第18話 語られる亡きレドモンド卿の思い
しゃくりあげながらも、少しずつ落ち着きを取り戻した私は、次第に恥ずかしさで体が熱くなってきた。
想像もしていなかったお父様の話を聞いて、子どものように泣きわめいてしまった。それが恥ずかしくてたまらない。
目の前にあるヴィンセント様のシャツは、私の涙でしっとりと濡れてしまっているし、申し訳なさが募っていく。
「少しは落ち着いたか?」
「……は、はい」
「まだ震えてる。今夜は、眠れるまでこうしていよう」
いうが早いか動くのが先か。
私の身体を抱えるようにして、ヴィンセント様はベッドに身体を横たえた。
そんな突然の行動に驚いたら、私の涙は全部引っ込んだ。
座ったまま抱き締められていてもドキドキしたのに。こんな近くで鼓動や吐息を感じながらなんて、どうしたらいいの。
眠れるわけないじゃない。
お父様だってきっと、ふしだらなって怒るんじゃないかしら。私のことを、嫁にやらないぞなんて言ってたみたいだし。
「こんな姿を、レドモンド卿が見たら泡を吹くか雷が落ちそうだな」
私の心を読んだように、ヴィンセント様がいったことがおかしくて、思わずくすりと笑ってしまう。
「お父様って、そんなに心配性だったんですか?」
「すごかったよ。ヴェルヘルミーナの婚約者は、自分よりも強い魔術師でなければ認められない。そうよくいっていたくらいだ」
「お父様より強い!?」
ビックリしすぎて声をあげると、ヴィンセント様も大きな口を開けて笑った。
「魔王も裸足で逃げると噂された第五魔術師団長より強い魔術師なんて、そうそう現れるわけがないと、師団のなかでも笑い話だったよ」
「……恥ずかしいです」
「それくらい、ヴェルヘルミーナの将来を心配していたということだ」
「そうかもしれません、けど……そういう一面を、屋敷で見ることが出来なかったので」
ぽっぽと熱くなる頬に手を当て、顔を覆っていると、よしよしと頭を撫でられた。
「本当は、こうしたかったんだろうね」
「そう、でしょうか?」
「間違いない」
どうして言い切れるのか不思議に思って、そっとヴィンセント様の顔を見る。
「お父上は、砦でウサギを飼っていてね」
「ウサギ……?」
「ヴェルと名付けて、よく可愛がっていたよ」
「……!?」
「ミーナと呼んだら、屋敷に帰りたくなる。だけど、娘が側にいると思えば耐えられる。そんなことをいっていたよ」
次々に明かされるお父様の過去。
どれもこれも、私が知っている厳格なお父様とは思えない。
「作り話かと疑ってしまいますわ」
「はははっ、そうだね。膝にのせたウサギを撫でる姿に、私も驚いたよ」
「闘犬を飼っていたというなら、まだ、想像がつきます」
「それはいい得て妙だな」
「なんだったら、ゴーレムを従えそうです」
「ははっ! ゴーレム生成はレドモンド卿の特技だったな」
「幼い頃、お人形を動かして見せてくださいました」
ダンスを踊り出した人形を見て、私は驚きと喜び、それに憧れを感じたんだった。私も、お父様みたいな魔術師になりたいって。だけど、いつまで経っても、火すらつけられなくて、泣いて騒いで──どうして、忘れていたのかしら。
「……お父様は神様なのって聞いたことがあります」
「神様?」
「幼い私には、ゴーレム生成の魔法は、命を与える神様に見えたんでしょう」
「レドモンド卿はなんと答えた?」
「……神になどなるつもりもなければ、なれるだけの器ではない。そういってました」
「子どもには難しい答えだな」
「本当にそうです。でも……」
脳裏に、お母様の葬儀が浮かぶ。
涙一つ流さなかったお父様。でもその後ろ姿はとても寂しそうに見えた。
「亡きお母様を見送るお父様を見て、この人は神ではないと、分かったんです。神なら、お母様を生き返らせることが出来ただろう。お父様は私と同じ人なんだって」
それと同時に、私はお母様との別れを受け入れた。
誰もお母様を戻すことは出来ない。どんなに求めても、帰ってこない。例え、偉大な魔術師だとしても。
すごく悲しかった。お姉様と手を繋いで泣きたい気持ちを我慢した。お父様が泣かないのに、私が泣くわけにいかない。──自分に言い聞かせようとしながら、結局、涙がぽろぽろとこぼれてしまったのを、覚えてる。
「レドモンド卿は、父親でいたかったのだろう。神ではなく、砦を守る魔法師団長でもなく、父として見ていてほしかった。他のなにでもなく、父親になりたかったんだ」
「父親、に?」
「どうしたらヴェルヘルミーナが喜ぶ可愛いゴーレムを作れるかと真剣に悩んでたこともあった。それくらい、いつだってヴェルヘルミーナの喜ぶことをしようとしていたよ」
「私が喜ぶことを?」
「ああ。レドモンド卿は、夫人を亡くしてからも、どうにかして貴女の笑顔を取り戻そうとしていたよ」
まったくそんな素振りはなかった。
そもそも、お仕事が忙しかったし、継母が来てからは砦に入り浸るようになっていたわ。
もしかしたら、ヴィンセント様は私のために嘘をついてるのかしら?
