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1-4 アクシデント(1)

 春の日、夕方。

 今夜は、ユウタたちの主催するパーティー「Four Layers」が開催される。


 日中は天気がもっていたが、夕方から曇り始めてきた。

 夜遅くには雨が降り出すらしい。


「めずらしく天気悪いな、オレらのパーティーの日にしては」


 ユウタが言った。

 

 マキがそれに応じる。


「そやな……」


 アリヤが、ブース後ろの壁の柱に寄っかかって、腕組みをしたまま言う。


「ま、あたしら室内やから、関係ないけどね」


 アズミが、アリヤとは反対側の角のベンチに座って言った。


「……だけど、お客の入りには影響するかもね」


「そうやな……」


 ユウタは自分の頬を指でボリボリと搔きながら言った。


 4人とも、いまいちテンションが上がらない。

 

 しかし、やるからにはいいパーティーにしたい。

 その思いはみんな同じだった。


 このクラブOrbitの店長、ハギさんがブースにやって来て言った。


「雨、降ってきた。

 客足がいつもよりちょっと落ちるかもしれん。

 でも、いつもどおり、いいパーティーにしよな」


「はい!」


 4人は声を合わせて返事した。


 ブース奥のみんなが荷物を置いているスペースに、大きめのバッグが今回も立てかけられているのに、マキがふと気づいた。

 ユウタがいつも持ってきているものだ。

 マキはユウタに尋ねた。


「ユウタ、いつもこれ持ってきてるけど、これってなに入ってんの?」


「あ?

 ああ。それはDJコントローラー」


「DDJ-FLX4?」(注1)


「そうそう」


「なんで持ってきてるん?

 CDJ使ってるし、いらんっしょ」


「万が一のときのために、いちおうな……」


「万が一って……CDJ壊れるとか?」


「そう」


「それは、可能性薄いんとちゃう?

 CDJは頑丈っしょ」


「そう思いたいけどね。

 でも、可能性0%じゃないからさ。

 実際、現場で壊れたって話もときどき聞くし」


「ふーん……。

 ま、確かに0%じゃないかもやけど」


「ま、オレの杞憂であることを祈るよ」


「そやね」


 マキは笑って言った。



注1:DDJ-FLX4

  現AlphaTheta(アルファシータ)社が「Pioneer DJ」ブランドのもとに開発・販売している、2チャンネルDJコントローラー。現在最もポピュラーなDJコントローラーのひとつ。

  2種類のDJソフト(Rekordbox DJ、Serato DJ Pro)のいずれかで操作することが可能。

  また、Pioneer DJ製CDJで使用するUSBメモリーに入れるための音源データ作成にも使えるため、現場ではCDJを使用するDJもこのDJコントローラーを使用している人が多い。



 夜の10時。

 パーティーがスタートした。

 今夜は、アズミがトップバッター。

 アンビエントなエレクトロニカから始めて、徐々にミニマルハウス、ディープテックに変えていく。

 なかなか気持ちのよい選曲だ。


「アズミ、やるな。

 アズミがこういう選曲すんの、初めて聴いたな」


 ユウタが独り言のようにつぶやいた。


「ほんまやね!

 いままでアズミが最初って、なかったからね」


 マキがいつの間にか、隣に来ていた。


「聞いてたんか」


「ふふっ、まあね」


 1時間半ほどのプレイで、アズミはアリヤと交代。

 アリヤの後、マキ、ユウタの順番でDJを担当し、最後の30分で4人のB2Bを行う予定だ。

 アズミが、アリヤの流れを見越してちょっとアッパーなテックハウスで終えた後、アリヤがさらにアッパーなテックハウスでつないだ。


 プレイを始めて30分、アリヤはプレイしながら、ときどき首をかしげている。

 ユウタが寄って来て、アリヤに尋ねた。


「どうしたん?

