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【幕間】

 ピアノの音色を精巧に模した電子音が廉正な旋律を奏でる中、四弦の奔放な低音がすべり込む。

 ピアノはまるで座席の半分を譲るような遠慮をみせ、時々同じ場所の音を重ねてみては離れるを繰り返す。


 わかってきた低音の息遣いに合わせて気持ちを乗せられるようになってくると、ほんのひとときの調和が生まれて、音の持ち主同士の目が合った。


 まるで同じ道を競走したり、違う歩幅で気ままに散歩したり。付いて離れての調子は楽譜を一通り巡るまで続いてから、ゆっくりと閉じられた。


「やー、ベースとだけの合わせってなんか新鮮ですー!」


 鍵盤から指を下ろした安曇野千穂は、後ろで束ねた髪を揺らせて目を輝かす。


「よかったんじゃないかな」

 顔の表情は乏しいベースが独り言のように感想を漏らす。


「はいっ。まだときどき左の指がうずうずしちゃいますけど。でもなんか、音域よりもリズムのやりとりみたいで面白かったです」

 万の表情を持つ千穂はベースの澄まし顔を補って余るほどの笑顔で応えた。


 すると違う楽器の方から声が掛かる。

「でしょ。なんかメリハリのつけどころ自分で変えたくなっちゃったりしない?」

 ドラムスローンに座るしたり顔の先輩が見透かしたように感想を求めると、はっとした顔になって期待以上の眩しい瞳が向けられる。

「そうそうほんとそれ! 夏弥子さんのドラムもおんなじ感じなんです?」


「あー、まー、出来上がったばっかの曲を探ってる時はそうなんだけどさ。陸のやつナルシーだから時々アタマくんだよねえ」


 ピュアな後輩を微笑ましく思っていたところで自分の事を問われ、苦い顔になって最初の感動はそう長く続かない現実を匂わせる。


「新歓ライブの時なんか、歌ってる最中の莉愛に引っ叩かれてたし」

 ギターを手入れしている方から同意の嫌味が飛ぶ。

「それな。あんときは超スッキリしたもんねー」

 スティックの先をくるくる回して笑顔を戻した。


 うっせ。とベースを抱えて小さく反発するのが精一杯の陸。


「それ、憶えてる。あれって莉愛さんのノリじゃなかったんだ……」

 普段わりと静かでぼやっとした人だけど、弦を弾く音はキリッとしててお腹に響くなあと感心していたのに。自分の世界に浸ってしまうタイプだったかと少しインプレッションを書き換えた後輩。

 それでも嬉しかった事には変わらず、楽しみは広がる。


「そうだ。めぐむさんのギターとも二人合わせしてみたいですっ」

「ウチはいいけど、千穂。あんた陸の演奏に引っ張られ過ぎ。もっと強気になりな」

「うう。はい。かんばりますっ」


 入部して五ヶ月弱。少し言葉はきついけれど性根は優しすぎるくらいの人なので、落ち込みすぎると後で気にしてしまうからと気遣いも心得ている後輩。

「そうだよ。チーちゃんの正統派なキーボードがウチらの売りなんだからさ、あんなヤツに汚されたらダメだからね」

 スティックをクロスしたバッテンを向けられる。

「人聞きの悪いこと言うなよ!」

「あ、今エロいこと考えたろ。莉愛にチクったろー」


 やいのやいのといつもの心地良いやりとり。

 今年は一人だけの入部になってしまった一年生の千穂は、この風景を眺めるたびに同じことを思う。


 小さい頃からピアノは大好きだった。

 たくさんレッスンに通って練習して、コンクールで賞をもらったこともある。

 中学校の頃、歌う事が大好きな友達が動画を撮りたいからと演奏を手伝った時があった。

 間違わないよう頑張って弾いたら、喜んでくれた友達から「千穂ちゃんのピアノはきっちりしてて歌い易いよ」と感想をもらった。褒め言葉だったのだろうけど、それが心に残ってコンプレックスになってた。


 高校に上がって、新歓の演奏に一聴惚れした私は迷わず軽音部に入った。

 私も自分らしく自由に楽しむんだと張り切ってみたら、意識して崩しているのを夏弥子さんに見抜かれて「最高の武器捨ててどーすんのよ」と叱られた。

 もうそれ以来、バントが楽しくて仕方がない。


「誰がエロいって? 知ってるよオマエだ」

 ベースの背後に現れたボーカルが地声で審判を下す。


「莉愛、おつー。どうだった?」

「とりあえず二日目の体育館で枠取れそう。三十分だって」

「へえー、二日目か。トリだったらすごいじゃん」

「どの時間になるかはくじ引きだってさ」


 文化祭実行委員会から戻ったボーカルの莉愛は、ドラムセットの前まで来て配られた資料を夏弥子へ渡す。

 思ったより分厚く、夏弥子はバンド関連の部分を探すのに苦労する。


「なんか悪いね。部長のあたしが行くべきなのにさ」

「ボーカルが一番身軽だし。ヤッコ達は練習に集中してよ」


「莉愛。具合悪いのか?」

 普段あまり口を出さない陸が、莉愛の様子を窺い心配する。

「え、なんでよ?」

「あ、莉愛さん顔が赤いです。熱とかあったりします?」

 千穂も異変に気付いた。自覚のない莉愛に眉をハの字にして寄っていくと、手のひらを額に当てて確かめようとする。


「へ、へーきだよ、タイジョブだから」


 後輩の心配をよそに、その原因が再び頭をよぎる。


 ———— 千代乃さんのその気持ちは全部俺のものです

 ———— 誰にも渡したくないから我慢して

 ———— 後で俺がもらいますから


 恥っっっっず!!


 はずい、はずい、ばか、はずい、はずくてしぬうっ!


 なんで聞かされたあたしの方が恥ずかくて悶えてんだよ!


 あのヤロ、なんであんなコト真顔で言えんだよ。


 昭和オジってあんなんが普通なワケ?


 まさかウチのおとんも? おかんに?


 いやいやいやいや、ないないないない。


 ああ、この殴り倒したい衝動、どーすりゃいいんよ。


「莉愛さ、ほんと大丈夫なの?」

「だ、ダイジョブ。会議室が熱くてのぼせただけだから!」


「そーじゃなくてさ、コレだよ」


 夏弥子が指し示すのは、資料と一緒に綴じられた軽音部の企画書。

 そこへ手書きで挿入された赤い文字列群。


「生徒会の指導意見でしょ。歌詞に対しての注意事項とかだよ」

「その一番下」


「した? ん? あ? はっ!」


 それは、指導でも意見でも提案でもない、

 ひとつの依頼事。


『文化祭のテーマソングお願いします』


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