浮気は断固否定する
びびってフィフティナイン(〜号泣〜)
さよなら一番かわいい人
1ダースのざんねんおじさん
僕はただのゴハン君
サウザンド・バカ
「さ、サウザンドば……」
今度ミニアルバムを出そうと思いまして。と手渡された紙のメモ。
この死神、俺を生かす気がないんだなと悟ったよ。
悩みの相談があると神妙な顔で言うので真面目に向き合ってみれば、曲のセレクトはこれで良いかどうか意見が欲しいと。「どれもいいタイトルだね。どんな曲か聴かせてもらえる?」くらいは平然と返せる強い男になりたいと思う。
でもそれは将来の話。今は己の弱さを受け入れるしかない。
はい。僕はただの取るに足りないゴハン貢ぐ君です。
バカの一つ覚えで千年言っときゃいいとか思ってる脳足りんでございます。
往古来今、恥だけで生きる弱輩の身。
「どうかメジャーデビューだけはしないでください」
無理。死ぬ。土下座。
「私としては『ネトラレアフターランチ』という曲も捨て難いのです」
「やめて!!」
今夜もルミさんは絶好調。
こんな連日のキルソング地獄も早三晩目。
ルミさん、仕事のストレスがよほど酷いのか、ご機嫌は既に斜めからぱたりと倒れて水平に近い状態。これがまたヨイショしようが何しようが直りゃしない。実験体であるはずの俺をサンドバッグ代わりに毎日叩きまくって、どうにか心の均衡を保っていると面と向かって言い切られてしまう始末。
部下のケアを放置している無責任上司の源五郎を追求してやろうと思えば、どうやら俺がムシ相手にやんちゃした所為で事情説明に奔走しているらしい。
黒澤からも、「死神世界はあなたが捕獲した精霊の利権を巡って大混乱ですよ」とか知らん世界の情勢を語られた。
いやキミたち死神でしょ。どんだけ人間くさいことやってんのさ。
まず何より、毎晩自分のパンツの中を大衆に晒すような新曲を披露される人間の気持ちを理解しようよ。そうすれば「コレガ、ナミダ」みたいな発見があって、他人に、もとい他神に優しくなれる社会ができるはずだからさ。
この願いはどうすればルミさんへ届けられるのか。
「まったく。これだけ痛めつけても毎日イチャイチャイチャイチャ。貴方のようなクソエロ浮気男を更生できないこのもどかしい気持ち。どうすれば貴方に届くのでしょうね」
なるほど。心のすれ違いってやつだったのね。
クソエロは否定しないが浮気はないぞ。
ルミさん基準においては、自分の担当する人間に交友関係が増えることを総じて「浮気」と呼ぶようだ。周防弟や君島が絡んできた日でさえ「浮気者」と連呼されたくらいだ。あいつらとイチャイチャとか勘弁しろ。
もし俺の担当が別の死神になったら「寝取られた」とでも言い出し兼ねない言葉選びの危うさ。貴方の記憶にある語彙が貧相だからとディスられるので、なかなか文句は言えないけども。
とはいえ、直近の状況については心当たりがないでもない。
俺が、というより、彼女が。
困惑するほどに積極的なのである。
あの日(悶絶ローリング始まるのであの日としか言えない)以来、物理的な距離感がぶっ壊れたらしく、学校帰りなどは普通に俺の腕を取って横を歩く。廊下で偶然すれ違う時は小さく手を振ってきたり、人目が無かったりすると体当たりしてきたりするのだ。
そんなときの俺のテンションを説明するとキング・オブ・キモイなので控えるが、朝目覚めたら腹の上でマンチカンが寝ていたときと同じ。犬派だけれども。
しかし、やはり彼女の立場が危ぶまれるという心配の方が勝る。
さすがにマズいのではとやんわり諌めようとしたら、「一番可愛いを研究中なんだよ」と一番可愛い人が頬を膨らませるものだから即時限界突破。思わず抱きしめてボディフックを頂いた。
「クソとか言わない。ルミさんの高潔で淑やかなイメージ壊れちゃうでしょ。あと浮気は断固否定する」
「エロは残るんですね」
「だってそれが俺の魂の原形だったし」
「これだからもう……。今日も前の席の女子を凝視していた自覚ないんですね。浮気者」
「前の席だよ? どうしたって視界に入るでしょ」
鋭い眼光を発するルミさんが、顕現させた大鎌を指示棒へ変化させて鼻先に突きつけてくる。
「そこです」
「どこ!」
「板書を写す時に何度も髪を掬い上げて耳を見せてくるのがあざとい。これどう考えても誘ってるよな、耳元で囁かれるの待ってるんじゃないか、噛んじゃおうかな、みたいなそこです!」
「噛むわけあるかい!」
なんかレディコミ読みすぎて妄想偏ってない?
