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1-17 チャレンジド・ピープル(5)

 休憩時間が終わった。


 マキとユウタが室内にもどると、まだあちこちで何人かがざわめいている。

 利用者たちもゼミ生たちも、まだ先ほどまでの余韻も冷めやらぬようだ。


 柚木(ゆずき)さんと速見(はやみ)さんが、にこやかに話している。

 そこに三角(みすみ)さんも入ってきて、いっしょに話の輪に加わった。


 いっぽう、ゼミ生たちの集まっている一角では、ユカリと武田先生が話し合いながら笑っている。

 そこにミオとダイトが加わってきた。


 マキはそんな光景を見ながら、うれしくなってひとり微笑んだ。


 やがて、マイクを取ってひとつ咳払いをすると、マイクを口元に近づけて声を発した。


「……みなさん、ゆっくり休憩取れましたでしょうか?

 さて、これからの時間は『質問コーナー』です。

 みなさんからのDJに関する質問に、あたしたち二人がお答えします。


 それが終わったら、今度はみなさんがこのDJコントローラーにさわってDJを体験できる、『DJ体験会』になります。

 どうやってやるのか、そのやり方はもちろん、あたしたちがお教えしますのでご心配なく!」


「わぁー!」


「ホーゥ!」


と、あちこちから歓声が上がる。


 マキはその歓声を聞いて、思わず笑顔でいっぱいになる。

 そして、ちらっとユウタのほうを見た。

 ユウタが小さくうなずく。

 マキはそれを見ると、再びみんなのほうを見て言った。


「……ということで、まずは『質問コーナー』!

 さっきのあたしたちのDJを見て、みなさん、いろいろと聞きたいことがでてきたんやないかな?と思います。

 そんな、DJに関する疑問・質問があれば、この場でどうぞご遠慮なく、あたしたちに聞いてくださいー!

 あ、質問したい人は、まず手を上げてから質問してくださいね!」

 

 秒速で真っ先に手が上がったのは速見さんだった。


「……えーと、あの、お二人がDJで曲を選んでいくのって、どういうふうに考えながら選んでいくんですか?

 どうすれば、あんなふうにおもしろくなるんですか?」


 小さな笑いがあちこちから漏れる。

 マキは、うんうん、とうなずいて聞いていた。

 ユウタを見ると、彼もうなずきながら、マキに耳元でこうささやいた。


「……そうだよな、最初に出る疑問って、それだよな。

 オレも最初にDJ見たとき、そうやった……」


 マキはユウタとしばし目を合わせ、それからみんなのほうを向いた。


「……えーとですね、おもしろいと思っていただけたのはとってもうれしいです。

 でですね、どういうふうに考えながら曲を選んでいくのか……。

 ……これは、なかなか高度な質問ですね」


 速見さんは苦笑いを浮かべて、頭に手をやった。

 ほかの人たちからも、小さな笑いが起こる。


「……どんなふうに考えながら曲を選んでいくか……。

 これは、けっこう説明がむずかしいんですけどね。


 えーと、あたしの場合、自分の持ち時間、たとえば1時間なら1時間の中で、どういう流れを作っていくか、それを考えてますね、いつも。

 別の言い方をすると、この1時間でどう『起承転結』を作るか。

 それを考えます。

 始めはゆったりした流れから、少しずつ盛り上がっていって、クライマックスにドーン!と行って、ラストになだれ込む!

 ……そんな感じをいつもイメージしてるかな。

 DJ U-TAはどやろ?」


 マキはユウタに近寄ってマイクを向けた。

 ユウタは、え?オレもなんか言うの?というような顔をしていたが、すぐにマキが差し出したマイクに向かって口を開いた。


「……そうですね、DJ Maxyの言ったのと、ほとんど同じですね。

 ぼくも『起承転結』というのを常にイメージしながら選曲してます。

 ただ、たまにあえてそれを崩す、ということもします。

 意外性、というのも大事な要素やと思うてるんで」


 あちこちから、軽くどよめきが起きた。

 マキはうなずいて言葉をつないだ。


「さすがやなあ……。

 起承転結を基本としながらも、たまにあえてそれを崩す。

 ……だそうです!

