってこそと考え、『産めよ殖やせよ』を国是として掲げました。

 ネトリウス一世は自身も自らそれを実践しました。街を歩いて見初めた女性がいれば、夫があろうとなかろうと、構わず毎晩閨に招き、当時の適齢期の女性の多くがその寵愛を受けたそうです。『好色帝』という異名の由来ですね。

 その実子は、千人を超えているそうで、現在のロマエンガ王国の貴族家の多くが、何らかの形でネトリウス一世の血を引くことを発端としていると聞きます」

「……権力者が色狂いだったというだけだ。他国に誇れる話ではないよ」


 わたしの話を聞いていたエオビスさんは、どこか底冷えする瞳でそう返しました。

 

「そうかもしれませんね。……でもエオビスさん、この国では王家の血を人間が多いこともあり、不敬罪などは存在しませんが、あんまり聞こえよがしに王族の悪口を言うと痛い目にあいますよ。

 ……話を続けますね。ネトリウス一世の国是の通り、有力貴族は自らの子孫を増やし、門閥を盤石なものにしようと、お抱えの魔術師たちに、性愛の女神ロエスから授かった呪文を学ばせました。これが、ロマエンガ王国の回春魔術の始まりです。

 ですが、ネトリウス一世亡き後、ロマエンガ王国の性風紀は乱れに乱れました。不義不貞の横行、性犯罪の増加、貴族家の嫡男争い――そんな諍いを治めるために、回春魔術師は厳重な『契約』と『制限』の下で行使されるようになったのです」


 このロマエンガ王国の歴史を紐解く話を始めた途端、ぼんやりした印象の顔つきが鋭く変わった気がします。

 もしかして、彼は歴史の話が好きなのでしょうか?

 話を真剣に聞いて貰えるのは嬉しいことです。


「『お客様に歩む道を誤らせないことこそ、回春魔術師の矜持』

 これは、わたしのお師匠さまが常日頃から説いていた言葉です。

 回春魔術には、危険で絶大な力があります。人の人生を簡単に狂わせ、あるいは国さえも傾ける力が」


 エオビスさんは、分からない、と言うように、首を捻りました。


「回春魔術――そりゃあ、種類は色々あるだろうけど、下劣な欲望を刺激するだけの魔術だろう。

 そんなに一国を揺るがすような危険なものだとは思えないな」


 ……やっぱり、この人は青臭いお坊ちゃん育ちの甘ちゃんのようです。


「……貴方、人間の欲望の力を舐めています。

 今、わたしが三小節の欲情喚起呪文を全力で貴方にかけたら、貴方は今、この場で、わたしを押し倒そうとしますよ」

「そんな馬鹿な! 僕はそんなケダモノではない!」


 顔を真っ赤にして立ち上がったエオビスさんに、わたしはふふんと微笑みました。

 

「……勿論、冗談です。回春魔術師は、己の身を守るため――そして、己の力で異性を意のままに操ることがないように、誰かに行使する呪文には、その相手が未来永劫自分に向かって性欲を惹起しないという副作用を籠めるんです。

 だから、わたしが貴方に呪文を使ったら、貴方は一生、わたしに欲情できません。

 でも、わたしの言った効果は本当です。

 お師匠さまは、何度もわたしに回春魔術を人を使うことの危険性を説いてくれました。

 エオビスさん、貴方は自分が欲情に任せて女性に不埒な行いをするなんて、夢にも思っていない善い人なのでしょう。

 でも、欲望は簡単に人を操るんです。

 強すぎる性的欲求は人から意志を乗っ取り、刹那的な思考しかできないようにしてしまいます。

 ――だから、回春魔術は契約と共に使用するんです。

 回春魔術の受益者は、もし禁則を破れば、性的不能や――あるいは、命さえ失いかねないような災いに見舞われるでしょう。

 けれども、そんな強固な契約と禁則を設けて尚、盲目的になった人は道を誤ります。

 ――ただ一夜、想い人と枕を共にすることができれば、その後の一生を檻の中で過ごしても構わない。

 男性として不能になっても構わない。――あるいは、命を失っても構わないと思うほどに、人は分別を失うことがあり得るんです」

「ならば――!」


 エオビスさんは問いました。


「ならどうして、そんなリスクを背負ってまで、回春魔術なんて淫蕩な技を使うんだ!?