 なんかおかしいんか」


 アリヤが言った。


「右側のCDJの調子、ちょっとおかしいんよ。

 ときどきCUEボタン効かなくなるし、PLAYボタンも、なんか押すタイミングと音が出るタイミングがときどきずれる」


「そうか……。

 ちょっとまずいな。

 替えのCDJあるかどうか、ハギさんに聞いてみるわ」


「そうしてくれるとありがたいわ。

 グラッチェ!」


 ユウタは、ハギさんに事情を説明した。


「そうか……。

 んー、それはまずいな……。

 CDJのスペアはない。

 前のモデルは故障してるのを放置したままやしな……」


「マジすか……」


「最悪、故障しちまったら、近くの店でCDJ空いてるのがあれば、それを借りるしかないな。

 しかし、間に合うか……。

 レンタルするにも、いまの時間に開いてる店もないしな……」


「……こりゃ、あれの出番かな、とうとう」


「ユウタ、なんか用意してるんか」


「オレのDJコントローラーとPC、持ってきてます。

 だから、もしマキの時間までもってくれたら、オレの時間からこれでプレイすれば……」


「さすが、緊急時対応力のユウタやな」


「……ハギさん、それ、言われてもあんまうれしくないんですけど」 


「いや、ユウタのその準備は大事なことやで。

 パーティーでトラブってお客さんに迷惑かけないよう万全を期すのは、とても大事なことや。

 ユウタは、えらいと思うで」


「はい……」


 ユウタは少々照れ臭そうに答えた。


 アリヤはミニマルテクノを次々つないで、お客さんをいい感じに盛り上げつつ、次の出番であるマキの流れにもっていった。

 マキがアリヤのそばに来ると、アリヤが言った。


「この右側のCDJ、ちょっとおかしいみたい。

 CUEとPLAYがときどき効かなくなるんよ。

 いまんとこ音は出てるから、だましだましやってきたけど」


「そうなんや。だいじょうぶかな。

 プレイの間、もてばええけど」


「ユウタがいまハギさんと話してるから、なんとかしてくれると思う」


「わかった。

 ありがと、アリヤ」


「どういたしまして」


 マキは、その右側のCDJの前に立った。

 USBメモリを挿し、ロードして、ディスプレイ上にプレイリストが出てくるのを確認する。

 問題なく表示された。

 いつもより緊張する。


 アリヤからつなげる曲を選んで、ロードする。

 CUEボタンを押す。

 反応してくれた。

 マキはホッとした。


 念のため、PLAYボタンも押してみる。

 正常に再生された。

 このまま、正しく動いてくれるといいんだけど……。

 マキは不安を感じつつ思った。


 左側のCDJは問題なく動いている。

 だから、左側を触っているときは安心する。

 次はまた右側だ。


 曲をロードする。ここまではOKだ。

 CUEボタンを押す。

 効かない。

 もう一度押す。

 ダメだ。

 連打してみるが、まったく反応しない。

 PLAYボタンも押してみる。

 反応はない。


 ヤバい、とうとうダメや……。

 どうしよう……。


 マキはパニックになった。


「……アズミ!

 ユウタ呼んできて……!」


***


 アリヤがマキと交代し終わってブース後ろに来ると、ユウタがハギさんと話をしていた。

 ハギさんとの話が終わると、ユウタは隅の荷物をまとめて置いてあるエリアのもとにやって来た。

 そして、片膝をついて自分のバッグからコントローラーDDJ-FLX4とノートPCを取り出し始めた。


 アリヤはユウタに尋ねた。


「故障対策?」


「ああ。

 替えのCDJはないそうなんで、もし故障したら代わりにこれを使うことにした」


「はー。

 とうとう来ちゃったね、ユウタの『万が一』が役に立つときが」


「ああ。うれしいことじゃないけどな。

 もしマキの時間におかしくなっても、マキも自分のPC持ってきてるはずだから、これに替えれば問題なくプレイできると思う」


 そうアリヤと話してるうちに、アズミが二人のところにやって来た。


「ユウタ!