 ベテランのレベルになると、こういう感じなんかもしれませんね」


 ユウタが照れくさそうに笑う。

 マキに耳元で言った。


「……マキ、おちょくってんのか」


 マキもユウタの耳元で返した。


「なわけないやん!

 率直にほめてるんやで?」


 マキはみんなのほうを向くと言った。


「こんな感じでわかりました?速見さん」


「……んー、ちょっとむずかしいけど。

 なんとなくはわかりました」


 南さん、柚木さんや職員さんたちが、笑ってうなずいた。


「そうですね。

 DJは曲を選ぶときも、ただ行き当たりばったりに曲を選んでるわけやのうて、けっこういろんなことを考えながら選んでるんです。

 意外と奥深い世界です、DJは。

 そんなことも知っていただけると、うれしいですね。

 ……さて、それでは次に質問あるかた?」


 手が上がった。

 柚木さんだ。


「はい。

 柚木さん、どうぞ!」


 柚木さんは目を輝かせて、とても興味津々な様子でマキに言った。


「……えっと、さっきのDJ、すごくおもしろかったです。

 なんかこう、もともとDJに持ってたイメージってのは、プレイヤーで単に曲を順々に再生しとるだけかと思うたら、そうやのうて、意外とバンドのライブ演奏とかと同じような感じやなあ、って聴こえて……。

 ああ、これはライブなんやなあ、って思いました」


 マキはうれしそうに応じた。


「そう言ってくださるの、とってもうれしいです!

 あたしたちも、そう、そのとおり!

 これはライブやと思ってやってます!」


 柚木さんもうれしそうに笑った。


「あ、ならわたしのとらえ方で合ってるってことですやん!

