表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/18

2-1 通天閣からの景色(1)

「……それで、持ち時間はどれくらいですかね?」


 アリヤが友人ソフィアの父親、マルチェロに日本語で尋ねた。

 マキも同席していることに配慮してのことだ。


 ここは西梅田に近い、とあるバー。

 マルチェロとソフィアに呼ばれて、アリヤとマキが来ている。


 マルチェロとその娘ソフィアは、6月の梅田のDJバー「リチェルカーレ」で行われた、レディースオンリーのイベントでお世話になったプロモーターだ。


 その二人が、イベントに出演したアリヤとマキをいたく気に入ってくれ、マルチェロたちが主催者である、イタリア人有名DJリカルドの来日公演 ―11月に東京のクラブBOMBで行われるイベント― のオープニングアクトにアリヤとマキを選んでくれたのだ。


 身長2mもあるのではと思うような長身で、全身も引き締まった筋肉質ですらりとした体格のマルチェロ。

 もう秋になろうかという時期だが、気温は暑い日が続き、まだ夏が終わっていない感じということもあり、マルチェロは真っ黒な半袖のポロシャツに、下も黒のレザーパンツ姿。

 左の手首に見える腕時計はオメガか、それともブライトリングか。


 男性用腕時計のメーカーにあまりくわしくないマキにははっきりとはわからなかったが、この間ユウタが教えてくれたのでその二つのメーカーはおぼえていた。


 先日ユウタと二人でショッピングに行ったとき、とおりかかった高級時計店をちょっと見てみるか、という話になり、ユウタといっしょにいくつもの高額な腕時計を見て回った。

 ユウタは意外に腕時計の高級ブランドにくわしくて、マキに説明してくれた。

 親父が趣味なんだよ、といいながら。


 ユウタは、


「オレはまあ腕時計買うことは当分なさそうやけどな、そんなに金ないし。

 時計はスマホで事足りるしな、ははっ」


なんて言ってたっけ。


 そんないで立ちのマルチェロは、いわゆる「ちょいワルおやじ」風な雰囲気を漂わせているが、その怪しさがかえって話しやすく親しみの持てる印象を与えてくれる。

 そのファッションも、人懐っこい笑顔を絶やさない話し方も、長年のプロモーター業の経験から身につけたものだろうか。


 彼もアリヤと同様、マキに配慮して流暢な日本語で答えてくれた。

 マキにとっては助かる。


「今回はきみたち2人だけがオープニングアクトなんだ。

 だから、22:00にスタートとして、リカルドの出番を01:00あたりと考えたら、きみたち各1人、1時間半くらいがちょうどいいね。

 ……それでどうだろう?」


 マキは緊張した面持ちでつぶやくように言った。


「……持ち時間、1時間半……。

 東京・渋谷の大バコで大物DJリカルドのオープニングアクト。

 責任重大ですね……」


 マルチェロは大柄の身体でソファの背もたれに寄りかかって陽気に笑った。


「ハッハッハ!

 ぼくは心配してないよ。

 きみとアリヤなら、やり遂げられるでしょう。

 だって、ぼくはきみたちの能力を信頼しているからね」


 そう言って、白ワインをぐっと飲む。


 娘のソフィアも、期待と興奮に満ちた表情で流暢な大阪弁を話す。


「そうよ!

 マキ、だいじょうぶだから!

 リカルドが登場するまで、少しずつフロアを温めていけばいいだけのことやん!」


 ソフィアは白いレース状の袖なしTシャツの上に、鮮やかなブルーの薄手のスタジャンを着て、紺のスキニーデニムと白のスニーカー。

 さりげないが、おしゃれなセンスが伝わってくるファッションだ。


 マキと並んで座っているアリヤは、さすがに今回は緊張している様子だ。

 

 彼女のきょうの服装は、えんじ色のインナーの上にベージュの薄手のシャツ、ライトブルーのスキニーデニム、白地に赤いポイントが所々に入ったナイキのスニーカー。

 いつも二人でいっしょにいると派手に見えるアリヤのファッションも、マルチェロとソフィアを前にしているいまここでは地味に見える。


 いっぽうマキのファッションは、白地にアートっぽい抽象的な何色ものペイント柄がプリントされたTシャツの上に、グレー地の中に紫色が編み込まれたVネックのニットカーディガン、紺のルーズストレートデニム、ナイキのグレースニーカー。

 この人たちの中では地味に見えるが、マキがふだん着るものとしてはけっこう派手めなほうだ。


 マキは、


 やっぱりイタリア人には勝てないな……。


と思う。


 アリヤはいままでマキが見たことのないほど緊張しているように見えたが、それでも自分を励まそうとするかのように陽気な調子で言った。


「……そうやな!

