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意味がなくても歌うよね


 発端は軽音部の文化祭企画書に書き込まれた生徒会のコメント。


 そこには指導意見ではなく文化祭のテーマソングを作って欲しいという依頼事が含まれていた。

 生徒会へ本気かと問えば、今年のテーマ『フリーダム』のイメージに合った歌をお願いしたい、昼休みの校内放送に連日流してもらうことで放送部と話をつけているからナルハヤで。と、真面目なオファーを受けてしまうことに。


 そんな急に曲ができるわけがないと思いつつ軽音部のメンバーに相談すると、「莉愛が書けるならいいんじゃない」とあっさりした反応で困ってしまった。


 少しだけ歌詞を考えてみたものの、気に入った言葉がまったく降りて来なくて早々に心が折れかけている状況を依頼元の幼馴染へ吐露した。


「どのあたりが難しいの?」


 勉強で困ったことのない者が教えを乞われた時に言ってきそうな問いが返って来て、親友は言葉に詰まる。責めるとか煽るとかいうつもりは欠片もなく、ただ問題点を知って解決しようとする無邪気な問い。

 歌を作る難しさをどう伝えていいのか、ぱっと思いつかなかった。

 でも、さっきから子供の頃の記憶が脳ミソの奥からぽろぽろと零れ落ちていた所為か、ふと思い出した。


「プリンのうたみたいな才能ないんよ。あたし」


「なにそれ?」


 本人はまったく思い出さない様子。

 軽く咳払いして記憶にあるフレーズを声に乗せる。

 

  ぷーりん ぷりん だいすきぷりん


  せかいでいちばん だあーいすき


  たまごとみるくをなかよくまぜて


  あつあつおふろでじいーっとがまん フガッ

 

 冒頭を歌い始めたら次のフレーズが押し出されるように蘇ってきて丸々歌えそうな気分になる親友。調子に乗っていたら、ばんっ、と思った以上に強いチカラで幼馴染に口を塞がれた。


「莉愛の歌が上手なのは知ってるから。黙ろ」


 憶えていたらしい。

 作詞作曲ハヤサカチヨノ。

 おやつのプリンをせがむため作られた歌。

 その効果は絶大で、大喜びした母親が特大プリンをこしらえてくれたのだった。


「あれは小学校上がる前だったよな。アンタ両手で伴奏弾いて歌ってたじゃん。しかも即興で。天才かよって今でも思うわ。そーゆー才能があたしには無いってこと」 


 もしかしたら、テーマソングなんてこの子に作詞させればあっという間に出来上がるんじゃないかと親友は思う。


「あんなのが才能なわけないでしょ。まったくもう」


 本人はまったく自覚なし。

 ちょっと揺さぶってやれば、何かいいフレーズが転がり出てこないかと期待してしまう。


「チヨノは『フリーダム』をテーマにしたらどんなフレーズが思い浮かぶ?」

「わかんないよ、そんなの」

「いいじゃん。プリンみたいなのでいいからさ」

「ムリ」


 もう子供じゃないんだからとカップを尖った唇に当てる幼馴染。


「あら。この間のイカリンリンはとても素敵だったのに」


「うわっ、びっくりしたあ!」


 突然背後から掛かる声に驚いて声を上げてしまう親友。

 振り向くと、なんか変だった先輩が立っていた。

 音も気配も無くて全く気付かなかった。


「い、イカリン?」


 動揺止まぬまま耳に残った意味不明の単語を復唱する。


「イカリング、いえ、イカフライの歌ね」


 聞いたことのない歌のタイトルを不確かながら確信があるように至極真面目な顔で答える変な先輩。


「えっと……」


 困って幼馴染を見遣るとコーヒーを溢しかけたらしく、口のまわりをハンカチで拭っている。


「それより神木莉愛さん」

「はっ、はい!」


 初めて名前を呼ばれて、しかもフルネームを覚えられていたことに驚きが二重三重と積まれ詰んで一杯一杯になってしまう。


「さっきの切ないほど愛らしい歌。もう一度歌って欲しいの。一生のお願い」


 胸に構えたスマホが既に記録を始めている。


「えっ、いや、でもぉ」


「お礼はきちんとするから。そう、軽音部の楽器を全部新調するのはどうかしら。私が個人的に寄贈するわ」


「えっ、マジ!」


 こくりと頷く先輩の瞳は炎を秘めた真剣そのもの。

 目の眩んだ親友が再び咳払いして喉を改めると、


「玲奈。今すぐ戻れば、心の中で『クズ女』って十回言ってあげる」


 変な先輩、呆然として緩んだ手から滑り落ちたスマホを慌てて拾い上げると、無言でそそくさと自分の席へ戻っていった。顔を上気させて足をバタバタしながら正面の篠田先輩へメニューを突きつけている。


