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1-8 ファーストステイ(2)

 マキは、そばにいるユウタにつぶやいた。


「……生きてるって、人との出会いって、不思議……。

 なにかに導かれてるみたい……」


「そうやな……」


 ユウタが同意した。

 マキは続ける。


「……でも、あたしたちがみんな生きてるのがさ、もしなにかに生かされてて生きてるんやとしたらさ、それはなんのためなんやろうね……」


「さあ……なんのためやろうな……。

 なにか理由があるのかもな……」


 マキがささやくように言った。


「……だとしたら、その理由って……。

 なんだと思う?」


 マキの言葉に、ユウタはしばし考え込んだ。


「……理由、か……。

 ……その理由を見つける、ってのが、生きるってことなんじゃないか?」


 マキはユウタの言葉に、はっとした。


「……生きている理由を見つけるために、人は生きるってことか……。

 そうなんかな……」


 そのとき、ユウタはある言葉を思い出して何気なく言った。


「……そういえば、映画の中のセリフやけど、

 『おまえがここに来たのは、なにか理由があるはずだ』

 って言葉があったな……」


 マキが叫んだ。


「あ、それ知ってる!

 『スーパーマン』で、まだ若いころのスーパーマンに、育てのお父さんが言うセリフやろ!」


 ユウタは驚いて言った。


「……マキ、おまえ、なんでこんな古い映画知ってるん?」


 マキは目をキラキラさせてユウタを見た。


「なんでって、その映画、あたしが子供のころ両親といっしょにDVDでよく観たのやんか。

 そやから、おぼえてる!

 もう、繰り返し観たからね!

 特に父親が大好きで!」


 ユウタは笑顔でマキを見つめてうなずいた。


「……そういうことか。

 こんなところにも、マキと接点があるとはな」


 マキは照れたように笑って言った。


「そやね……これも不思議やな。

 こんなにいろいろとユウタと接点があるなんて……。

 ……えと、ユウタはなんで知ってるん?」


「オレのほうも、父親が大好きでな。

 子供のころ、両親といっしょにDVDを何度も観たんだ」


「いっしょや!」


 そう言ってマキは、くすっ、と笑う。

 そして、考えるような様子で続けた。


「……生きる理由があるはず、かあ……。

 でも、それを見つけることって、できるんやろか……?」


 そして、深呼吸ともため息ともとれる大きな息を吐くと、


「それこそ一生の、大問題やな……」


と、途方に暮れたようにつぶやく。


「確かに、な……」


 ユウタも同意して、天井を見つめた。


***


 しばらくしてユウタが言った。


「そろそろ風呂入るか?

 マキ、よかったら先に入っていいよ。

 オレは後から入るから」


「……ほんま?

 ありがと。

 じゃ、先に入らせてもらうわ」


 ユウタはマキをバスルームに案内しながら話した。


「タオルとかはここに用意してある。

 ゆっくり入っててええよ。

 オレは食器洗ったり、音楽聴いたりして適当に時間つぶしてるから」


「うん。

 ありがと!」


 マキはバスルームに入って扉を閉めた。


 ユウタは食器を洗って片づけながら、再びさっきの話を考えた。


 生きる理由。

 本当は、それについていつも考えている。


 オレの場合、もしその自分の生きる理由のうちにマキがいるのだとしたら……。


 そしてこうも考えた。


 マキは大切な人だ。

 すごく……たぶん、世界で一番に。


 だから、マキを幸せにしたい。

 マキが幸せになることが、自分にとっての幸せでもある。

 それは確かだ。

 

 だからオレにとっては、マキといっしょに生き、マキを幸せにすること。

 それが、オレの生きる理由になるんじゃないか……。


 ユウタにはそう思えた。


 ユウタは食器を片付け終わると、TVのスイッチを点けた。

 そして、そこに映ったバラエティー番組を観るともなくぼんやりと観た。


「お風呂、ごちそうさまー」


 マキはバスルームから出て、濡れた髪をタオルで拭いながら言った。

 白のTシャツに、カーキ色のショートパンツ姿。


「はい、ドライヤー」


「あ、はーい、ありがと」


「じゃ、オレも入ろうかな。

 TVでも、パソコンでも観ててええよ。

 ただ、パソコンの個人ファイルは覗くなよ」


「え?

