第2話 ポコアと悪友のささやかな宴
「なるほど、そんなことがあったんだぁ」
ウィンが、熱々のポトフをスープ皿に盛りつけながら、ワイングラスを取りだしました。
閉店後、友人達が開店祝いにやってきてくれたのです。
わたしは、さっそく今日の不可解なお二人の依頼者のお話を、友人達に相談してみました。
彼女たちはこのお店の出資者でもあり、アカデミーで一緒に勉強した学友でもあります。
守秘厳守の宣誓契約を互いに交わしているので、プライベートに立ち入ることが多い回春魔術師としての相談に乗ってもらうことも、度々なのです。
「でもあのおばあさん、とっても楽しそうにお店を見てまわってくれて、回春魔術に偏見があるようには見えなかったなあ」
「人間の腹の底なんて、だれにも分からないさ。特に差別心はね。ポコア、君は人の良心を信用しすぎない方がいい。
悲しいことかもしれないが、その老婆が見世物小屋でも楽しむかのような蔑意を持ってこの店を眺めていても、私は驚かないな」
はふはふ、とポトフの人参を口に運びながら、アガヘオがいつもの憎まれ口を叩きました。
画期的な魔導春画を開発した彼女は、芸術家肌の皮肉屋です。彼女はいつもわたしにとって耳に痛い――そして、わたしに欠けている視座を教えてくれます。
「う~ん、もっとありふれた悩みじゃないかな。ご夫婦の性欲の不均衡は熟年期の夜のトラブルの定番よ。
その旦那さん、まだまだ『現役』でいけそうな人なんでしょ。
でも、女は齢を取ったらもう勘弁、そんなことより早く寝たいって人が山ほどいるわよ。
旦那さんは回春魔術でもっと夜の営みを楽しみたい。
奥さんは枯れちゃってこれ以上求められるのは勘弁したい。
――珍しくもない話よ、ポコちゃん」
ウィンは、極端から極端に走りそうになるわたしたちに、中立の視点を提供してくれる、わたしたちの良心です。
そんな彼女ですが、生業としている魔道具開発についてはノーブレーキです。
ウィンとアガヘオ。方向性は違えど性魔術を探求する輩で、アカデミーでわたしたちは『変態三女傑』という実に不名誉な綽名で呼ばれていました。
そんな世間からの風当たりも何のその。わたしたちは三人で『性文化研究会』という同好会を立ち上げ、暇さえあればふしだらな話をしていました。
わたしがお店を開いた時に、一番喜んでくれたのもウィンとアガヘオの二人です。
……いえ、二人の魔導春画と性魔道具は王都では発禁扱いになったので、官憲の目の届かない半ばグレーな場所に販路が欲しかったという実利目当てもあるのでしょう。
「明日は使うのかい? アグラ系列の呪文?」
「ううん。まだ決まってない。お歳を召した方への回春魔術の施療は、勃起力持続のためのアグラ系列が一番一般的だと思うんだけど」
「でたとこ勝負、いつものポコちゃんじゃない」
「う~ん」
わたしは気のない返事をします。
お昼の老紳士――カテライク氏の姿を思い出します。齢を経てあれほどのイケオジっぷりなら、若い頃は一体どれだけのイケメンだったのでしょう。
奥様との夫婦仲の円満であるように思いました……もちろん、ウィンやアガヘオの言う通り、人は見た目通りではないのかもしれません。
でも、わたしはお二人が幸せな人生を共に歩まれてきたと信じたいのです。
そんな素敵な伴侶と、わたしも――、
「あ゛あ゛~~、わだじも彼氏欲じい゛なあぁぁぁ」
「おっ、ポコアのいつもの発作が始まったか」
アカデミー時代から、素敵な彼氏がわたしを見つけてくれないかと憧れて、早五年です。
巡り合わせが悪いのでしょうか。それとも、『変態三女傑』という悪名が祟ったのでしょうか。
ポコア・フェネチル19歳。年齢=彼氏いない歴を日々更新中なのです。
お師匠さまのように、お客様の夜のお悩みに「経験たっぷり」という顔をして優しくアドバイスをしたいのに!
「ポコちゃん。彼氏の前に、まずはお金を稼がなくっちゃ。明日からが正念場よ」
「うううう……お金持ちの彼氏が欲じい゛ぃぃぃぃ」
「ダメだこりゃ。その爺さん、身なりが良くて金持ちそうなんだろ。アグラの三小節を使って施術量吊り上げちゃえよ」
そうです、わたしはこのお店を開店するにあたって、王都の銀行から金500枚の借金をしているのです。
担保は、わたし自身。二人は無茶だと止めましたが、わたしはどうしても自分のお店が欲しかった。
――わたしの、お師匠さまみたいに。
でも、金500枚を期限以内に支払えなければ、わたしは借金のカタに、都の高級娼館に売り払われてしまうでしょう。
そして、一晩中娼館のお客に回春魔術をかける日々がはじまるのです。
ポコア、ファイト!
わたしはお酒で揺れる視界の中、ガッツボーズで自分を勇気づけました。
続く。