ストレス満杯なんだよきっと。休暇とって温泉でも行ってリフレッシュしようよ。
俺の所為で休暇取れないのかな。なら俺が温泉行けば出張扱いになるでしょ。
俺も有給消化できてないし。
あれ。もしかして高校生って有給休暇無いのか。
なんですとおおお!
「その頭の悪そうな顔、やめてもらえます?」
前の席で背中を見せる女子があざといというのは実のところその通り。
黒澤に頼んで席替やったんだよ。
諸々配慮をよろしくと言ったら委員長に丸投げしやがった。
それで業務委託された伊藤さんが休み時間を使ってくじ引き箱を作ってるところに、テロっ子富田と周防弟が寄ってきて手伝っていたのは知っていた。で、結果。
俺は前寄りながら窓際。Very good.
俺の右隣が伊藤さん。Excellent!
俺の対角遠方が小宮山。Good job!
俺の後ろが周防弟。Boo Boo!
俺の前。テロっ子富田。Shit!
ちなみにコレ、俺が周防弟に唆された。
「ユキト君、窓際キープだよ」
事前にこっそり渡された二つ折りの三角の紙。
箱に入れられる前のクジだった。
これを手に隠したままくじ引きの箱をまさぐって、取り出したフリをするという下品なイカサマ。
周防弟がズルをして俺の直近に陣取る気満々なのはわかっていたが、どうせ俺がどこへ座ろうと付き纏ってくるのは明らかだし、それで誰かに迷惑掛けるくらいなら最初から決め打っておいた方がマシだという判断。
そうしたら隣が伊藤さんでテンション爆上がり。
いい仕事するじゃねえかスグル!
と褒め讃えたのも束の間、当然のように俺の前を塞いできたテロっ子富田。
俺の記憶が正しければ、くじ引きの箱を持っていたテロっ子と、くじを引いて席の決まった人の名前を記録していた伊藤さんの二人は最後までくじを引いていない。
つまりテロっ子、最初から周防弟と結託して指定二席分のくじを箱に入れなかった疑惑。都合四席分のくじが箱に無かったという茶番。
「なんのつもりだ」
小声で魂胆を問うてみたが、
「だって面白そうじゃん」
とだけ。おそらく真実それだけ。
「ね、アタシが隣だったらよかった?」
「そうだな。その方が目に入らなくて助かったんだけどな」
「ふっふっふ。アタシは背中で誘うオンナだから」
軽い冗談でふざけているだけと思っていた。
が、冗談でなくガチだったのを席替初日で思い知った俺。
コイツ、高一とは思えないエロさ。
腰は細いわ、仕草がいちいち艶かしいわで、君島が学年一位と評する理由を初めて理解するに至ったという次第。
しかも授業中先生が「ここ大事な」と注目を促すようなタイミングでは、必ず集中乱すあざとアクションを挟んでくる。今日なんか椅子の横に足をずらして痒くもないふくらはぎをポリポリしやがった。死ぬかと思ったわ。
そして休み時間は拍子抜けするほど話し掛けて来ない。
これは我慢勝負を挑まれたと察し、受けて立ったという流れ。
まあしかし、よく見てるよルミさん。仕事熱心。
で、心なしか今日は溜息の多いルミさん。
また源五郎から損な役回りを押し付けられたらしい。
「別件あるなら伺うけども」
俺とルミさんの仲で腹の探り合いなど無用。
二人でウィン・ウィン目指しましょうよと前向きな働きかけのつもりだったのだが。はっとした顔になって目を合わせるとすぐに俯いてしまう。
「ハア……」
ラージサイズの溜息頂きました。
俺ほどのプロ営業になると、吐いた息から言葉へ翻訳が可能。
「べつに馬鹿にしたりしないって。思い詰めずに、話だけでも」
今度こそしっかり目を合わせたルミさんは、「もうどっちが死神かわかりませんね」と呆れ顔になった。エロい死神もいたりするんですかねと軽口を叩きたくなったが、黙って飲み込んだ。
話を聞いてみると、俺に対する仕事の示唆だった。
依頼ではなく、自発的なはたらきを期待されている。
つまり、俺自身ではない他の実験体に関する問題。
こうした案件は最初に契約した事だから拒むつもりはないし、積極的に取り組む考えは変わらない。むしろ話が来るのが遅かったくらいで、ここまでよく様子見をしてくれたと感謝している。