 なんか覗かれてマズいようなもの、入ってんのー?」


 マキはドライヤーの音に逆らうように声を張り上げ、悪戯っぽい笑顔を浮かべながらそう言う。

 ユウタはあわてて、こちらも大声で返した。


「……入ってるわけないやろ!

 んー、いつも人をからかうのは得意やな!」


「え、なにそれ、人聞き悪い!

 はよ風呂入っといでー!」


 マキは楽しそうに叫ぶ。

 ユウタも笑いながらバスルームに入った。


 ユウタはシャワーをざざっと手際よく、でもなるべく丁寧に身体を洗うように浴びた。


 髪をタオルで拭きながらバスルームを出てくると、マキはTVでバラエティー番組を観ていた。

 いや、TVの前に座ってはいたけれど、観てはいない。

 その目はぼんやりと空を眺めているだけのように見える。


 マキの頬は紅潮していた。

 微動だにしない。

 なにかを待っているかのように。


 ユウタの心臓が、どくどくと脈打っている。

 マキも同じ気持ちなのだろうか。


 出てきたユウタに、マキが顔を向けた。


「……あ、出た?

 おつかれさま……」


 声がかすれ気味だ。

 

 ユウタも、


「……お、おう……出たよ……」


と、声をやっと出してどもり気味に返した。


 マキがまだかすれた声で続ける。


「……ユウタんちのバスルーム、きれいやね……。

 大きくはないけど、快適……。

 気持ちよく入れたわ……」


「……そ、そうか……よかった……」


 二人の会話は途切れがちになる。


「……TV、観てるか……?」


「……んー、えーと……あんま、まじめに観てなかったし……」


「……それなら、音楽の映像でも観るか?

 ……そうそう!

 YouTubeにフランソワ・K.(注1)のライブ映像上がってるんで、観ようと思ってたんや!

 観るか?」


「……え、マジで?

 フランソワのライブなんて上がってるんや!

 観る観るー!」


 マキはうれしそうに言った。

 ちょっとだけ緊張もほぐれたように見える。

 きらきらした笑顔だ。


 

注1:フランソワ・K.

  François K. (本名:François Kevorkian)。

  フランス生まれ米国在住のベテランハウスDJ。

  ダニー・クリヴィット (Danny Krivit)、ジョー・クラウゼル (Joe Claussell)とともに長年開催しているハウスパーティー「Body & Soul」でも有名。

  1980年代から活動を続け、現在にいたるまで常に最新の機材やテクノロジーを取り入れながら活動を続けている。

 いわば、生ける「ハウスのゴッドファーザー」的存在の一人である。



 ユウタはマキと並んで、パソコンでフランソワ・K.のライブ映像を観た。


「フランソワ、やっぱりTraktor S4(注2)使ってるんやね」


「そう。それにパソコンもWindowsや。

 ゲーミングノートか、けっこうハイスペック系のマシンに見える」


「フランソワ、Macじゃないんや!

 意外ー!」


「以前はMacやったんやけどな。

 いつの間にか替えたんやな……」



注2:Traktor S4 (トラクター・エスフォー)

  正式名は「Traktor Kontrol S4 MK3」(トラクター・コントロール・エスフォー・マークスリー)。

  独Native Instruments社が開発・販売するDJソフト「Traktor Pro」と、DJコントローラー「Traktor Kontrol S4 MK3」のセットを指す。

  Traktorシリーズは、ハウス・テクノ系のプロDJに人気が高い。

  フランソワ・K.もこのTraktor S4をメイン機材に使っている。


 二人は身を寄せ合ったまま、映像を観続けた。


「この曲、いいねー」


「……ここ、これいいなー」


「あー!