 それで人が道を踏み外した時は、どう責任を取れる?」


 わたしは、お師匠様から教わった通りに答えました。


「夜の生活は人生の花――わたしたちは、そこに彩りを添えるために回春魔術を使っています。

 そのリスクは、わたしたち回春魔術師が一番よく知っています。

 故に、わたしたちは何かあった時の責任から逃げるような卑怯なことは致しません。

 わたしたちが三小節の上位呪文をかけた方が、効果の持続日数の内に強姦以上の重篤な性犯罪を犯した場合――

 回春魔術師は、契約により、その命を失います」

「そんな馬鹿な!」


 エオビスさんは狼狽した様子を見せました。


「どう責任を取るかとは問うたが、それは余りに責任に対して罪が重すぎる!

 剣を買った男が人を殺そうと、それは鍛冶屋の罪ではない!」

「では逆にお尋ねしますが、村で店を営む鍛冶屋が、日々山賊に剣を売りながら商いを続けることが可能かと思いますか?」

「それは……」

「わたしたちの魔術は、余りに『罪』に繋がりやすいんです。

 だから、わたしたちは自分の技は不義密通や性犯罪の道具ではないことを、己の身と命を懸けて潔白を(あかし)ていかなければならないのです」


 彼は、心底理解できないとばかりにかぶりを振りました。


「君たちにとって、回春魔術とはそんなに価値があることなのかい?」

「勿論です」


 わたしはにっこりと笑いました。


「わたしの尊敬するお師匠さまも、お客さまが起こした強姦殺人事件により、命を失いました」

「君は――そんな、そんなことを許せるのか――!?」

「許せるわけないでしょう。この国の復讐法では、三親等以内の者が王都に届け出を出せば、仇討ちをすることが可能です。

 姓を引き継いだ魔術師の弟子は、王国法では三親等と同等の相続権を持ちます。

 わたしは――その犯人を必ず見つけ出して、天の国でも二度と女性とまぐわうことができないよう、悪根を切り落とし、お師匠様の報いを受けて頂きます」


 そうです。わたしの大好きだったお師匠さま。大事な大事なお師匠さま。

 彼女は、お客さまの裏切りにあって命を落としました。

 ですが、お師匠さまがそのお客と結んだ契約は強固な相互応報の性質を帯びており、本来ならあちらも命を落としていることでしょう。

 でも、魔術契約の羊皮紙からは、禁則破りの罰則の履行が行われた形跡はありません。

 こんなことができるのは、強力な回春魔術師しかいません。

 誰かがお師匠さまのお客に手を貸し、罪を犯させたのです。


「……」


 エオビスさんは、何かを考えるように下を向いていましたが、ゆっくりと顔を上げました。


「どうやら、君は覚悟ある人のようだから依頼を話す。

 ……実は僕は、兄の名代としてここに来たんだ」


 彼が取り出したのは、羊皮紙の魔術契約書です。わたしはそれを読んで、声を上げました。


「広域催淫魔術!?」


 滅多に使うことのない種類の魔術です。

 性欲を喚起する呪文は数あれど、広い空間に存在する不特定多数の相手に同時に使う呪文は、通常の生活では殆ど使い道がありません。

 あるとするなら――


「貴族家の方の、乱交パーティーですか?」


 エオビスさんは、顔を歪めました。


「こんな淫蕩で不道徳な催し……僕としては許し難いが……父が傘下の貴族たちを招いて、仮面舞踏会と共に定期的に催してるんだ。

 代金として、金200、前金として金50出す。

 一週間後、ルポノ邸を訪れ、君の魔術を使って欲しい」


 ルポノ伯爵領は、隣領です。馬車で一時間もかかりません。

 なにより、金200という報酬は魅力的でした。


「条件があります。仮面舞踏会といっても、建前だけですよね。

 参加者全員から、魔術契約の血判を頂いて下さい」

「分かった。善処するよ」


 エオビスさんはわたしの手を握りました。

 その時、見計らったようにドアノッカーが鳴りました。


「エオビス様、お時間です」

「ああ、ガンテ、待たせたな」


 巌のような厳めしい顔の長身の騎士が、彼を迎えに来ていました。

 ……あれ? 最初から部下がこの店を知っていたなら、どうして彼は道に迷っていたのでしょうか?

 わたしは首を捻りました。



 続く。

 

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