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コーヒーが苦手な友達

 今日はあちらへどうぞと勧められて目に入ったのは、立ち飲みが合っていそうな深いオーク色のハイカウンターテーブル。


 その手前に並ぶアンティーク調のカウンターチェアもカウンターに負けじと座面が高く、椅子の役目を拒むかのように人を寄せつけない雰囲気がある。それでいて座面の下に荷物棚が付いていてバッグが置けてしまう機能美を持ち合わせている。


 フットレストに頼って腰掛けてみると、床との距離感がどうにも不思議で、宙に浮いているような感覚がして落ち着かない。

 カウンター席に座っただけで店内の景色ががらりと変わって見える二人は、学校の制服姿では憚ってしまうような大人の雰囲気に高揚してしまう。


 空いた席の食器を引き上げてから戻ってきたマスターとカウンター越しに目が合ったとき、この高さの意味を理解できた。


「カウンター席、座ってみたかったんです。素敵ですね」


「昔は夜にここでお酒を出していたんだ。当時は僕も若かったから、お客さんとの距離を近くしたくてこの高さにしたけど、喫茶店にはちょっと合わなかったね」


「そうですか? こうやってお話しできるの楽しいのに」


「そう言ってもらえるのは嬉しいね」


 落ち着いて長く過ごしたいお客には向いていない椅子だとすぐに分かるけども、マスターと会話をしながらお茶を楽しめるのだから間違いなく特等席だと思っている。


 そんな会話から始まった様子を横で見ていた親友は、おませだった幼馴染があまりに自然な態度で他人と接しているので内心かなり驚いている。子供の頃から大人相手となれば、完璧な猫かぶりを演じて簡単に素を晒すような事はなかったから。

 それだけでなく今日は何だか変なところがあるな、とも感じ取っていた。


「例の友達、連れて来ました」

「例のってナンダヨ」


 初めてが含みのある紹介にされてしまい、納得がいかない。


「ようこそいらっしゃいました」

「あ、はい。神木です。よろしくお願いします」


 渋味のある微笑みで挨拶してくれるロマンスグレーに思わず緊張してしまう親友。

 それでも特別な雰囲気のカウンター席で大人の客と同じ扱いをしてもらえることが嬉しくて、頬が緩んでしまう。

 準備するので少々お待ちを。マスターが厨房の奥へ離れるのを待って横をじろりと睨む。余裕の顔でいられるのがちょっと悔しくて、文句をつけたくなる。


「チヨ。あのヒトにあたしのコトなんて言ったのさ」

「コーヒーが苦手な友達」


 カウンターの向こう側に興味が移っていて、目も合わせず思い遣りの欠片もないプロフィールをさらりと言ってのけた。


「オい。それであたしが気まずくなるとか思わんのか」

「なんで? 莉愛、あそこの棚、おしゃれなカップがいっぱいあるよ。みんな違うね、すごいね」


 もはや目に映っているものへ気持ちが全振りになっている。きらきらした横顔が眺める先を釣られて見遣ると、幅広な木製の三段棚にカップが等間隔で整然と並べ置かれていた。幼馴染の言う通り、ひとつひとつが個性的な形や絵柄をしていて魅力的。自分で選ぶとなると迷って決められなくて時間がかかりそうだと思った。


「あたしは、右上の縦縞のやつ好きかも。あのどんぐりの帽子みたいなのも、」

「あのおっきい鍋、デミグラスソース作ってるのかなあ。莉愛、ここのハンバーグすっごくおいしいんだよ」


 聴いちゃあいない。

 だいたいいつもこんな感じになるんだよと親友は諦める。

 自由奔放な振る舞いに翻弄されて散々な目に遭ってきた古い記憶が、脳ミソの奥からぽろぽろと零れ落ちてくるのだった。


 腹も立ってくるけれど、それ以上に、すっかり昔のままが懐かしくて嬉しい。

 いちいち話を合わせていると疲れるので適当に相槌を打っていると、幼馴染は厨房のオーブンを見つけた途端、テーブルに置かれていたメニューブックを引き寄せ開いて、真剣な顔つきになる。


「え、ガチ食いすんの?」

「違うよ。グラタンとかだと五人前を作るのは難しいなと思って」

「ナンデヨ。あの業務用のでかいやつなら余裕でしょ」

「リンちゃんの話だよ。きっと一度に二人分までだから、一回が一〇分としても三回は時間かかりすぎなんだよ」

「…………。あそ」


 親友は、ここで『だからリンちゃんて誰ダヨ』とツッコミを入れたら負けだと直感で思ったので、スルーした。

 少なくとも数字の悩み事で自分が役立つはずもないから話を知っても意味は無いし、理解する頃にはまた別の事へ気が移っているに違いない。そんな感じで様子を見ていると、案の定、メニューのページをめくって甘いもの巡りになっている。