 なあマキ!

 あたしも緊張してるけど、でも絶対、二人とも本番でいいパフォーマンスできる!

 そやから、いっしょにがんばろ!」


 そう言うと、右手のこぶしをぐっと立ててニコリと笑った。

 

 マキも、アリヤの調子に少し勇気づけられた気がして、笑顔でうなずく。


 さて、今回来日するリカルドはイタリア・ミラノ出身の人気DJ。

 ハウス、テクノ、ベースミュージック、ブレイクビーツからドラムンベースまで、縦横無尽にプレイする実力派DJ。

 

 マルチェロとソフィアは同郷人ということもあってリカルドと長年よい関係にあり、リカルドが日本に来るときはいつもマルチェロ親子がプロモーターとして関わっている。


 やがてマルチェロは、この夏にイビザで行われたリカルドのギグに行ったときの様子を楽しそうに語り出した。

 アリヤとマキは、へえ、とか、すごい!とか言いながらその話を熱心に聴いた。


 しかし、その話を聞いているうち、それがマキには自分から遠い世界の話のように思えてきた。

 

 ……もしあたしがこういう世界に飛び込んだとして、果たしてうまくやっていけるやろうか……。


 そして、マキは先月ユウタとやった、福祉施設でのDJ体験会のことを思い出し始めた。


 本当に楽しかったな、あの体験会は。

 ユウタもいっしょだったし!


 ふと、マキは気がついた。


 ここ日本の小バコと呼ばれる小さなクラブで、いやクラブでなくてもDJバーでもいい、少人数で音楽を純粋に楽しんでくれる人たちが集まっている場所でDJするのが、なによりも楽しくて好きだ。

 そう思っている自分がいる。


 そして、そこには、ユウタがいっしょにいてくれる。

 ユウタといっしょにやるDJほど、楽しいものはない!


 もし自分が、世界の大バコで100人、200人を超えるクラウド(聴衆)を盛り上げることができたら、そんな舞台に立てたら……。

 これが今回、かなうかもしれないこと。


 でも、それで名声を得たり、多くの人に、すごい!と言われたり……。

 あたしがなりたいのは、そういうものじゃない。

 

 そんなことを思いながらも、耳ではしっかりとマルチェロの話は聞こえていた。

 だから、


「アリヤも、マキも、絶対うまくいくよ、がんばって!」


 そう言うのもちゃんと聞いた。


 でも……。


 マルチェロたちとのミーティングが終わって、マキとアリヤは梅田駅までの道を歩いた。

 その途中、アリヤがマキの片腕にしがみついて興奮気味に言った。


「なあ、マキ、このギグをきっかけにリカルドから声かけられるかもしれんねんて、あたしたち!

 キーっ、どうするよ、アハハ!!

 もう、もしワールドツアー同行してくれ言われたら、あたし絶対行くわー!

 ……な、マキもそうやろ?

 な?な?」


 マキは、アリヤにウソをつくことはできない。


「……そうやな……。

 ……まだわからん……」


 アリヤは考え込むようなマキの表情を見て、訝し気に訊いてきた。


「……マキは、行きたい思わへんのんか?」


 マキはアリヤを見つめて、冷静な様子で答えた。


「……あたしも行きたいよ、そりゃ。

 でも……あたしはアリヤとちがう……」


 アリヤはマキの言葉の意味がつかみかねるような表情をした。

 しかし、しばらくすると気がついたようにつぶやいた。

 それはマキに言ったというより、ひとりごとみたいな感じだった。


「……ああ、そっか……マキはな……」


 そして納得したような様子でマキに言った。


「マキがいちばんハッピーと思う道を、選べばええ。

 どの道をマキが選んでも、あたしはマキを応援するよ」


 マキは、にこっと笑ってアリヤに応えた。


「うん。

 ありがと、アリヤ」


 やがて梅田駅に近づいたとき、マキが思い出したように言った。


「……ああ、あたし、寄りたいところがあるんやった。

 アリヤ、ここでバイバイや」


「お、そか?

 ほな、またな、マキ。

 ……なんにしても、リカルドの日はがんばろうや!