「後妻を迎えたとき、自分では母の代わりにはなれないといっていた」
「……え?」
「しかし、よりによってケリーアデルを迎えるとは、誰も思っていなかったよ。考え直せという者もいた」
「あ、あの、それって……どういうことですか?」
情報量が多くて、私は混乱しながら尋ねていた。
だって、まるでお父様があの人と再婚したことを周囲が歓迎していなかったように聞こえたんですもの。
お父様は、継母を素晴らしい魔女だといっていた。彼女に学べば、きっと私も魔法が使えるようになると──幼い頃の記憶を思い出し、ハッとする。
「レドモンド卿が後妻に求めた婚姻の条件は『ヴェルヘルミーナの魔力を開花させること』だった」
「私の、魔力?」
「本当は、自身で魔法を使えるようにしてやりたかった。そう話されていた。しかし、当時の第五魔術師団は新たな幻惑の魔女を探す任があってね」
「……それで、お忙しかったのですね」
お父様が、継母を立派な魔女だといっていた意味がやっと分かった。
その選択や厳しい躾は今思い出しても、嬉しいものではない。でも、そこに父親の愛がなかったわけではなかった。そのほんの少しの事実は、小さな救いに思えた。
「……ヴェルヘルミーナ、驚かないで聞いてくれ」
「もう、ずっと驚くことばかりですわ。まだ、何かあるのですか?」
「ああ……ケリーアデルは、幻惑の魔女候補だった」
突然降ってきた言葉に、私は声すら出なかった。
候補ってなんだろう。
「幻惑の魔女は、隠れるのが上手くてな。自分の力を一時的に分け与えることが出来る」
「分け与える?」
「木を隠すなら森の中……自分の魔力を他者に与えることで、雲隠れするんだ」
「そんなことをしたら、幻惑の魔女は力が弱まるのではないですか?」
「いや。分け与えたものが失われるわけではない。その力をもって他者を操れるし、魔力の回収も出来る」
「……それでは、幻惑の魔女は隠れながら世の中に混乱を招くことが出来るのですね」
「ああ。そして、ケリーアデルは、その候補だった。だから、周りは再婚を止めたんだ」
私の身体をぎゅっと抱きすくめたヴィンセント様は、低く「私も反対だった」と呟いた。
「ヴェルヘルミーナを危険な目に遭わせる気かと詰め寄ったが、レドモンド卿は『娘のことは私が守る』の一点張りだった。今思えば、既に幻惑の魔女に取り込まれていたのかもしれない……娘を思う気持ちに付け込まれて」
「……お父様」
「すまない。私たちには、お父上を正気に戻せるだけの力がなかった。砦にいるときは、いくらか魔女の幻惑が緩まったため、なるべく長いこと砦に留まるよう計らっていたのだが……それが、レドモンド家の混乱を招く要因になってしまった」
お父様が屋敷に寄り付かなかった理由が分かり、私はほっとした。
「お父様は……私たちを見捨てていたわけじゃないのですね?」
「もちろんだ。屋敷では常に、レドモンド家のことを憂えていた。命が残りわずかだと察してからは、どう、子どもたちを助けるかばかり、考えていらっしゃった」
セドリックが帝国にいらっしゃるお祖母様のところへ向かうことになったのが突然だったのも、もしかしたら、死期を悟ったお父様が早々と根回しをされていたのかもしれない。
「レドモンド卿の葬儀がすみ、すぐにでも貴女をロックハートへ招くつもりだった。しかし……」
「私がそれを断ることで、拗れてしまったのですね」
「ケリーアデルはペンロド公爵夫人との繋がりが強かった。仕方あるまい」
継母との日々が、次々に思い出された。
私がペンロド公爵夫人に怯えず、ロックハート侯爵様──ローゼマリア様を信じていたら、もう少し早く解決できたのかもしれない。
「私は、本当に無能ですね」
「何を言い出すんだ?」
「だって……私が、私がローゼマリア様を信じて、勇気を出していたら……私が、魔力を使えていたら……お父様を煩わせることも、お父様が苦しむことも」
無能だったばかりに、事を大きくしてしまった。
そう考えると苦しくて、申し訳なくて、胸が苦しくなった。
「泣かないで、ヴェルヘルミーナ」
優しい声が耳元で私を呼ぶ。
「私も、貴女を救い出すのに時間がかかってしまった。それこそ、ロックハート家として踏み込める範囲が狭かったからね。下手をしたら戦争になる」
「それは……」
「でも、貴女は私の手を取ってくれた」
私の手を、ヴィンセント様はしっかりと握りしめる。
「もう離さない」
「……ヴィンセント様」
「これからは、貴女を支え、その心を癒す手伝いをさせてほしい。レドモンド卿には『娘はやらない』といわれている私だが、いいだろうか?」
優しい言葉を断ることなんて、私にできようか。
大きな手を握りしめた私は、この時、本当の意味で彼の妻となる決心を固めた。
次回、本日17時頃の更新になります
残り5話となります。どうぞ、最後までお付き合いください。
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