男の扱いが雑に過ぎます
昨日の生徒会室での出来事。
「お呼び立てしてしまい、すみませんでした」
就任四日目にしてキッチン係と化した会長補佐役が急須を片手に来客へ詫びる。本来ならお願いする立場のこちらが伺うべきなのですがと、視線を落として湯呑みへお茶を注ぐ。
「へーきだよー。生徒会室久しぶり。なんかキレイになったねー」
スチールデスクの席に膝を揃えて行儀よく座る女子がおっとりした調子の声で問題ないと返す。それよりも自分の記憶にあった生徒会室と違うことに驚いているようだった。
隣にはもう一人、ガタイの良い男子が腕を組み会長補佐役の動きをじっと見守っている。
「前はゴミ屋敷だったけど、ゴミオンナたちの出入りがなくなったから」
来客二人の対面に座る生徒会長は環境変化の理由を笑顔で明かす。
「そっかあ。ゴミがいなくなったかあ。よかったねー」
ご機嫌な女子二人のやりとりに眉根を寄せる補佐役が、お茶の入った湯呑みを置きながら割り込む。
「美しい花にゴミの話は似合いませんよ?」
むすっとする顔とぽかんとする顔に反応が別れた。
「もしかしてえ、美しい花って私もー?」
もちろんです。
そう言って踵を返す補佐役はまだ席に座ろうとせず、冷蔵庫へ向かう。
「ユキトは知らないから涼しい顔でいられるんだよっ」
「花岡先輩から少し聞いたので。だいたい想像はつきますよ」
周防新の取り巻きオンナ達が毎日のように生徒会室へ押し寄せては菓子の袋やら屑やら抜け毛まで落とし放題してくれるので、三日も放置すると目も当てられない惨状になっていた。
その度に掃除を強いられたのは当時の副会長だったが、汚い状態にしておけば次第に会長が生徒会室へ立ち寄らなくなり、必然的に取り巻き連中も現れなくなると気付いてからは、我慢の限度ぎりぎりまでゴミ屋敷状態を維持するようになった。
生徒会室の奥の隅で折り畳み式のちゃぶ台を置いてひっそりと二人で仕事をするのが楽しみだったの、とは花岡の自慢話。
「すっごいストレスだったんだから」
「もしかして夏休み中、図書室に居ない時は片付けしてた?」
「そーだよ」
「言ってくれれば手伝ったのに」
「やだよ。おかげで勉強が終わらなかったーとか言って強請られるもの」
「さすが。よくお分かりで」
補佐役は生徒会長とちょっとした内輪の話を弾ませながら、女子たちの気分を一気に上昇させる皿をトレーに乗せて戻ってくる。
客の後ろ側へついて皿を置こうとするも、難儀な状況に手が出せない。
「どーしよー、美しい花なんて言われたの初めてだよー、ねーねー」
湯呑みを持つ剛健な男が背中をバシバシと叩かれ続けている。
頑丈なおかげでびくともぜず、お茶が溢れる事はない。
「いやあ、文芸部みたいに洒落た言葉を使えなくて恐縮です」
後ろの存在に気付かせて連打を止めると、よかったらどうぞと二人の前に皿を置いた。
「わあー、いいのー?」
目を輝かせ、予想を裏切らない反応。
補佐役は対面側にも皿を置いてから、漸く生徒会長の隣席に落ち着いた。
すっかり日課となった午後のおやつの時間。
ケーキ用の小皿に鎮座するのは分厚くカットしたカステラ。
側面の黄金色を惜しみなく披露しつつ、上面を焦茶の絹地で覆い隠す独特の姿。その一角に、ゆるめのホイップクリームがたっぷりと被さって皿へ垂れ落ちている。
「自家製のカステラです。クリームは甘くしてませんので」
言い終える前に隣の生徒会長は口に収めていて無言、目が直線に閉じている。
代わりに、
「ん。しっとり濃厚ー、おいしーよー」
向こうで隣の肩を連打しながら感想を述べてくれる。
文芸部であっても『おいしい』の一言に尽きるわけだなと補佐役が納得していると、叩かれている方からも低い声の感想が届く。
「このお茶、旨いな」
時代は既にカステラだというのに随分と遅れた反応だった。
「実はさっきまで茶道部にお邪魔してまして。お土産に抹茶をいただいて、湯呑みで簡単に飲む方法を教えてもらったので試してみました」
太い首が頷いて感心している。
「そうか。確かに抹茶のまろやかな風味だ」
「茶道部じゃ夏場はこれを冷茶にして大量消費するそうですよ。お茶をたてる抹茶が足りなくなると毎年先生に怒られるらしいです」
ほっこりした話題で場を和ませる補佐役。
営業トークでノリノリの様子に白けた視線を送る生徒会長は、意気揚々と茶道部へ乗り込んでいったのが三人だったことを思い出す。
「クズどもはどうしたの?」