 ありがとうございます。

 んでですね、質問なんですけど。

 これはとたんに現実的な話になるんですが、お二人の使ってるその機材のお値段。

 ……いくらぐらいで買えるもんなんですか?」


 マキがユウタの顔を見た。

 ユウタはマキの耳元で、


「正直にそのままを言えばいいんじゃね?」


と言っている。

 マキが柚木さんとみんなに答えた。


「えーと、DJの使う機械は『DJ機材』とか『DJ機器』って呼ばれてるんですけど、これはたくさん種類があります。

 で、今回あたしたちが使ったのは、その中でも値段的にはいちばんお手頃な部類のやつやと思います。

 これはDJコントローラーというもの、それと、ノートパソコンの組み合わせ。

 このDJコントローラーは、パソコンにUSBケーブルでつながってます。

 パソコンにはDJソフトというのがインストールされていて、DJコントローラーでそのDJソフトをコントロールする、というしくみです。

 あたしたちがかけている曲は、全部データとしてこのパソコンに入っています。


 で、DJコントローラーというものはいくらぐらいするのか、ということですが、いちばんお手頃な価格帯のもので、相場は税込50,000円~60,000円台ぐらいです。

 どこの楽器屋さんで買っても、だいたい同じ金額やと思います。

 ネットで買ったほうが比較的安く買えますかね。

 DJコントローラーは、いろんなメーカーが作って販売してます。

 この、あたしたちが使っているのは、Pioneer DJのDDJ-FLX4という機種です。

 おそらく、いちばん人気ある機種のひとつやないかな、と思います。


 売れ筋の機種は、楽器屋さんに行くとおすすめ機種として目立つ場所に置いていち推ししてます。

 ネットショップでも、DJ機器の『DJコントローラー』のページで、同じようにいち推し的に前面に出していると思います。

 なので、その中から自分に合うと思う機種を選べばよいかと思います。


 それと、パソコンについても言っときますね。

 今回のあたしたちのように、あちこち持ち運んでDJをやるような人の場合、ノート型である必要があります。

 ノートパソコンは、めっちゃ高性能でなくてもよいですが、ある程度の性能は必要です。

 そこそこの性能があるやつでないと、処理が追っつかなくて途中で音が止まっちゃったりするので。

 具体的にいうと、インテルCore i5以上、AMDやったらRyzen 5以上、SSDが256GB以上、メモリ8GB以上、ってぐらいのスペックが相場です。


 あ、ちなみに、音楽やるパソコンっていうとMacってイメージがあるかもしれないですが、WindwosでもMacでもだいじょうぶですよ。

 いまあたしたちの使っているこれもWindowsです」


 ところどころでざわついていた。

 利用者の多くにとっては、DJコントローラーも、必要とされるパソコンも高価なものと映ったようだ。

 そりゃそうよな、とマキも内心思った。


「けっこう高いな、と思われるかたもいらっしゃると思います。

 それでも、ギターとかピアノとくらべたら、かなり安いかな?」


 みんなが小さく笑う。


「DJって、楽器の中ではわりと安くできるものやないかな、と思います。

 そやからみなさん、あたしたちのDJを見て聴いてもし興味を持たれたなら、ぜひやってみてほしいな、と思います。

 そうしてDJをやる人がもっと増えると、うれしいです」


 マキはそう言って、笑顔でみんなを眺めた。


「ほかにご質問、ありませんか?」


 ユカリが手を上げた。


「はい、ユカリさん、どうぞ!」


 ユカリはまじめな表情で、真っすぐにマキを見据えて尋ねた。


「あの、DJって、マキちゃ……DJ MaxyさんやDJ U-TAさんみたいに、いろんな音楽を知ってないとできないですよね。

 こういう、ハウスのような音楽に出会ったきっかけ、いろんな音楽を知るようになったきっかけ、ってなんだったんでしょうか?」


 マキは答えた。


「……そうですねー。

 あたしたちがハウスミュージックとかクラブミュージックを知ったきっかけ、いろんな音楽に興味を持つようになったきっかけはなに?ってことですね?」


 ユカリはうなずいた。


「あたしの場合から言うと、高校3年のときです。

 そのとき大学の受験勉強をしてたんですが、息抜きの時間にいろいろ音楽を聴いてました。

 もともと音楽は大好きやったんですが、ある夜、たまたまSpotifyで「House」ってタイトルがついているプレイリストをたまたま見つけて、聴いてみたらすごいいいと思って。

 『なにこれ!この音楽めっちゃええやん!』ってなって。

 そこからですね。

 それで、ハウスってなんなんだろう、って調べていったら、DJがクラブでかけるための音楽なんや、ってのがわかって。

 それで、自分もこういうのやりたい!って思いました。

 それがきっかけです」


 マキはユウタのほうを向いて聞いてみた。


「DJ U-TAはどう?

 ハウスとか、クラブミュージックを知ったきっかけは?」


 マキからマイクを受け取ったユウタは、思い出すようなしぐさをした。


「……ん-、そうですねー。

 ぼくの場合は、最初にハウスという音楽を知ったのはMaxyと同じ高3のときで、そういう音楽をよく知ってるやつが友人にいました。

 そいつからハウスという音楽を教えてもらって、かっこいいなー、と思って聴くようになって、それから自分でもいろいろ探すようになって……。

 それがきっかけですかね。

 で、聴いて調べてるうちに、そういう音楽をクラブでDJがプレイしてるんだ、曲を作っているのも多くがDJなんだ、ということがわかって。

 それで、ぼくもDJやろう!と思うようになりました。

 大学に合格したとき、入学祝いに親がなんか買ってくれるっていうんで、パソコンといっしょにDJコントローラー買ってもらって……。

 それが自分でDJやるようになったきっかけです」


 ユウタはマキにマイクを返すと、マキに小声で言った。


「……こういう話するの、マキの前でも初めてやな」


 マキも微笑しながらうなずいた。

 そして、今度は自分がDJを始めた経緯を語った。


「あたしが自分でDJ始めたのは……。

 そうや、あたしは大学入ってから、友人の誘いでDJやり始めました。

 始めたばっかりのときはDJ機材、持ってなかったです。

 クラブに機材が置いてあるから、USBメモリに曲のデータ入れて持っていけばDJできる、ってのを教えてもらって。

 それで最初のころは、お店の空いてる時間にお店の機材を借りて練習してました。

 自分のDJコントローラー、これですけど、これはバイトしてお金貯めて、大学1年の夏休みに買ったんかな。

 U-TAが持ってるのと同じ機種ですけど、U-TAより半年くらい遅く手に入れた感じです」


 マキはそう言って、にっこり笑った。


「……って、こんなんで答えになってる?

 ユカリちゃん」


 ユカリは何度もうなずきながら、


「はい!

 すごくよくわかりました!

