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怪獣映画とか好き?

 唐突の理不尽に苦情の尽きぬまま文化祭実行委員会本部に突入。

 予算執行の注意点を引き継ぐ会計役の目を盗んで逃亡を試みるも失敗、これが事態の悪化を招いてしまう。

 玄関で靴を履き替える間はバッグを担保に取られ、校門を出てからこの喫茶店へ着くまで強引に腕を引っ張られ続け今に至る。


 途中、少しだけ時短になるからと普段使わない歩道橋へ連れられ階段を登り切ると、振り向きざまに「ほんと、よく生きてると思わない?」だとか前置きの会話も無いまま感想を求められたが、意図が分からず何も答えていない。


 おかげで汗ばむほどには運動した。

 アイスコーヒーを頼む気分で確定していたのだが、有無を言わせずブレンドを二つ注文されてしまう。後になって「暑いね。アイス頼もうか」と提案されるも、つい反射的に「俺は要らん」と断ってしまった。


 幸い店の中は涼しく、程なく体の熱は冷めて落ち着いた。

 この時間帯は客が少ないこともあるが、落ち着いた雰囲気で鼻につく飾り気もなく好みに合っていると言える。店の存在は以前から知っていた。周防に一度誘われて断った記憶にとどまっていたが、もっと早く一人で訪れたら良かったと思う。


「お待たせしました。アイスクリームはどちらに?」

 向かいの方だと手で指し示す。

 ちゃんとしたお店のコーヒー。は、わかっているつもりでいて、こういうものだったかと改めて発見する美味さだった。雰囲気も相まって、久々に余分に金を出してもいいと思うくらいの贅沢な時間になった。

 これでカウベルが鳴るたびに首が動くニワトリが目の前に居なければ申し分なかったのだが。普段通りに振る舞ってくれさえすれば、この場に似合う女だというのに。


「長嶺に騙されたんじゃないのか」

「彼はこんな事で嘘はつかないわ」


 店に入って目当ての不在を知っても帰ろうとはせず、席を慎重に選んでから一言も不満を口にしていなかった。先に着いてしまったのだと信じ切っている。


「随分と信頼が厚いじゃないか」

 嫌味ではなく素直な感想を口にすると、首を傾げて笑われる。

「こういうの信頼と言うのかしら。でもそうね、信じちゃってる」

 えらく機嫌がいいらしく、穏やかな顔を見せる。


 初めて会った時から自分にも劣らない人を食った性格のやつと思っていたが、ここ数日の生徒会室で見せる奇怪な挙動と、一層磨きのかかった清楚な外ヅラが俺を驚かせていた。

 今はそれらのどちらでもなく、力の抜けた余裕の表情にも見える。


「篠田君は怪獣映画とか好き?」


 他人の好みなど微塵も興味がないくせに無駄な質問を投げてきた。

 目当てが登場するまでの暇潰しか。


「好んでは見ないな。子供の頃は親に映画館へ連れて行ってもらったものだが」


 なぜ目をしばたたいて驚く。


「子供の頃なんて。今日はサービスいいのね、篠田君」


 言われて自分も本気で驚く。

 訊かれてもないことを自ら晒すとはなんという不覚。

 店の雰囲気とコーヒーのおかげで気が緩んだか。それとも。


「奢ってくれるのだろう。少しは気を使う」

 動揺を顔に出さないよう必死に誤魔化す。

「ね、好きなもの頼んで。できるだけ高いもの」

「他人の過去などどうでもいいくせに何のつもりだ」

「恥ずかしがるあなたを見たいのよ」

 本音を駄々漏らしながらメニューを押し付けてくる。

 しかもいつもの人を馬鹿にした笑みでなく、目を輝かせて心から楽しんでいるようだ。

 性格悪い事には変わりないが。どうにも調子を狂わされる。


「その怪獣が長嶺だとでも言いたいのか」


「…………」


 ぴたりと止まってすんとなった。

 メニューをぱたりと閉じてカップに指を掛ける。


「どうした?」


「篠田君。あなたの今後のために教えてあげる。女の子との会話はね、プロセスが重要であって結論はどうでもいいの。それを先回りして話の腰を折るとか非モテ男の極みよ。暇潰しにもならないじゃない」