 チャオ!」


 アリヤはまたこぶしを突き出して笑った。

 マキも笑った。


 アリヤにはいつも元気をもらえる。

 リカルドの日はいっしょに、最高のパフォーマンスをしよう……。


 アリヤと別れてから、マキはスマホで時間を見た。


 まだ本屋、開いてるな……。


 マキは梅田でいちばん大きな書店のひとつに寄った。


 4F、福祉関連のコーナー。


 そこに社会福祉士の問題集が何冊も並んでいた。

 これだ、見たかったのは。


 マキはそのうちのひとつを手に取って、中身を開いた。

 そして、ページをパラパラとめくって内容をじっと見つめた。


 いろんな想いがマキの心の中にあふれてきた。


 マキは、ひとり微笑むとうなずいた。

 

***


 それから数日が経ったある日。

 19:00、クロさんの店。


 ユウタはカウンター席に座って、クロさんと話していた。


 まだ開店から間もない時間だ。

 ユウタの他に客はいない。


 ユウタがクロさんに言った。


「……クロさん、メールしたとおりですけど、オレ、ここでイベント立ち上げたいと思ってます。

 で、オレが考えてるコンセプトなんですけど……」


 クロさんはカウンターから顔を上げてユウタに尋ねる。


「おおー、話してくれや」


「えと、まずはですね、どんな人でも楽しめるダイバーシティーパーティー、っていう感じです。

 LGBTQ+の人、障がいのある人、あらゆる人が気軽に楽しめるパーティー。

 そういうのを目指してます」


 クロさんは身を乗り出してユウタを見つめた。

 そして言った。


「ユウタが、そろそろそんなことを言うてくるんやないか、と思うてたわ」


「……え?」


「こないだ、マキちゃんといっしょに福祉施設でDJやってきた、って言うてたやろ。

 ユウタ、かなり刺激を受けて帰ってきたな、って、そう見えたからな」


 ユウタは照れるように言った。


「そうですか……。

 バレバレでしたか……」

 

