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今後はお互い気をつけよう


 俺には全く関係の無い、懐かしい感情だけが溢れる惣菜店を離れた後。


 他人の記憶に身を委ねたまま周辺を徘徊してみたが、特に新しい出会いも発見もなかった。ただ、目当てのサカナが俺を見つけてくれたようで、人間を乗り換えつつ遠めの距離を維持してついて来るのがわかる。


 実際に魚系の形をしているかなど知らないし、あの辺りに居るな、とわかる程度の感覚だけれども、やはり最初のインパクトが強すぎたようで、サカナがエサにつられて寄って来たイメージしかできない。

 俺は何も気付いていないそぶりで、もう一度電車を使い、直近の記憶となっている未だ慣れない土地の住まいへ向かうことにした。


 そこは、俺にとっては既によく知る土地であり、歩き慣れた道だった。

 目的地の少し手前。そこには史奈さんが勤めるスーパーイリュージョンスーパーの『フレッシュマジカル・ホンマ』がある。史奈さんが働いているというだけで奇跡のスーパーだというのに、なんとポイント2倍デーはフロアサポートとして下界へ降臨してしまう。そんな日は大勢の信者ジジイが殺到し、降り注がれる神々しい笑顔と慈しみの声を浴びて喜び称え、惜しみなく競うように貢ぐのだ。


 本日の勤務終了まではもうしばらく。お疲れさまですと心の中で呟いて店舗沿いの道を過ぎようとした時。しつこく粘着していたサカナが急に駐車場の方へ飛び込んでせわしく動き回り出した。

 ここで足を止めてしまうと俺が意識していることをサカナに勘付かれてしまうので、やや歩幅を縮めて横目で様子を窺っていると、サカナどころではないトラウマものの光景が視界の端に飛び込んできた。


 ちっさい幼児が駐車場に並ぶ車の間をすり抜けて縦横無尽に走り回っているのだ。


 これには慌てて走らざるをえなかった。

 幸いなのはそこそこ混み合っていてかっ飛ばす車のないこと。周囲に注意を払いながら接近して、ちょこまか走る園児服を着た子供を後ろから拾い上げることに成功した。


 大事に至らずほっとしたのも束の間。


 ここから先はセンシティブな行動が求められることに気付いて焦る俺。第三者視点では幼児連れ去り事案へ発展しかねないのである。学校の制服を纏う真面目な少年であるはずの俺だけども、昨今それだけでは疑念を晴らすこともできやしない。


 宙に浮かせた子供が泣き出す前に、そこらの警備員か店員に預けなければならない。が、そんな時に限って誰も居ないのは世の常。


 常にそこにあるのは監視カメラのみ。レンズの深淵を覗いてはいけない。

 やむなく一旦降ろしてコミュニケーションを試みる。


 くるりと回してご対面。

 なんとなく見た事のあるかわいい顔をしているが、髪の短さからすると男の子なのだろう。


「クルマがいっぱいいるところではしったらあぶないぞー」


 気分はみんなあっつまれーのおにいさん。いやムリ。


「…………」


 ぼけらっとした顔で無反応。

 そして、発する色も無い。

 無心なのか。無我というやつか。

 もしや齢二、三にして悟りの境地に達しているのか。

 どうでもいいが。


「だれといっしょだったのかなー?」


 お喋りはまだできなさそうだが、迷子を相手にしている体裁をキープせねばならない。どこに誰の耳目があるかもわからないのだ。


「……にぃーに」


 喋った。兄ちゃんか。

 まずいな。これの兄ちゃんというなら、小学生くらいか。

 今頃、見失ってパニクってるかもしれない。

 そっちでも車の前に飛び出して事故られては敵わない。

 まずは兄ちゃんが駐車場を彷徨ってないか探しつつ店の入り口を目指すほかないな。


「じゃあ、にーにをさがそうか」


 すべての子供は高いところが好きという俺の勝手な万国共通理念にもとづき、再びくるっと回して持ち上げ、肩に担ぐ。俺が兄貴の子供を面倒見た時は、この肩車をよくせがまれたもんだ。


