1-5 アクシデント(2)
ユウタとマキは、なんば駅を出て、高島屋の前の横断歩道を歩いていた。
渡った先はアーケード商店街の入口だ。
まだ朝の7時過ぎ。
開いている店はあまりない。
ユウタはマキを見る。
マキは、いくぶんもうろうとしているようにも見えるが、それでもうれしそうにユウタの左腕にしがみついたままだ。
「マキ、腹減ってないか?
朝めし食べないか?」
「……うん……そういえば、おなか減り過ぎてヘロヘロや……」
「サンドイッチがいい?
少し先行けばスタバがあるし……。
そこにウェンディーズもあるぞ。
けどハンバーガーは、ちょっと重いか……」
ユウタがそう思いきや、マキはとたんに元気よくなって、
「いや、ええやん!
ハンバーガーにしよしよ!」
ユウタはマキに呆れたように言った。
「……朝からそんなゴツいもん、よう食えるな……。
まあ、オレもめっちゃ腹減ってるから、たぶん食えると思うが……。
……じゃハンバーガーにするか」
二人はウェンディーズに入った。
二人は、ウェンディーズバーガーUSA、ポテトMセットとチリMセットのどちらにしようか悩んだ末、二人ともチリのほうにした。
トレイを受け取ると、2Fの客席フロアへの階段を上がっていく。
2Fは朝ということもあって、客の姿はまだまばらだ。
それでも、男女ともそれなりの数はいる。
出勤前のビジネスマン、女性、学生と思しき若い男性、女性……。
おひとりさまが多いようだ。
二人は、窓に近いテーブル席に落ち着いた。
「……はー、やっと座れたー……」
マキが座って、両腕、両足をだらりと垂らす。
「もう2時間近く立ってたもんな」
「ユウタ、とにかくまず食べよ!」
「……おう」
マキはハンバーガーにパクつき始めた。
食欲旺盛だ。
ユウタは、まずチリをスプーンですくって、ゆっくりと口に入れる。
辛いチリは、ふだん家で食べているパンやサラダが中心の朝食より刺激が少し強いが、徹夜明けのいまはむしろ、このほうが食欲が増進される。
マキも、チリをスプーンですくって口に入れると、言った。
「あー、チリうまー……。
こういう時間にユウタといっしょに食べるの、初めてやよね」
「ああ。
そもそも朝めしをマキといっしょに食べるというのが、初めてだからな」
「……そうやったっけ?
そうか」
そう言って、マキはまたハンバーガーにかぶりつく。
その様子が可愛くて、ユウタは思わず、ふふっ、と笑いをもらした。
「ん?
何?何がおかしいん?」
「……いや、なんかその食べてるさまが可愛いな、と思って」
マキは頬を赤らめながら真顔になって、
「……なんやそれ。
だいたい、あたしを子どもと思うてるやろ、ユウタは!」
「え?
そんなことない。そういうことやなくて……」
「いや、そういうことや!
……っていうかさ、ユウタは大人なんよね、あたしよりずっと……。
それは認めざるを得んわ。
そやから、あたし、いっつもユウタに甘えちゃう。
よくないな、とは思うてるんやけど、でもいっつも、甘えちゃってる。
……そういう自分がやんなっちゃうんよね、ときどき……」
マキは半分独り言のようにしゃべり続け、ユウタはそれを聴いていた。
そして、そんなマキの様子も可愛いな、と思いながら話の続きが気になる。
マキは、半分ほどになったハンバーガーを両手で持って、それをじっと見つめながら話した。
「……そやからさ、あたしは精神的に自立しないといけないんよ。
これ以上、ユウタに迷惑かけないようにしなきゃあかん、って思うて……」
「マキ、オレはマキがオレに迷惑かけてるなんて、一度も思ったことないぞ」
「……え?」
マキは、ハンバーガーから顔を上げて、真っすぐにユウタを見る。
口元にケチャップがちょっとついたまま、ぽかーんとした表情でいる。
それがおかしい。
「マキはいいDJするし、よく気がつくし、賢いし、いいところがいっぱいあるじゃないか。