「はっはっは。

 ま、でも、ユウタらしいな。

 ええと思うぞ。

 で、それはマキちゃんもいっしょにやるんかな?」


「……マキには、まだ話してません。

 もしそうやったら、ええなとは思うてますけど……まだわかりません。

 それに、マキはいま11月の東京のことでいっぱいやろうと思うんで」


「BOMBのリカルドのオープニングアクトか?」


「はい」


 クロさんは、カウンターに両手をつくと、ふーっ、と大きく息をついた。


「確かに、リカルドのオープニングアクトは、若いDJにはそうそうないチャンスや。

 これをきっかけに、マキちゃんがより活動の幅を広げられるように、いや、なんなら海外でDJできるようになることもあり得るわな」


 ユウタは無言でうなずいた。

 クロさんは続けた。


「もしマキちゃんがそういう道を選びたいと思うのであれば、そうすればええ。

 それだけの力を持ってる子やと思う、マキちゃんは」


「オレもそう思います」


 バーの横の壁のほうを見たまま、ユウタは言った。

 そして続けた。


「……もし、マキが本当にそれを望んでるんであれば、そのとおりにするのがいいと思うし、そのマキの選択を応援してあげたい、とオレも思ってます」


 クロさんはユウタを見ると、さりげない調子で言った。


「ユウタ、おまえだって実力がある。

 マキちゃんと同じ道を目指していくこともぜんぜんできると思うぞ」


 ユウタは照れ笑いしながら応えた。


「そう言っていただけるのはうれしいですよ、クロさん」


 クロさんはユウタの表情を見ながら尋ねた。


「しかし、おまえは要するに、そっちの道ではない道を行きたい、ということやな?」


 ユウタは少しの間、無言でいた。

 やがて、まじめな顔になってクロさんに話した。


「オレは……福祉の仕事をしたいと思ってて……」


 そう言ってから付け加えた。


「もちろん、DJは続けます。

 ただ、プロDJというかたちではなくて、でもライフワークとして続けたいです。

 ずっと、絶対に」


 クロさんは、やさしい眼差しでユウタを見つめた。

 そして笑顔で応えた。


「そうか。

 ……まあ、ここんとこおまえが言ってた話から、なにか考えてることがあるな、とは思うてたよ。

 で、それは福祉関係の仕事を本業にする、ということか」


「……まだ、わかりません。

 自分のゼミの先生にはもう相談しました。

 先生からは、


『岡野くんは心理学関係の仕事は向いていると思います。

 だから、福祉関連の仕事なら、心理関係の資格を取るのがいいでしょう。

 心理カウンセリングを目指すなら公認心理士ですね。

 ただ、公認心理師の資格を取るためには大学院まで行かなくてはならないから、時間も費用もかかります。

 もうひとつ、福祉職の中で精神障がいのある人をサポートしていく仕事に興味があるなら、精神保険福祉士。

 このどちらか、岡野くんがやってみたいほうを選んだらいいんじゃないかな?』


 そう言われました」


「ユウタがやりたいのは、どっちなんや?」


「いえ、まだ決められなくて……」


「そうか。

 ま、どっちを選ぶにしても、それぞれ得られるものはたくさんあるやろ。

 ……ユウタとしては福祉の世界で、どんなことがしたい?」


 ユウタはしばし考えた。

 まだ、ユウタにははっきりとした考えがあるわけではない。


「どうですかね……。

 身体の障がいを持っている人は、たいていだれが外から見てもどんな障がいか、わかるやないですか?

 でも、精神障害というのは、症状で外から見えるものはありますけど、精神の中でなにが起こってるかは基本的に見えないですよね。

 見えない障がいを持ってる人たちは、たぶんその見えなさゆえに社会のさまざまな場でいろんな苦労をしてると思うんです。

 そやから、そういう人たちのそばにいて、力になってあげたい……。

 はっきり考えてるのは、それくらいですかね。

 ……まだ青臭い考えかもしれませんけど……」


 クロさんは、ゆっくりうなずいて言った。


「いや、青臭いなんて、オレは思っとらんぞ。

 しかし、ユウタらしいな。

 おまえはやさしいやつやし、合ってると思う」


 そう言って、クロさんはカクテルを作ると、グラスをユウタの前に置いた。


 クロさんは、カウンターに両手をついてユウタに語りかけた。


「オレは福祉の世界のことはようわからんが、友人でそっちの方面の仕事してるやつが何人もおる。

 中には、福祉の仕事しながらDJやってるやつもおる。

 今度、ユウタにそういうやつのひとりを会わせるわ。

 おもろいやつやぞ、パワーがあってな」


 ユウタは目を見開いて声を上げた。


「ホントですか!ぜひ会わせてください!」


「ああ。

 岡本ってやつでな。

 オレらはみんな、岡ちゃん、って呼んでる。

 DJ OKKAって名前で、いまもここでふた月に1回、プレイしてる。

 ひとりDJイベントやが、けっこう人気があってな。

 お客も毎回そこそこ来てる。

 次の彼のイベント日は……えーと……今月の14日だ。

 20:00から23:00。

 ……ユウタ、来られるか?」


 ユウタはスマホを取り出して自分のスケジュールを見た。


「えーと、だいじょうぶです!

 来られます!」


「なら、ぜひ来いや。

 ……マキちゃんも来られるかな」


「どうですかね……聞いてみないと……」


「マキちゃんは、きょうはどうしてるんや」


「友だちが軽音部にいて、そのバンドの臨時助っ人に行ってるんです。

 DJがメンバーにいるバンドなんですけど、そのDJが風邪にかかってリハに出られないんで、今夜のリハだけ代わりをやってくれんか、DJいないと合わせられんのや、って言われたらしくて。

 そんで自分のコントローラーとPCかついでスタジオ行ってます。

 まあ、DJといっても、リズムトラックやサンプル音出すとか、ポン出しやるだけなんですけどね」


 ユウタの言葉に、クロさんは苦笑した。


「DJも、いまやそういう役割も増えたな。

 いろいろ時代は変化してるわけやな……。

 おう、そういえばユウタ、CDJ-3000X、見たか?」


 ユウタが、ああ、とうなずいた。


「CDJ-3000の後継機ですね。

 見ましたよ、Webの広告とか紹介記事で。

 現物はまだ見てませんけど。

 とうとうUSB-Cだけになったそうですね。

 WiFiだけでLANもなくなって。

 ……そうそう、とうとうPioneer DJじゃなくなったんですよね。

 AlphaThetaブランドに変わって最初のCDJ、ということになりますね」


 クロさんはため息をついた。


「デジタルになってから、DJ機材の進歩は早過ぎてな。

 現場の状況をどこまで見てくれてるのか、それとも現場の人間が機械のほうにあわてて合わせて行かなきゃあかん、ということなのか……。

 まあ、なんにしても、時代はどんどん変わっていく、ってことやな」


 二人の会話を小耳にはさんだ、なじみのお客さんらしい小太りの中年男性がクロさんに尋ねてきた。


「クロさん、CDJ-3000X、この店にも仕入れるんですかね?」


「アホ、そんなに早く仕入れるわけないやろ!