 これはもう、羊を放牧しているくらいの気持ちでいるのが丁度いい。

 子供の頃はそんな余裕はとてもなかったし大変だった。

 親友は過去の自分に同情しつつ、少しは成長できてるよねと自分を褒めてみる。


 ユッキいに隣の気まぐれな子羊を見せてやったら目がまん丸になるだろうな。

 みんなと一緒にここに来てたら、こうはならないから。

 ひたすら聴き手に徹して、食べたい物はみんなに合わせる。自分の好き嫌いなんて絶対に言わない。誰かの悪口が始まると話題をさりげなく変えたりする。


 そうやってムリして頑張る『ハヤサカ』を見ていられなくて、いつの間にか距離をとるようになってしまっていた。もしかしたら、そんなあたしを感じ取られて余計に離れてしまったのかもしれない。

 やっぱり、あたし一人じゃ今日という日は訪れなかったと思う。


「やっぱり二人がいい……」


 親友がちょっと物思いにふけっていたら、メニューブックを閉じて肩を落とす子羊が元気なく呟いた。

 どうやら同じ人物を同時に思い浮かべてしまったらしい。

 いくらなんでも誘って連れてきた相手を気遣わないにもほどがあると親友は呆れる。


「無理しないでアイツと来ればよかったじゃん」

「え? あ、ゴメン。違うの、お昼ゴハンのこと」


 さすがに自分の口にしたことが親友の機嫌を損ねたと気付いた幼馴染は、今のことじゃなく昼食を一緒にとる人のことだと打ち明ける。


「昼? そっか。あたしがユッキいに言ってやるよ。ちゃんとわかってるから」

「違う違う。生徒会室の方。……なんかね、増えてるの」


 幼馴染の話を聞いて驚く。

 あのオジが花岡先輩と人気の男子二人を手駒にしているとか何の冗談かと。

 今は花岡先輩と三人だけど、きっと下僕達も加わり五人になって、もっと増える気がすると。


「で。六人目がリンちゃんてワケ?」

「リンちゃんはオーブンだってば」

「いや知らんがな」


 親友には、その原因をつくるオジが考えていそうなことに、思い当たる節がある。この間の休み時間に会いに行った時のオジの態度は、自分が独り占めできる時間を手放してでも、ちゃんと友達と関わらせようとするものだった。

 そうやって、不器用な幼馴染がムリして頑張らなくていい関係を勝手に増やそうとしている。大きなお世話のあっちゃこっちゃをまだまだ続ける気でいるに違いないのだ。


 お節介をこうむっている当の本人は、「オーブンを二台にすると部屋のブレーカーが落ちちゃうし……」と不満たらたら。それでも人数が増える方向で悩んでいるあたり、嫌がっても無駄な抵抗だとわかっているかのよう。


「そんなに嫌なら、花岡先輩に相談すりゃいいじゃん。なんかそこに居るみたいだし。てか、めっちゃガン見されてるし」

 この店に入った時から振り返るのも躊躇うほど背中に熱い視線を感じていた。


「莉愛。そんなの居ないからね」

 急に冷んやりした空気を醸し出す幼馴染。

「いるてば。ほら……」

「居ないんだよ。居ないの」

 後ろを見てみろと肩をつついてみても頑なに否定する。


「つったって……」


 親友が恐る恐る後ろを振り返ってみると、間違いなく生徒会会計役の花岡先輩が壁際の席にいた。向かいに座っているのは同じく書記役の篠田先輩。

 リアルのお嬢様で、清楚な身なりと気品溢れる立ち振る舞いは、淑女のイメージそのままを体現して庶民と一線を画す。内面を表情に出すなどあり得ず、挨拶した時に口元がわずかに笑った顔くらいしか見たことのなかったその人が、満面の笑みを向けて手を振ってきた。


 思わず目を逸らせて姿勢を戻してしまう。


「チ、チヨ! なんか変、なんか変だってば!」


 全く動じていない幼馴染。

 むしろ心を無にしている雰囲気さえある。


「気にしたら負け」

「え?」

「って、莉愛がよくわたしに言ってくれたよね」

「お、おう」


「わたし、最近ね、その言葉の意味が身に染みてわかるの」


 いったい生徒会で何があったのか。

 それを語ることさえ負けになるとでも言いたげで、徹底無視を決め込んでいることだけは伝わった。


「先輩と喧嘩でもした?」

「何もしてないよ。何もないし、何も居ないんだよ」


 気にしたら負けるから。

 無の境地。


「わ、わかったヨ。でもホントにいいの?」


 無いことにするだけじゃ何も変わらない。

 ここには花岡先輩がいて、お節介ヤローはいない。

 望みを伝えるなら今しかないと親友は念を押す。


「……。今はいいの」

「ナンデダヨ」


 二人じゃなきゃ嫌だと愚痴を零していた幼馴染が急に言い淀んでしまう。

 親友は不思議に思って様子を見ていると、嫌がるように向こうへ顔を背け、首から上が段々と赤く染まっていくので驚いてしまう。同時に、今日は何だか変だと感じた理由がまさにこの色、顔が薄ら赤かった所為だとわかった。


「二人だと、仕返しの仕返し、したくなっちゃうから」


 呟かれた言い訳は、まったく意味がわからなかった。

 意味はともかく、あの「オジ」がまた何かやらかしたのだと親友は理解するのだった。


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