そりゃ人間だから、ヘマをしたり、うっかり忘れたり、ときには無茶することもあるやろ。
でも、オレはそういうの全部ひっくるめて、マキのことが好き……いや、人間として、好きやと思うてる。
……だからさ……要するに何が言いたいかというと……。
……オレにとって、マキは大切な人だ、ってことや……」
「……」
マキは、頬を赤らめたまま黙ってユウタを見つめた。
そしてまた、ハンバーガーに目を落とした。
「……また、ユウタはあたしが照れるようなこと言う……。
……でも、ユウタ、やさしいよね。
それに、とっても、まじめ……」
「え……いや……」
ユウタは不意を突かれたように赤くなった。
「いつもユウタはやさしいし、まじめ。
でも、あたし、ユウタのそういうところが大好き……。
……あ!人間としてね……」
「……」
二人はおたがい言葉に詰まって、しばらく沈黙した。
やがて、ユウタが沈黙を無理やり破るように口走る。
「……このチリ、けっこううまかったな。
ハンバーガーも……」
「……う、うん……。
……うまかった……」
二人は窓の外を見た。
すっきり晴れた空だ。
なんばの駅前は、すでに出勤などの人たちでごったがえしている。
マキがその人の群れを眺めながら、ぽつっと言う。
「……あたしら、大学卒業したらああいう人たちと同じように、会社勤めとかするようになるんかなあ」
「……んー、どうやろうな。
なんか実感わかないなあ……。
でも、仕事はなにかしらしていかな、食っていけんからな」
「それはそうやな……。
でも、どんな仕事がいいのかな……」
マキは窓側を背にして座っているので、ユウタといっしょに窓の外を見ると、ユウタにはちょうど首を真横に向けたかたちで横顔を見せるかたちになる。
そして、ユウタはマキの頬から首筋までを見ることになる。
頬から首筋までの白い肌。
クラブを出たときは、マキの肌は青ざめていて、顔色があまりよくなかった。
その顔色が、さっきの会話で赤くなった。
そして、ハンバーガーを食べて血行がよくなったせいもあるのか、いまは頬にも首筋にも、ほんのりと血の通った赤みがさしている。
そんなマキの横顔を見て、ユウタはなんだかほっとした。
「……まあ、オレは心理学科やから、精神保健福祉士の資格を取って、医療機関とか福祉施設の心理系サポートの職業につく、てのがいちばん妥当な選択肢やけどな。
それか、公認心理師とか臨床心理士の資格を取って、心理カウンセラーになるというのも興味あるけど、これは大学院の修士課程まで行かないと取れないからな。
ちょっとハードル高いが、どうするかな……」
「なるほど……。
でも、どれにしてもユウタはそういう仕事、合ってるような気がする。
あたしは社会学科やけど、でもあたしも福祉関係に興味ある。
うちの学科は社会福祉士の資格なら取れるから、その資格取って福祉関係の仕事に就くのもええな。
そんなことは、ときどき考えたりしてるわ」
マキはしばらく沈黙して、やがてユウタに尋ねた。
「ところでさ……ユウタは、プロDJになりたい、とか思う?」
「んー、なれればなりたい、とは思うけどな。
でもどうやろう。
プロDJになるって、そうとうたいへんなことやし、そもそもそんな実力が自分にあるかどうかもわからん」
「ユウタなら、なれるんやない?」
「わかんないよ。
……マキは?マキはどうなん?
プロDJになりたいって気はあるの?」
「あたしは……自分にそんな実力があるのかどうか、全然自信がない……。
わからん……。
……でもな、どんなかたちであれな、ユウタがDJをずっと続けていきたいんやったら、あたしもがんばっていっしょに続けたい!」
「え?」
「そやからー、ずっとユウタといっしょにDJやりたいの!」
「……あー、そういう意味か。
それは、オレもそう。
マキといっしょにDJをやり続けたい、とは思う……」
「んじゃあ、いっしょにやろうよ!
