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〈 6 〉

 次の日の閉店後、真名井玲亜を除くスタークラブのメンバーと孝之と夏実は狭い会議室で顔を合わせた。入院している玲亜のお見舞いに行った魚田紗季からの報告という名目で、紗季が招集をかけたのだ。業務外の集会ということで、労働組合の事務所を借りた。研修室ほど広くないが、10名くらいならかろうじて座るスペースがある。

「真名井さんの様子はどうだった?」

 黒田明日奈が聞く。

「今日もまだ少ししびれが残ってるらしい。話をする事はできる。」

「昨日の事について何か言ってた?」

「チョコを半分ほど食べたところで急に気分が悪くなったって。原因は玲亜もわからないけど、チョコが少し変な味がした気がしたらしい。」

「ふーん、なるほど。」

 宇田雄飛が腕を組んでうなった。

「警察も動いているけど、チョコレートに仕込まれた毒についてもハッキリしたらしいね。」

「まだ毒の種類については確定してないのよ。」

 夏実は思わずそう答えてから、しまったという顔をした。誘導尋問だ。宇田はニヤリと笑って、

「稲森さんは警察の情報が少しわかる立場だもんね。やっぱり毒が盛られてたんだ。」

「わたしも、初めからその可能性が高いと思っていた。」

 紗季が言う。

「そしてチョコに毒が盛られたとすると、それはいつなのか。玲亜が売場でチョコを貰う前に仕込まれていたとは考えにくい。」

 孝之もうなずいて、

「そうだね。店頭では冷蔵ケースの中だものね。注文があってはじめて店員がケースから出すんだ。」 

「そうすると、玲亜が一昨日チョコを研修室の冷蔵庫に入れ、昨日玲亜がそれを食べるまでの間に毒が入れられたことになる。玲亜がチョコを貰って、昨日食べることになっていたのは、ここにいるメンバーにはあらかじめアナウンスしてたけど、それ以外の人は基本的には知らないはず。」

 紗季は一同の顔を見回した。

「わたしの言いたいことはわかるわよね。チョコに毒を入れた人間はこの中にいる。」

「それで今日集められたという事ですか。」

 布施が言葉を挟む。

「真名井さんを殺そうとした人が本当にこの中にいると思ってるんですか。」

 紗季は少し間を置いてからゆっくり頷く。

「警察も捜査していると思うけど、玲亜を傷つけたのが誰なのか、わたしは知りたい。できたらこの場で名乗り出てほしい。」

「ここは懺悔室というわけね。」

 中野恵利がぼそりとつぶやいた。

「正しくは告解室ね。」

 一同は互いに顔を見合せて黙る。沈黙を破ったのは大杉晃だ。

「真名井さんの食べたのは火星のチョコだ。ぼくはマーズ、火星です。それぞれが順当に自分のチョコを食べてたら、ぼくが毒入りチョコを食べる事になったはずです。」

 顔を伏せたまま、ぽつぽつとつぶやくように晃は続ける。

「あの時、自分のニックネームのチョコを選ばせようとしたのは布施さん、あなただよね。」

 晃は顔をあげて友光を見た。

「布施さん、あなたは瑠奈のことをまだ恨みに思ってるのか。」

 晃は先日、雑貨売場の高瀬瑠奈と婚約したが、もともと瑠奈は友光と恋人同士だったという。晃が奪ってしまった形だ。

 晃と友光の視線が絡み合う。友光が小さくため息をついた。

「大杉さん、そんな事、もう何とも思ってませんよ。それに、毒を仕込んで誰かを狙うとしても、そんな不確実な方法は取りませんよ。」

「そうよ、もっと確実な方法がある。」

 恵利がボソリと口をはさむ。

「真名井さんは火星のチョコ、ヘーゼルオレンジが当たって喜んでいた。真名井さんがヘーゼルオレンジを好きな事を知っている人物が、そのチョコに毒を仕込んでおいた。そして、真名井さんから好きなものを選ばせるように誘導すれば、毒入りチョコを食べさせることができる。」

 恵利らしくない饒舌さに一同は驚く。

「そういう風に持っていこうとしたのは、大杉さん、あなただった。」

 晃は鳩が豆鉄砲をくらったように目を丸くした。

「ぼくが毒を仕込んだっていうの。」

「あなたの婚約者の瑠奈さんは同じ売場の先輩の真名井さんから随分辛くあたられているというのは、有名な話よね。」

 晃は憤然として、

「バカバカしい。真名井さんの厳しさは後輩を育てるための愛のムチだって、瑠奈もぼくもよく解ってるよ。ヘーゼルオレンジを真名井さんが好きってことも全然知らなかったよ。」

「そうね、そのやり方も確実性は乏しいわね。あらかじめ毒を仕込んだ特定のチョコを選ばせるのは難しそうね。だとすると。」

 紗季が首をかしげて、考えながら言う。

「チョコが配られた後で毒が入れられたとしたら。」

 孝之も首をひねる。

「真名井さんの隙をみて毒を入れたってことかい、手を伸ばして注射器か何かで。それは難しいんじゃないかな。」

「自分のチョコに注射器とかで毒を仕込み、それを真名井さんのチョコとすり替えることは不可能ではないと思う。」

 紗季の言葉に明日奈が首を横に振る。

「チョコは全部色が違うのよ。すり替えられたらわかるはず。」

「火星と良く似た色はあったわ。たとえば赤茶色の木星チョコは見ようによっては火星とソックリ。」

「木星は俺が当たったチョコじゃないか。」

 宇戸雄飛が大きな声を上げた。

「そう、そして宇戸さん、あなたは玲亜のすぐ右隣りの席だった。」

「いい加減にしてくれよ。何で俺がそんなことしなきゃならない。」

「あなたは玲亜に片思いで何度もアタックしたそうじゃない。でもその度に断られた。とうとうこの前、最後通牒をもらったんでしょ。もう誘わないでって。玲亜から聞いたわ。」

