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第9話 ロックハート侯爵様は着せ替え人形がお好き?

「ヴェルヘルミーナ、これはどうかしら?」

「あ、あの、ロックハート侯爵様……」

「奥様、こちらはいかがでしょうか」

「そうね。赤も似合うけど、もっと可愛らしいデザインでも良いかもしれないわね」

「こちらの深緑のドレスはどうでしょう?」

「それでは、今日のドレスと変わり映えがしないわね。似合うけど……」

「こちらの蜂蜜色はいかがですか?」


 上品な銀糸で刺繍があしらわれた蜂蜜色のドレスを私の体に当てたロックハート侯爵様は、何か物足りないというように首を傾げた。

 侍女たちにドレスを運ばせる侯爵様の前で、私はただ硬直するばかりだ。


 出会ってすぐにお茶を頂くのかと思えば、突然、贈り物を渡したいといわれ、ここまで連れてこられた。こんなに豪華なものは受け取れないとお断りをしたというのに、せめてお茶会の間だけでも着てほしいと言われ、今に至る。


 着せ替え人形よろしく立ち尽くし、ダリアに助けを求めようとその姿を探した。


「ロックハート侯爵様、僭越ながら、私も選んでみました」


 ダリアは表情一つ変えず、ドレスを手に持っていた。


 私が着たこともないような、薄紅色のドレスには可愛らしいバラの刺繍が施されている。とても美しいものだ。──ではなく、なぜ私の傍にいないで、ちゃっかり着せ替えごっこの仲間入りをしているの!?


「さすが、ヴェルヘルミーナ付きの侍女ですこと!」

「お褒めいただき光栄です」

「さぁ、着替えましょう、ヴェルヘルミーナ!」


 ご機嫌なロックハート侯爵様の号令と共に、侍女たちが私を取り囲んだ。


 ちょっと、ダリア。これはどういう事かしら。遠巻きに見てないで、助けて頂戴。ねぇ、ダリア!

 声に出せない叫びを視線に込めたが、その視界を遮るように見知らぬ侍女が「失礼します」と言って前に立つ。


 抗う間もなく、私は紺のドレスを脱がされ、花のように美しいドレスへと着替えさせられた。


 さらに化粧を直された後、鏡の前に立って言葉を失った。


「まぁ、とても綺麗よ、ヴェルヘルミーナ!」


 後ろに立ったロックハート侯爵様は、手に持っていた宝石を私の首に飾る。それは深紅のバラのようなルビーだ。


「侯爵様、こ、これは!」

「ヴェルヘルミーナ、(わたくし)名はのローゼマリアよ。そんな他人行儀はやめて欲しいわ」

「……ローゼマリア様、あ、あの、これは一体……」

「言ったでしょ。私は貴女を娘に迎えたいの。これくらいの贈り物は当然よ」


 にこにこ笑うローゼマリア様は、ここにあるドレスが私のために(あつら)えたものだと言った。宝石も、レースも、何もかもが私のために用意したものだと。


 これは一体どういうことか。


 ドレスなんて、私の寸法を知っていたとしか思えないほどぴったりだけど──ハッとしてダリアを見ると、誇らしそうに控えている。おそらく、やり取りをしていた時にサイズを事細かに報告していたのだろう。


「あぁ、本当に可愛いわ。うちの子は男ばかりだったから、娘が欲しかったのよ」


 薔薇の花を模した髪飾りを、自らの手で私に飾るローゼマリア様は本当に幸せそうに微笑んだ。


「ヴィンセントは小さい時から体が大きくて威圧感があって……あぁ、顔はクレアに似て綺麗ですよ」

「……クレア、様?」

「ヴィンセントの実母の名ですよ」


 突然の言葉に、私は唖然となった。

 今、ローゼマリア様は何て言ったのかしら。ヴィンセント様の実母?


 言葉を失っていると、まるで聖母のように微笑んだローゼマリア様は私の手を引き、場所を変えましょうと言って歩き出した。


 どういうことかしら。

 ローゼマリア様は、前ロックハート侯爵様の御長女で、フォスター公爵家から入婿を迎え、ご子息は三人いたはずだわ。旦那様は第三魔術師団の長を経て、今は王城に住みながら公務に携わっていると聞いているけど、ご夫婦仲が悪いなんて話は聞いたことがない。むしろ、諸侯の間では愛妻家で有名だわ。