 CDJ、右側がやっぱりヤバいみたい。

 マキが、CUEもPLAYボタンも効かないって言ってる」


 ユウタはそれを聞くと、急いでそばに置いてあるマキのバッグを開いた。

 中からマキのノートPCを取り出し、電源スイッチを押し、PCが起動するのを確認する。

 そしてOSが立ち上がると、そのマキのPCとコントローラー、ケーブルを両脇に抱えて立ちがった。


「はあ……これの出番が来ちまったぜ……」


***


 マキは、すっかりうろたえた様子で一生懸命に右側のCDJのCUEボタンとPLAYボタンを何度も押して試していた。

 ユウタは、そんなマキのそばに来ると言った。


「……マキ、ごめん、遅くなった。

 ダメか?」


「ダメや、全然反応せんわ……」


マキはかなりパニクっている。

ユウタはマキを落ち着かせようと、冷静に尋ねた。


「いまかかってる曲、あと何分ある?」


「……あ、あと3,4分はあると思うけど……」


 「じゃ、ギリ間に合うと思う」


 ユウタはそう言いながら、もうすでにPCとコントローラー、DJミキサーをケーブルで手際よく接続しにかかっていた。


「ごめんな、勝手にマキのPC、バッグから出して電源入れといた。

 パスかかってなかったから、ログインしてRekordbox DJも起動しといた。

 マキ、PCにはパスワードかけといたほうがいいぞ」


「……こんなときに、そんなこと言われても……」


 マキは、ほとんど泣きそうになりながら言った。


「マキ、落ち着け。

 ……よし、もうこれでFLX4から音出せる。

 いまこのポンコツCDJどけるから、ここにPC乗っけるんだ」


 そう言って、ユウタはミキサーの位置をずらして空いたスペースにうまくコントローラーを設置した。

 さらに、壊れたCDJのケーブルを全部引っこ抜いて、すばやくスタンドからどけた。

 マキは、そこに急いで自分のPCを乗せる。


「よし!

 これでOK。

 間に合うかな」


「……まだあと2分くらいあるから、たぶんだいじょうぶ……。

 ありがとう、ユウタ!」


 マキは目に涙を浮かべて、PCのディスプレイを見ながらコントローラーを操作し、次の曲をロードした。

 そしてヘッドフォンをミキサーから引き抜き、DJコントローラーのジャックに挿すと、PLAYボタンを押して音を確かめた。


「……うん、ちゃんと音出てる。

 ギリつなげるわ!」


「よし!

 DJ Maxy、go!」


 ユウタは小声で、マキを励ますように言った。


 マキはCDJからいまプレイしている曲のラスト部分にループをかけると、もう一度ヘッドフォンをミキサーに挿し直した。

 そして、DJコントローラーから次の曲を再生すると、ゲイン(音の出力)を調整してCDJと合わせながら、DJミキサーのフェーダーをゆっくり上げていった。

 左側のCDJからの曲がループする中、少しずつDJコントローラーから出力された次の曲が混じっていく。

 やがて、その曲は全体を覆っていく。

 きれいにミックスできた。


 うまくいった!


 マキとユウタの一連の動きから事態を察していたらしい、オーディエンスの何人かが、


「おーっ!!」


と叫んで声援を送った。

 マキは手を上げて、涙を浮かべながら満面の笑みで応えた。


 ユウタはマキに、耳元でそっと言った


「音質はCDJより若干落ちるけど、まあそこはかんべん」


 マキは、うん、とうなずいて、涙でいっぱいのまま笑顔を作り、その涙をぬぐった手をこぶしにしてユウタに向け、グーを突き出した。

 ユウタもこぶしを突き出し、二人でグータッチした。


 マキはつぶやくように言った。


「ユウタ、ほんとにサンキュー……」


 ユウタはにこりと笑顔でマキに応えると、静かにブースの後ろに下がった。

 そして、ブース後ろの壁にもたれかかると、ふーっ、と大きく息を吐いた。


 アズミがユウタに声をかけてきた。


「なんとかうまくいったね」

 

