第3話 無能な私を悩ますのは銭ゲバ商会
貴族社会というのは、どうしてこうもややこしいのだろうか。
アデルハイム王国には、王族を祖にもつ公爵家が十二ある。その中でも最も力を持っているのはフォスター家だ。
古くから王国を支えて来た由緒あるフォスター公爵家は、現国王だけでなく有力貴族からの信頼も厚い。そのフォスター家に近年対抗しているのがペンロド家で、我がレドモンド家はその家門になる。確か、お父様のお祖父様の奥様がペンロド家縁のお嬢様だったとか。
どんなに古くても、血の繋がりをやけに大切にするのよね。特に、魔術師を輩出している家門は血筋に煩い。
我がレドモンド家も、古くから有能な魔術師を輩出してきた。でも私としては、この古い柵を断ち切って、大好きなお姉様の為に新しい繋がりを大切にしたい気持ちもある。それがロックハート侯爵家だ。フォスター公爵家の家門になるから、お姉様のことを考えるとお近づきになったらいいに決まっている。
でも、ペンロド公爵夫人にベッタリな継母が許すわけないのよね。
ややこしい貴族の相関図を頭に描き、私はため息をこぼす。
「ペンロド公爵夫人の怒りを買ったら、やっと安定した商会との繋がりも危うくなると思うのよ」
書状の束から、今まさに頭痛の種となっているものを、私は引っ張り出してダリアに渡した。
ため息をこぼしてティーカップの中を覗くと、ダリアが「ウィンズロー商会ですか」と尋ねてきた。
「そう。夫人と懇意にされてる商会だから、無下には出来ないのよ」
「お嬢様が若いからといって、足元を見てくる銭ゲバじゃありませんか」
「銭ゲバって……」
ウィンズロー商会は金のためなら何でもすると噂だ。彼らの本国に暴力行為という言葉があり、それと銭をくっつけて、お金に汚い人を「銭ゲバ」と揶揄するようになったらしい。
不愉快そうな顔のダリアに苦笑い、私は小さなクッキーを口に入れた。
仄かな蜂蜜の甘さを感じる素朴なクッキーを噛みしめれば、甘味がじわりと体に染み渡る。そこに紅茶を流し込むと、胃の奥がじんわりと痺れるように温まり、体が疲れているんだってよく分かった。
それもこれも、取引で問題が絶えないからなんだけど。
「また、ウィンズロー商会は無理難題を言っているのですか?」
「……卸している織物が高いって。うちとしては限界なのにね。それに、麦なんて作らないで亜麻を増やせって言ってくるのよ」
「何も分かっていない、銭ゲバですね」
「魔法繊維は亜麻を大量生産すればいいわけじゃないって、説明しているんだけどね」
うちで生産している魔法繊維の品質は、国内でも一、二を争う良質なものだ。それで作る織物は、魔術師のローブや騎士のマント等に使われる。
生産量を増やすことは可能だけど、それが品質低下に繋がったら本末転倒だわ。魔法繊維は、我が領の生命線だもの。
「ウィンズロー商会が専売に近い状況がよくないですよね」
「そうね。価格競争が期待できない現状で生産量を増やしたら、領民が疲弊するだけよね」
「先々代までは各地の商会と取引をしていたとお聞きしてますが」
「そうね。家業を仕切っていたお母様が体を壊して倒れたことは大きかったわ」
父が代わって取引を進めたが、商売に不慣れだったことも影響して次第に販路を失い、没落の危機を迎えた。そんな我が家を助けて下さったのが、ペンロド公爵夫人だった。だから、我が家はペンロド家に頭が上がらないわけだ。
カップの底に残る僅かな紅茶を見つめ、私はペンロド夫人と継母の後ろ姿を思い浮かべた。
夫人からのお手紙が増えのは、継母がこの家にやってきてからだ。それを、お父様は渡りに船だと言っていた。ペンロド家がさらに後ろ楯となってくれる。そう思ったのかもしれない。
それからお父様は、家にいることがほとんどなくなったのよね。だから、お父様に代わってミルドレッドお姉様と、ダリアのお父様であるデール子爵が家業を取り仕切るようになっていった。
商会との取引って大変なんだと、幼かった私でも分かるくらい、当時、家の中は混乱していた。
「ペンロド夫人が、ウィンズローを紹介してくれたんですよね?」
「ええ。だから、ペンロド家に恩があるのよ。でも、これ以上、魔法繊維の価格を下げるのは無理だわ」
「価格競争が起きればいいんですよね?」
「……西のドリス商会がウィンズローより好条件を出す、価格を倍にしてもいいから納品数を増やして欲しいとはいってるのよ」
「渡りに船ではありませんか!」
「簡単にはいかないのよ」
「西のドリスは、フォスター公爵家縁の商会でしたね」
「そう。古い代には、うちの織物をずいぶん贔屓にしてくれていたわ。出来れば、私も関係を改善したいのだけど」
お姉様は、必死にドリス商会との繋がりを残してくださった。きっと、エヴァン王子の後ろ楯であるフォスター公爵様のことを考えてなのだろうけど。
今は、なんとかその繋がりを保っている状態。お姉様のことを思うと、もっと深い付き合いをしたいところなのよね。
「ドリスに鞍替えしても良いんじゃないですか?」
「そんなことしたら、それこそ、ペンロド公爵夫人の怒りを買うことになるわよ」
深いため息を零すと、ダリアは「新しい繋がりを持ちましょう」といい、視線を一通の手紙へ向けた。
送り主はローザマリア・ロックハート。何度もお茶会のお誘いをくださる女侯爵様だ。
「……お義母様に知られたら、裏切りだと言われるわ」
「でも、このまま断り続けるのは、ミルドレッド様のお立場にも影響します」
「お姉様のお立場……」
「お茶会を受ける口実は、いくらでも用意が出来ます。いい機会ではありませんか」
「……考えてみるわ」
私がしぶしぶ頷くと、ダリアはハッとしてドアを振り返った。
ややあって、バタバタと品のない足音が近づいてくるのが、私の耳にも届いた。そして、その足音と一緒に、これまた品性の欠片もない金切り声が聞こえてきた。
「──ルマ! ヘルマはどこだい!?」
廊下の向こうで繰り返される叫び声は、間違いなく継母のものだ。
ローザマリア様からの手紙を、そっと書類の下に差し込んで、私は息を整えた。
また、何か無理難題を持ち掛けるのだろう。
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