 私が困惑していると、ローゼマリア様はふふっと微笑まれた。


「もう三十年以上昔のことになりますね。私と夫の間に、五年、子どもが出来なかったのです」


 もしかしたら、その時に旦那様が外で女性と浮気をされたのかしら。不躾にも、卑しい想像をしてしまった私は、思わずローゼマリア様の手を握りしめてしまった。


 私はどれだけ不安そうな顔をしていたのだろうか。


 驚いた顔をしたローゼマリア様は足を止めると、私の頭をかき抱くように、そっと胸元へと引き寄せた。


「優しいのですね、ヴェルヘルミーナ」

「もっ、申し訳ございません!」

「何を謝るのですか?」

「……不躾にも、旦那様を悪く思ってしまいました」

「まぁ! ヴェルヘルミーナも、女の子ですね。心配しないで。私に跡継ぎが出来ないのであれば、外に作りなさいと夫へ言ったのは、他でもない私ですよ」


 にこにこ笑うローゼマリア様は、再び私の手を引いて歩き出した。

 踏み入った部屋は、執務室のようだった。


 整然とした執務室で私たちを出迎えてくれたのは、初老の男性だった。白髪が交じる栗毛の髪を丁寧に後ろに撫でつけた姿は、すらりと高くて好感がもてる。服にはシワ一つなくて、身なりもきちんとしているし、挨拶する姿もとても綺麗だわ。長年仕えている執事なのかもしれない。


「レスター、邪魔するわね」

「奥様、どうかされましたか? 坊ちゃんでしたら、まだお戻りではありませんよ」

「そのようね。本当にあの子ときたら……。ヴェルヘルミーナ、彼は執事のレスター・アプトンよ。古くから我が家に仕えてくれていて、今は、ヴィンセントの補佐を兼ねてこの屋敷で働いてもらっているの」

「お初にお目にかかります、ヴェルヘルミーナ様」

「はじめまして。この地のことは分からないことも多いですが、どうぞよろしくお願いします」


 精一杯の笑顔で挨拶をすると、レスターさんは目を細めて微笑み、(こうべ)を垂れた。さらに、失礼と言って白いハンカチを取り出すと、目頭を押さえ始めた。泣いているのかしら。


「レスター、どうしたの?」

「申し訳ありません。歳を取ると涙もろくなりますな……ついに、坊ちゃんに春が訪れるのかと思うと、嬉しさがこみ上げまして」

「ふふふっ。それも、こんなに可愛い子ですもの、きっと満開の花が咲くわよ!」

「奥様、ようございましたね」


 今にも手を取り合って喜びだしそうな二人が、私に微笑みを向けた。

 結婚どころか婚約の調印すらまだだし、ヴィンセント様とお会いしたこともないのに、この歓迎ぶりはどういうことか。どう反応するのが正解なのか分からず、私はぎこちない笑みを顔に浮かべた。


 ロックハート家が私のことを歓迎しているという継母の話は、本当のことみたいね。私が無能と知ったら、この笑顔は凍り付くわよね……


 一瞬不安がよぎった。思わず伏目がちに下を向いてしまったけど、ローゼマリア様は何事もなかったように、穏やかに私を呼んだ。


「ヴェルヘルミーナ、こちらへいらっしゃい」


 差し出された手に指を添えると、ローゼマリア様は大きな肖像画が飾られる壁の前へと移動した。いくつもの肖像画の中、ひときわ大きな額縁の前で立ち止まる。そこに描かれる貴婦人は、若き日のローゼマリア様だろう。一緒に描かれる少年三人の中で、一番背が高い銀髪の少年は、おそらくヴィンセント様。十二歳くらいかしら。


「このリリアードの街をヴィンセントに任せたのは、十年前のことです」

「十年前……」

「その時に、私の持つ伯爵位を与えました。ヴィンセントは幼い頃から才気があり、物覚えもよい子でした。亡きクレアにそれはよく似て」


 懐かしむように微笑むローゼマリア様は、赤子を抱く女性の肖像画へと視線を移す。彼女が、クレア夫人なのだろう。


「彼女はアーリック族の娘でした」

「アーリック!?」


 予想外の言葉が出てきたことで、私は思わず驚きの声を上げた。


 アーリック族は、神々が眠ると云われるドルミレ山脈を守る一族とも、神の末裔とも伝えられる山の民だ。近隣の王国と不可侵条約を結んでいて交易もあるけど、一族のほとんどが山や森に住み、町に降りてくることはない。それに、純血を重んじているため、若いアーリックの女性は決して山を下りないと聞いたことがある。


「アーリックのことを知っているのね。博識で頼もしいわ」

「恐縮です。……ローゼマリア様、アーリックは女性が外に出ることを認めないと聞いたことがあります」

「その通りよ。でも、クレアの両親は交易を生業としていて、一族の中では柔和な考えをされる方たちだったから、交易にクレアもついて来てたの。私たちはすぐに仲良くなったわ」


 ある日、軽い気持ちで子どもが出来ないことを相談したら、親身になってくれたそうだ。

 アーリックに伝わる子を授かるための体質改善方法や食品、薬に至るまで惜しげもなく教えてくれた。そうして、不妊と闘う日々が始まったのだと、ローゼマリア様は静かに話してくれた。

次回、本日13時頃の更新になります


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