「まだ茶道部でご馳走になってますよ。着物姿で迎えてくる気合いの入れようだったんで、すぐに引き上げるのも申し訳なくて置いてきました」
各部活へ依頼事の詳細を説明して回る補佐役は、行先に合わせ会長と舎弟を巧妙に使い分けて同行させながら行脚している。その反響は大きく、生徒会から説明に伺うと連絡するだけで一大イベント並みの歓待を受けるようになっていた。
そして唯一、生徒会室での接待を決めたのが文芸部。
依頼内容が重いからという事もあるが、交渉のキーパーソンとなる部長と副部長が付き合っているという事前情報を得たのが最大の理由。平たく言えばイケメンも美少女も通用しない相手なので営業接待で補佐役自ら交渉することを選んだ。
いざ招いてみれば、前髪のそろった真っ直ぐな黒髪が印象的な姫様風女子と文学優男の組み合わせ、ではなく、村一番の力持ち的なごつい男子が登場して少々面食らい動揺しているのをひた隠しにしている。
生徒会のおもてなしに満足した姫は、お茶を飲みながら生徒会室だけでない変化を実感して指摘する。
「なんかー。早坂さー、ゴミとかクズとか、変わったねー」
ほら言われた。今度は補佐役が鼻白む。
言葉が緩みすぎだと注意していたのに直さないからだと補佐する気無しの流し目を送ってもどこ吹く風。
というか目を合わせてくる。
「この人の所為でなんか色々面倒くさくなっちゃったの」
まさかの責任転嫁。
「そっかあ。なるほどねえー」
どこに納得要素があるのかさっぱりの補佐役。
なんとなく姫と女神の共通項を感じる。これはいかんと会話の主導権把握を急ぐ。
「お二人は仲が良かったんですね」
「そーなのー。一年のとき同じクラスだったんだー。なんかあ、同じ腹黒同士で気が合ったみたいー」
「べつに黒くないもん!」
おっとり腹黒姫はあっさりと自分の素性を晒し、目の前の大人気美少女を同属性だと認定してしまう。思わず「なるほど」と返したくなってしまうが、口にした時点で頸動脈切られて即死確実。
この難易度はもはや意地悪く試されていると補佐役は確信する。
「ま、まあ、お二人とも強かと言うか、奥ゆかしいところが似ているかもですね」
腹黒姫の目がすっと細くなる。
「へえ。キミ、いい言葉知ってるねー。奥ゆかしいの意味、ちゃんとわかってる?」
どんな難題が来るかと身構えれてみれば、今更の分かりきった問い。拍子抜けした補佐役は微笑み、隣の不服そうな顔を見ながら答える。
「奥に秘めた可愛さに惹かれるってことですよ」
照れも躊躇いもない確信を持った解に暫し言葉を失った腹黒姫が、我に返ってフォークを持つ男の背中をバシバシと叩き出す。頑丈なおかげでびくともぜず、カステラが落ちる事はない。
「やあーもう最高ー。早坂さー、この彼氏くん、文芸部にもらうねー」
「あげるわけないでしょ」
会話の主導権を握るどころか物騒な話に進展しそうになってしまう。
自分で腹黒と言うだけあって、カレシだのモラウだのと鎌を掛ける言葉を仕込んで相手を揺さぶり楽しみながら探りを入れてくる。
生徒会長もそれを承知で顔色変えず軽くあしらうあたり、二人の今までの付き合いがどういったものだったかが窺い知れる。
「ええー、じゃあさ。こっちのと交換はー?」
腹黒姫の人差し指がフォークを持つ男の肩を軽く突く。
カステラの欠片が、小皿に落ちた。
あまりに安心しきっている少女の姿に補佐役はやや呆れる。
「文芸部の人は言葉をもっと大切にすると思ってのですが」
メガネを外し、腹黒姫を見据える。
「えー、なんのことー?」
使い慣れた恍け顔は、目前の男が持つ言葉のチカラを知らない。
「早坂と近しくなれるなら願ったり叶ったりだ」
補佐役は温度の無い声で代弁を演じると、腹黒姫の纏う色が急激に水色から青色へ変化するのを見た。底の見えない水の中へ沈むかのように青の濃さは増していく。
「な、なにそれえ……」
「ご想像の通りですが?」
「えー、ぜんぜんわかんないよー」
再び隣の肩を叩き始める。
しかし今度は、本物の低い声が拒絶を発した。
「よせ。邪魔するな」
“感電したように手を引いて男の横顔を見上げる腹黒姫。
その目には掬い上げたカステラしか映っていない。
こっちを見ようともしない。
そう言えば最後に目を合わせたのはいつだったか。
もう長いこと名前を呼ばれていない気もする。
隣に並ぶのが当然と思っていたのは自分だけで、
もう望まれてはいなかった。
いつから、いったいいつからこんな事に!”