それがアマチュアでも、プロDJであっても、どっちでもええ!」
「……いや、プロってのはそう簡単に言うてもなあ……。
……でも、悪くないな、マキといっしょにプロDJってのも……」
「じゃあ、決まりや!」
ユウタはあわてて、
「ちょ、待て、早い。
DJなんて、フリーランス商売の中でもそうとうリスク高めやぞ……。
だいたい、食えるレベルって、それこそダヴィッド・ペン(注1)とかルチアーノ(注2)とか、そういうレベルにならんと、ってことやろ。
日本人やと、だれになるのかな、プロで活躍してる人って……
ベテランやと、スティーヴ・アオキ(注3)とか……それからシンゴ・ナカムラさん(注4)とか?」
注1:David Penn
スペイン人のハウス系DJ。
注2:Luciano
スイス生まれチリ育ちで、現在はスイス在住のハウス系DJ。
注3:Steve Aoki
日系アメリカ人DJ。EDMのDJとして世界的に有名。
注4:Shingo Nakamura
世界的に活躍している日本人ハウスDJ。
「……まあそれはそうやけど。
でもまったく無理、ってわけでもないんやない?」
「マキ、けっこう野心家やな」
「はあ?
野心家かな?
……まあ、プロDJになれるか、なったほうがええのか、それは全然わからん。
けど、プロでなくても、DJは続けていけるやろ?」
「それはそうやな……」
「……あたしは、ユウタといっしょなら、絶対ずっとDJ続けていけると思うし、そうしたい!
そう思うてるだけや。
プロになれるかどうかは、運と実力次第やな。
もしユウタといっしょになれるんなら、夢のようなことやけど……」
マキといっしょに話しながらユウタは思った。
……実現しそうもない夢について語ってる、まるで中二病の若者みたいだ……。
そこにマキがぽつんと言う。
「……あたしらが言ってることって、まるで中二病やな……」
いままさに思っていたことを実際に言われて、ユウタは吹き出した。
「あっははは!」
マキはむっとしてユウタに言う。
「なに笑ってんねん!」
「……いやごめん、まさにいまオレが同じこと思ってた」
「……中二病、って?」
「そう。
オレらの会話ってまるで中二病やな、って思ってたらマキにずばり言われた。
考えてること、同じやな」
「あははは!
気が合うね、あたしら」
「ははは」
ユウタはマキと二人で笑い合った。
そこからは二人で雑談になった。
最近聴いてよかったトラック(注5)の話、海外のクラブ事情など……。
注5:トラック (track)
クラブミュージックの世界では、曲・楽曲のことをこう呼ぶことが多い。
ちなみに、「トラックメイカー (track maker)」とは、DJがプレイするための曲を作る人のこと。
そして話は、あるDJスクールの話になった。
マキが自分のスマホの画面をユウタに見せる。
「ほら、このスクール!
前から、ちょっと気になってん。
講師陣がさ、これけっこうよくない?
レッスン内容もちゃんとしてそうやし」
ユウタはスクールのWebページが表示された画面を覗いた。
「……あー、この人、Beatportにトラック出してる人や!
けっこうあちこちのクラブとかフェスに出演してるよね。
ほかの講師も名前みたことある。
ちゃんとしてる人たちっぽいね」
「そやろ、そやろ?
ええと思うやろ?
で、この内容でよ、料金もけっこう安いねん!
ほら!」
「……入学金10,000円、受講料1回60分5,000円、マンツーマンレッスン、時間も12:00~22:00の間で自由予約制か……。
この手の学校にしては、かなりリーズナブルやし、融通も利きそうやな」
二人で、スマホの画面にいっそう顔を近づけていっしょに覗き込む。
「そやろ?そやろー?
ユウタさ、ここいっしょに通わへんー?
小バコ借り切って生徒の発表会もときどきやってるそうや。
ほかの受講生と交代でDJする、イベント形式でやってるって。
……ってことはよ、ほかの受講生とも友だちになったりできて、DJの輪が広がるかもしれんくない?
あるいはよ、ひょっとしたらプロになる足がかりになるかも、と思わん?」
「ここに通うことでか?」
「そや!」
「うーん……。
スクールそのものは、悪くなさそうに思えるけどな……。
あまり過大な期待は抱かないほうがええんやないか?
でも、一度体験レッスン受けてみてもいいかな、とは思う」
「ほんなら、受けに行こ!行こ!