「ああ。もう危機一髪だったわ」


 アリヤも寄ってきて、ユウタの肩に手をかけて労をねぎらった。


「ユウタ、おつかれ。グッジョブよ!」


 マキはDDJ-FLX4を手慣れた手つきで操作して、テックハウスで徐々にアゲていく流れを作っていった。

 どうやらマキは調子を徐々に取り戻してきたようだ。

 オーディエンスも、いつものように盛り上がっていた。


 マキは、40分を経過した頃になると、ブースの後ろにいるユウタのところに来て尋ねた。


「……交代のことやけど、ユウタ、これどうやって交代するん?

 PCはあたしの音源しか入ってへんし、コントローラーにはPC1台しかつなげんやろ?」


「だいじょうぶだ。これを使う」


 ユウタはそう言うと、USBメモリをマキの目の前に掲げた。


「え?」


「マキのPCにこれを挿せば使えるんや」


「え?

 そうなん?」


 ユウタはマキの背中を押して、いっしょにブースの前に来た。


「PCの空いてるUSBポートにこれを差すと、Rekordboxがファイルを認識できる」


 そう言って、マキのPCの空いているUSBポートにメモリを差した。


「こうすれば、このUSBファイルに入ってる音源の音をRekordboxが読み込める。

 FLX4から音を出せるんや。

 だから、このままFLX4を使って交代できる。

 読み込みは若干遅いと思うけど、そのつもりで操作すればプレイに支障はないはずだ」


 マキはおどろいたように目を見開いた。


「マジ!?

 あー、そうか!

 USBに書き込みするときと逆をやるってことか。

 そんなやり方、全然気づかんかった!

 ユウタ、ほんと天才なんとちゃう?」


 ユウタは思わず吹き出した。


「こんなん、天才ちゃうわ」


 ユウタはRekordbox DJがUSBメモリの中身を読み込んだのを確認すると言った。


「これでいつでも交代可能や」


「じゃあ、もうすぐ3時半だから、4時からユウタでいい?」


「オッケー」


 マキは、最後の2曲でユウタのテイストに寄せたディープテックをかけてくれた。

 交代の準備にユウタはマキの隣に立つと言った。


「ありがとな。テイスト寄せてくれて」


 マキは首を横に振って、安堵したように言った。


「ううん、もうきょうはユウタに助けられっぱなしだから……」


「当たり前のことをしたまでや」


「そんなことない!

 ユウタ、ほんと感謝してる。

 最後、がんばって!」


「おう!」


 ユウタは、マキのPCの画面上のRekordbox DJを見ながら、コントローラーを操作して次の曲をロードし、マキと反対側のデッキを動かしてCUEをセット(曲の頭出し)した。

 マキの最後のディープテックに流れが合うよう、ユウタはディープハウスを1曲選び出した。

 ラスマス・フェイバーの「No More Falling (Original Album Mix)」(注2)。


 ユウタは思った。

 このタイトル、まるでいまのオレらの気持ちそのものだな。

 もう落ちないぞ……。


 マキの曲のラスト2分。

 ユウタはロングミックスでつないでいく。

 ゆっくりとフェーダーを上げていく。


 イントロがだんだん大きくなっていくと、マキが、あ、と声を上げた。


「……ユウタ、そのチョイス、絶妙過ぎるよ……」


 マキはまた涙があふれ出て、頬を伝うのを止めることができなかった。


 ユウタはそんなマキを見て、笑顔を返す。

 そしてフェーダーを上げ切った。

 オーディエンスが歓声を上げる。

 いっそう盛り上がる。


 さあ、こっからはオレ色で締めるぞ。


 マキが、隣で涙を手で拭いながら叫んだ。


「DJ UTA、ゴー!」


「サンキュー」


 ユウタは照れながら笑った。



注2:No More Fallingノー・モア・フォーリング

  スウェーデン人作曲家・ピアニスト・DJ、ラスマス・フェイバー(Rasmus Faber)による、2009年の曲。ヴォーカルはDyanna Fearon。



 マキが出番を終えて、ブース後ろにやって来た。

 アズミがアリヤと話していた。


「片側のCDJは動くんやから、B2Bできるんじゃね?」


 そう言うと、アリヤも、


「そうやそうや!