「いてっ」
「ユキトやり過ぎ。なんなのその安っぽいナレーションみたいなの。しかも絶妙に情景と合ってるし。腹黒姫とかそのままじゃない」
悪ふざけに興が乗った補佐役の頭をチョップして止める生徒会長。叱っている体で内容は褒めている。実は最高のネーミングだと内心大喜びだったりする。
だが語られた内容は至って真面目に図星を突いてしまったようで、与えたダメージは相当に大きかった。
「やっぱりいらない。私より底意地悪いの選ぶとか、早坂、正気なの?」
腹黒姫はゲテモノ趣味を非難する物言いで恨みがましい涙目を向けてくる。叩くのをやめた手と腕は既に隣の男の逞しい腕にがっちりしがみついている。
「わかったでしょ。こんなの相手にできるのわたしくらいなの」
何故かパートナーを貶めつつ胸を張る生徒会長。
好き放題言われる補佐役は二人の決定的な共通点を見出し指摘する。
「男の扱いが雑に過ぎます」
「そうね。少し改めるべきよ」
得意気なままの生徒会長も同意する。が、
「千代乃さんもです」
「なんで!」
飼い犬の叛意に衝撃を受ける。
「ほーゆーのをかはいいとおほえるオトコはすくはい……」
当然の結果として補佐役は頬をつねられ左右へ揺らされる。
飼い主の抗議を無視して腹黒姫へ向かい何か訴えるも、発する言葉は唇と同じく歪んでしまい伝わらない。
仕方なく痛みを堪えて無理やり引き剥がし、掴んだ手首をぷらぷらして見せながら言い直す。
「こういうところを可愛いと思える男は少ないんです。痛いものは痛いし、引っ掻いた傷跡は残る。特に言葉で切られた傷は治るどころか膿が出てグズグスになる」
「そんな痛くしてないもの!」
腹黒姫は即反発する。生徒会室へ入ってきた時のおっとり雰囲気は吹き飛んで防戦に必死な形相になる。
「もしも。傷だらけの弱ったところに手当ての上手な癒し系女子と出会ってしまったら。言われるまでもなく交換。チェンジです」
「そんな子いないもの」
「背が高くて頼り甲斐のあるヒトが好みと言う女子は多いじゃないですか。たくさんいるでしょう。チェンジ候補」
「チェンジって言うな。君、先輩に向かって失礼だよ!」
「おや先輩でしたか。これは大変失礼しました。俺はてっきり、叩きすぎて綿のはみ出た大きなぬいぐるみで遊ぶ女の子が、新品のぬいぐるみへチェンジしたがっているのかと」
「チェンジチェンジうるさい!」
一層強く腕にしがみつく。
普通の男なら肩が抜けてしまう(と補佐役が思う)ほどの体重がかかってもびくともせず、他方の手で湯呑みを持ち茶を啜っている。
その振る舞いは我関せずと非情に徹しているようで、本当に自分が要らない扱いにされている。そんな感覚に飲まれる腹黒姫だった。
補佐役の目には青が黒に飲まれゆく光景である。
ここまでが限度と見切る。
「どうですか。捨てられた気分は」
「うる、……さい」
「今しがみついてる腕の主も、きっと同じ気持ちですよ?」
はっとする腹黒姫。
恐る恐る、腕から肩、首から上にある横顔を改めて確かめる。
普段より穏やかな顔。
ずっと前、信号無視の自転車から私を庇ってぶつかった時は血を流しながら同じ横顔をしていた。部室でつま先に本を落とした時は痛くて大騒ぎしたくせに。
だから知ってる。
それは、痩せ我慢の顔。
「同じ……」
「たったひとつの心無い言葉で終わる二人の物語。さすが、文学的ですね」
生徒会長の補佐役は、会長以外の人間にはどこまでも厳しい。
裏を返せば会長にはとことん甘い。
いつの間にか自分のカステラを食べさせている。
会長も完全にいなされて、もっとクリームつけてと注文つけている始末。
「なに見せつけてんのよ」
「他人の事より自分がすべき事です。先輩ならそのくらいわかるでしょう」