はい!ここの申し込みフォーム、名前とか入れるよ」
そう言いながら、マキはさっそく申し込みフォームに入力し始める。
「ちょ、マキ、おまえ早いぞ、行動が」
ユウタはそう言って、腕組みをして考えるしぐさをしながらつぶやいた。
「……まあ、いいか。
確かに一度見てみたいとは思うし……」
そうユウタが言っているうちに、マキはさっさと体験レッスンの申し込みフォームに必要事項を全部入力すると、送信ボタンをクリックした。
ユウタがそのさまを見て思わず叫ぶ。
「早っ!」
「はいー、送信完了ー。
あたしとユウタの2人分、今度の土曜日、15:00に予約入れましたー。
これでユウタと晴れてDJスクール受講生ですねー」
「おい!勝手にもう入校したことにすんな!」
「えっへへへー」
マキはとってもうれしそうだ。
でも、こんな可愛いマキとなら、いっしょにDJスクール通うのも悪くない。
……いや、どんなかたちであれ、マキと一生いっしょにDJやっていくってのは楽しい人生かも……。
ユウタは、にこにこ微笑むマキを見ながら、そう思った。
マキといっしょにいるだけで、しあわせに感じる……。
やがて話は、別の話題に移った。
好きな店の話、おいしい食べ物の話、自分が子どもの頃の思い出……。
話題は途切れることなく続き、眠気が襲ってくるまで二人で話し合った。
そろそろ眠気がやって来たらしい。
マキがあくびをしながら言った。
「……あー、話尽きないよね。
楽しかった」
ユウタも会話を終えるつもりで言った。
「そうやな、楽しかったな。
行くかー」
「……うん。
……んー、でも、もう少し散歩してもいい?」
「え、まだ歩くんかー。
元気あるなー。
ちょっとならええよ」
二人はウェンディーズを出て、戎橋筋商店街のアーケード下を歩いた。
まだ開いていないエディオンの前を通り、りくろーおじさんの店(注6)の前を通った。
マキがユウタの左腕にふたたびしがみついて尋ねた。
「りくろーおじさん、食べたことある?」
「いや、まだない。
いつか食べたいとは思うてんねんけどな」
「うまいよー。
今度、店開いてるときにいっしょに来て食べよ!」
注6:りくろーおじさんの店
大阪で有名な、ケーキ・パン・和洋菓子の専門ショップ。
チーズケーキがとくに有名。大阪府内に11店舗ある。
なんば駅近くの「なんば本店」にはカフェが併設されており、そこでコーヒーや紅茶とともにケーキや洋菓子を食べることが可能。
二人はその先で左に曲がって、地下道に入った。
なんば駅で御堂筋線に乗ると、マキはさすがに疲れが出てきたらしく、
「……あー、もうへとへと……」
とつぶやいた。
ユウタは、
「だいじょうぶか?
一人で帰れるか?」
と聞いたが、マキは、
「わかんない……。
……ユウタあ、家まで送ってくんない……?」
と言う。
「え……」
ユウタは、少しの間躊躇した。
しかし、やがて意を決した表情で、
「……送るだけだぞ。
送り届けたら帰るから」
と言った。
「マジ?
やったあ、ユウタ、ほんといつもやさしいね……」
マキはそう言って、またユウタに抱き着く。
「おいおいおい」
長居駅に着いた。
二人が下りると、車両のドアが閉まった。
ユウタはマキに言った。
「道、教えて」
マキはよろよろと歩きながら、
「……もちろん、教えるよー。
南改札に出て」
ユウタは、もはやヘロヘロな状態のマキを、半ば抱きかかえるようにして歩く羽目になった。
片手にはコントローラーのバッグを持ってるし、これはなかなかキツい。
でもそんなの、大したことではない。
マキのためだ。
そう思って我慢した。
住宅街に入って5分くらいのところにあるマンション。
小さいが比較的新しく、こぎれいな建物だった。
ここがマキの住んでる場所か……。
ユウタは、なんだか胸がいっぱいになる気がした。
「……部屋まで、お願い……」
「おい、どこまで甘えるんや……。
しゃあないな」
エレベーターを上がって、5F。
マキの部屋の前に着いた。
「マキ、着いたぞ。鍵、出せー」
「……あー、財布、どこやろ……」
マキはやっと鍵を出すと、ロックを開けた。
ユウタがドアを開けてやった。
「……よし、おつかれさん。
よく寝ろよ」
マキは手を離さない。
ユウタの左手を引っぱって、
「……ねえ、ユウタ、いっしょに入って……。
泊まってってよ……」
マキの言葉に、ユウタは頭に血がのぼる気がした。
それ以上、動けない。
オレだって、男だ。
性欲だって、この年齢の男相応以上にある。
もしマキの部屋にいっしょに入ってしまえば、オレもたぶん、それを押しとどめることはできない。
こんなに可愛いマキに誘われて、それをたやすく断れる男なんか、いるわけない。
でも、いけない。
こんなふうに、あんなアクシデントのあった後の、徹夜明けの、こんな状況で。
なりゆきのようにマキとそんな関係になってしまうのは、ダメだ。
「……マキ、ダメだよ。
いまは二人とも疲れてる。
おたがい、自分の家でよく寝よう。
ぐっすり寝てから、あらためてまた会おう」
マキは、ユウタの手を引っぱったまま、固まったようにユウタを見つめる。
「……入らないの?