 なぜに、たかが暇潰しでここまで言われなくてはいけない。

 コーヒー一杯じゃ全く割に合わないではないか。


「その口から『女の子』などと語られるとは夢にも思わなかったぞ」


「ほんと。それね」


 あっさり認めるように肩をすくめてカップに口をつけた。

 だからなんなんだその余裕は。


 程よい音量のジャズが流れる好みの静けさであるはずが、こんな場所で女子の扱いを指導されているのを誰かに聞かれていたらと思うと居た堪れない。

 お前こそ少しは男子の体面をおもんぱかれと喉から出かかる。


「私は嫌いだった。怪獣は醜いしヒーローは頭悪くて無駄にピンチを招くし。何が面白いのって感じだった」


「それ何歳の頃だ」


 終わっていなかった怪獣の話に独自のヒーロー観まで混ざってきた。


「知りたい?」


 前言撤回と首を振る。

 ヒーローだって好きで前半を苦痛に費やしているわけではない。将来の労働者層にラクして儲かる仕事など無いのだと刷り込むために富裕層がメディアを操っているのだ。といった物の見方しかできなくなったのは中学の早い頃。

 似た者の匂いがして辛くなってくる。


「そんな私が生徒会室でナガミネと対峙した時、地獄から来た怪物だと本気で思ったの。この私が歳下に怯えて逃げたのよ? 笑えるでしょ」


 笑えない。


 長嶺の内面はどう考えても歳下を装っている風の大人だ。特に教職員への対応は尋常でないほど容赦がない。予算案に異を唱えそうな教員を問われ教えてやれば、翌日には全員のネゴを済ませていた。しかもそれだけで収まらない。

「あの職員会議を見せられた後だ。同情もする」



 昨日の職員会議。

 文化祭の方針案を生徒会長から説明を行い、予算案は異議なく通過。

 事前ネゴが功を奏して予定調和のまま済むかと思えば、既に学校へ批判が集まっている状況と嫌がらせの懸念を示す声が出る。今でも自粛を唱える教員は根強く存在していて、不安を煽るのだ。


「その点について生徒会より先生方へご協力いただきたいお願いがあります」

 待っていたとばかりに生徒会長が反応した。

 詳しくは補佐役の長嶺から説明すると。


 立ち上がった長嶺は、お願いの前にと断ってから懸念を示した教員に「当校ではいじめ問題を根絶したと宣言すれば良いのではないでしょうか」と問う。


 説得できる材料がなければ意味がないと呆れられる。

 ならば、生徒全員の誓約書を提出させればいかがかと長嶺の提案。

 それを廊下でも体育館でも展示して文化祭で公開すればいいと。


 強制すれば生徒の人権問題になる。当然保護者のクレームも生じると反論。

 既に多くの企業では全ての従業員に機密保持誓約書を提出させている。

 同様に、教育委員会の定めるいじめの定義を理解させ、これに当たる行為を行わないと誓約をとることは人権侵害に当たらないのでは。現に問題を起こした生徒に念書を提出させる事例はあるはず。

 長嶺は諦め悪く疑問を投げかけ、あろうことか「篠田さんいかがですか」と。


「対象が未成年では法的効力において説得力に欠けるのでは」


 教員が言いにくいことを代弁させられた。

 そうですね。では、保護者の署名も加えましょう。

 簡単ですね、と煽る長嶺。


「できるわけがないだろう。そんな誓約書が取れるなら苦労は無い」

「なぜ苦労をしないのです?」

「無駄だからだ!」


 とうとう言わせてしまった。


 幾秒かの沈黙を経ても失言だと指摘する声は出てこない。

 当然だ。子供が間違わないことを誓約できる保護者などいない。それは教育のプロの仕事だと跳ね返されるのがオチだと反論したならば、担任の署名も追加しようと長嶺は言ってのけただろう。