だから、ここからは俺の都合による『調整』となる。
「できるだけ期待に沿いたいが、今はなるべく学校を休みたくない」
少しでも注意を怠ると小さな火種が簡単に延焼して再び彼女へ負担を強いることになってしまう。当面は補佐の仕事に注力する必要があると思っている。
子供社会の些事と言う勿れ。地を易うれば皆然り。とは、過去の自分に対する言い訳なのだが。
調整したいのは、単純にロケーションの問題に尽きる。
件の実験体が遠い地に住んでいるのであれば短期集中の一発勝負、あるいは少々傲慢だが、「お前がこっち来い」といった立場で臨みたい。
このあたり、勝手知ったる俺の家であるルミさんなので、改めての説明は不要だった。先刻承知の持ち掛け話だったようで、俺の懸念は杞憂に終わる。
「状況的には貴方の考える後者の方ですね。あちらがやって来たので」
対象は俺の通う学校、しかも同じクラスの生徒の家族らしい。
どういった偶然の作為かは知らないが、ルミさん曰く招かざる他所の実験体が助けを求めてやって来たと。
源五郎からすると、管理元の死神にあわよくば恩を売ってやろうくらいの腹積りか。なんなら俺が失敗して実験中止となることを望んでいるのかも知れない。
まあその辺の事情はどちらでもいいので自発的善処の意思を示した。
相手が人間なら助力する。それだけだ。
「正直、貴方がこれほど簡単に受け入れるとは考えていませんでした」
やや肩の荷が下りたのか、ほっと息をついて本音を漏らす。
これまでの説明不足やムシの件も考えれば、俺が不信感をもって難色を示すと考えるのはおかしくない。むしろそれが普通だし、ルミさんに説得を丸投げする源五郎の神経がどうかしている。死神に神経あるか知らんけど。
しかしそうか。少しはごねた方が良かったか。
「もし俺が拒んでいたらどうしたの?」
「上司からこれを渡すよう言付かっていました」
差し出されたのは一枚の紙。
まさか新曲の歌詞ではと恐る恐る受け取ってみると、黒澤の署名が付いた業務報告書。
『早坂千代乃氏に関する身辺警護計画と実績状況』
面食らった。ここ数日だけで尾行一件、盗撮四件を対処とある。もし源五郎との交渉が失敗していたらどうなっていたか。背筋に悪寒が走る。
黒澤の仕事を疑うつもりはないが、今まで無事だったのが不思議でならない。
すべて周防新のおかげだったなどとは考えたくないが。
「ルミさん。さっきの全部なしね」
「はい?」
「俺はルミさんからこの紙を見せられてやる気になった。そう報告して」
「ハア。まったく現金な人ですね。わかりました」
嘘でもない。俄然やる気になった。
彼女の安全が死神世界の最善であると証明してみせる。
「やる気になるのは結構ですけど、ご自身も実験体であるのをお忘れなきよう。くれぐれも魂を傷つけたりしないよう注意してくださいね」
「なんとかなるでしょ。なんか魂余ってるみたいだし」
ルミさんの心配を払拭するため、少しぶしゃあして手のひらにウニ玉を作ってみせる。
ドヤ顔でいたら呆れられた。
「それ魂じゃありませんよ?」
「えっ! 違うの!」
「それはゼレと言って、魂の栄養みたいなものです。もっとも普通のゼレとは違いすぎて意味不明ですが」
「エーヨ……」
っぶねえ! 本気でヤバかった。
魂なんてちょっと食われたってすぐにモドールモドール。とか調子こいてたわ。
どいつもこいつも肝心な説明を絶妙に省きやがる。
だがこれは命にかかわる。他人の所為にばかりもしてられない。
人間は難しい事に直面すると、細かい情報に目を背けて簡単にわかりたいという欲求が生じる。
上司が「結論だけ教えてよ」を連発するようになったらコイツもうアカンわと思った方がいい。それは忙しいからではなく脳が検証を放棄しているんだ。
俺もまた検証した気になって、無意識にぶしゃあの本質に目を瞑っていた。
まさかこれが栄養だったとは。
つまり今の俺、栄養過多ってことに。
「ルミさん、魂の痛風とか糖尿病ってあるの?」
「知りません。アタマの病気心配しなさい」
言ってるそばから簡単に解釈しようとする人間。
ご愛嬌ってことで。