 ありがとうございました」


とうれしそうに言った。

 その目には、マキとユウタに対する羨望のまなざしが感じられた。

 マキはユカリのそのまなざしを見て、ちょっと心を動かされた。


「さて……ほかにご質問はありませんか?」


 みんなあちこちで話していたが、手は上がらなかった。

 それよりも、みんなDJ体験を待ちわびている様子だ。


 マキはすーっと息を吸うと、


「ご質問がなければ……。

 それでは!

 ただいまから『DJ体験タイム』を始めようかと思います!

 よろしいでしょうか、みなさん!」


 あちこちから拍手が飛ぶ。


「……えー、では、『DJ体験タイム』を始めます。

 やり方はですね、こんな感じでどうでしょう。


 まず1番目のコーナー。

 みなさんがたぶんいちばんやりたいであろう、『スクラッチ』を体験してもらいます!

 それから2番目のコーナー。

 2つの曲を少しずつ、つなげて混ぜていくという、あたしたちが先ほど実際にお聞かせした『ミックス』をします。

 これの手順をかんたんに言うておきますね。

 2つの曲をあらかじめ用意しておきます。

 この2曲はBPM、つまりテンポがちがいます。

 先に片方の曲をプレイしますので、その曲がかかっている間、みなさんは2曲目のBPMを最初の曲のBPMと合わせて、好きなタイミングのところから少しずつ混ぜていきます。

 これが『ミックス』。

 それをやってもらいます。


 この二つともDJの基本技です。

 それを体験してもらいます。

 あ、もちろん、あたしたちがやり方を丁寧に教えますので、安心してご参加くださいね。

 では、やりたいかた、手を上げてください!」


「はい!」

「はい!」


と、ほぼ全員から手が上がったようにみえた。


 マキもユウタも、予想以上に多くの参加希望者に、うわっ、と思った。


「……すごいなー。

 これは時間的に全員が体験できるか、わかんないなー」


 マキが言うと、職員の小郷さんが武田先生とマキのそばに寄って話しかけた。


「武田先生、森本さん、時間はオーバーしちゃうかもしれませんが、もしご都合がよろしければ、可能な限り全員のかたに体験をさせてあげてください。

 なかなかない機会ですし、みんな楽しみにしてましたから」


 武田先生も、それを聞いて、うんうん、とうなずいた。

 マキに話す。


「どう?森本さん。

 少しくらい時間オーバーになってもいいので、全員体験させてあげるのがいいんじゃないか、と思いますが、どうですかね?

 お二人の負担にならなければ」


 マキが近くに来ていたユウタに尋ねた。

 ユウタが、OK、とうなずいたのを確認して、マキが答えた。


「あたしたちはOKです。

 いまざっと見た感じだと、7、8名くらいは希望者がいますね。

 30分くらい超えるかもしれませんので、3時を超えちゃうかもしれませんが……」


 小郷さんがマキとユウタ、武田先生を交互に見ながら尋ねた。


「それなら、いまからいったん休憩にして、3時半くらいまで延長するとか……。

 予定の時間を大幅に超えてしまいますけど……。

 そんなこと、可能ですか?」


 小郷さんが言った。

 武田先生がマキとユウタに尋ねる。


「森本さんと岡野さんは、可能?

 もし4時くらいまでに終われる感じでできるのであれば、ぜひお願いしたいですが、いかがでしょう?

 ほかの学生は、ここからは希望者だけ残って見学ということにして」


 マキとユウタはお互いに目を合わせて、うなずき合った。

 マキが笑顔で返事をした。


「OKです!

 あたしたちもうれしいですし!」


「……ご無理をお願いして、申し訳ありません」


 小郷さんが申し訳なさそうに頭を下げた。

 武田先生は、


「いえいえ、二人も快諾してくれてるわけだし。

 ぼくもこちらには日頃お世話になってますから、たまにはこういうお祭りみたいなのがあってもいいでしょう!」


 そう言って、ははは、と無邪気に笑った。

 小郷さんと堂島さん、三角さんが頭を下げた。


 マキとユウタもいっしょに、笑顔で礼を言って頭を下げた。


 10分の休憩をはさんで、『DJ体験タイム』が始まった。


 ゼミ生たちも全員が残った。

 みんな、最後までこの楽しい時間を共有したいという思いで一致していた。

 

