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第6話 無能な私に突きつけられたのは滑稽な役目だった

 突然の結婚という言葉に、私の頭は真っ白になった。

 だって私はセドリックのために、継母からレドモンド家を守らないといけないのよ。


 セドリックからの手紙には、アカデミーに通うんだって書いてあったわ。これから、まだたくさん学ぶことがあるのよ。今、家に戻すわけにいかない!


 それに、私がロックハート家へ嫁いだりしたら、ペンロド公爵家に連なる諸侯はどう思うかしら。姉妹そろって寝返った、ペンロド公爵様を裏切ったと見られかねないわ。

 お姉様のために、ロックハート家と程よいお付き合いをとは考えていたけど──


「……申し訳ありませんが、セドリックがアカデミーを卒業して戻る日まで、結婚する気はありません」

「お黙りなさい!」


 ぴしゃりと言い放つ継母は、冷たい眼差しで私を見下ろしてくる。

 まるで薔薇の棘が突き刺さるようだ。


 堪らず一歩後退りたくなった。それでも、震えだしそうな足に力を入れて奥歯を噛み、耐えながら継母を真っすぐ見つめた。


 口答えは許さない。そう叩き込まれてきたけど、これだけは引き下がれないわ。浪費家の継母にレドモンド家を好きにさせる訳にはいかないもの。


 脳裏に浮かべたのは、薔薇の花に包まれた東屋(ガゼボ)で笑う愛しい弟の後ろ姿。その横には、まだ見ぬお嫁さんがいる。

 心優しいセドリックなら、きっとお嫁さんを大切にして、この領を守ってくれるわ。そのためにも、レドモンド家を没落貴族になんて、させてなるものですか。


 私の心が見えたのだろうか。継母の目がつまらないものを見るように、すっと細められた。


「無能なお前を迎えたいだなんて、ロックハート家も見る目がないわね」


 鼻で笑い、継母は悪趣味な扇子を開いて口元を覆った。


「お前が望むのであれば、ぜひにも、長男の嫁に来て欲しいですって」

「……ご長男、様?」

「稀代の魔術師と謳われる、魔術師団の団長ヴィンセント・ロックハート」


 継母のしたり顔に、背筋の凍る思いがした。よりによって、ご長男のヴィンセント様だなんて。

 お茶会にすら出たことのない私にだって、彼の噂は色々と舞い込んできている。


 お一人で、一師団並みの魔力を有しているから誰も逆らえないとか、女嫌いでご縁談を断り続けているとか。他にも、ヒグマのような大男だとか、にこりとも笑わず、眼光だけで人を殺せるなんて話もあったわね。