 案の定、勝手な理念は通用し、きゃっきゃキャッキャと大喜び。

 しかも俺の両耳を掴み操縦するつもりらしい。


「こらこら、おみみひっぱったらイタいよー。にーにいるかなー?」


 っざっけんなクソガキ、さっさとアニキ見つけろオラ。

 なんて思ってない。思うな。顔に出て逮捕事案になる。


 駐車場を見渡しながら店の入り口まで辿り着く。

 兄ちゃんらしい姿は見当たらないので、まだ店内にいるのなら早々に店員へ引き継いでもらおうと考えた矢先、

「美羽!」

 店の中から声を上げて走ってくる少年がいた。


 やや色褪せていて、全体が薄い青みを帯びている。

 見たことのある格好と思えば俺と同じ制服。

 見たことのある風貌と思えば瀬戸内とかいうやつ。

 覚えのある『みう』の名と思えば、『産んだ記憶』のある子の名だった。

 そうだ思い出したよ、この子だよ、女の子だよ。


 というか、お前を産み育てた記憶もあるんだよ。瀬戸内善せとうちぜん

 ああ、大きくなったねって、勘弁しろ。


「すみません、それ妹なんです。……長嶺?」


「瀬戸内は、俺のこと知ってたんだな」


 同じクラスのナガミネだと自己紹介から必要だろうなと思っていれば、意外にもすぐに気付いてくれた。行人との接点は皆無だろうから、言葉を交わすのは恐らくこれが初めてのはず。


「お客さまー! 恐れ入りますが、店外へ出るのはお会計を済ませてからお願いします」


 我が子瀬戸内善は、買い物カゴを手にしたまま慌てて飛び出てきたのだった。本人もしまったという顔をして追いかけてきた店員に詫びている。


「俺がこの子見てるからさ、買い物済ませてきなよ」


 頭の上でどんな顔になっているかは知らないが、相変わらず耳を引っ張って操縦する気満々なので、しばらくはこのままで問題ない。


「す、すまない。助かる。少しだけ待っててくれ」

 小走りで店内へ戻っていく我が子瀬戸内善。


「全然大丈夫だ。慌てなくていいぞ」


 なんせ俺はお前の方に用があるからな。


 まったく。おサカナさんもやってくれる。


「初めまして。で、いいのかな?」


 一緒に見送っていた店員と目を合わせる。

 黒のスラックスとワイシャツにエプロンを掛けた若い男性店員。その身なりから、パートやバイトではなく正社員だというくらいは察しがつく。

 僅かに驚いた表情を見せるが、それは演技と思った方がいい。


「実験体・ナガミネユキト様とお見受けします。私は実験体・セトウチユカリ様の担当を務めますユニムと申します」


「それはどうも」


 うやうやしくこうべを垂れて挨拶されてしまった。

 源五郎とルミさんのイメージが強すぎて、てっきり、「だね」ニヤリとか「どちら様?」ツンとかを身構えていたので、だいぶ肩透かしを食らった感がある。


「本来ならば、そちらのご担当様を通してコンタクトすべきところ、子供の危険回避の為とは言え、直接お会いする不義理となりましたこと、深くお詫びいたします」


「危険回避。この子もおたくが動かしてたんじゃないの?」


 もう今となっては掘り返したくもない考えに封をしつつ疑念を示す。


「いえいえ、本当に想定外でした。管理が及ばずお恥ずかしい限りです」


 えらく慎重に低姿勢の態度を見せるが、ルミさんでさえ相手方の実験体に接触して揉めるのを忌避していたくらいだから、向こうの世界ではかなり「やっちゃいました」の事態なのかも知れない。源五郎のメンツなどどうでもいいが、ルミさんに忖度して、今回は水に流してやろうくらいの姿勢でいこう。


「わかった。今後はお互い気をつけよう」

「寛大なお心遣い、痛み入ります」


 どこで覚えるのかね、そういうの。

 あれらに礼節などという概念はない。黒澤に教わっていなければ、感激して心を許していたことだろう。

 ちなみにルミさんによると、俺がセトウチユカリの記憶を覗いた事を他の死神は知らないらしい。それこそ他所よそに知られてはならない禁忌だとかなんとか。

 まあいい。こちらも人間としての義理は通しておこう。


「折角だし、少し認識合わせをしておきたいんだが。いいかな?」

「願ってもない事です。お願いします」


 堅苦しいキャラ押し通す気だな。

 少し調子を合わせてやろう。


「まず、俺の行動は人間の都合に従うもので、死神の意思とは一切関わらない」

「承知しております」


「俺はそちらの実験の内容を知らされていない。だが、実験の内容及び状況によらず、実験体の人間としての営みを人間が援助することは、結果として各々の益をもたらす理解でいる」