「チヨお、楽器ぃ……」

「莉愛は悪夢を見てたの。何も居ないよ。何もなかったよ」


 クズオンナ、クズオンナと祓い清めるが如くぼそぼそと繰り返し唱えている。


 気にしたら負け。あの花岡先輩を名前で呼び捨てた上に罵って退ける幼馴染に想像を絶する暗い闇を見た親友は、自分も気にしないと心に決めた。同時に、この状況を作り上げた犯人であろうオジ後輩のことが、凶悪殺虫剤を超えて悪霊か悪魔の類に思えてくる。


 二人揃って心の安静を求めコーヒーをいただく。

 ほっと一息つくと、親友はくすぶり残る疑問を零す。


「テーマソングなんてホントに意味あんのかなぁ」


 すると、幼馴染は真っ直ぐ目を合わせてきて、不思議なものを見るように首を傾げて疑問に疑問を返す。


「意味がなくても歌うよね。莉愛は」


 容赦なく核心を突かれてしまう。


 その通り。歌のチカラを信じて疑わないし、歌いたいから歌う。そのことに意味を求めたことなんてない。ただ、誰かから歌を作って欲しいと願われるのが初めてで、期待に応えられるか自信が持てないだけ。単なる現実逃避のぼやきだと自分でわかってる。


「せっかくコーヒーがおいしいのにさあ、チヨが苦いじゃんかあ」


 親友の苦々しい顔をくすりと笑う幼馴染は、足元の荷物棚から自分のバッグを引き上げると、中からクリアファイルを取り出して見せた。


「わたしなんか、まだまだ甘々だよ」


「何コレ?」


「文化祭で配布する案内パンフレットのレイアウト案」


 ファイルを開くと、紙面を仕切る枠中にびっしりと記入された手書きの要望が目に入る。すぐに読み取れたのは、至る場所に散りばめられた部活名。


「これってもしかして……」


 表紙絵とロゴデザインは美術部、挿絵とマスコットキャラクターデザインを漫画研究部、学校の生徒意識アンケート収集と考察を社会部、アンケート集計と可視化をパソコン部、学校と協賛企業・商業店の紹介を新聞部、学校創立以来の年表を歴史部。

 生徒会長である幼馴染はファイルの中身を見ずに各部へ協力を打診した内容をすらすらとソラで言ってみせる。


「ちょ、マスコットキャラとか無茶振りじゃん!」


 テーマソング並みに重い仕事があったことに心底驚く。


「彼、仕事になると本当に容赦ないの」


 彼とは誰かと確認するまでもなく。


「仕事って。それこそ、こんなの文実の仕事じゃん」


「実行委員長があんなのだからなかなか機能しないし、時間もないし。軌道に乗るまでは生徒会で面倒みましょうって。水を得た魚って手に負えないんだって思い知らされた」


 パンフレット以外にも招待客の名札を書道部、接待用のオリジナルブレンド茶を茶道部、記念配布用のマスコットを手芸部、記念・記録写真撮影を写真部、お茶請けを家庭科部など。留まるところを知らない要求が際限なくばら撒かれているとのこと。


「アイツ、鬼かよ……」


 親友の感想に頷く幼馴染は神妙に語る。


「一番の犠牲者にして最大のプレッシャーをかけられたのが文芸部。今年のテーマ『フリーダム』のコンセプト・ストーリーを書けって」


「こんせ、え、ナニソレ?」


「今までパンフレットの最初のページって、挨拶とか謝辞とかテーマに込めた思いの説明を生徒会長が書いてたんだけど、その代わりに数行読んだだけでテーマに入り込める物語を入れたいって」


 そのコンセプト・ストーリーが、マスコットキャラクターはもちろん全ての方向性を決める主軸になるからよろしくと文芸部へ丸投げした鬼オジ。


 一曲作り上げるのに気力体力をどれだけ消耗するかを知るからこそ、その要求の過酷さに震えるほどの寒気を覚える。自分なら吐くほどのプレッシャー。


「も、もちろんチヨは止めたんだよね?」


「なんかね、彼、悪魔なんだよ」


 幼馴染は昨日の放課後にあった話を聞かせる。


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