 いつもどおりやろうよ!」


と賛成した。


 マキは、


「……うーん、そうやけど……。

 コントローラーのほうはあたしとユウタの音源しか入ってないよ」


 アリヤがにっと笑って、


「やからさ、コントローラーのほうはマキとユウタ、CDJはあたしとアズミ、って分 

担でするのよ!

 それならスムーズにいく。

 順番はいつもと変わっちゃうけど、問題ないっしょ?」


「なるほど……」


「ぼくも賛成」


 アズミも同意した。

 マキはうなずいて言った。


「わかった。ユウタに話してみる」


 マキは、ブースでプレイ中のユウタのそばに駆け寄って、アズミとアリヤのプランを話した。

 ユウタはうなずいた。


「確かに。それならできるな」


 マキはユウタの空いているほうの腕をつかんで甘えるように、


「ならやろうよ!

 絶対やろう!」


と言った。


 ユウタはコントローラーのフィルターをひねりながら、


「CDJとFLX4だと、どうしても音質の差は出ちまうけどな……。

 まあ、そんなこと言ってる場合じゃないか」


「……場合じゃない!」


 マキはうれしそうに叫んだ。

 ユウタは、


「よし、ならアリヤ、マキ、アズミ、オレ、アリヤ、マキ……。


こんな順番でやるか?」


「ええやん!」


「よし、二人にも伝えてくれる?」


「オッケー。何から何までありがとね、ユウタ」


「いやあ。

 ま、これも怪我の功名、ってやつかな。

 たまにはこんなのもアリかも」


 ユウタがそう言うと、マキがおかしそうに笑った。


 ラスト30分が、B2Bタイムになった。

 ユウタの言ったとおり、CDJ側アリヤから始まり、次にコントローラー側でマキ、次がCDJでアズミ、その次がコントローラー側でユウタ……という順番だ。

 いつもとちがう順番になったが、これが意外にいい効果を生んだ。

 アリヤとアズミ、マキとユウタがそれぞれ、音的にテイストが近いからだ。

 ハード、ディープ、ハード、ディープ……という緩急のついたB2Bは、大いに盛り上がった。


 最後はユウタの番になった。

 この曲で締める。

 もってきたのは「Bourgie Bourgie (Joe Claussell's Classic Remix)」(注3)。

 ハウスの世界では、言わずと知れた大名曲だ。


 ドラムとパーカッションのイントロに続いて、ピアノのコード。ギター。

 そして、ベースが階段を駆け上るように上昇するリフ。

 このリフが繰り返される。

 まるで、寄せては返す波のように。


 イントロのリフが聞こえてくるとマキは、


「わあ……!」


とうれしそうに声を上げて、両手を組んで飛び跳ねる。


「おー、これ来るかあ……」


 アズミが思わず漏らす。


 アリヤは、


「Oh, ラリー・レヴァン!」


と言って、両腕を振り上げて喜ぶ。


 ハギさんも、


「……おお……」


と言ったまま、あとの言葉が続かない。


 リフの波が寄せてくるごとに、みんなの気分はますます高揚してくる。


 ユウタも、ふだんはめったにこの曲をかけることはない。

 でも今夜は、ラストはこれしかない、と思った。

 今夜がんばった4人と、ハギさん、来てくれたみんなへの、これは祝福だ。



注3:Bourgie Bourgie (ブージーブージー):

