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1-1 2人のプレイ

 CDJのPLAYボタンを押す。

 ヘッドフォンから、いまかかっている曲に次の曲が重なっていくのが聴こえてくる。

 CDJのジョグホイールを回して、BPMを徐々に合わせていく。

 この瞬間がいつも、マキにとって至福のときだ。

 「ミックス」という、至福。


 DJミキサーのボリュームフェーダーを少しずつ上げていく。

 それにつれて、いまの曲に次の曲が混ざっていく。

 いま流れている、ユウタが選んだ曲は、ちょっとメロウなディープハウス。

 これにつなげるためにマキが選んだのは、ちょっとソウルフルなディープテック。

 少しずつアゲていこうと思ってのチョイスだ。


 DJの交代のときは、DJミキサーを間にはさんだ、2台それぞれのCDJの前にDJが立つので、二人が並ぶかたちになる。

 となりにいるユウタに横目で見つめられているのを、マキは感じる。

 

 ユウタはきっと、「この曲来たか!」とか思ってることだろう。

 いつものことだ。

 ユウタと交代のときは、いつもこんなふうにユウタに意外性を感じさせる選曲をしたくなる。

 そうするのがくせになってしまっている。

 それが快感だから。


 マキはユウタをちらっと見る。ユウタと目が合った。

 おい、こっち見るなよ。マキはちょっと恥ずかしかった。

 ユウタは感心したような表情をしている。


 今回も、やったね!

 マキはひとりで思う。

 恥ずかしい気持ちを隠して、自慢げに、どうよ!という表情を返した。

 

 そして、マキはDJミキサーの前に立った。

 DJミキサーのボリュームフェーダーを少しずつ上げていき、イコライザーを切りながら、徐々にいまかかっている曲と同じレベルにしていく。


 二つの曲が同じレベルに達すると、いま流れている曲のイコライザーをHIGH(ハイ)MID(ミッド)LOW(ロー)とも全部切って、次の曲に切り替えていく。

 フロアの空気が変わる、この瞬間が好きだ。

 ボリュームフェーダーを少しずつ下げて、いままでかかっていた曲をフェードアウトさせていく。

 ミックス完了!


 ここからがマキのプレイタイムだ。


 ユウタが反対側のCDJに刺さっている自分のUSBメモリを外すと、マキを向いて右手の親指を立てた。


 Good job!