「同じ理解です」


 ならば良し。


「そう言う訳で、死神世界での不都合は死神同士で折り合いをつけてもらい、俺の行動に制約が生じないことを願っている」

「そのつもりです」


 嘘を言わず、約束事を混ぜない。

 受け答えはほぼ期待通り。行動が伴うかどうかは今後の様子見で判断だな。しかしルミさんもそうだが、実直な性格をモデルにして振る舞うのは死神の流行りなのか。

 いや、源五郎のような上司がこういったタイプを好むのか。ならばこの死神の上司も言わずもがなの性格。無理な命令ばかりされて大変に苦労していることだろう。


「ユニムさんだっけ。きっと俺の担当と気が合うと思う。上司のおかげてストレス溜め込んでてさ、今度一緒に飲みにでも行ってあげてよ」


 またも僅かに驚いた表情を見せるが、それも演技と思った方がいい。

 すぐに店員らしい営業スマイルをとり戻し軽くお辞儀をする。


「それはお会いするのが楽しみです。では、私は仕事に戻らせていただきます」

 踵を返したところで気配が一気に遠くへ離れた。



「やー! にぃーなのー!」

「美羽、そっちはにーにじゃないぞ。ほらこっちへ来な……」

「やーのー!」

「痛っ、たたたあっ」

 五分後、俺は美羽嬢に取り憑かれた。


 女の股はいざという時に男を逃がさないためのチカラを秘めている。とは俺の持論だが、こんなに幼いうちから発揮できるものとはつゆ知らず。俺の首は両腿に絞められ、俺の耳には爪が立てられ、喜び要素ゼロの苦痛に悲鳴を上げる。

 要するに、諦めるしかないわけだ。


「本当にすまない、長嶺。少しすれば飽きると思うんだが」

「気にするな。今日は別に急ぐ用事もないからさ」


 結局、俺は美羽嬢を肩に乗せたまま瀬戸内家へ向かうことに。どちらにせよ遠目からでも様子を窺うつもりだったから、こうして堂々と接近できるのは僥倖と言っていい。そして更に意外だったのは、我が息子瀬戸内善が普通に会話のできるやつだったということ。


 子供の頃は、それはそれは饒舌なクソ生意気小僧だったのだが、ある時を境にすっかり口を閉じるようになってしまった。その原因もおおよそ察しはついていて、納得もしていたので、息子の方から情報収集するのを早々に断念していた。

 だが今も、ちょっとした疑問を俺に投げかけてくる。


「どうして長嶺はあんな場所にいたんだ?」

「俺の家もわりと近くなんだ。少し買い物して帰ろうかと寄っただけ」

「そ、そうだったのか。それは、すまなかった」

「だから気にするなって。瀬戸内こそ、よく俺の事なんか覚えてたな」


 俺にしてみれば、同じクラスでも知る人の数は片手で数えられる程度。しかも男となればヘノヘノモヘジ顔でしか認識する気が起きないという体たらくである。

 ただでさえ地味な嫌われキャラでお馴染みの長嶺行人を、『キモオタ』以外の呼び名で覚えるヤツなんて、よほど偏った趣味なんですねと言うほかない。

 そういう意味では、我が自由な女神が最も偏っているとしか分析しようがないけれども。


「あれだけ目立っているお前を知らないやつなんていないだろう」

「あれだけって、瀬戸内の前で何か目立つようなことしたか?」


 全く心当たりがなく素で尋ねると、本気かと呆れられてしまう。


「まず、土下座騒ぎのたびに俺の席が変わっていたんだが」


 あの舎弟ども、土下座スペースをしっかり元へ戻さなかったらしい。

 しかも座席の話だけに留まらなかった。早退のために職員室へ訪れると、たいてい長嶺の事で先生達が揉めているし、廊下を歩けば、「長嶺の媚薬あるよ」と知らない先輩に声を掛けられるとか。ただ座ってじっとしているだけでも周囲から長嶺の名前が耳に入ってこない日はないと。


 みんなどんだけ俺のこと好きなんだよ。

 つかやられた。もう商売してやがるのか。

 やっぱビジネスはスピードよなあ。

 ここは潔く負けを認めるべきだろう。


 何の話だったか。


「なんというか、毎日じゃウザいよな。申し訳ない」

「長嶺が謝ることじゃない。まわりが勝手に騒いでいるだけだ」


 まわりが勝手にか。

 あまり気にしてこなかったが、彼女が『みんな』に辟易していた気持ちが少しわかる気がする。

 自分の与り知らぬところで身に覚えのない自分が勝手に形作られていく感覚は、気持ち悪いの一言に尽きる。

 まあ、身に覚えのある真実をつつかれればアタマにきたりもするから、気持ち悪い方がまだマシなのかもしれないが。


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