ぐうの音も出ない。
言葉で傷つけたなら、言葉で償うべき。
それを知る腹黒姫は隔たりをつくっていた心の御簾を外し、我慢を強いた横顔へ素直に必要な言葉を発する。
「ごめんなさい」
太い首が動き、ようやく顔を向けてくれた。
だけれども、その表情から気持ちは読み取れない。
「もうひとつ。人のふり見て我がふり直せ。後輩から学ぶ事もあるものです」
生徒会長の補佐役は、鬼か悪魔だった。
ただの姫になってしまっては、もう抗う気力も湧かない。
腕の絡みを解き、残っていた自分のカステラを切り分けて重たげにフォークで持ち上げる。落ちないように手を添えて、無表情の口元へ捧げる。
一瞬、頬が緩んだ気がした。
「はやく……」
食べた。
顔を隠すように背を向けて耳を赤くしている。
それだけで満たされた気分になった。
「よくできました。では、次です」
「もういいよぉ……」
悪魔の導きは終わらない。
姫はもう虫の息。
「もらったからには、お返しせねばと思ってるはずですよ?」
「えっ……。そ、そういうのいいからっ!」
ふるふると首を振りながら、みるみるうちに萎んでいく姫。
完全に消沈した風に見えて、広大な背中を覆いきれずにはみ出たシャツの裾を摘んで引っ張っている。しっかりと待ち受け状態だった。
「長嶺。このくらいで勘弁してやってくれ。これ以上はその、あれだ……」
のっそりと振り返り、漸く絞り出された低い声は期待に答えるものでなく、補佐役へ勘弁願う弱々しいものだった。
「なに言ってるんです。今を逃したら物語の続きはありませんよ?」
逃げようのない決断を迫られ、暫くの沈黙を経て、深い深呼吸と、ぎこちない距離感とトライアンドエラーの果て。
姫の念願は叶い、お返しを得た。
しかし、ひとつの願いが叶うと次の願いが生まれるのは必然。
実は相当に羨ましかったのか「もっとクリームつけて」と、誰かと同じ我儘が始まる。
「こうして二人は末長く仲良く暮らしましたとさ。めでたし、めでたし。いい話でしたね千代乃さん。俺もお返し欲しいです」
「すっかり用事忘れてるでしょ。後にしなさい」
「じゃあ今日は三十秒延長で」
「調子に乗るな」
最初から軽い冗談のつもりだったのか、あっさりと諦めて向こうの二人を微笑ましく見守っている。扱いが雑ゆえに飼い犬から褒美も期待されなくなっているのかと思うと、飼い主としての矜持が揺らいだ。
とはいえ、なんだかんだと日に日に密着時間が長くなっていて、この増加率では一週間もしないうちに一日中くっついていることになってしまう予測を易々と暗算できる生徒会長は危機感を覚える。たかが三十秒、されど許してはならない。
仕方なく小皿に残ったひとかけらを親指と人差し指で摘み上げ、飼い犬の鼻先へ持っていき嗅がせてみる。
果たして犬は迷いなくぱくついた。
「あっ、指まで食べるな!」
犬の額を引っ叩いて「きたないなあ、もうっ」と席を立つ飼い主は、生徒会長の立場も人目のある状況も忘れ、「もう今日は何も無しだからね」とシンクで手を洗いながら意味深なご褒美中止を宣言をしてしまう。
満足そうに口をもぐもぐさせている飼い犬の方も、もはや補佐役の顔ではなくなっていた。
視界の端に入ったその他愛ないやりとりに腹黒姫は心の底から驚く。
「早坂。私、冗談だと思って……。彼を、本当? 本気なの?」
独り言にもならない断片的な問いかけは当然全く通じない。
「何か言った?」
まだ腹の虫が治らない生徒会長は、綺麗にした指で補佐役のご機嫌に緩んだ顔にデコピンをしてから元の席へ戻る。いつの間にか椅子が横にずれていて、二人の隙間が生徒会長と補佐役の距離感ではなくなっているのも気付かないまま、腹黒姫にもう一度言ってと首を傾げている。
「な、なんでもない」