 同じくDJブースにいるアズミとアリヤも、笑顔でマキを見ていた。

 いい感じだよ、とその表情が言っている。


 背が高くて美形のアズミは、立ってるだけで映える。

 いかにもDJ映えする姿。

 きょうもファッションこそ白のTシャツにデニム、とありふれたものだけれど、すらっと細身の体形をしているので、とてもカッコよく見える。


 いっぽうユウタは、外見はいたって普通の容姿。

 特別イケメンでもないが、でも物静かな感じが、ちょっとカッコいい。

 身長も175cmくらい。男としては平均的か。

 黒髪を長くもなく短くもない感じにまとめて、グレーのTシャツに紺のデニム。

 ぱっと見は平均的な学生風だ。

 でもその普通さが、マキには安心感を抱かせる。


 そしてアリヤは、イタリア人と日本人のハーフだけあって、派手な印象の美女。

 大きな目、長い栗色の髪、170cmを超えるであろう、女性としては高い身長。

 赤といろんな色がプリントされたTシャツ、ベージュのテーパードパンツ。

 両耳に大きな金色のイヤリング。

 アリヤはいつもおしゃれだ。


 対してマキは、青く染めたショートカットの髪に、丸みを帯びた顔。

 目は二重で肌の色は白い。

 髪色以外は、典型的な日本女性と言っていい容貌だ。

 身長も160cmくらい、女性としては普通だろうか。

 きょう着ているのは、黒のTシャツの上に白のリネンシャツ、そして水色のデニム。

 耳に小さな銀色に輝くピアス。


 ずっと動いているし汗もかくから、なるべく通気性のよい、動きやすい服装にしている。

 ……ほんとはもっとおしゃれしたいけどね。

 だいたい自分の容姿があまり好きではないし、せめて服やアクセサリーだけでも、もうちょっとよく見えるものにしたいな……。

 マキはそう思う。

 いつも自分の見た目には自信がない。


 それにくらべると、アリヤやアズミはいつも美しくて、いかにもDJっぽい。

 うらやましいな、とマキは思う。


 フロアから何人かの歓声が上がった。

 マキはちょっと照れたような笑顔を見せると、フロアに向き直ってゲストたちに手を挙げた。

 マキは次の曲をさがしてCDJのダイヤルを回す。

 少しずつテンションを上げていこう。

 そう思いながら、マキは選曲に集中した。


***


 朝の5時30分。

 パーティーが終わった。


 音楽が止まり、照明もOFFにされた。

 先ほどまでの大音量にくらべて、さびしいほど静かだ。


 フロアには、もうまばらにしか人はいない。

 酔っぱらって壁際に座り込みうなだれている人。

 フロアの床に寝ころんでる人。

 そんな人たち、数人だけだ。 


 アズミとユウタはCDJからUSBメモリを抜いて、ケースにしまっている。


 パーティーのラスト15分は、恒例の4人で|Back to Backバック・トゥ・バック、すなわちB2B(ビー・トゥ・ビー)だった。

 DJがそれぞれ1曲ずつ交代でかける、クラブパーティーでおなじみのルーティーン、それがB2Bだ。


 マキは思った。

 いつも選曲がけっこうむずかしいけど、それでもやっぱりB2Bは楽しい。

 この前のときより、今回はうまくいったかも。

 次はもっとうまくやろう。

 そう思って、リュックを右肩にかけた。


「おつかれさま。

 今回も楽しかったな」


 ユウタがマキに声をかけた。


「うん。楽しかった」


「きょうのマキ、めっちゃよかったよ。

 途中からフロアけっこう盛り上がってたやん」


 マキは照れて、ほんのり頬を赤らめた。

 その気持ちを打ち消すように、声を張り上げた。


「でも、3人もすごいよかったよ。

 ユウタの後半の選曲、あれよかった。

 あそこからのタイミング、絶妙だった!」


 ユウタは、


「いやあ。

 でも、うまく流れ的にいい感じになったみたいだな。

 とにかく、今回もよかったな。少しずつお客さんも増えてるし。

 ……でさ、なんか3時過ぎたぐらいからお客さん、急に増えてこなかった?」


「あれは、ほら、エルドラドにエリックが来てたやん。

 そこからお客さんが流れてきたんちゃう?」


「あー、そうか。

 そうするとエリックのおかげってわけか。

 エリックに感謝せにゃな……」


 ユウタはリュックにUSBケースやマイク、ケーブルをしまいながら言った。

 エリックとは米国の有名DJ。

 来日してこの近くのクラブで、ユウタたちと同じ日時に公演をやっていたのだ。


「はいー、終わりだよー」


 アリヤがみんなに声をかけると、ブースからフロアに降りた。


「マキもユウタもアズミも、ありがと、グラッツェグラッツェ!」


 そう言いながら、3人を順々にハグした。

 さすがイタリアンだね。

 マキはいつも思う。


 アズミが、


「もう準備できた? 忘れ物ないね?」


と言って、ブースからフロアに降りた。

 マキもそれにしたがって、ユウタに、


「ユウタ、行こう!」


「はいな!」


 ユウタがふざけたように応えた。マキが、ぷふっ、と吹き出す。


「……なにそれ」


「いいじゃんかよ」


「あ、また東京弁にもどってるー。

 ここは大阪やで!」


「はいはい、ごめん。

 気いつけるわ」


 店長のハギさんが声をかける。


「ユウタ、今夜もよかったよ。

 みんなよかった!

 いい感じだったな」


「はい」


「いまみたいな感じでやってていいぞ。

 集客も大事やけど、それよりも自然に楽しい感じのパーティーや、ってことのほうが、もっと大事やからな。

 おまえたちはそこがちゃんとできてるから、それを守っていまのような感じでやってくれれば、ええと思う」


 ユウタ、アズミ、マキ、アリヤの4人は、おたがい顔を見合わす。

 そして、


「ありがとうございます!」


と、みんなで声を合わせて頭を下げた。


 ハギさんから、きょうの利益分をキャッシュでもらう。

 ユウタはハギさんに礼を言ってそれを受け取ると、それをその場で3人に分けて渡す。

 等分できない分、割り切れない分は、あとで両替して渡すつもり。

 アズミ、アリヤ、マキの3人とも、これでいいよいいよ、と言うが、ユウタはいつも几帳面なのだ。


 外に出ると、もう明るかった。空がまぶしい。

 ずっとブースにいた目にはまぶし過ぎる。


 3人はメトロに乗って、なんば駅まではいっしょだ。

 そこで降りると、アズミ、アリヤは四つ橋線に乗り換えるのでそこで別れる。


「おつかれー。また次回がんばろーなー」


「はいー」


「おつかれー。またね!チャオ!」


 アズミとアリヤは手を振って、四つ橋線に向かっていった。


 ユウタはマキに言った。


「アズミもよかったな。どんどんよくなってくるな」


 マキも、うんうん、とうなずいて、


「アズミ、いいよねー。

 フロアがウケてるのわかるもん。

 あたしらともいいバランスになってるし」


「そうやな」


「アリヤは安定のアリヤやね」


「あっはは、まあそうやな。

 アリヤのプレイはすごい華がある。

 なんていうか、聴いてて元気になる」


「うん」


 動物園前駅に着いた。ユウタはここで降りて堺筋線に乗り換えだ。


「じゃ、またあした……だよな?」


「そうやね。午後から講義あるから」


「よく寝ろよ」


「うん。

 おつかれ!またあした!」


「おつかれ!」


 マキはユウタとここで別れた。

 地下鉄のドアが閉まる。

 

 ユウタが手を振っていた。

 マキも手を振った。

 車両がスピードを上げていき、ユウタが遠ざかっていく。

 

 こんな時間が切ない。

 パーティーが終わって、みんなと別れるときが、一番……。


 考えてみれば、ユウタたちとの出会いがなかったら、こんなふうに楽しく過ごせてなかったかもしれないな……。


 疲れと眠気でぼんやりとしたマキの頭の中で、そんな思いと共に、ゆうべフロアでかかっていた曲が再び思い出されて響いていた。


 マキはそれを懐かしむように、ひとり微笑んだ。

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