 米国の夫婦シンガー・ソングライターチーム、Ashford & Simpson (アシュフォード&シンプソン)による曲。

 1980年代後半、ニューヨークのクラブ「パラダイス・ガラージ」で伝説のDJ Larry Leven (ラリー・レヴァン)がよくプレイしたことでも知られる。

 ラリーの公式に発売された唯一のミックスCD「Live at the Paradise Garage」でも、この曲がオープニングを飾っている。

 ここでユウタがプレイしているのは、米国のベテランDJ、ジョー・クラウゼル (Joe Claussell)による2008年発表のリミックス。



 寄せては返す、至福の時間。

 永遠に続いてほしい。

 でも、この地上に永遠は存在しない。

 この幸福な時間は、11分で終わりを告げる。


 最後の音が鳴った。

 一瞬、静かな間が空いてから、最後まで残ってくれたオーディエンスが、


「わーっ!!!」


と声援を上げて拍手した。

 ユウタは、やりきった、という表情で、オーディエンスたちに手を振って応えた。

 そして、マイクを取って、オーディエンスに声をかけた。


「途中、機材トラブルとかありましたけど、何とか無事に終えることができました。

 みなさん、ありがとう!」


 ブース後ろに戻って来ると、マキが、


「ユウタ!ユウタ!

 サイコー!

 最高すぎる!」


とはしゃいで飛びついてきた。


 ユウタはびっくりして、


「おいおいおいおい」


と言ったが、マキがユウタにしがみつきながら泣いているのに気づいて、


「……おう、マキもよくがんばったな」


と言って、なぐさめるように抱きしめ返した。


「……ぜんぶ、ぜんぶ、ユウタのおかげ……。

 ユウタのおかげで、最高の夜になった!」


 マキはしゃくりあげながらそう言った。

 ユウタは、泣きじゃくるマキの頭を抱きかかえながら、


「ありがとな」


とつぶやいた。


 アズミとアリヤも、


「ホント、今夜はユウタのおかげだね。ありがとう」


「ユウタ、ブラヴォー!グラッチェ!」


と手をたたきながら礼を言った。


 ユウタは、


「オレだけじゃない。

 みんながいっしょにがんばってくれたから。

 みんな、おつかれさま。

 そして、ありがとうな!」


と、3人みんなに礼を言った。


 ハギさんが、ユウタに近寄ってきて言った。


「今回はこちらの不手際で、みんなにほんと迷惑をかけちまった。

 誠にすまんな。

 けど、ユウタとみんなのおかげで、今夜はいつもにも増してっていうくらい、いいパーティーになった。

 ユウタ、ほんとありがとな。」


「……いえ、まあ、なんとかなってよかったです」


 ハギさんは、ブースの床にどけてある壊れたCDJのほうを見ながら、


「CDJは、週明け一番に修理に出す。

 やから、次回には直ってもどって来てるはずや。

 それと、スペアを導入することも考えんとあかんな。

 なにしろ、CDJは価格がな……」


「ほんま、価格がですよね……」


 ユウタが言った。

 ハギさんはため息をついて言った。


「ま、それはどうするか、これから考えるわ。


 それから、ユウタ、マキ、アズミ、アリヤ、ひとりひとり見つめると、


「……とにかく、みんな、今夜は特別おつかれさま!」


と、4人をたたえた。

 4人も声を合わせて、


「ありがとうございました!」


と礼を言った。


 オーディエンスがみんな帰ったあと。

 

 マキがユウタにしがみついたままなかなか離れてくれないので、ユウタはフロア脇のベンチにマキを連れて行き、そこにゆっくりと下ろして座らせてやった。


 マキは、いままでの緊張がほぐれて疲れがどっと出たのか、ベンチに座るとぐったりと手足を伸ばし切った。


「……あー、もう全力、使い果たしたわ……。

 またユウタにいっぱい助けられちゃったね……」


 ユウタは、


「まあ、いいじゃんか。

 お互いさまやろ」


「お互い、やないよ。いつもあたしが助けられてばっかしや……」


「そんなことないぞ。

 オレだって、マキにたくさん、助けられてる」


「……え、いつ?」


「勉強でも助けてもろてるやないか」


「ノート貸したり、とか?