 CDJ-3000のローンも払い終わったばっかというのに!」


 そのお客さんが、ガハハ、と大笑いした。

 ユウタがお客さんに軽くお辞儀すると、そのお客さんも片手を上げてあいさつして席にもどって行った。


 ユウタがクロさんに言った。


「……それに、価格が高すぎますよね」


「上がる一方やからな」


 クロさんはもうひとつ、思い出して言った。


「……そうそう、Traktorも、S2 mk3の後継機になるTraktor MX2というのが出た。

 こちらはなかなかよさそうな感じなんで、そのうち仕入れてオレも試してみるわ」


 ユウタは笑ってクロさんに言った。


「クロさんはTraktor支持派ですもんね」


「Traktorはいい意味で変わらないところがある。

 それがオレの好みや」


 ユウタはクロさんに言った。


「オレも興味ありますよ、Traktorには」


 クロさんはユウタに笑ってうなずくと、遠い目をして向こうに目をやった。


「……でも、大勢としては、DJの世界もどんどん変わっていくのやろうな」


 ユウタはクロさんの言う意味がわかる気がした。


 そのとき、ブッ、とスマホのLINEがバイブで鳴った。


 ユウタはスマホを見る。

 そして、微笑を浮かべながら文字をタイプした。


「マキが、終わったんでいまからこっちに来るそうです」


「ちょうどええ。

 もしマキちゃんも岡ちゃんの日に来られるなら、いっしょに彼と話をするとええと思う」


 クロさんは少し沈黙すると、ユウタにこう言った。


「ホントはマキちゃんも、福祉の道に行きたいんやないか?

 こないだユウタと来たときに、施設の話をしてたときのあの目の輝きようは、そうとしか見えなかったぞ」


 ユウタも、少し考えるように間を置いてから答えた。


「……かもしれません。

 そもそも、オレを福祉の世界に導いたのがマキですし」


「そやろ。

 ……たぶんマキちゃんは、おまえといっしょに歩んでいきたいんやないかな?」


 クロさんはユウタに、ほかのお客さんに聞こえないよう小さな声でつぶやいた。

 

 ユウタは、言うべき言葉が見つからなくて、こう返すしかなかった。


「……どうでしょうかね……」


 ドアが開いて、マキが入ってきた。


「こんばんはー!

 ユウタ、お待たせ!」


 クロさんが笑顔で歓迎する。


「いらっしゃい、マキちゃん!

 よう来た!」


 ユウタは隣の空いている席を指さして、マキに言った。


「おう、ここ、座りい」


 マキは、


「ありがと」


と言ってその席に座った。


 ユウタとマキは、クロさんからDJ OKKAこと岡ちゃんについて話を聞いた。

 幸いマキもその日は空いていたので、ユウタといっしょにイベントに来ることに決まった。


 クロさんの店を出て、ユウタはマキと歩いた。

 

「岡ちゃんって人、おもろそうやね」


「ああ」


 ユウタはほかのことを考えていた。


「ユウタ、静かやん。

 どした?」


 ユウタはマキが11月のリカルドのパーティーが終わるまで、マキを煩わせるようなことを言いたくないと思った。


 しかし、マキはそんなユウタの思いを見透かしたのだろうか。

 マキはユウタの右手を手に取ると、静かに握りしめた。

 ユウタは驚いてマキを見つめた。


「……ユウタ、あたしはどこにも行かんて。

 前からそんな話、あたし、してへんかったっけ?」


 ユウタはマキがすでに気づいていたことにも驚かされた。


「……ああ、そうかもしれんけどさ……。

 でも今回は、ちょっと規模がちがう……」


 マキはユウタの言葉をさえぎって言った。


「なあユウタ、あたしが東京から帰って来たら、いっしょに行きたいところがあるんや。

 ……付き合うてくれる?」


「ええけど……どこや?」


 マキは悪戯っぽく、へへっ、と笑って答えた。


「それは、帰ってきてからのお楽しみ!」


 ユウタは、マキの本心がわからず戸惑った。

 すると、マキはそれも見透かしたのか、ユウタの手をもう一度強く握り締め直すとユウタに向かい合って、こう言った。


「ユウタ、もう一度言うけど、あたしはどこへも行かんて。

 ……あたしが帰ってきたら、そのことをあらためて話したいと思う。

 ユウタといっしょにある場所に行くのは、それを話すためや。

 あたしにとって、大切な場所やから。

 ……あとの続きは、そんときにや、な?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