 マキが体験希望者の順番を整理した。

 そして堂島さんたちの助けを借りて、希望者たちに順番が回ってくるまで席で待っててもらうことにした。

 マキは順番を待っている希望者のうち、順番が近い希望者に待っている間、こんなふうに声をかけた。


「……ほら、あんなふうにしてやるの。

 見ててね」


「……あそこで、少しずつ次の曲のボリュームを上げて混ぜていってるの。

 音を聴きながら、動作を見ててね」


 そんなふうに、いま体験中の人がやっている動作の意味が、これから体験をする人にもわかるよう、コメントしてあげている。


 一方、ユウタは体験者にスクラッチやミックスのやり方を説明しながら実技をさせていた。


 速見さんや柚木さんも、体験に加わった。

 南さんは柚木さんからさんざん誘われたが、


「いやあ、オレはこういうのは……」


と言って、見学するだけで結局体験には加わらなかった。


 速見さんは、若いし、こういうタイプの音楽にもふだんからある程度接しているようで、のみ込みが早かった。

 スクラッチも、初めてにしてはなかなか決まっていた。

 ミックスは当初は苦戦したが、ユウタの指導を受けながら何度かやるうちに、やがてスムーズなミックスができるようになった。

 リズム感ももともといいようだ。


「すごいよ、速見さん!」


 マキも、うれしそうに手をたたきながら叫ぶ。


「……いやあ、何がなんだか……」


 速見さんはそう言って両手を頭の上に乗せた。


 ユウタも、


「速見さんはリズム感がええですね。

 DJ上達するの、早いかもしれません」


と励ました。

 速見さんはうれしそうに笑いながら頭を下げた。


 ほかにも、何人かが同じように体験をした。

 それぞれ、みんな楽しんでくれたようだ。


***


 そのあと二人ほどが体験した後、最後の人の番になった。

 最後は柚木さんだ。


 柚木さんは、緊張した面持ちでコントローラーの前に立ってもじもじしながら、


「……こんなん、やったことないから、どうしよう……」


と言っている。

 マキが笑顔で声をかけた。


「だいじょうぶ、柚木さん。

だれでも最初は初めてやから、緊張するのは当たり前。

気を楽にしてー」


 まずはスクラッチ。

 ユウタがやって見せるのを見てから、恐るおそるジョグホイールに手を触れようとする。

 マキが言う。


「柚木さん、壊れないから、ふつうに触ってだいじょうぶよ」


 柚木さんはジョグホイールの天板を少し触ると、スクラッチ音が鳴った。

 それを聴くと、


「あ、鳴った!

 すごーい!

 ホントにああいう音が出る!」


 要領がわかると、おもしろそうにスクラッチをいろいろ試してみていた。

 マキとユウタは見つめ合って、思わず顔がほころんだ。


 ミックスはちょっと苦戦した。

 曲を入れるタイミングが、何度やっても合わない。


「……あー、あたし、リズム感悪いからなー……」


 しょげたように柚木さんはつぶやく。


 マキが助け舟を出した。


「だいじょうぶ。

 こういうワザもあるんよ!」


 柚木さんが曲をずれたタイミングで入れたところで、SYNCボタンを押した。

 2つの曲のリズムが、ピターっと一致した。


 ユウタといっしょにヘッドフォンで聴いていた柚木さんが、


「えー?こんなのできるんやー!

 すごーい!」


と驚いて、


「ならいつもこのボタン使えば、楽できますね!」


と笑う。


 ユウタが忠告めいた口調でつい助言する。


「まあ、最初のうちはそれをつかうのもいいですね。

 でも、いずれは自分で音を聴いて合わせられるようになったほうが……」


 しかし、マキがそれにおっかぶせて言った。


「ま、きょうは体験やからええやんー。

 もし、もっとうまくなりたくなったら、自分でできるよう練習すれば、もっと楽しくなると思うよ!」


 柚木さんは元気よく、


「はい!

 ありがとうございました。

 とっても楽しい時間を過ごさせていただきました」


と言ってお辞儀をした。

 マキも、


「いえいえ、こちらこそ。

 楽しんでいただけて、あたしたちこそハッピーです!」


と言って、ユウタとともに頭を下げた。


***


 こうして、DJ体験会はあっという間に終わった。

 ラストに、マキがあいさつをした。


「みなさん、ありがとうございました!