 ここ、すごくない?

 この展開……」


 ユウタは映像を観ながら、ちらりとマキの横顔を見た。

 白い肌。

 茶色の瞳。

 その瞳に、映像からの光が映って、青くなったり赤くなったりしている。

 青い髪、白い肌、瞳の色。

 それらが、みな美しく溶け合っているように見えた。


 視線を下へと移す。

 首筋も白い。

 そして肩。

 一見華奢だが、思っていたよりも骨格はがっしりしていそうだ。

 胸。

 真っ白なTシャツの下にはなにも着けていない。

 Tシャツの胸に両の乳首が突き出ている。


 それを見た瞬間、ユウタは抑えきれない欲望を感じた。

 マキをいますぐ、抱きたい……。


 でも、いまはまだダメだ……。

 そう思って自制した。


 ライブ映像が終わった。

 マキが、うーん、と両腕を上げて伸びをした。


「あー、終わっちゃったなー……」


「ああ、終わっちゃったな……」


 ユウタもつぶやく。

 マキがユウタを見て笑顔で言った。


「でも、おもしろかった、よかった!

 ユウタ、見せてくれて、サンキュ!」


「……ああ。

 やっぱりベテランはちがうよな」


「うん、全然ちがうー!

 それに、フランソワは曲のジャンルが、めっちゃ幅広いよねー!!

 すっごい参考になるー!」


「そやな……」


 うれしそうに笑うマキの顔。

 触れたくてたまらなくなってくる。

 ユウタは抑えた声をかけた。


「マキ……」


 マキがユウタに顔を向けた。


 ユウタの顔を見たマキは真顔になって、ユウタをじっと見つめた。

 その両目が潤んでいる。


 ユウタはマキに顔を近づけた。

 その瞬間、マキの表情が緊張した。

 しかし、それは束の間で、すぐにマキは表情を緩めた。

 そして、ユウタのすべてを受け入れようとしているかのような表情に変わった。

 唇がわずかに開く。


 ユウタは、そのマキの唇にゆっくりと自分の唇を重ねた。

 不思議なくらい自然に。


 始めは数秒間。

 一度離れて、次はもっと深く、長く。


 二人は、口づけ合った。

 ユウタはマキの両腕を支えながら、キスを続けた。

 再び二人の唇が離れたとき、唇を重ね合わせていた時間はとても長いようにも、一瞬の間のようにも感じられた。


 ユウタはマキを見つめて、静かに言った。


「マキ、好きだ。

 大好きだ」


 マキは少しの間無言でいた。

 やがて、はにかんだように下を向くと答えた。


「うん……あたしも……。

 あたしも、ユウタが好き……大好き。

 うれしい……」


 そう言ってうつむくマキの表情は、喜びと恥じらいに満ちていた。

 マキが言葉を続けた。


「でも……」


「ん?」


「……でもさ……。

 あたしなんて、こんなヤツやで……?

 性格もめちゃくちゃやし、あたしの人生、トラブル続きやし……。

 こんなのと付き合うても、ユウタの人生、たいへんになるだけやと思う。

 ……ほんまに、それでもいいの?……」


 ユウタは、くすっ、と笑ってやさしく微笑んだ。

 マキの両腕を抱いて言う。


「そんなん、おまえの性格がめちゃくちゃなのは、もうよう知ってる。

 ……いまさらやろ」

 

 マキは苦笑しながら、頬を膨らませた。


「……え、もー、ひどい!

 そこはもうちょっと、そんなことない、とかほんまは言うてほしいのに……!」


 そして、再び下を向いて恥ずかしそうに言う。


「……でも、そうやな。

 ユウタは、もうよく知ってるよね、あたしのこと……」


 はにかんだ表情でユウタを上目遣いに見るマキに、ユウタはやさしく言った。


「マキ。

 でもな、そんなこと、全然ええんや。

 性格も、過去も、オレはそういうの全部ひっくるめて、オレはマキのことが好きになったんや。

 そやから、たとえたいへんなことがあったって、全然かまへん。

 オレはマキと、これからもずっといっしょにいたい。

 マキにとことん、付き合いたい。

 そやからマキ、付き合わせてくれ」


 マキが頬を赤らめたまま、その幸福そうな笑顔が歪んで泣き顔になる。


「……ユウタ……」


 ユウタは続けた。


「……マキのほうこそ、ほんとにオレでええか……?

