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今となってはすべてが愛おしい

 家に帰る方面とは反対側のホームから電車に乗って二駅目で下車。


 駅前再開発が進んでいるようで、駅舎も改装工事中。

 看板に描かれたヘルメット作業着の兄さんに何度もペコペコされながら迷路のような仮設通路を抜けて階段を降りると、なるほど新しくて綺麗な光景が広がる。


 真新しいタイル張りの広い歩道とロータリーの深い紺色のアスファルトが、完成は間近だと通り過ぎる人々の気持ちを盛り上げていることだろう。


 ぱっと顔を上げて目に飛び込むのはいかにも出来たてのマンション。いわゆるタワマンではないが、横方向へ伸びてそれなりに大きな規模の建物だ。


 偽りなき駅前徒歩1分。価格も跳ね上がっているに違いない。その隣でも『新棟分譲受付中』のきらきらな完成予想画を掲げた看板の後ろで鉄骨が組み上げられつつある。


 駅前通りの真っ直ぐ続く地形と新築マンションの作りからして、「ひなびた商店街を丸々つぶして作っちゃいました」と果実飲料のような宣伝文句が思い浮かぶほどのいっそ清々しい再開発だ。

 土地と人がいつまでも古いままでは壊死するのを待つばかりとなってしまう。全てがハッピーとはいかないだろうが、こうした代謝は清濁併せ呑む先導者によって必然必要として進んでいくものだ。

 マンション前の通りを奥まで進み、交差点の横断歩道を渡ってすぐ。


「まだ残っていたのか」


 間違いなく初めて目にするのに、胸が締め付けられる。

 店舗と住居を兼ねる昔ながらの商店が四件横並びに建っている。いずれもシャッターが閉められたまま。それぞれに閉店を知らせるペラ紙が張られていた。


 一番端の店だけ、張り紙が一際茶色く変色した具合から、ここを去って久しいとわかる。

 俺の脳に残った記憶では真っ白な張り紙だったのだが。

 店の名は『惣菜弁当 やまもと』だから、間違いない。


 朱色の下地に白文字の看板は雨垂れの黒ずみが目立つ。ナイロン布のひさしもみすぼらしく汚れ、ところどころ綻びがある。昼は弁当が飛ぶように売れ、夕食の買い物時となれば揚げ上がりを待つ客で賑わっていたかつての繁盛ぶりは見る影もない。心無い言葉で今を言うならば、単に「落ちぶれた」という表現が相応しいだろう。

 ひっそり閑とした店の佇まいを、スマホでいくつか撮影しておく。


 今となってはすべてが愛おしい。

 決して楽ではなかったけれども、ここで家族と過ごした日々は掛け替えのない宝物、幸せそのものだった。

 この感情と現実との擦り合わせを、もう少し続けようと思う。


  *    *    *


 十六時過ぎ。帰宅ラッシュにはまだ早い時刻ながら、列車が駅に停車するたびに段々と乗客が増えてくる。今開こうとする扉の外側で待ち並ぶ人数が多いと見た二人は、ドア横に立っていたポニテ少女をVIP扱いよろしく囲うように近寄って出入りの波からガードする。


「結構遠い所から通ってたんだね。富田さん」

「お前、元カレ気取りしてるくせに住んでる所もしらないのかよ」


 ポニテVIPへ話し掛けたつもりが、横槍が入る。

 なぜか互いの距離を詰めると使命も忘れて余計なやり取りを始めてしまう二人。


「べつにカノジョの家とかどうでもよくない?」

「え。自分ん家に呼んでヤってんのかよ」

「僕の部屋は母屋じゃなくて離れだから気軽に呼べちゃうんだよね。別れたら門ではじけるし」

「かあっ。上級民の言ってる感覚はついてけねえよ」

「陽太君は女の子の家に通う派なんだね。面倒じゃない?」

「自分ん家の前で待ち伏せされるよりマシだよ。掛け持ちしやすいメリットもある」

「なるほど。僕みたいに間違えてダブルブッキングする事故は起きないね」

「一日あれば余裕で三連チャンはこなせるぜ?」

「さすが質より量の陽太君だね」

「んだとコラ」


 気付くと、ポニテVIPがスマホを横にして二人の顔に向けている。


「富田さん、もしかして僕たち撮ってる?」


「アンタたちを雇った長嶺にこの動画見せて責任取ってもらう。セクハラされたショックでお嫁にいけないーってね」


 瞬時に「追放」と「破門」と「出入り禁止」が二人の頭をよぎる。

 土下座一択で許しを乞いたくとも混み合う車内では教室のようにスペースを確保するのが困難。互いに目を合わすも未曾有の危機的状況に対応策が見つからない。


 思考レベルが低下し過ぎて、土下座スペースを探すことのみに必死な二人が車窓から大きなレジャー施設を見つけて頷き合う。


「あ、ランドザウスだ。この辺りじゃ一番大きいんだよね」

「俺、会員だから割引で遊べるぜ。折角だから寄ってくか」

「いいね。じゃ、富田さんも!」


 見事に息の合った掛け合いでポニテVIPへ寄り道を提案する。

 いつものナンパだったなら断られるという発想さえ無い二人だが、この場に限っては冷や汗を滲ませるほど必死。


「は。なんでアタシ。行くわけないじゃん」

 迷いゼロの拒絶。


 付け入る隙のない反応に残される手段は神頼み。


「頼む! 他に土下座できそうな場所がないんだ」

「土下座もちゃんと撮って欲しいんだよ!」


 狭い車内で両手を頭の上に合わせ拝み願う。


「どんだけ土下座したいわけ……」


 ポニテVIPの理系思考が解析不能を苦悶しているうちに駅へ到着する。

 エスコートにかけては既に高等スキルをもつ二人。一人が肩に腕をまわし、一人が手を取り、降車する人々の流れに合わせてナチュラルに強引に外へ連れ出してしまう。


 再び拒絶の声を発する前に、「どうせ家に帰りたくないんでしょ」と周防優の見透かしたような耳打ちを食らい、驚くポニテVIPは言葉を失う。

 呆気に取られたまま、手首を引かれ背中を押され土下座スペース探しに巻き込まれていくのだった。


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