 ……こんなに盛り上がるとは、あたしたちもホントに思ってなかったです。

 DJ U-TAもあたしも、とてもハッピーな時間を過ごさせてもらいました。

 こちらこそ、厚くお礼を申し上げます!」


 マキに促されると、ユウタもあいさつした。


「きょうは、ぼくもとても貴重な体験をさせてもらいました。

 ありがとうございます。

 みなさんと同じ時間を過ごせて、DJ Maxyもぼくも、ホントよかったと思ってます」


 そう言うと、ユウタはひと呼吸おいて話し始めた。


「……それと、ぼくからひとつ、お話したいことがあります」


 みんなが静かになった。


「今回、この事業所を見学させてもらって、感じたことがあります。

利用者のみなさん、それぞれのかたがさまざまに、とても豊かな才能と個性を持っていらっしゃるということが、この短い時間の見学とDJ体験でもわかりました」


 そしてユウタは、小郷さんや堂島さん、三角さんのほうを向いた。


「職員のみなさんが日々いろいろとがんばっておられることも、拝見したりお話を伺うことができました。

 けれど、利用者さんの就労に関しては、まだなかなかスムーズでないという実態もお聞きしました」


 ユウタは、今度はみんなを見つめながら続きを話した。


「でも、利用者のみなさんが持っている才能を発揮できる場は、世の中にたくさんあると思うんです。

 それは企業に就労するというかたちがすべてではなく、クリエイターやアーティスト活動など、いろいろなかたちがあり得るのではないか。

 みなさんが能力を発揮できる場が、それが企業であれ、ちがう場であれ、すぐに見つけられること、それが当たり前な世の中に早くなったらいいと、きょうの体験をつうじて強く思いました」


 ユウタは、そこでマキをちらっと見た。

 マキは真剣な表情でユウタを見つめている。

 ユウタは、その視線を感じながら先を続けた。


「……小郷さん、現在、事業所では、企業への就職以外の道を希望する場合でも、支援していただけるのでしょうか?」


 小郷さんが答えた。


「はい、支援いたします。

 以前は、企業への就労以外は就労と認められないことが多く、支援しない事業所も多かったようですが、いまではそんなことはなくなりました。

 ご本人の希望や能力によって、フリーランスという進路を選ばれる場合にも就労支援はできます。

 フリーランスとして障がいのあるかたが独り立ちできるためのノウハウを、わたしたち支援する側がじゅうぶんに持ち合わせていないというのが現状ではありますが、全力で支援はさせていただきます」


「そうですか。

 それを聴いてちょっと希望を感じました。

 DJみたいなものも、可能ということですね」


「そうですね。

 将来、DJとなる利用者さんが出てきたら、とてもすばらしいことだと思います」


 小郷さんがそう言って笑顔になった。


 「ありがとうございます」


 ユウタは礼を言うと続けた。


「DJも、もともとは遊びみたいなものかもしれませんでした。

 それでも、いまでは職業としても成り立つようなものとなりました。

 プロDJと呼ばれる、職業としてDJをやっている人も世界中に存在します。


 世の中にはさまざまな働き方が存在します。

 企業に勤めるだけでなく、フリーランスのクリエイター、アーティストなど。

 そして、だれでもその中から好きな職業や働き方を選ぶことができます。

 ……それは、どんな人でも、選べるべきものやと思うんです。


 障がいがあっても、どんな人でも、活躍できる場が本当はもっとあるんじゃないでしょうか?