 雄飛は顔を真っ赤にして立ち上がった。

「おい、いいがかりも甚だしいぞ。」

 周りになだめられて、しぶしぶ座った宇戸は、しばらく呼吸を整えてから、

「チョコをすり替えたというなら、あの時左隣りにいた中野さんだって怪しいじゃないか。」

「えっ、わたし・・・」

 恵利はふいをくらって目を丸くする。

「中野さんの旦那が真名井さんと浮気しているってうわさも聞いたぞ。」

「誰がそんな根も葉もないことを。」

 恵利は悲鳴のような声を上げた。

「それに、わたしに当たったチョコは偶然わたしの星、天王星だったけど、それは抹茶ミルクで緑色よ。赤色の火星とすり替えたらすぐわかってしまうわ。」

「それがわからなかった可能性がある。」

 雄飛は薄笑いを浮かべて、

「真名井さんは生まれつきの色覚異常だ。特に赤と緑の区別がつきにくい赤緑色弱だ。」

「どうしてあなたがそれを知ってるの。」

 紗季の言葉に雄飛はニヤリと笑った。得意の誘導尋問だ。

「やっぱりね。クリスマスの包装紙を取り違えたことがあったんで、そうじゃないかと疑ってたんだ。」

 紗季は唇を噛んだ。絶対の秘密ではなかったにせよ、玲亜にとってコンプレックスを感じている事実を晒されてしまった。

「でも、わたしじゃないわ。」

 恵利は低く呻くように言った。

「他の人も見てたんだし、味だって違うんだからすぐわかっちゃうわよ。」

「わたしもそう思う。それに警察は持物の検査もしたのよ。注射器なんか出てこなかったじゃない。」

 明日奈が同意して続ける。

「そんなやり方より、もっと確実な方法がありそうな気がする。」

「どんな方法だよ。」

 宇戸は腕を組み、足を投げ出している。

「あみだクジよ。」

「あみだクジだから、公平で何が当たるかわからないんじゃないか。」

「全部の行き先を把握して、操作するのは難しいけど、1箇所だけならクジを目でたどって誰に当たるかを把握するのは不可能ではない。やってみたら分かるわ。よほど大きなあみだクジでなければ慣れれば誰にでもできる。」

「でもあの時は皆で横棒を追加したんたぜ。」

「そう、縦棒9本くらいのあみだクジなら、3本追加すれば、毒入りチョコのところへ誘導することは可能よ。最後に横棒を引いたのは誰だっけ。」

 そう言って明日奈は紗季の顔を凝視する。

「魚田さん、あなたよね。あなたが最後に横棒を追加した。それに、そういうやり方に持っていったのも魚田さん。」

「よくそんなことが思いつくものね。」

 紗季は感心したように明日奈を見て、こらえきれないように笑いを漏らした。

「笑っちゃうわよ。わたしが玲亜に何か恨みでもあるというの。」

 明日奈は紗季から視線を外して、

「魚田さんと真名井さんは売場は違うけど、同じ部署の同期入社。成績優秀で、去年同時に主任になった。次は係長競争よ。同じ部署で、二人同時に係長になった例はない。ライバルはいないにこしたことはない。」

「あみだクジをそんなふうに操作できますかねえ。真名井さんと仲のいい魚田さんが、そんなことするとも思えませんよ。」

 友光が首をひねって言う。

「それより、ちょっと小耳にはさんだんですが、黒田さんはスタークラブにいろいろ不満をお持ちだそうですね。スタークラブはくだらない集団だと、よくぼやいてるって聞きました。」

「どういうこと。誰がそんなことを。」

 明日奈は気色んだが友光はさらりと続ける。

「あなたの後輩の加山さんから。」

「また若い子をたらしこんだのね。」

「人聞きの悪い。同じ大学出身だからいろいろ悩みを聞いてあげてるんですよ。」

「ふーん、そうなのね。わかったわ。」

 明日奈は意を決したように昂然と顔を上げて回りを見回した。

「その通りよ。わたしは総務部人事課として、スタークラブの制度に反対しているの。」

「それはどうしてですか。」

「無駄な競争心をあおるだけで、本当に優秀な人を評価する制度ではない。売上成績なんて、ほとんどは運で決まるものよ。それなのに成績優秀者として持ち上げられ、間違った優越感で周りを見下す。自分でも仕事ができると誤解する。この店の未来を本当に考えるなら、こんな制度無くしたほうがいい。」

「それで誰でもいいから懲らしめようとして毒を入れた・・・」

「冗談じゃない。わたしがそう思っているからといって、毒を入れたりはしない。わたしはもう帰らせてもらう。」

 明日奈はそう言って席を立った。

「ちょっと待って、黒田さん。」

 紗季が言って立ち上がったとき、会議室の扉が開いた。労働組合執行委員の朝倉が顔を出した。

「そろそろ終わりにしてくれませんか。9時を過ぎてます。」

 その言葉に一同はぞろぞろと部屋を後にする。皆何かまだ言いたげな表情を残していた。最後に残った孝之と夏実は暗然とした顔を見合わせた。

「これからどうすればいいのかしら。」

 夏実がつぶやく。

「そうだな、とりあえず・・・」

 孝之は無理に苦しい笑顔を作った。

「家に帰って眠るのが良さそうだ。」

 

 

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