〈 1 〉
瑠璃色のカーテンが閉まっている。目の前を覆った深い青色はそよとも動かない。
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カーテンの前に一人の若い女性がひざまずいている。後ろ姿なので、その表情はわからない。ゆったりした白いワンピースをまとった身体は、服の上からでも肉付きの良さをうかがわせている。腰まで伸びた髪はゆるやかに波打って金色に輝いている。頭に巻いたカチューシャには赤いバラの花があしらわれていた。両手の指を顔の前でしっかりと組み合わせ、一心に何かを祈っているようだ。
女性がふと顔を上げると顔をこちらの方向に向けた。目鼻立ちのくっきりと整った、瞳の大きい思わず見とれてしまうような美しい人だ。
こちらに向けたその視線は自分を見ているわけではない。自分の背後にある光景に焦点を合わせている。その視線を追って振り返って見る。
薄暗い石造りの回廊がアーチ型の屋根の下に、わずかに右に湾曲しながら奥へと続いている。回廊の両側に白い彫像が並んでいる。等身大の6体の大理石の像。筋骨逞しい男たちが低い石の台座の上に立っている。髪を振り乱した者、豊かな顎髭をたくわえた者、トサカのある兜をかぶった者、剣を振りかざした者、それぞれ戦士のようなポーズで3体ずつ通路を挟んで向かい合っている。それぞれ身体に巻き付けた布のような衣服をまとっている。回廊の中で彫像は白く浮き上がって見えた。
カラーン・カラーン、ふいに鐘の音が聞こえた。重なり合うような音色は軽やかだが、世界のすみずみに行き渡る力強さが感じられた。
鐘の音とともに回廊に光が差し込みはじめた。徐々に明るさを増して、6体の彫像を照らし出す。光の中で彫像が次第に色づきはじめる。像の肌がみるみる生気を帯び、その目に光が宿る。息を呑んで見守るうちに、身にまとった服はそれそれ異なる色に染め上げられていく。
鐘の音が止んだ。封印が解かれた合図のように、6体の彫像がいっせいに動きだした。
右手の一番手前の若い男の像は、とさかのついた剣闘士風の兜を頭にかぶっている。赤い布を身にまとっている。台座から軽やかに飛び降りて、手に持った弓を引き絞り矢を放った。それは空中で炎の矢となって一直線に正面の男にむかって飛んだ。正面の男は背が高く、波打って逆巻く髪を持っている。身体にまとった布は淡い水色だ。長い槍を手にしている。穂先が3つに分かれている。大男は槍を振りかざし、炎の矢を3本の槍の穂先で横に薙ぎ払った。炎の矢は空中に弾け散って消えた。
兜の男の隣にいる、豊かなあごひげを蓄えた男が、手にした剣で、兜の男に斬りかかった。剣は兜に当たり、鋭い金属音を響かせた。兜の男は少しよろけたが踏みとどまり、腰の剣を抜き払ってひげの男の第二撃を受け止めた。
三叉槍の向こう隣は痩身の男だ。若く、美男子と言っていい風貌だ。オレンジの服をまとい、手にした杖に二匹の蛇が巻き付いている。男は斜め向かいの男に杖を勢いよく突きつけた。二匹の蛇が杖から放たれ、口を大きく開けてキバをむき出しにして空中を飛んだ。
斜め向かいの男は大柄で逞しく、エンジの布をまとい、長い杖を持っている。頭には王冠が載っている。杖には黄金の玉が付いている。男は杖を天に向かって突き上げた。玉から雷がほとばしり、二匹の蛇を炎で包みこんだ。男は杖の向きを変え、あごひげの男に雷を放った。あごひげの男は雷に打たれ、ひざをついたが、剣を振りかざして次の雷を受け止めた。
三叉槍の男が、半裸で腰に黄色の布を巻いた男に槍を突きつけた。半裸の男は長い髪を振り乱し、手に持った大きな三日月型の鎌で三叉槍をはじき飛ばした。男は鎌を振り回して、オレンジの服の若い男に斬りかかった。若い男はひらりとその鎌の攻撃をかわした。
6体は入り乱れ、激しい剣戟の音が回廊に響きわたった。その戦いは殺伐としながらも、舞のような美しさも感じさせるものだった。
ふいに背後でうめき声が聞こえた。振り返ってみると、ひざまずいていた女性がうつ伏せに床にうずくまっている。驚いて思わずその背に手をかけた。
「大丈夫ですか」
その身体が細かく震えている。苦しそうに固く閉じた目。うめき声の漏れる口からひとすじの血が流れ落ちた。
カラーン・カラーン、再び鐘の音がする。剣戟の音が止んでいる。後ろを見ると、回廊は光が陰り、しんとした静けさを取り戻している。6体の男は色を失い、白く冷たい大理石にもどって、元通り通路をへだてて静かに向かい合っていた。
突然、6体の像の中の1体がぐらりと揺れた。像は半回転して横向きに倒れた。台座から落ちた大理石の像は床に当たって砕けた。回廊の中いっぱいにこだまする破砕音。
鐘の音がゆっくりと遠ざかっていく。
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瑠璃色のカーテンはそよとも動かず、閉まったままだ。