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第21話 「衛兵! ケリーアデルを捕らえよ!」

「……偽造……そ、そんなこと、私は……知らない! 知らないわ!」

「当時、受理した役人の目を誤魔化せるほど、精巧に作られたものです」

「ほん、もの? 本物って……」


 ガクガク震えるケリーアデルは、ちらりとペンロド公爵夫人の方へと視線を向けた。夫人が助けてくれるとでも思っているのだろうか。

 しかし、夫人は黙ってことの次第を見守る姿勢を崩しはしなかった。


「本物と並べても、私には違いが分からなかった。役人が気付かないのも仕方のないことだろう」

「承認を得た当時、お姉様も気付きませんでした。その手にとって見ることは叶わず、すぐに鍵をかけてしまわれてしまったので、その後、調べる者はいませんでした」


 ケリーアデルとしては、この封蝋が本物の証だと思っていたから、割れないようにしまいたかったのだろう。


「本当によく似ています。でも、紋章を飾るバラの葉が少し違うんですよ」


 これを作らされた職人が誰かは分からない。おそらく、脅されて作ったたのだろう。その人が、わざと微妙な違いを作ってくれたのかもしれない。偽の印章を作ることへの、せめてもの罪滅ぼしだったのだろうか。


 よく見なければ気づきもしない、小さな切れ込みのあるバラの葉から、懺悔の声が聞こえてくるようだ。


「バラ? バラの葉……だって、私はそれを()()()()()()()……」


 困惑した顔でぶつぶつと言い出したケリーアデルが、ゆらりと体を揺らした。


 警戒したヴィンセント様が、咄嗟に私の前へと一歩踏み出す。だけど、彼女はこちらを見ていない。そのまま体を揺らして歩を進めたかと思えば、突然、崩れようにペンロド公爵様の足に(すが)りついた。


 その時、ケリーアデルの全身から、ゆらりと黒い陽炎が立ち上がった。

 アレは何?

 黒い陽炎は禍々しく地を這い、ペンロド公爵様の足へと絡みついていく。


「公爵様! 信じてください。私は娘を折檻などしておりません。印章の偽造など、身に覚えのないことばかりでございます!」

「だ、だが、鏡に映っておった。そ、それに印章が偽装となれば……そなたが、義理の娘たちの母として屋敷にとどまることは認められぬ」

「あれは、本当に夫が書いたものです!」

「しかしだな……亡きレドモンド卿との婚姻の事実がないのであれば、これは、大問題であるぞ」


 気弱そうにおろおろとするペンロド公爵様は、夫人を振り返って助けを求めるようなそぶりを見せた。


「全て、愚かで無能な娘の妄言。それにロックハート家の皆様が騙されただけのこと!……私は、夫を愛しておりました!」

「嘘よ!」


 ケリーアデルの愛を欠片も感じない言葉に、私は悲鳴をあげた。


「貴女はお金がほしかっただけ! お父様がいない時、勝手にレドモンドの家財を売り払い、散財してきた。その度に、私に罪を擦り付けてきたじゃない!……あなたが愛したのはお父様ではない。レドモンドの財産よ!!」


 私の叫びに応えるように鏡が輝く。


 絵画に陶器の飾り、彫刻、様々な美術品を売り払うケリーアデルの姿が、鏡に映し出される。それを見た瞬間、ペンロド夫人の表情が険しくなった。


 さらに映し出されたのは、父が私を怒鳴りつけて「美術品に触れるなと言っただろう!」と説教する姿だ。


 そう。私が美術品を壊した、汚したから破棄せざるを得なかったと、ケリーアデルは嘘を並べた。そうすることで、家財を売却していた事実を隠し続けた。その中には、亡き母の宝石やドレスもあったわ。


「嘘です。こんな……これは、私に化けた誰かでございます。偽りです!」


 しなだれて、ふくよかな胸を揺らしたケリーアデルは、まるで男を誘うような眼差しをペンロド公爵様へと向けた。

 その瞳に飲まれるように、公爵様は押し黙って動かなくなる。


 さっきまで、夫人を振り返っておろおろと助けを求めていたのに、どういうことだろう。まるで、操り人形になったように、ペンロド公爵様はぼんやりとした目をケリーアデルに向けていた。


 ケリーアデルの赤い唇が弧を描く。


 よく見れば、(くら)い陽炎が公爵様の体を飲み込もうとしているではないか。彼女が何かをしたのだろうか。


「信じてください。私は、ずっと、ずっと()()()()()()()()()()に──」

「お黙りなさい、ケリーアデル!」

「……ドロセア様?」

「誰が、私の夫に触れて良いと言いましたか?」

「えっ……そ、それは……」

「しかも、卑しい目で夫を見ていましたね。そのようにして、亡きレドモンド卿にも取り入ったということですか」

「ち、違います! 私はドロセア様の──」


 継母が何かを言いかけた時、ペンロド公爵夫人──ドロセア様の扇子が、彼女の頬を殴りつけた。


「こうして、ヴェルヘルミーナ嬢を躾けたのですね。では、貴女の躾もそうすることにしましょう」

「ドロセア様! 話を聞いてください。私は──!」

「お黙りなさい!」


 ドロセア様の一声で、ケリーアデルは黙った。まるで、声を失ったように。その直後だ。フォスター公爵様が声を上げた。


「衛兵! ケリーアデルを捕らえよ!」


 こうして継母ケリーアデルは、あっけなく捕らえられた。


 全て終わった。

 連行されるケリーアデルの姿を見てほっと胸を撫で下ろした直後、私は突然の脱力感から、その場で膝を折った。

 もう大丈夫。レドモンド家から継母を追い出せたのよ。セドリックの家を、私は守れたのね。


 不思議な解放感に頭が朦朧としてきた。かと思えば、身体が鉛になったように重くなる。

 あぁ、あんなに空が青いというのに、それを見ているのも億劫だわ。


「ヴェルヘルミーナ!」

「お嬢様!」

「ミーナ姉様!」


 ヴィンセント様やダリアが私を呼んでいる。その中に、懐かしい声を聞いたような気がした。

 今、私をミーナと呼んだのは誰かしら。セドリックの声にとてもよく似ていた気がする。

 あぁ、ついに幻聴が聞こえるようになってしまったのね。帝国のお屋敷で勉学に励んでいるセドリックが、ここにいる訳がないのに。


 会いたい。セドリックに会いたい。あなたがいたから、私は今日まで頑張れたの。早く、会いたい──次第にぼやける視界の中、懐かしいさらさらの赤毛が揺れたように見えた。

次回、本日15時頃の更新になります


残り2話で完結の予定となります。どうぞ、最後までお付き合いください。



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