「そう、無駄ですよね。先生が苦労してもいじめは無くならない。よかった。この場の皆さんと認識が一致しました。その上で生徒会からのお願いです……」


 ぞっとした。


 平然と教職に就く者の矜持を雑草のように踏み倒し、その上で仕事を課したのだ。

 いじめが再発する度に活動自粛していては能がない。

 今回の文化祭の機会を活かし、寄せられる批判や問題点を大人の目線で分析して、改善に役立つ助言をいただき、全校生徒と議論するという対話プロセスを確立したいという願い。

 至極真っ当に聞こえるが、生徒に考えさせる前に大人でやれという要求。


「私達がどれほど深く反省しても三年後には全員入れ替わり忘れます。ですから、過去の私達を知る先生方と新しい生徒達が話し合いを続ける文化を根付かせたいのです」

 長嶺の無茶振りを文化のレベルまで昇華させてしまう生徒会長。

 確実にこの二人は何か企んでいる。


 もはや苦労とも無駄とも呼べる話ではなくなった。

 しかし大人側の仕事量を考えればそのまま飲める事でもない。

 先生達の間で話し合ってみると一言返せばよかったものを。

 頭の固くなった老いぼれは救いようがない。


「話し合いは否定しない。しかし、教員には生徒の安全を守る義務がある。リスクのある行事を強行して事故が有ってからでは遅いんだ」

「そう。もう遅い。事故は起きた。能書きばかりで生徒を守る義務を果たせなかった教員がどうなるのか。あなたがその身をもって示すんですよ」


 メガネを外した長嶺が額の傷跡を指差して追い詰めると、睨まれた教師は呪いでもかけられたように顔を青くしてそのまま固まってしまった。

 やむなく生徒会顧問が「文化祭はお前らの好きにやれ。反省会は大人が引き受ける。それでいいだろ」と割って入り、長嶺を満足させた。

 教育委員会の指導役が長嶺に向かって頭の上で腕をクロスさせていたが、あれは何だったのだろうか。



「みんなに愛されたヒーローを海の彼方へ蹴り飛ばして、職員タワーを薙ぎ倒す。もう怪物というより怪獣よね。豆粒みたいな人間は絶望して逃げ惑うしかないの」


 周防新の下半身事情を浴びたショックで未だ現実復帰できない女子生徒も少なくないと聞く。さながら毒を撒き散らしながら歩く怪獣だ。


「言ってる内容に反して楽しそうだな」


「この週末は怪獣映画をナガミネと思って見るつもり。今ならすごく楽しめそう」


 冗談ではなく本気だな。


 ヒトの混沌より生まれた破壊の象徴。

 時には自然災害の如く抗いようのない力が猛威を振るい、

 時には宇宙からの侵略生物と捨て身で戦い守護する怪獣。

 そのうち長嶺を神格化してしまいそうだ。

 毒されすぎだろう。


 そういえば。


「甘いものは苦手だったじゃないか」


 とけ始めたアイスクリームを嬉しそうに頬張る様子が新鮮に過ぎた。

 甘いものどころか炭水化物さえ避けたがっていたはず。


「なによ。欲しいなら素直に言えばいいのに」


 掬い直した匙をこちらに向けてくる。

 その対応にも度肝を抜かれる。


「そうじゃあない」

「あら。間接キスとか気にする派?」

「そんな派閥は知らん」


 やはり精神が壊されてしまったのか。


「このところナガミネのお菓子を頂いていたから。本当においしいの」

「怪獣に味覚まで破壊されたと?」


 喜んで頷いている。誰だコイツは。


「ちゃんとしたコーヒーとちゃんとしたバニラのアイス。篠田君はどちらも好きでしょう。召し上がれ」


 白い滴りが落ちかかっているのを我慢ならず已む無く匙をくわえる。


 と同時にカウベルが目当ての到着を知らせる。


 友人を連れて入り、迎える店員へ向かって親しげに挨拶する後輩上司。

 一瞬目が合うも、見なかったことにされた。


 なんという失態。ありえない恥辱。

 口の中の低温が全身を隈なく冷やす。


「ほら。怪獣が嘘をつく必要なんてないのよ」


 ちゃんとしたバニラがトラウマになった瞬間だった。


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