 そして、それぞれの人が本当に自分が好きでできることを選んで仕事にできる。

 早くそのような社会が実現してほしい。

 そして、そういう社会が実現するために、ぼくもお手伝いできることがあればしたい。

 森本も、同じように思っていると思います。

 きょうの見学をとおして、いまぼくはそういう思いを強くしました……」


 そこまで話すと、ユウタは言葉を止めた。


 小郷さんがあとを続けた。


「岡野さん、おっしゃるとおりだとわたしたちも思っています。

 社会の現状はまだまだ厳しいものだけど、わたしたちも少しずつでもそれを変えていきたい、という思いがあります。


 わたしたちも今回、武田先生と森本さん、岡野さんが開催してくださったこのDJ体験会をつうじて、利用者さんたちの持っている興味や才能に、新たに気づくことができました。

 利用者さんもみんなとても楽しんでくださったと感じていますし、わたしたちにもたくさんの気づきがありました。

 DJ体験というだけではない、いろんなことを学ばせていただいた、とても大切な体験会だったと思ってます」


 そして小郷さんは利用者さんたちに尋ねた。


「……みなさん、DJ、またやってほしいよね?」


 すかさず柚木さんと速見さんが、


「はーい!

 ぜひまた来てー!!」


と声を上げた。

 ほかの利用者たちからも大きな拍手が起こった。


 ユウタは照れくさそうにマキを見た。

 マキも照れながら笑顔でうなずく。


 小郷さんが言った。


「利用者さんもこんなふうに要望されてます。

 ……もしお二人がよろしければ、今後もときどきこのDJ体験会をやっていただけませんでしょうか?」


 武田先生はマキ、ユウタに尋ねた。


「そういうリクエストですが……いかがですかな?

 もし、お二人のご都合がつくようであればですが。

 次からは、事業所さんと直接やっていただいてよいですので。

 あ、もちろんなにか交渉事などあれば、いつでもぼくが間に入って調整します。

 正直、ぼくもきょうの体験会を見ていて、これは続いてくれるといいなと思ってました。

 ……それくらい、ぼくも楽しかったです」


「先生、ありがとうございます!」


 マキはユウタとともに武田先生に礼を言った。

 そして、小郷さんに元気よく答えた。


「小郷さん、承知いたしました。

 またぜひ、DJ体験会をさせていただければと思います!」


 三角さん、堂島さんがいっしょに笑顔でうなずいている。

 小郷さんもそれを受けて、


「それならこの後で、次回についての話を少し、よろしいでしょうか?

 ……それとそのあと、うちの息子のDJ機器の件も……」


 マキはユウタと声を合わせて応じた。


「はい!

 よろしくお願いします!」


 ユウタは小郷さんと職員たちのもとに寄ると、頭を下げて言った。


「さっきは、ちょっと生意気なことを申しまして……」


 堂島さんが言った。


「いえいえ、そんなことはありません。

 今回は楽しかった上に、ホントにわたしたちのほうが学ばせていただくことが多くて……。

 なんか福祉ということの原点を気づかされた、って感じです!

 本当に感謝しています!」


 マキがユウタの隣に来て、無言でユウタにうなずいた。

 ユウタは事業所の利用者たち、職員たち、そしてゼミ生、みんなに向かって言った。


「きょうは、こちらも本当に楽しい時間でした。

 この機会をいただけたこと、みなさんに深く感謝いたします。

 本当にありがとうございました!

 ……それから、また次もハッピーな時間をいっしょに過ごせる機会が来ることを楽しみにしています!」


 万雷の拍手の中、ユウタとマキは深々と頭を下げた。


 頭を上げたとき、マキは涙ぐんでいた。

 ユウタはマキの背中をなでて、労をねぎらった。


***


 DJ体験会、すべての内容が終わった。

 武田先生とゼミ生の一行は、事業所を出て駅に向かった。


 帰りの道中、マキはユカリと並んで歩いていた。

 ユカリがマキに言った。


「ユウタくんの話、すごいよかった」


「うん」


 マキは前を向いたまま、かみしめるように何度もうなずいた。


「マキちゃん、いいなー」


「……なにが?」


「マキちゃんはさ、あんなふうにDJがうまくて、みんなを楽しませることができて、音楽でいろんな人とつながれて……。

 ユウタくんもそうだよね。

 あたしには、そんな特技も才能もないから、マキちゃんがうらやましいなー、って」


 マキは驚いてユカリちゃんを見た。

 そして言った。


「え、なに?

 あたしからしたらさ、ユカリちゃんのが頭もいいし、勉強もすっげーできるし、きれいやし、すべてにおいてスーパー完璧ウーマンやん!

 そんなユカリちゃんがさ、あたしみたいな凸凹女、なんでうらやましいとか思うねん?