 オレこそ、めんどくさい性格やし、神経質やし、オレみたいなのと付き合う女はきっと苦労するぞ。

 ……それでも、オレのこと、好きになってくれるか……?」


 マキは両目に涙をいっぱいに浮かべて、それでも精いっぱいの笑顔で言った。


「好きに、なってるよ、もうずっと前から。

 ……それに、これからもずっと、ユウタを好きでいるよ。

 ……だって、ユウタは、あたしの一番大切な人やもん。

 あたしも、ユウタが大好きなんやもん……」


「ありがとう。

 オレにとっても、マキは一番大切な人や……」


「……ユウタ……うれしい……。

 あたし、やっとユウタに言えた……」


 マキの両目から、涙があふれ出て流れた。


 二人は抱きしめ合って、再びキスし合った。


 ユウタは、マキの身体を両腕でしっかりと抱きしめた。

 マキも、右腕をユウタの身体に回し、左腕でユウタの頭を抱いた。


「……こんなふうにユウタとなれるなんて……夢みたい……」


「……夢やない……全部、ほんとのことや……」


「……うん……わかってる……」


 二人は、そうやっていつまでも唇を重ね合った。


 やがて、ユウタがマキの耳元でささやいた。


「マキ、したい……すごく……したい……」


「うん……あたしも……。

 すごく、したい……。

 ……しよ……?」


「ベッド、行こうか……?」


「……うん……行く……」


 ユウタがマキの手を取って、二人は立った。


 ベッドの上で、二人は服を脱いで裸になると向かい合った。

 お互い、自分の恥ずかしい部分をつい手で隠してしまう。


 ユウタが、マキの両手に自分の両手を差し伸べた。

 マキが、おそるおそる両手を自分の身体から離して、二人は両手をつなぎ合った。


 マキが頬を赤くして、言いづらそうに言った。


「……あの……あたし、経験ないわけやないんやけど、ろくな経験じゃないの。

 ちゃんとした仕方もようわかってへんかもしれん……。

 ……そやから、やさしくしてね……」


 ユウタは表情を引き締めた。


「……うん、わかった。

 できる限り、やさしくするように心がけるよ。

 けど、もし痛かったりしたら、言うてな。

 そんときはすぐ止めるから」


「うん……ありがと」


 マキは頬を赤らめたまま、それでも真っすぐにユウタを見つめてうなずいた。

 ユウタはマキの青い髪をやさしく撫でながら言った。


「オレも不器用やから、もしヘタなところがあったらごめん。

 だけど、マキがいやだと思うことは絶対しないように、がんばるから」


「うん」


 二人は、手をつないだまま見つめ合った。

 そして、抱き合うとキスを交わした。


 やがて、二人はベッドに横になって、タオルケットをかぶった。

 そして、お互いをやさしく撫でながら、キスを続けた。


「……マキ、大好きだ……」


「……ん……ああ……。

 あたしも……ユウタ……大好き……」


 二人とも、迸り出る欲望に次第につき動かされながら、お互いを愛でた。


 マキは、息を弾ませながらユウタに囁くように言った。


「……抱いて……あたしを……。

 あたしも……ユウタを……もっと抱きたい……」


 ユウタも、荒い息になりながらマキに囁き返した。


「……うん……抱き合おう……もっと……。

 ……それから……マキ……」


「……うん……ああ……ユウタ……」


 静かな夜だった。

 この静けさの中、マキとユウタは求め合った。

 二人とも、もっと愛し合いたいという欲望の奔流に身を任せながら、ともに抱擁を交わし続けた。

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