行っちゃうん……?」
「……ああ。帰るよ。
こうしてマキを無事に、家まで送り届けることができたし。
マキも、よく寝るんだ。
あしたバイトやな?
それまでに身体よく休めなきゃ。
……そやろ?」
マキはさみしそうな表情をして、
「もう、いっしょにいてくれへんの?
……さみしい……」
ユウタは悩んだ。
でも、やっぱりダメだ。
「……またあさって、会えるやろ?
よく寝てから、また会おう」
マキは、かすれた声で甘えん坊のように尋ねてくる。
「……絶対、また会ってくれる……?」
「もちろん。
絶対や、絶対会うよ。
約束する」
マキはしばらく黙っていた。
やがて、そっと手を離した。
「……わかった……。
じゃ、絶対ね……」
「ああ、絶対だ。
……行くよ」
「……うん……。
おやすみ……いろいろありがとね……楽しかった……」
「うん。
オレもすごく楽しかった……。
おやすみ」
マキは静かにドアを閉めた。
その瞬間の表情は、とても切なかった。
ユウタは心が痛んだ。
ユウタは、しばらくマキの部屋のドアの前から動けなかった。
でも、やがて歩き出した。
エレベーターで降りマンションを出た。
ユウタは、心の中で自問していた。
さみしい、という、マキのことば。
それはオレだってさみしいよ。
マキと離れなきゃならないのは。
でも、そのさみしさを、ナチュラルハイなこんな状態の中で、なりゆきのようなかたちで埋めるのは、よくない。
そんなことをすれば、自分もマキもきっと、後で後悔するだろう。
さっきのハンバーガー店での雑談で聞いた、マキの少女時代。
父親との別れ。
数か月に一度、外でしか会えなくなった父親。
仕事に忙しく、平日の自分が起きている時間には、ほとんど家にいなかった母親。
父親も母親も、自分を愛してくれたとは思う。
でも、自分が望むほど十分にはその愛情をもらえなかった、と語ったマキ。
兄は自分のことをいつも気にかけてくれてたと思うし、経済的にも助けてもらって大いに感謝している。
だが、兄はドライな性格だし、あまり甘えることができなかった……。
マキのさみしさが、痛いほどわかるような気がした。
マキのそのさみしさを、すぐにでもなんとかしてあげたい。
でも、そのときは、いまこんなかたちでじゃない。
これでよかったんだろうか……。
いや、これでよかったんだ……。
マキ、わかってくれるよな……。
ユウタは、駅への道を足早に歩いていった。
***
マキの部屋。
マキは、ドアを閉めてロックをかけると、そのドアの内側に寄りかかった。
そのまま、ずるずるとしゃがみこむと、両腕で膝を抱えながら頬を真っ赤にして、つぶやくように言った。
「……アホ……」
そうやって、マキは自分の腕に顔をうずめると、そのままの姿勢でいた。
汗臭い自分の身体が、どうしようもなく恥ずかしかった。
でも、恥ずかしいのは、それだけじゃない。
いろいろな思いが、あり過ぎて……。
マキはうずくまったまま、眠たい頭でとりとめもなく思いを巡らせ続けた。