 意味わからんわ……」


 ユカリはマキの目の前に人差し指を立てると叫んだ。


「いや、マキちゃん、それはちゃうよ!」


 そして、少し考えるような様子でゆっくりと話し始めた。


「……あたしの家って、親がすごく教育熱心なうちだったから、勉強についても厳しかったのね。

 おかげで鍛えられて、子どもの頃から勉強はできたから、学校ではずっと優等生扱いされて、で自分もその役割を受け入れてた。

 でもそれは自分で望んだものじゃなかった。

 だから、なんか自分のない、つまらない人生だと、ずっと思ってたの。


 だから高校生の頃には、大学に入ったら今度は自分の人生を生きよう、って思うようになったの。

 大学は自分で入りたいところを自分で決めて、絶対そこに入ろう、ってね。

 それで自分でいろいろ調べて、自分が勉強したい分野とか、大学の雰囲気とかから、この大学に決めたの。

 それまでは全部親の決めたとおりだったから、両親とはだいぶ言い合いしたけどね。

 あたしにとって、これが初めての、親に対する反抗で、初めての自立。

 ほかの人から見たらささやかなものかもしれないけど、あたしにとっては人生の一大事だった。


 で、運よく大学に受かって入ったら、いままでと全然ちがう世界が待ってた。

 それはもう、あたしにとって、ものすごいカルチャーショックだったの。


 だって学生はみんな個性的な人たちばかりで、みんなすごく自分というものを持ってるし、特技があったり、すごい深い趣味があったりして……。

 武田先生のゼミも、世の中には自分がいままで考えたこともなかったような問題がこんなにたくさんあるんだ、って気づかされることばかりで……。


 それにマキちゃんもユウタくんも、ミオもダイトくんも、みんなすごい個性や特技を持ってるし……。

 マキちゃんとユウタくんは、DJで人を喜ばせてハッピーにさせることができる、っていう、すごい能力があるよね!


 それに比べると、あたしってまだなんにもないなあ、っていつも思わされるの」


 マキはだまって、ユカリの話を聴いていた。

 ……ユカリちゃんがそんなことを考えているとは、思いもしなかったな……。


「……あ、でも、これは落ち込んでるのとちゃうよ。

 逆に、すごく元気になる。

 みんなに励まされてる気になるっていうか、自分もがんばらなきゃな、って気持ちになるの。

 きょうもさ、こういうところを見学できて、こういう人たちが世の中にはたくさんいるんだ、あたしもなにかできないかな……。

 そう考えるきっかけになった。


 この大学に入ってよかった、みんなと知り合えてよかった……。

 心底そう思ってるよ。

 だから……」


「だから?」


 マキが尋ねた。

 ユカリが笑顔で答えた。


「マキちゃん、こういう機会をくれて、ありがとう。

 そして、これからもずっとなかよくしてね、って。

 ……あと、ユウタくんとも、これからもずっとなかよく、ね」


 マキはちょっと恥ずかしそうに目をそらせて前を向くと、


「う、うん……。

 それはもちろん!」


と応じた。


 ミオとダイトが、ユカリに追いついて笑いながら声をかけた。

 3人が話で盛り上がり始めたので、マキはそこから離れると、歩きながらひとり、考えに耽った。


 すると、いつのまにかユウタが隣に来ていた。


「きょう、よかったな」


「うん」


「マキの司会、よかったぞ」


「ん?

 ああ、ありがと……」


 マキは前を向いたまま礼を言った。

 それからユウタに言った。


「ユウタの話も、あれ、すごいよかった……」


 ユウタも、


「……おう、ありがと……。

 恥ずかしかったけどな、言っちゃったわ……」


 そして、少し間を置くと言った。


「……なんかいいよな、福祉の仕事」


 マキは目を輝かせてユウタを見ると叫んだ。


「そう!

 あたしも思ってた、それ!」


「なにか、みんなが喜ぶようなこと、もっとできるといいな」


「ほんま!」


 マキとユウタは二人で笑った。


 初秋というにはまだまだ暑さが厳しい、晩夏の午後。

 でも二人の心の中は、さわやかだった。


 マキとユウタは、武田ゼミの一行といっしょに駅へと続く通りを歩いた。

 これがまた、さらに新たな道につながるようにと、願いながら……。

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