 それでも、ロックハート家の長男という肩書は魅力的だからか、ご令嬢を持つ諸侯の方々は諦めず、縁談を持ち掛けているらしい。


 ほとんど、ダリアから伝え聞いた噂話で、社交界に出たことのない私は噂すら聞いたことがないのだけど。とにかく、一癖あるどころではない殿方だってことは分かっている。


「む、む、無理です!」

「お黙り! お前はロックハートで、その無能な血をもって無能な子を成せば良いのよ!」

「……は?」


 全力で断る私に、継母は奇妙なことを言い始めた。

 無能な子を成せば良いって、どういう意味よ。


「お前が無能だっていうことを、ロックハートは知らないのよ。この家の者以外で知るのは、ペンロド公爵夫人くらいでしょ」


 赤い口が、まるで物語の悪女のようにつり上がる。

 いいえ、()()()ではなく立派に醜悪な悪女の笑みだわ。何を企んでいるかは分からないけど、きっと、レドモンド家にとって悪いことに決まっている。


「レドモンド家は、優秀な魔術師を輩出してきた家柄。当然、お前も優秀な魔女だと思ってるのだろうね。だから、その血が欲しいだけ」


 パチンっと音を立てて扇子が閉ざされる。

 継母の背後に、輝く光の玉がいくつも浮かび上がった。


「でも、お前は光すら灯せない無能。これほど面白いことがあるかい?」


 ギラギラとした悪趣味なドレスが光に照らされ、これでもかと輝き出す。


 愛しい弟のため、レドモンド家のために縁談を全力で断ろうと決意していた私の熱い心が、一瞬にして冷えた。

 そう、私は無能な娘。魔術師の家系に生まれながら、何一つ魔法を習得できなかった出来損ない。


 脳裏に、冷ややかなお父様の眼差しが浮かんだ。その落胆した物言わぬ亡霊は、小さくため息をつく。


 亡霊のように現れる冷たいお父様の顔を振り切るように、私は愛しい弟(セドリック)の笑顔を思い出した。

 無能と罵られても、弟の為に私は闘わなければならない。継母に負ける訳にはいかないのよ。


 震える手を握りしめ、カラカラに乾いた喉に唾液を流し込んだ。


「長いこと、お前を隠してきたかいがあるってものね。お前は望まれながら嫁いだ先で、無能な子を産むのよ」

「仰る意味が、分かりません……」

「本当に無能だこと」


 閉ざされた扇子の先がとんっと私のお腹を叩いた。丁度、子宮の辺りを、繰り返しとんとんっと軽く叩かれる。

 それが意味していることを考え、思わず頬を染めてしまった私は、継母から顔を逸らした。


「お前の価値なんて、子を成すことくらいじゃないか。それも、無能な子をね」


 この人は何を言ってるのかしら。

 子を成す以前に、私なんかが嫁いでも喜ばれるはずがないじゃない。


「無能なお前の血が混ざれば、ロックハート家の次代は能力が下がるでしょ」


 私の子となれば、光を灯すことも出来ない、憐れな子が生まれるかもしれない。


 だけど、ロックハート家も由緒正しい魔術師の家系よ。その血を濃く受け継ぐかもしれない──って、待って。そもそも、なんで結婚を通り越して子を成す話になっているの。確かに、結婚となれば、そういうことだろうけど。


 ヴィンセント様は女嫌いって噂もあるわ。

 そもそも、夜を共にすることがないかもしれない。


 それにヴィンセント様は、魔術師団の長を務める方よ。私が魔法を使えないなんて、すぐ気が付くに決まってる。知られたら最後、すぐに離縁されるわ。


 恋愛小説すら読む暇がない日々を送って来た私にとって、結婚と出産の文字は未知のものだ。それでも、枕を共にすることが簡単でないことくらい分かる。政略結婚ともなれば、なおさらだ。婚約前に魔力量を調べられたなんて話もあるらしいし。


 混乱しながら継母の話を聞いていると、再び、お腹のあたりを扇子で叩かれた。今度は少し強く。


 鈍い振動が、身体の奥に響く。


「無能な子を産むのよ。それがお前の役目」

「……役目? どういうこと、ですか?」

「次男の婚約者は病に臥せっている。三男はまだ婚約を結んでいない……これで、無能な次代が生まれたら、ちょっとした騒動になるでしょ?」


 私に、騒動の種となれということか。その騒動を利用して、継母、あるいはペンロド公爵夫人が何かを仕掛けようとしているのだろうか。

 継母の話がうっすらと見えてきて、私は背筋がいっそう冷えるのを感じた。


 赤い唇がつり上がる。悪女と呼ぶに相応しい醜悪な顔だ。その手袋に隠れた指先も、きっと赤い唇と同じように染まっているのだろう。


 扇子の端が、私の顎をくっと持ち上げた。


「ペンロド公爵夫人のためよ。無能なお前も、顔と体は良いのだから、女の武器を使って骨抜きにしてきなさい」

「……わっ、私なんか、きっとすぐに離縁されます!」

「ふんっ。離縁されたら、お前は修道院行きよ。二度と、この家に踏み入ることが出来ないようにしてあげる」


 修道院──そんなことになったら、何も出来なくなってしまう。


 嫁いだ方が、まだ、外からレドモンド家を援助することだって出来る。家同士の交流を理由に、この屋敷へ足を運ぶことも可能だわ。でも、修道院に送られたら、待っているのは祈りの日々。新たに嫁の貰い手が見つからなければ、外との交流はなくなってしまう。


「無能なお前に、嫁ぎ先が出来たのだから喜びなさい」


 継母は高笑いしながら私に背を向け、部屋から出ていった。不快な声が遠ざかる。

 その場で棒立ちになっていた私は膝から崩れ落ちた。


「ヴェルヘルミーナ様、お気を確かに」


 控えていたダリアの声と、背中に添えられた手の温かさを感じて、辛うじて意識を保った。


 どうしよう。私には嫁ぐしか道がなさそうだ。


 セドリックの為に、私が出来ることを考えなくては。このままでは、継母に家をいいように扱われてしまう。


 混乱する私の耳元にダリアがそっと耳打ちをしてきた。


「侯爵様にお力添えを願いましょう。全てお話しするのです」

「えっ……でも、それは……」

「他に手はありません。早急に、ロックハート侯爵様とお会いしましょう」


 ダリアの真摯な眼差しに促され、私は頷く以外に答えを見いだせなかった。

次回、本日15時頃の更新になります


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