 そんなん、きょうのにくらべたら、全然大したことやないわ……」


「それだけやない。

 オレはマキのプレイを聴いてると、いつも救われた気持ちになるぞ」


 ユウタは、ちょっと恥ずかしそうな様子で言った。


「いままで、あんまりこういうこと言えなくて、言ってなかったけどな……」


「マジで……。

 あたしのプレイなんか……」


 マキが、少し頬を赤らめて言う。


「いや、マキのDJはほんといい。最高やぞ。

 オレはマキのDJが大好きや。

 マキの大ファンや」


「……もう、照れるわ……」


 マキはおずおずと言った。


***


「マキ、立てるか?

 もう帰る時間だ」


「……もうかー。

 立ってみる」


 そう言って、マキはよろよろと立った。

 4人はハギさんとスタッフの人たちに礼を言って、Orbitを出た。


 さすがにみんな疲れたらしく、メトロに乗っている間、4人ともほとんど会話はなかった。


 地下鉄の中で、アリヤがユウタにそっと耳打ちした。


「……ユウタ、マキといっしょにいてあげたほうがええんちゃう?

 マキ、きょうはそうとうまいってると思うよ」


 ユウタはどう答えていいかわからず、


「……ああ、うん、どうしたもんかな……」


としか言えなかった。


 マキは車両のドアの端に寄っかかって立っていたが、電車の揺れとともにゆらゆらして、視線は空をさまよっていた。

 その姿を見ていたら、アリヤがそう言うのももっともだな、と思った。


 やがて、地下鉄はなんば駅に着いた。

 アリヤ、アズミはここで降りる。


「じゃあね、おつかれさん、気つけてね!」


「おつかれー。よう休んでねー」


 マキは、


「……おつかれー……」


と力なく、胸のあたりで手を振る。


 ユウタは、


「じゃあ、みんなも気いつけて。

 おつかれさん」


と手を振った。


 二人が下りて行って、発車のメロディが鳴ったとき、マキが突然、


「ユウタ、あたしらも降りよ!」


と言いながら、ユウタの手を引っぱった。


 ユウタはびっくりして、


「……え? お、おい、マキ、ちょ……」


 そのまま二人でホームに出ると、車両のドアが閉まった。


 二人は、ホーム上に向かい合って立った。


 マキが、ユウタの両腕にしがみついた。

 ユウタはびっくりして、ことばが出ない。

 頭に血がのぼってきた。


「……ど、どうした、マキ……?」


 マキがユウタをまっすぐ見つめて、


「……ユウタ……。

 ……急に、ごめん。

 ……これからさ、なんば周辺、いっしょに歩かへん?

 あたし、まだ眠れそうもないし、一人で帰る気せんわ。

 そやから……わがまま言ってほんま悪いんやけど……お願い……。

 ね……?ね……?」


 ユウタはしばらく言葉が出なかった。

 だが、すがるようなマキの表情を見て、その頼みを断ることはできなかった。


「……そうやな……わかった、そうしよか!」


 ユウタの返答を聞くと、マキは満面の笑みになって、


「やったあ!」


と叫んだ。

 ことは決まった。


 マキはうれしそうに、ユウタのコントローラーバッグを持ってないほうの手、左手を、両手でしっかりと握った。

 日曜の朝の、クラブ明け。

 しかも、あんなアクシデントがあってからの。

 妙なシチュエーションの、これは……デート……なのか?


 ユウタはそう思いながら、マキの疲れているがうれしさがこぼれ落ちそうな笑顔を横目で見た。

 そして、左腕にマキの腕と手のあたたかい感触を感じながら、徹夜明けのぼうっとした頭も手伝って、混乱した気分で苦笑した。


 なんなんやろう、これは……。


 ユウタとマキは手をつないだまま、階段を下りて改札へと歩き始めた。

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